「ウマソウルってうるさいよね」「えっ」「えっ」   作:バクシサクランオー

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中央の洗礼…?

 

 

U U U

 

 

 きわめて私的な見解を述べさせていただくと、アオハル杯はチャンスだった。

 

 まず単純に、トレーナーからウマ娘の需要が上がる。

 チームを運用しているトレーナーは一定数存在しているが、チームのサブトレーナーをやっている者や専属契約を結んでいる者も決して少なくない。

 そんな自分のチームを持たないトレーナーたちが、この機に担当を持たない野良ウマ娘たちに目を向けつつある。

 

《トゥインクル・シリーズには適応されない非公式なチームとはいえ、理子ちゃんが自分のチーム全員のトレーニングを担当していたように、所属すればトレーナーの指導とチームの予算の恩恵は受けることができる。

 たとえ担当になってくれなくとも毎日顔を合わせてトレーニングしていれば縁は深まるだろうし、最悪名義貸しくらいはしてくれるだろうからね》

 

 また三年に渡って開催されるという性質上、どうしたって期間中に引退者は発生する。

 それが怪我や病気による故障なのか、成果が出せずにリタイアしたのか、はたまたシニア級で幾年も走り続け衰えを自覚した末の選択なのか、理由はウマ娘それぞれだろうが。

 個人ではなくチーム名を優勝まで運ぶ戦い。それがアオハル杯なのだ。

 

《アプリ版の頃、いくらアオハル杯で活躍しても個人に対するファンが増えなかった要因のひとつだろうなあ。まあ、現実になったこの世界でファンがまったく稼げないってことはないだろうけど》

 

 だからジュニア級から芳しい成果を出す可能性を示唆できれば、より長期的に活躍できる戦力をアピールできる。新入生の若いウマ娘たちのさらなる需要向上が期待できる。

 怪我や病気による故障だけは私個人の力ではどうしようもないが、そこはトレーナーの腕の見せ所としておこう。

 

《チートの影響で故障率はかなり下がっているけどねー。それでも怪我するときは怪我するからなぁ》

 

 さらに短距離・マイル・中距離・長距離・ダートの五つの部門で競い合うチーム対抗戦というのが素晴らしい。

 何を隠そう私には短距離から長距離まですべての距離適性がある。芝もダートも同じように快走できるし、脚質も逃げから追い込みまで何でもござれだ。

 厳密には性分的に私が差しと先行、テンちゃんが逃げと追い込みを担当しているのだけど、この身体がありとあらゆる状況に対応できるのは違いない。

 

《ふははは、あまりにもテンプレと笑うなら笑え。ちなみに我が固有は一度この身に受けた領域を劣化複製するコピー能力だ。テンプレチートも極めれば個性なのだよ!》

 

 何故か明後日の方向にヤケクソ気味で呵呵大笑しているテンちゃん。いつもの発作だろう。放置の方向で。

 

 ともあれ『チームメンバーが集まったけどこの部門の層が薄いなあ』となったトレーナーにとって私の存在はたいへんにありがたいはずなのだ。

 あらゆる部門に対応でき、アオハル杯を最初から最後まで走り抜けることができる若きウマ娘。チームの看板を背負うスターになりうる逸材だ。

 だからこの身の万能性をアピールすれば、すぐにスカウトが殺到する。

 

 そう思っていたのだけど……。

 

 

 

 

 

 トレーナーとウマ娘の最大の出会いの場である選抜レースは、年に四回しかない一大行事。そこで活躍できればスカウトの殺到は間違いないが、そう簡単に参加できるものではない。

 チームの入団試験も有名どころとなればウマ娘が殺到するが、開催はシニア級のウマ娘が引退した後のメンバー補充ということで一定の時期に集中している。

 

 その点、模擬レースは便利だ。これは学園の監査のもと行われる練習用のレースを指す。

 自主的に生徒たちがレース形式の練習を行う場合もあるが、そちらは野良レースと呼ばれ区別されている。

 

《空いたコースを使ってトレーナーを介さず、生徒たちが自主的に行うのが野良レース。

 事前に申請を出してコースを貸し切り、トレーナーや教官の監査のもと行われるのが模擬レース。

 担当を見つけていないウマ娘だけがエントリーできる、年に四回開催されるトレセン学園の一大行事が選抜レース。

 トレセン学園に来るまではぼくもごっちゃになっていたけど、実際はかなり違うものなんだよな》

 

 テンちゃんがわかりやすくまとめてくれた。

 ちなみに事前の登録が必要とされる模擬レースや選抜レースは実況者まで用意される本格的な催しであり、場合によってはその噂を聞きつけた人々により観客席がにぎわうこともある。

 どれだけ観客席を埋めることができるのか。それはレースに出場するウマ娘たちへの期待が目に見える形で現れたものであり、あるいはこの時点から突き付けられる残酷な現実でもある。

 

 ちなみに教官主導の模擬レースは定期的に開催されており、よほど普段の生活態度が悪くなければ参加申請は受理される。

 中央トレセン学園は文武両道。文をあまりに疎かにしすぎると、補習を始めとしたペナルティでレースの方も圧迫されてしまうということだ。

 

《逆に授業態度が悪すぎて最後のチャンスとして参加を強要されるタキオンみたいな例外中の例外もいるけどね。あれは選抜レースだったけど》

 

 そんな先輩もいるの? こわ、近寄らんとこ……。

 

 模擬レースには選抜レースのような『レースへの出走登録は一つのみ。複数のレースに出走した際は失格』という縛りはないが、それに倣うのが不文律だ。あまり一度に多くのレースに出走してもスタミナが尽きて結果を残せるものではないし、枠を圧迫して他のウマ娘に嫌われる。

 私はコミュニケーション能力に秀でているわけではないが、意図して荒波を立てる趣味もない。当然それには従っている。

 

 だがこの選抜レースの取り決め、実は抜け穴がある。

 あくまで芝は芝コース、ダートはダートコースの内部での制限なのだ。つまり芝とダートの両方を一つずつなら何も問題はない。ルールで許可されているというより、想定されていないだけなのだろうが。

 つまり『選抜レースの取り決めに倣う』のが不文律なら、模擬レースでも一つずつ走っても問題ないはずだ。

 その理論のもと、ここ最近の私は模擬レースのたびに芝とダートを両方走っていた。

 

『第一レース、ダート1200m。トゥインクル・シリーズを目指す九人のウマ娘たちが集いました。勝利を手に夢へと邁進するのは誰か?』

 

『第四コーナーカーブ、テンプレオリシュ! やはり彼女か! 今日はここで上がってきた!』

 

『凄まじい末脚。伸びる。追い上げる! 大外から差し切ってゴール! 大楽勝だテンプレオリシュ、着差以上の強さを見せました。このまま彼女の世代となってしまうのか?』

 

 本当はダートの短距離の後に芝の長距離でもやってやればインパクトあるかなと思っていたんだけど、ジュニア級どころかデビュー前のウマ娘に向けたレースって長距離が無いのね。

 

《そういえばメインストーリー第三章で長距離適性があるはずのデビュー前のBNWが、ダービーと同じ2400m(クラシックディスタンス)でひーひー言ってる描写があったもんなぁ。『学園に入ったばかりの子は、その半分くらいの距離から始めるのが普通なのよ?』ってあの教官も言ってたし。身体が育っていないうちに走らせるようなまねはしないか》

 

 仕方が無いので現時点で新入生に許された最長距離である中距離2200mで我慢する。

 さっきは差しでやったから、今度はテンちゃんに頼んで逃げをやってもらおう。影すら踏ませない大逃げはインパクト抜群なはずだ。

 

《まかせろーバリバリー》

 

 実のところテンちゃんに主導権を任せたままレースを走るような、ウマソウルをフル活用する行為を行うとテンちゃんのその日の活動可能時間はごりっと削られる。なのであまり使いたくはない苦肉の策だが……最近の雰囲気に少し焦っていた。

 

「無理ぃ!」

 

「なにあれ反則でしょ……レギュレーション違反だって……」

 

「このレース悪いけどウマ娘専用だから……!」

 

 はいこちらでもぶっちぎり。完勝でした。

 なのに……どうして誰も近寄ってこないんだろう?

 

 選抜レースを一度受けるまではウマ娘はトレーナーと契約を結ぶことはできない。でもあくまで口約束の延長線上だが、担当契約の予約はしばしば行われているし、禁止されてもいない。

 初日はそりゃもうたくさんのトレーナーに声をかけられたというのに。

 

 やっぱり最初に見栄を張ったのが失敗だったか。でもあれは必要な見栄だったと思う。意地とも言う。

 私がメイン、テンちゃんがサブ。それがこのテンプレオリシュというウマ娘の在り方だ。

 だからこれからトゥインクル・シリーズに挑む第一歩。共に二人三脚で歩むトレーナーへの対応はテンちゃんじゃなくて私が行うべきだと思った。

 その結果として予想以上の数のトレーナーに囲まれた時、周囲に見知らぬ人がたくさんいるプレッシャーから顔はひきつり真っ白になった頭で私はお断りの文句を吐いてしまったのだ。

 

 まだ二回勝っただけです。私をスカウトするかどうかは、ちゃんとレースを走り終えた後に決めてください。

 

 余裕がなくてはっきりとは憶えていないが、そんな聞きようによっては鼻持ちならないことを言った気がする。

 どうせならより高値で自分を売り込みたいという欲もあった。

 芝とダートをそれぞれ一回しか走っていないのにあれだけの評価だったのだ。もっと多彩な適性と脚質を見せれば、もっともっと良い待遇が得られると夢想した。

 

「すさまじいな。あのときは大口をたたく新入生が来たと思ったものだが……」

 

「テンプレオリシュ、彼女は何でも出来過ぎる。もはやオールマイティーという次元ですらない……過去のウマ娘の育成論は彼女には通用しまい。新種の生物をゼロベースから育てる覚悟が必要だろう」

 

「ああ。悔しいが俺たちでは彼女の可能性を縛り、狭めることしかできない。可能性を伸ばすのがトレーナーの仕事だというのにな。あの子の言葉は正しかったわけだ」

 

 現実はこれである。遠巻きにぼそぼそと話し合うトレーナーたち。

 距離があり過ぎてここからではウマ娘の聴覚をもってしても聞き取れない。頑張れば読唇術くらい可能かもしれないが、わざわざ陰口を努力して拾うのも虚しい。

 ああ、もっと近くに寄ってきていいんですよ? お買い得ですよ? いい仕事しますよ? 重賞レースばんばん勝って一緒にお金稼ぎませんか?

 

 泣いちゃいそうだ。

 これ私、今度の選抜レースで一位をとってもスカウトもらえるのだろうか?

 

 

 

 

 

 模擬レースの後は自主練だ。

 本来のレースであれば一回の出走で数キロ痩せることもあるという極めてハードなしろもの。走った同日にさらにトレーニングなど言語道断のオーバーワークである。

 でも模擬レース、それもデビュー前の私たちに課されるものとなるとコースの位置取りやバ群での立ち回り、周囲から掛けられるプレッシャーに慣れる、逆に周囲にプレッシャーを掛ける、などといったものを学ぶトレーニングの意味合いが強い。つまりレース後にも余力はじゅうぶん残っている。

 

《ぼくたちと走った子たちは軒並みぺしゃんこになっているのは個人差ってことにしておこうか》

 

 あといくつ寝ると選抜レースと数えられる程度には間近に迫ってきたため、ターフの人口密度はそれなりに高い。トレーニングには差支えが無いが。

 

《ぼくたちが利用しようとした区画から同期が逃げていくように見えるのも気のせいってことにしようね》

 

 うんうん、気のせいだ。何故かやけに広々としてしまったグラウンドを駆け抜ける。

 遠巻きにびしばし突き刺さる周囲の視線。あの、見学したって何も面白いこと無いと思いますよ? 一緒に走りません?

 私の走法は自分で言うのも何だがけっこうめちゃくちゃだから、参考にならないと思うし。

 

 ちなみに走法とは走る際のフォームのことだ。

 秒間の歩数を増やすことを重視するか、それとも一歩あたりの歩幅を広げることを重視するかで、ざっくりピッチ走法とストライド走法に分けることができる。

 とはいえ中間的なフォームの走者も多数存在しており、厳密な区分を設けるのは難しいのだが、そのあたりを語ると本題から逸れるのでさておく。

 

 どちらが優れているとは一概には言えない。

 比較的速度が出しやすく、しかし筋力が必要とされるストライド走法の方が上級者向けと言えるかもしれないが、一歩一歩の飛距離が伸びる性質上足への衝撃を始めとした身体への負担は大きくなる。けして上位互換というわけではない。

 一方のピッチ走法は身体にかかる負担は小さくなるが足の回転数を上げるということは単純に足と、ついでに人体の構造上腕を速く動かす必要がある。当然疲れる。

 一長一短。自分の身体に合った適切な走行フォームを導き出すのが一番だ。特にウマ娘は走るだけで骨折することもあるのだからなおさら。

 

 さて、私の走法がどっちかという話。

 薄々察しているかもしれないがどちらでもない。私は感覚で走っている。なんじゃそりゃと思われるかもしれない。少なくとも私は同級生がそんなこと言った日には思う。

 技術というのは『学習して覚える効率的な不自然』だ。そして日々のトレーニング、努力と研鑽というのはその不自然を積み重ねる行為だ。感覚で走るというのはその対極に位置するようなものだろう。

 

《ウマソウルという不思議パワーさえなければね》

 

 以前に述べた勝負服の例しかり、ウマ娘はときとして物理法則の外側に生きている。それは走法にも適応される。

 ヒトとウマ娘で外見の差異は耳と尻尾くらいしか存在せず、それは骨格の相似を意味する。つまり生物学的見地から言えば、両者の最適な走行フォームはイコールで結ばれてもいいはずだ。

 

 でも現実はそうじゃない。ウマ娘の走法は、特にスパート時に顕著だがヒトの走行フォームに比べ前傾姿勢が強い。

 葦毛の社会的地位を向上させたオグリキャップ先輩など、まるで地を這うような低い姿勢で走る。オオカミみたいですごくカッコいい。同じ葦毛としてけっこう憧れている。

 

《オグリは最推しのひとりだったんだけどなぁ。既にトゥインクル・シリーズを卒業してドリームトロフィーリーグに行ってしまっているのは残念だ。いやまあ、同世代で走るのもそれはそれで葛藤があっただろうけど》

 

 では、そんな彼女たちを生物学的に最適なヒト同様のフォームへと矯正すればタイムは速くなるのか?

 否なんだなぁ、これが。

 そのからくりがウマソウル、およびウマソウルから発せられる不思議パワーだ。

 

《実のところ前世の生物学的見解では、ウマ娘のパワーがあって体重が人間と同程度ならもっと速度が出るはずとされているんだよねえ。なのに実際はあっちの『馬』と似たような速度しか出せないんだもん》

 

 勝負服だって気合いだのなんだのと言うより『ウマソウルとの同調率を上げる』のが目的だという説もある。

 ウマ娘本人に自覚はないが、彼女たちが自分で選ぶ勝負服のデザインはその全身にウマソウルの『オリジナルとなったウマ』なる存在を彷彿とさせる属性がちりばめられている、らしい。

 

 ウマ娘の最適な走法とはすなわちウマソウルを最も効率的に稼働することができる姿勢を指すのであり、それを導き出す明確な方程式は現状存在していない。

 理論上正しいはずの指導を行ってもすべてのウマ娘に均等の成果が出ない。トレーナーが極めて難解な専門職とされるゆえんである。

 

 彼らは陸上競技のトレーナーとしてのスキルに思春期の少女のメンタルケア、下手なアイドル顔負けの歌とダンスの指導、レースの出走登録その他関連業務……それはもうマルチな技能を要求される上にウマ娘と二人三脚で彼女のウマソウルの最適解を導き出してやらねばならないのだ。

 うむ、激務だ。給料の高さや待遇の良さばかりがピックアップされヒトオスなら変身ヒーローと並び一度は憧れる職業だと言われているが、自分で走れる身からすれば正直割に合わないと思う。

 

《その割に合わない仕事をしてくれるトレーナーのためにも、稼いでやりたいものだよね。ま、いまのところまったく候補がいないんだけど》

 

 悲しい現実を思い出させないでほしい。

 

 その点、私は明確に有利だ。まさにチートといってもいいくらいに。

 私のウマソウルはとても雄弁だ。ウマソウルとの同調率はおそらくこの学園の中でもトップクラス。他のウマ娘たちが無意識に、あるいは感覚的に行わねばならないことを私たちは相談しながら行えるのだから。

 

 ぐるぐると遠まわりしてようやく本題に戻ってこれた。私の走法が参考にならない理由。

 テンちゃんと息を合わせて走ることを意識していると、その時々によってかなりフォームが変化するのだ。

 

 普段はピッチ走法のそれに近いと思う。

 日本人のような手足の短い体型にはピッチ走法が適していることが多いとも言われているが、けして私が同学年でも下から数えた方がいいほど背が低いことは関係がないだろう。

 

 だがテンションが上がるとだんだんストライドが長くなり、気が付けば自身の身長の倍以上踏み込んでいることも珍しくない。極端なときは自転車の多段変速ギアチェンジ並みにガチャガチャと歩幅が変わる。

 フォームが崩れる、というのともまた違うと自身では判断しているのだけど。なにぶん感覚的な話のため、トレーナーがついたら矯正されたりするのかもしれない。

 いやだなぁ。

 

《管理主義のリギルのトレーナーとか理子ちゃんとかとは相性が悪そうだよねえ、ぼくら》

 

 そんなことを話しながらターフを駆けていると、ふと視界に見覚えのある赤いツインテールが映った。自主練ではなくグラウンドの端に佇んで、何やら隣の鹿毛の子と話している様子。

 

《うぇ、あれはダスカと……その隣にいるのはウオッカじゃありませんかー!? ヤッター!!》

 

 いきなりテンションが跳ね上がるテンちゃん。

 こういうときはテンちゃんの言うところの『ネームド』と遭遇したときなんだけど、それにしてもテンションの上り幅が尋常ではない。

 

 っていうか、テンちゃんってスカーレットのこと嫌いってか苦手だよね。

 数えるくらいしか直接話したことないんじゃない? あんなに付き合い長いのに。

 

《いやさあ、ぼくは推しを感じていたいのであって干渉したいわけじゃないといいますか? ウオスカの間に挟まるとか邪道を通り越して邪教といいますか? 推しに認識されるのがご褒美ってオタクもいるけど、ぼくの宗派は違うのさ。理想を言えば壁とか天井とか床になりたい。せめてダスカだと初めて会ったときに気づけていればなあ》

 

 めちゃくちゃ早口だった。

 

 私たちが使うウマ娘の名前は親がつけるのではない。ウマソウルから受け継ぐ異世界由来のものだと言われている。ある日突然ウマ娘は気づくのだ、自分は誰であるのかということを。

 ただ、個人差はあれどだいたい十歳になるまでには誰もが己の名を自覚するが、逆に言えば名前が降りてくるまではウマ娘としての名前は無いことになる。母子手帳に書き込む名前が無ければ予防接種もろくに受けられないこのご時世にそれでは不便どころの話ではない。

 だからウマ娘はそれぞれウマソウルが告げる『ウマ娘としての名前』とは別に、親が考えた『ヒトとしての名前』も持っているのが通例だ。そっちの名前の戸籍もちゃんとある。

 むしろここがトレセン学園だからウマ娘の名前で呼び合うのが普通だが、一般の学校に進学する子たちはヒトとしての名前を使う機会の方が多いんじゃなかろうか。

 

 私とスカーレットが出会ったときもスカーレットはまだダイワスカーレットの名前を持っていなかった。あの特徴的なツインテールも高等部もかくやという肉体もなく、今と共通するのは赤毛くらい。

 暦の上では秋になっているのにやけに暑さが残った年で、ちびっこ運動会でスカーレット(予定)を私が後ろからまくり上げてぶっちぎったのが交流のきっかけだ。

 

 スカーレット(予定)はそれまで一度も負けたことが無くて、自分が『いちばん』で無くなったことに世界が足元から崩れたようなショックを受けていた。

 それは別にいいんだけど。

 問題は当時から彼女は既に自分の弱さを許さないプライドと、人並み外れた根性を持ち合わせていたことだ。そこに幼さゆえの無知と無謀をくわえると、出来上がるのが少年漫画の作者が寝不足とシメキリに思考をやられて捻り出したような修行パート(オーバーワーク)である。

 

 素人目にもこのままじゃ故障しそうだったから止めたかったのだけど、そのオーバーワークの原因となった私が声をかけたところで逆効果になりそうだったから、テンちゃんに代わってもらったのだった。

 

――あはは、きみは天才なんだねぇ

 

――努力さえすれば報われるだけの才能が自分の中にあると思っているだろう?

 

――努力教の信者かな。努力すれば報われるってことは、報われないモノはすべからく努力の足りなかった怠け者ってことになる

 

――精神が肉体を凌駕するにも、精神に応えられる肉体の基礎があってこそだ。少なくとも適切な成長のない肉体にどれだけ精神があったところで怖くないね

 

 話を右に振り、左に振り、意識に空白が出来たところで痛烈な言葉のワンツーを叩きこむ。傍目から見ればそんな感じにテンちゃんはスカーレット(予定)を説得し、オーバーワークをやめさせることに成功したのだ。

 

《口の上手さと性格の悪さで小学生に負けるつもりはないね》

 

 そこは胸を張るところじゃないと思う。

 ちなみにスカーレットは当時のテンちゃんを私と認識できなかったらしく、翌日の第一声で私に姉妹はいるのかと尋ねられた。

 テンちゃんと私では発声の仕方も表情筋の動かし方もまるで違うから同一人物と認識できないのも致し方ない。ホームビデオの映像とか鏡とかでたまに自分で見ることもあるけど、雰囲気がまるで違うのは自覚するところだし。

 

 ともあれ、それが今に至るまで続いているスカーレットとの腐れ縁、最初の一歩だ。

 なのにあれ以来テンちゃんはあまりスカーレットと会って話そうとしない。それがどうにも違和感というか、喉の奥に何か引っかかったようなすっきりしないものを感じる。

 

《だってねえ。ダスカの理想の『一番』がウオッカの残像に被り、ウオッカの『カッケェ』にダスカが被る。そんな両者の関係がてえてえわけですよ。そこにぽっと出のオリ主が割り込んでダスカの一番枠に割り込むとかね? ほんとNGっていうか、解釈違いっていうか。

 リシュがダスカと絡むのはまあこの世界のウマ娘たちの交流と割り切ることができるんだけど、ぼくが入るのはやっぱ反射的な嫌悪感が抑えきれないわけですよ、ハイ》

 

 私としては自身の半身がなじみ深い相手と疎遠なのは愉快な気分じゃないんだけどね?

 

《う……ごめん、前向きに検討しておくよ》

 

 それはやらないってのと同意義だよね。ま、いいけど。

 テンちゃんは昔からそうだ。私たちのことをどこか、やや香ばしい表現になるが世界の異物のように捉えている節がある。だからどうこう、ってわけじゃないけど。

 

 気分を紛らわせるようにスカーレットたちに意識を戻す。

 どうも彼女たちは私のことについて話しているようだ。十全に聞き取れるわけじゃないがバケモノだとか量産型ゴルシ計画のプロトタイプだとか思ったより小さいだとか、断片的なワードは判別できる。

 

 いや一体何の話をしているんだ何の。私を何だと思っているんだ。

 

 そもそも比較対象がおかしいというものだ。ゴールドシップ先輩はパリコレのモデルに匹敵するスタイル抜群の美女だ。喋ればハジケリストだが。

 

「……ゴールドシップ先輩、いやスカーレットと比べたって同世代は誰でも貧相な身体になると思うよ。比較対象が悪い」

「うおっ!?」

 

 つつーと歩調を速めてスカーレットたちに近づき、ツッコミを入れるとウオッカとやらが大げさに驚いた。スカーレットも軽く目を見張っているところをみるに私の接近は気づかれなかったらしい。

 そんなに存在感が薄いのだろうか。我ながらけっこう目立つ配色だと思っているのだが。

 

 ともあれ、まずは自己紹介だ。テンちゃんの謎知識で一方的に私は彼女のことを知っているが、ウオッカ何某からすれば私は初対面のはずなのだから。

 初対面の相手に馴れ馴れしい口をきく子も昨今は珍しくないが、個人的に礼儀を守るべき場面で守れないヤツはお近づきになりたくないタイプのバ鹿だと思っている。

 私たちのコミュ力の低さはもはやどうしようもない体質だが、それはそれとして私の両親は子供をきっちり教育できるひとなのだと行動で知らしめねばならない。

 

「やあスカーレット。何か私のことを話しているみたいだったから。そっちの人は初めましてだね。私の名前はテンプレオリシュ、スカーレットの……」

 

 ところで、私とスカーレットの関係って何なんだろう?

 友達とか幼馴染とか言ってもいいものだろうか? 当たり障りのないところにしておくか。

 

「腐れ縁だよ。よろしくね」

「お、おー。ウオッカだ、よろしくな」

 

 なんだかスカーレットがむっとした表情をした気がした。

 

「リシュ。アンタ今度の選抜レース、出る種目決めた? 決めてないならマイル芝1800mにしなさいよ。アタシが出るから」

「いきなり命令口調かよオイ」

 

 声色に含まれるツン成分も当社比三割増しだ。

 人心の機微に敏いつもりはないけども、髪型とか耳飾りとか雰囲気的にパンクでロックを気取っている思春期ガールのウオッカ殿がつい常識的なツッコミを入れる程度にはあからさまな態度である。

 まあいいけど。

 

「ん、いいよ」

「いいのかよ!?」

 

 そんな驚かれましても。

 最近指針を見失っていたし、誘ってくれるのなら乗るのはやぶさかではないというのが率直な感想だ。どの距離でもぶっちゃけあまり変わらないし。

 

 むしろスカーレットが1800mを選択したということの方が気にかかる。

 たしかに彼女に短距離は適性が乏しい。スピードが乗り切る前にゴール板を駆け抜けてしまう。彼女の適性はマイルから中距離、将来的には長距離も視野に入るだろう。

 ただ、それはあくまで将来的な話。いくら表面上は高等部に負けない恵体を誇るスカーレットとはいえ、その内面は本格化を迎えて間もないデビュー前のウマ娘である。

 

《今のダスカの発育でぼくらの知ってる逃げ先行の脚質だと1600mが現状の最適だよね》

 

 うん、テンちゃんも同意見だ。

 私からすれば3200mも1200mも少しばかり走り方を変えるだけの話だけど、一般的なウマ娘からしてみれば距離適性というのは死活問題のはずだ。

 自他ともに認める優等生のスカーレットが自らの適性を見誤るとは思えないのだけど。

 

《長距離だって走れるぼくらに忖度している……にしては中途半端すぎるな。将来の試金石じゃない?》

 

 どゆこと?

 

《ダスカ本人も将来的には長距離を走れるようになるつもりなんでしょ。有記念とかはすべてのウマ娘の憧れだもんね。賞金も高いし。

 彼女のマイル、中距離の適性をAとするのなら、長距離の適性がB程度なのはれっきとした事実。だから今の段階から少しだけ自身の最適より長い距離を走ることで、将来的にクラシック級やシニア級で長距離を走る際のシミュレートしているんじゃないかな》

 

 なるほど。『最初の三年間』に繋がる第一歩でさえあえて茨の道を選ぶとは、スカーレットらしい。

 私もウマ娘のはしくれ。俄然楽しみになってきた。その気持ちを伝えようとして。

 

「どれに出ようか迷っていたとこだったしね。スカーレットたちが一緒に走ってくれるなら……」

 

 くれるなら、何だというのだろう。

 あまり考えずに言葉を紡ぎ始めてしまった。

 

「退屈はしないで済みそうだ」

 

《ラスボスかな?》

 

 なんだこのセリフ。どこのライバル枠の敵キャラだ。

 誘ってくれて嬉しいよって漠然とした気持ちを舐めているだとか見縊っているだとか不快に思わせないように装飾しようとしただけなのに、どうしてこうなった。

 

「で、用件はそれだけ? せっかくだし併走でもする?」

 

 しかし一度口から出てしまった言葉を戻すすべはなく、羞恥心なんてちっとも感じていませんよとばかりにポーカーフェイスを維持することしか私には許されない。

 

「遠慮しておくわ。アンタと次に走るのはレースにしたい」

「そうだな。俺も同意見。今度の選抜レース楽しみにしておくぜ。首洗って待ってろよ!」

 

「あ、そう……」

 

 己の内心から全力で目を背けて笑顔で話題転換を試みたけど、無情にも切り捨てられた。

 そんなにスッパリ断らなくても。傷つくじゃん。

 

「じゃ、私は続きするから」

 

 傷心を内に秘め、足取りだけは軽快に、私はその場を後にするのだった。

 背中に二筋の視線が熱く突き刺さっていた気もしたが、誘いを断られる程度の間柄だし気のせいかもしれない。

 

 




野良レース、模擬レース、選抜レースの区分はアプリの『ヘルプ・用語集』の記載に準拠したものです(一度選抜レースを受けるまではスカウトが許可されない等は当作品の独自設定ですが)。
育成をやりこんでいても認識があやふやだったり、意味を間違って覚えていたりする用語がままあるので、これからウマ娘二次を執筆してみようと思っている人は一度目を通してみるのがおススメ。
単純に読み物としても面白いですしね。
ウマ娘もっとふえろ。

次回、ダスカ視点

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