「ウマソウルってうるさいよね」「えっ」「えっ」 作:バクシサクランオー
さりげなくジャパンダートダービー編、開幕していきましょう。
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衝撃の余波
U U U
運が捻じれている。
テンちゃんはそう表現する。
たとえばある日、急にプリンが食べたくなったとか。
それもコンビニで買えるようなお手軽なものじゃなくて、先日マヤノに教えてもらったファッション誌に載っているような流行りの有名スイーツが無性に食べたくなって、一駅分走ってわざわざデパートに向かったとか。
そしてその目的地や道中で思ってもいなかった顔ぶれと遭遇し、巡り巡ってトレーニングのヒントになってスキルアップの大きな一助になるとか。
いや、どうしてそうなるんだって振り返れば自分でも思うけど。実際にそうなっているんだから仕方がない。
まるで誰かがお膳立てしたように、極めて限定的なシチュエーションが確率の息の根を止める勢いでがっちり噛み合う。何度経験しても慣れない奇妙な感覚だ。
あるいはそれをありふれた言葉で表現するのなら、運命というやつなのかもしれない。
だから、もしかすると。
あの『出会い』というよりは『すれ違い』と言うべきあの子との巡り合いも。
図書館で今にも力尽きそうになっていた彼女の背中を無責任に押したことも。
いつの日か『あれは運命だった』と、思い返すような時が来るのかなって。
U U U
テンちゃんが脳内でまどろんでいる。
今日のダービーでは無茶をしてしまったから、休んでほしいと思う。
それが私の素直な気持ちで、だからこれは私が自分の意志で選んだこと。誰かに強要されたわけじゃない。
それはそれとしてパシャパシャと鼓膜に刺さるシャッター音や、網膜に瞬くフラッシュは不愉快極まりない。つい顔を顰めてしまいそうになる。
「今回のダービー、レコードを更新しましたがそれについて何か一言!」
「これまでダービーを走った誰よりも私が速かった。それだけのことです」
勝利者インタビューってやっぱり苦手だ。
トゥインクル・シリーズを走るウマ娘の仕事と割り切っているからやるけども、ただでさえ不特定多数の前で緊張しているのにレースの疲労が重なりろくなことが言えない。
ここにいるのがテンちゃんだったのなら、にやにやと不敵な営業スマイルを浮かべていたことだろう。だけど実際にいま表にいるのは私であり、興奮が醒めきった後の仏頂面が表面化しないようゆるい無表情を取り繕うので精一杯。
現にこうしてごくごく当たり前のことを言ってしまったくらいだ。こんな面白みのない発言ばかりだからか、熱狂していたインタビュー会場の空気はいまや冷えきっている。
うん? 何か変なような。しらけているというより凍り付いているという方が今の空気を表現するにはふさわしい。
もしかして面白みのないことじゃなくて、かなりおかしなこと言ってるのか私?
でもテンちゃんに声をかけて起こすのに比べたら、おかしなことをいって空気を冷却する方がマシだな。正しいとか間違っているじゃなくて、単純に優先順位の話。
レコード更新って言ってもさ。誇らしい気持ちがないわけじゃあないけど。
アングータさんがかなりのハイペースでレースを引っ張ってくださりやがって、そのハイペースに対応しきったウオッカが最後の直線で鮮やかに差しにいって。
そんな彼女たちに勝つためには、それまでのウマ娘が築き上げた限界をひとつ正面突破するしかなかった。本当にただそれだけの話なのだ。
それに、別にレコードを更新したからといってこれまでダービーを獲ってきたどのウマ娘よりも強いと主張できるわけじゃない。バ場状態が悪ければタイムが出ないし、そのレースの先頭を走る逃げウマがスローペースに持ち込めばやっぱりタイムは遅くなる。
新規ファンが『レコードを出したからこのウマ娘は強いんだな!』と素直な感想を出したところに、目をどんより濁らせた自称玄人が『はあ? この素人が! そもそもレースってのはな……』と噛みつき聞かれてもいない知識をつらつらと語って相手をうんざりさせるのは稀にこの界隈で見られる光景である。
そんなことして新規参入を難しくしても業界自体が先細りするだけだと思うんだけどなあ。それでもやっぱり自分だけのアイドルが軽んじられる、あるいは軽んじられたと感じるのは一部の過激派にとっては許せないことらしい。
どうでもいいね。
「……で、ではゴール直後、珍しくはしゃいでいる姿が目撃されましたが。やはりテンプレオリシュさんにとっても『ダービー勝利』というのは特別なものだったのでしょうか?」
「ああ、そうですね。楽しかったし、嬉しかったので。桐生院トレーナーに“ダービートレーナー”の称号を贈れたことも誇らしく思います」
今度の発言は正解だったらしい。空気がほっと弛んだ。
正直、さっきの空気を凍らせた発言と何が違うのかさっぱりわからん。頭をろくに使っていない無難な言葉しか吐いていないのは同じじゃないのか。
それと、ゴール直後の我を忘れるような感情の奔流。
あれは私の感情ではない。いや、私だけの感情ではない、というべきか。
アレは私たちの感情、つまりオーバーフローで境界線を貫通したテンちゃんの情緒が流れ込んだことにより錬成されたおかしなテンションである。
普段はそんなことは起こらない。身体は共有しているから肉体の支配権を持つ方の感情が身体に反映され、その身体からのフィードバックが裏に控えている方に影響を与えることはあるが、基本的に私たちの心は独立している。
ただ、私たちの魂は奥底で深く結びついている。個別の存在であるのと同時に同一の存在でもあるのだ。
だから極端な激情を抱くと、たまーに境界線を貫いてもう片方の情緒にダイレクトな影響を与えてしまうことがある。
幼いころはいざしらず、ある程度情緒が安定してからは滅多に起こらなくなっていたんだけどなー。それだけ『ダービーでウオッカに勝利した』というのはテンちゃんにとって一大事だったようだ。
あの歓喜とも悔恨ともつかない感情の奔流あっての謎テンションからのバンザイだったのだ。そこは勘違いしないでほしい。
まあこんなこと、赤の他人どもに説明なんてできないしする気もないんだけどね。
「二冠ウマ娘となったことでファンの方々から宝塚記念の投票数も期待できますが、次走は考えていらっしゃいますか?」
「宝塚は無理です。次走はジャパンダートダービーを考えています」
「ダートですか!?」
「はい、ダートですよ。私は芝もダートも走れるウマ娘なので」
無茶言わないでほしい。期待するのは勝手だがそれに関して応える気はまったく無いぞ。
今年の宝塚ってゴールドシップ先輩とナリタブライアン先輩が正面衝突する魔境じゃないか。
まだ無理だ。勝てない。脚を壊す勢いで全力を出して、ようやく勝ち目が見えてくるレベルである。
そして私は脚を壊す気などさらさらなく、そんなモチベーションで挑んだところで勝てるわけがない。
勝てないと判断を下したレースに周囲への義理で出走するのは、逆に失礼と言うものだろう。
ちなみにそのレジェンドどもは、アオハル杯だと同じチームに所属しているというね。今のチーム〈キャロッツ〉はたしか二十二位だっけ? 下位の子たちが可哀想だからとっととランキング上位まで上り詰めてほしいものである。
勝利者インタビューはレースの熱を極力逃がさないようにするためか、ウイニングライブの前に行われる。逆に言えばその後にライブが控えており、ステージに上がる前にシャワーを浴びたりバ場状態や天候によっては着替えが必須だったりするわけだから長々と拘束されることはない。
その他にもいくつか質疑応答を重ねて、そろそろ切り上げどころかなという空気が流れ始める。そんなときだった。
「あのっ!」
小さな子供の声がその場に転がり込んできたのは。
いや、私も中等部二年だし、体格も相まって大人から見れば十分に『小さな子供』の範疇かもしれないけど。
その私から見てもさらに幼いという意味で、彼女は本当に子供だったのだ。
艶のある黒みがかった長い鹿毛にしわ一つない上品な衣服。ああ、いいとこのお嬢様なんだろうなと感じるちいさなちいさなウマ娘。
どうしてそうしたのかわからない。でも私は記者を手で制しながら一歩前に進み出ると、ひざを折って彼女と視線を合わせた。こんな奇特な行動を好みそうなテンちゃんではなく、やったのは間違いなく私だった。
インタビューの最中だというのに。後に予定がぎっちり詰まっているというのに。横紙破りを愉快に感じるような感受性は持ち合わせていないというのに、何故だかそのときはそれが正しいことだと思ったのだ。
「あのっ、ごめんなさい。でもわ、わたし……!」
「うん、大丈夫」
いや、たぶんあまり大丈夫じゃないけど。
それは一番、この場に飛び込んできてしまった彼女自身が自覚しているのだろう。声は震え、今にも泣きだしそう……というか既に半泣きだった。
幼い子供だから特別扱いするなんて無責任な外野からすれば美談のようにも聞こえるが、悪しき前例は作らないに越したことは無い。脳裏でそう判断する自分がいるのに、何故だかこの子の話を聞いてあげたいと考える自分の方が優先される。
あくまで第一印象だが、きっとこの子はいい子だ。衝動に振り回されがちなこの年齢のウマ娘にも拘わらずぴかぴかのお洋服。両親の言うことをよく聞くお利口さんなのだろうと思う。そんな子をここまで駆り立てた衝動を蔑ろにしてはいけない気がしていた。
だけど時間が押しているのも事実。この子の親が慌てて迎えに来たら流石にそれを遮ってまで話を続けてやることはできない。表情筋を意識して動かし、微笑の形にして彼女の言葉の先を促す。
躊躇は今の状況じゃ贅沢品だ。さっさと本題を切り出すんだよ。
そんな自分でもよくわからない心の動きに寝心地が悪くなったのか、もう一人の自分が覚醒する気配がした。
《うーん、むにゃむにゃ。もう食べられないよぅ……えっ》
いまどき聞かんぞそんな寝言、というさっきまで寝てましたアピールが脳内に響く。
だけど寝ていたのは本当なのだろう。テンちゃんのめったに聞けない、演技が完全に剥がれた素の驚き声だった。
次いで発生する本日二回目のオーバーフロー。あの子を見た瞬間テンちゃんの中に生じた衝撃が私の心にも流れ込んでくる。
ウオッカとの一戦で一時的に境界線がゆるんだのかとも考えたが、あるいは流れてくる感情の奔流はウオッカに勝ったとき以上のようにも思えた。
歓喜、驚愕、興奮。ポジティブなラインナップではあるものの、それ以上に『信じられない』という思いの方が強い気がする。絵本の中の英雄が突然目の前に現れたらこんな感じだろうか。
「わたし、身体がちいさくて、爪もうすくて……だけど! それでも、貴女みたいな強いウマ娘になれますかっ?」
「なれるよ」
テンちゃん即答である。
主導権はごく自然にそちらに移行していた。いちおう言語を介さずざっくりした情報共有は行ったものの、寝起きとは思えない鮮明さと自信満々な態度でテンちゃんは言葉を紡ぐ。
「たしかに体格で劣る分、激しい位置取り争いには不利だ。でもぼくが弱いかい? 弱かったことが一度としてあったかい?」
論より証拠とばかりに親指で自分の胸を指す。勝負服の下の心臓はトクトクと小気味よく脈打っていた。
興奮しているな、と脳内で私は他人事のように見ている。テンちゃんが楽しそうなのはいいことだ。
「しょせんは搭載しているエンジン次第。逃げや追い込みで走れば無視できる範疇の問題でしかないし、刻一刻と変幻するバ群を完全に把握できているのならどの脚質だって十分に対応できる。ぼくみたいにね」
海外では接近も接触もポジション争いの挨拶みたいなものらしい。実際、国際招待G1競走であるジャパンカップでは苛烈なポジション争いを繰り広げる海外勢に苦慮する日本勢の姿が見られることもしばしば。
つまり逆に言えば、この国では接近も接触もラフプレーとして忌避される傾向にある。そういう意味では体格に劣る私たちのようなウマ娘でも戦いやすい土俵と言えるだろう。
体重が軽いからどうしてもぶつかり合いでは不利になるが、それならぶつからなければいいだけの話だ。
体格が優れた相手に近寄られると緊張してしまうのは生物の本能。そして緊張すると無駄に力んだり体力を消耗したりする。体格のアドバンテージというのはざっくり言ってしまえばそういうことで、プレッシャーをかけられても平然とやり返せるような精神力があればさほど問題にはならない。
実際、これまでレースを走ってきて私は両親から貰ったこの体格を恨んだことはない。それに不利だからと言って当たり負けするとも思わないしね。
「ま、キミには追い込みが合ってるんじゃないかな。たぶんだけどね。爪の薄さも蹄鉄やシューズをしっかりしたものにすれば十分補える。もしかしたらオーダーメイドになるかもしれないけど、逆に言えば腕のいい職人の囲い込みに成功すればクリアできる障害でしかない」
ぱっと見でわかる少女の情報などたかが知れているのに、声の強度に確信を感じた。信じているのではなく知っている分野を語るときの力強さ。
いわゆるネームドに遭遇した時にテンちゃんはよくこんな口調になる。中央にきてから学園の生徒以外でこんなテンちゃんをみるのは初めてじゃなかろうか。
「軽さは武器だ。鈍重なやつらが足を取られるような悪路でも、ぼくたちなら平然と駆け抜けていけるよ」
まあそれはバ場の状態を瞬時に把握できる私たちの観察眼あってのものだけども。
普通はパワーで重いバ場を吹っ飛ばせるタイキシャトル先輩のような恵体ウマ娘の方が悪路は有利なのではなかろうか。
ただ、軽いというのは負荷がかかりにくいということだ。そしてトゥインクル・シリーズのウマ娘は日常的に負荷の摂取には事欠かない。それこそあっさり許容量を超過してしまうくらいに。
あまり人前で大きな声では言えないが、故障しにくいというのは確かなメリットだろう。
それにしても、なるほどねぇ。
私はダービーウマ娘を背の順に並べたらかなり前の方になるだろう。歴代ダービーウマ娘のプロフィールを余さず暗記しているわけではないので断言はできないけど、やっぱりスポーツというものは基本的に身体が大きい者が『体格に優れている』と表現されるものだ。
身体が小さいというのは傍目にもわかりやすい不利な要素で、本人のコンプレックスにもなりやすい。だからこそ、小柄な私がダービーを圧勝したことでいてもたってもいられなくなったのか。
おとなしそうな顔をして案外、心の奥底には激しいものを秘めているのかねえ。
「あとはその勝負事となれば抑えが利かなくなる衝動の強さをしっかり乗りこなしてくれるパートナーに巡り合えたら、もしかすると『奇跡にもっとも近いウマ娘』と称えられる日だって来るかもしれないよ」
にっこり笑ってテンちゃんは小さな女の子の頭を撫でた。
まるでスポーツ選手のようだな……って、今の私たちはまさにスポーツ選手のはしくれか。
と、ここで終わったら爽やかなスポーツマンが未来を担う子供たちへ向けた祝福の言葉だったのだろうけど。テンちゃんのにっこりがニヤリに変わる。
「ま、それでも奇跡そのものである
「いや、そこは譲っときなさいよ!?」
どこか遠くでスカーレットのツッコミが炸裂した気もしたけど、さすがに気のせいだろう。
勝利者インタビューはリアルタイムで観客席からも確認できるとはいえ距離が距離だし。人混みの雑音もあるし。
イレギュラーのあったインタビューを無事に乗り越えて、人生二回目の『winning the soul』もしっかり歌って踊って歓声を受けて、帰ってから今日のダービーの激闘を語り合いたかったのにテンちゃんが疲れて先に寝ちゃったから仕方がないので私も寝て。
翌朝、テンちゃんが起きてきてからようやくほっとひと息つけた。
やれやれひどい目に遭ったとこぼしたくもなったが、勝っておいてその言いぐさは無いだろうという気もする。勝者がひどい目に遭ったというのなら、敗者たちはいったい何なのだという話で。
仕方がないので気持ちを切り替えて、昨日のあれはいったい何だったのか確認することにした。まるで引き寄せられるようにあの子と話した、見えない不可思議な流れ。
いや、実のところそれも気にならないわけじゃないけど、さりとてさほど重要というわけでもない。
あの小さなお嬢様はテンちゃんにとっていったいどんな存在だったのか。そっちの方が私的には大事な話だ。
あの後、保護者が迎えに来る直前にあの子の名前は聞いておいた。やっぱり知らない名前だったし、メジロだとかシンボリだとかそういう学園で関わりのある名門の冠名でもなかった。
つまりテンプレオリシュというウマ娘のこれまでの人生の中で接点がある相手ではなかった。そうなるとテンちゃんが眠気を押してまでわざわざ前に出て対応したのはテンちゃん個人の都合ということになる。例によっていつもの根拠不明のふんわり情報に基づいた行動だ。
《まあ、リシュにとってのオグリキャップみたいな存在だよ》
テンちゃんの返答はきわめてシンプルだった。
なるほど。つまり色々とそれっぽい理屈を並べ立てることはできるが、要するに『ただのファン』ってことか。
《リシュにとってのオグリのように。誰かにとってのミスターシービーやシンボリルドルフ、ナリタブライアンのように。ぼくにとっては『彼女』が
お子様は今でもだろうに。
吐き捨てる私はちょっとばかし面白くない気分だった。テンちゃんの言葉はそれこそ、憧れを語る幼い子供のようにきらきらしていたから。
《ははっ、まったくもってその通りだ。返す言葉もない。まあウマソウルそのものは存在していないはずがないとは思っていたけど、まさか会えるとはねぇ。直撃世代としてはこう、痺れるような震えが走ったぜ。
案外わかるものだなぁ。四足歩行から直立二足歩行に大変身してるっていうのにさ。むかし歌手とそのモノマネ芸人を見分けるってテレビ番組があったときにCDを買うくらいしっかり何年もファンやってる歌手なら一発で聞き分けられる自分に驚いたものだけど、ニュアンス的にはあれに近いかな。
それにしてもあの英雄サマに憧れの目を向けられるとは、ぼくも順調にテンプレオリ主街道を突き進んでいるじゃないか。ふふ、くくく、あーっはっはっはっは!》
滂沱のごとく流れる多弁にヤケクソ気味の高笑い。
嬉しかったのは本当。だがその反面、どこまで自覚できているのか定かでないがあの一件はテンちゃんに一定の精神的負荷を与えているようだ。
全体像はさっぱりだが、局所的には想像できるような気もする。私だって憧れの相手に逆に憧憬の視線を向けられるようなことになれば、誇らしさよりもバツの悪さの方がきっと勝る。
ましてやあの子は今のところ、デビューはおろかトレセン学園に入学すらしていないただの子供。ファンになるような功績は何一つとして存在していない。テンちゃんのふんわり情報で時系列が迷子になっているのはままあることだから、もしかすると将来に偉業を成し遂げる英雄がいまだ幼いのをいいことに誑かしたような罪悪感があるのかもしれない。
まあしょせんは想像の域を出ず、テンちゃんが隠してることを暴く気が私には無いのでこの話はこのくらいで切り上げるとして。
でさ、強いの? あの子。
より気にするべきはそれだろう。
今の私はトゥインクル・シリーズを走るウマ娘。憧れの存在は同時に、強力なライバルにもなりうる因果な立場だ。
あの子はすごくちいさくて幼い印象を受けたけど、そこは不思議要素たっぷりのウマ娘。本格化の噛み合い具合によっては某戦闘民族のように一定の年齢から急激に身体が成長することもありうる。
要するに外見から年齢が割り出しにくいのだ。ちなみにあの子の名前は聞いたけど、年齢は聞き忘れた。必要事項をきっちり押さえるだけの体力的、精神的余裕なんてあのときの私たちには無かったのだ。
《ぼくの知っている通りなら無茶苦茶強い……けど、まあ気にする必要はないよ。仮に最短ルートで来年入学して即デビューしたとしても、その頃にはぼくらはシニア級だ。シニア級とジュニア級は公式戦でぶつかり合うことは無いし、ぼくらにシニア二年目は無い。そうだろ?》
それもそうか。当初の計画通り順調にいったら私のトゥインクル・シリーズは三年で終わりを告げるはずだ。その後のドリームトロフィーリーグは考えていなかったけど、今はどうかなぁ。
桐生院トレーナーに頭を下げてお願いされたらちょっと断れないかもしれない。
はたしてこれは成長なのか、退化なのか。
《進化の対義語は停滞で、退化も進化の一種だって昔マンガで読んだよ。まあリシュが人情やしがらみにとらわれる程度の社交性が出てきたのは人間的には進歩じゃないかな。あの葵ちゃんが自分の担当ウマ娘の意に沿わない進路を押し付けてくるとも思えないし》
それもそうか。そこは信頼してもいいところか。
信頼といえば。私はダービーを含む二冠ウマ娘に、そして桐生院トレーナーは“ダービートレーナー”の称号を得たわけだし。
そろそろ話しておいてもいいかもしれない。
桐生院トレーナーは驚くだろうか。
《さあ、どうだろうねー》
あ、これは反応に予想がついてるけど別に話すつもりのないときのテンちゃんだ。
まあいいさ。
英雄? 奇跡? いくらでも称えられているといい。
戦って負けてやるつもりはさらさらない。
《うん、もしかして嫉妬してる?》
そうだよ、悪い?
《あんな小さな子供相手にって考えるとちょっぴりカッコ悪いかなー。でも、いいこいいこー。ぼくにとっての一番はいつだってリシュだよー》
脳内で展開される頭を撫でられるイメージに、私は鼻を鳴らして応えた。
もっとなでろ。今の私は子供扱いにへそを曲げるほど子供じゃないぞ。
……今日はもう少し甘えるとしよう。
あとテン&リシュ誕生日おめでとう!
作中で勝手に決めた日付ではあるけど、不定期の中その日に投稿できたから一応言っておこうね。