「ウマソウルってうるさいよね」「えっ」「えっ」   作:バクシサクランオー

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( ^ω^)「新規キャラ引けたら更新のやる気出るんだけどなーおれもなー」

新衣装タマモ&新衣装イナリ「10連で来ちゃった♪」

白マック&ナカヤマフェスタ「10連で来ちゃった♪」

ワンダーアキュート「10連で来ちゃった♪」

(;^ω^)「書くか○ぬかどっちか選べって三女神に言われている気がしてきた…」

というわけで12月予定でしたが11月中に頑張って書き上げました。
嘘のような本当の話、確率どうなってるんだ(ふるえごえ
とりま、夏合宿編開幕です。

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感想、誤字脱字報告もありがとうございます。


繋ぐ海辺
夏合宿、始まっています


 

 

U U U

 

 

 夏だ。海だ。合宿だ。

 

「おーいデジタル先生、ベタとトーン終わったよ。確認よろしく」

「えっ速!? しかも上手ッ!? なんですかこのクオリティ神ですか!?」

 

「お手本、見せてくれたでしょ? センスが問われるような部分はともかく、指定された部分を言われた通りにやるだけならまあ。身体操作の範疇だよ」

「……もしかしてその赤い右目、巴浮いてたりします?」

「あいにく公式メンヘラ顔芸一族に生まれたおぼえは無いかなぁ」

 

《使えたら便利そうだけどねぇ、写輪眼。初期設定では忍術と幻術と体術の三本柱だったのに中盤で幻術(笑)になったのは忍術でありながら体術と幻術の欲張りセットをやってるアレの影響が少なからずあると思うよ》

 

 なのにどうして私たちは合宿所の部屋に籠ってこんなクリエイティブな活動に汗を流しているのだろうか。

 いや、別に文句があるわけじゃないんだけど。

 手助けを申し出たのは私からだし。趣味に全力投球中のデジタルはとにかく輝いているから、特等席でまじまじとそんな友人の顔を観察できるのも悪い気はしないんだけど。

 ふとした拍子に自分は何をやっているのかと我に返りそうになる。

 

《あ、でもバクシンオーあたりの因子を活性化させて『万華鏡写輪眼!』ってやったらウケるかな?》

 

 やだよ私、そんな大学生の飲み会一発芸みたいなことするの。

 

 

U U U

 

 

 トレセン学園名物、夏合宿。

 

 七月から八月まで、海沿いの合宿施設に泊まり込んで行われる特別なトレーニング。その効果は確かなものであり、夏合宿を終えたウマ娘は一回りも二回りもその実力を成長させると言われている。

 ……夏休みって暑くて学業に差しさわりが生じるから休みになっているんじゃないだろうか。それなのに猛暑の二か月がまるまる学校行事で消費されるのは何やら理不尽なものを感じなくもない。

 

 正直なところ、今になって年末に帰省しなかったことに後悔している。後になってから悔やむから後悔とはよく言ったものだ。最後に両親と顔を合わせてゆっくり話したのはいつだっただろうか。

 何の目的もなく話がしたい。生活をあの人たちと共有したい。時間に追われながら顔を見る時間を作るのではなく、ひたすら一緒にダラダラしたい。

 テンちゃんがいなければくじけていたかもしれない。ひとりでふたつの私ですらこうなのだから、孤独を分かち合う相手もなく親元を離れてひたすら夢に向かい邁進する同朋たちは本当によくやっていると思う。

 

《なんなら本当に一回帰るか? 休みが作れないわけじゃないし、デジタルなんてまさにそうだろ。八月某日の二日間は何があろうとお休みさせてくださいって覚悟の決まった目で言ってたじゃない。

 時間なんてその気になればいくらでも捻出できるものだ。その暇がないように見えるのは、ただ効率を崩したくないだけの怠惰だよ》

 

 いいや、やめておくよ。

 その効率を崩して負けたら私は誰にも言い訳できないから。

 自分で選んだ道だ。後悔はしても逃げたり逸れたりするつもりはない。

 今の私がやるべきことは両親に会う時間を作ることではなく、会わない選択に見合うだけの価値をこの時間に生じさせることだろう。

 

 それに、これらの感傷もしょせんは選ばれし者の嗜好品みたいなものだ。

 夏合宿はすべての生徒が参加できるわけではない。

 こまごまとした取り決めを除けば、条件はおおきく二つ。

 

 一つ、クラシック級以上のウマ娘であること。

 つまりデビューできていないウマ娘は無論、ジュニア級のウマ娘も参加できない。去年の私も参加できなかった。

 

《タマの育成シナリオではジュニア級のオグリとクリークが参加していた描写があったんだけどなあ。そのあたりはプレイアブルキャラ視点優先ってことかな。

 まあメイクデビューは早くて六月。そこから夏合宿に参加しようと思うとかなりバタバタしたスケジュールになるし、普通のトレーニングすら覚束ない子たちに『特別なトレーニングでさらなるスキルアップを』という夏合宿の趣旨は合致しない。順当な決まりだと思うよ》

 

 それが正論なのはわかるけど、桐生院トレーナーの身体は一つしか無いから。

 私とデジタルの不参加組のトレーニングとミーク先輩の夏合宿を並列して担当するため、彼女が死ぬほど忙しそうにしている二か月間はなかなかに心苦しかった。あまり良い印象は抱けない取り決めだ。

 私とデジタルなら血肉に変えられたのではないかと、その傲慢さを自覚しながら否定しきれない想いがあるから、なおさら。

 

 一つ、一勝以上していること。

 収得賞金がゼロのウマ娘は参加できない。とはいえ、たしか今のトゥインクル・シリーズにおいて未勝利戦に出走できるのはクラシック級の夏が最後だったはずだ。それまでに勝ち上がれなければ中央でのキャリアは事実上の終焉と言える。だから未勝利のウマ娘なら合宿に参加している余裕など無いはずで、こちらは順当な制限に思える。

 

《まー厳密にいえば障害に転向すれば中央であり続けることはできるけど、平地にこだわるなら地方に移籍するか引退するかの二択になるね》

 

 これらの条件を満たせるのは実のところ、トレセン学園の三割にも満たない。

 そして残される七割以上の生徒が皆、夏休みを気兼ねなく満喫しているはずもなく。

 そんな彼女たちにこんな愚痴を聞かせる気にはならないな。人心の機微に疎いと各方面から言われる私ではあるが、そこまで鈍感にはなれない。

 

 もとよりここはトレセン学園。一度入学してしまえば卒業まで安定して在籍できるそこらの学校とは異なり、さらさらと砂が零れ落ちるようにウマ娘たちが消えていく場所だ。

 未勝利戦の終わりという一つの区切りがあるためか、夏休み明けに見なくなる顔はことさら多いそうだ。私たちは最短でメイクデビューを果たしたから幾分かマシだが、来年以降はもっと露骨にクラスメイトの数が減っていくのだろう。

 わかっていて選んだ進学先ではあるが、改めて実感するたび憂鬱になる。まったく、中央は鬼の住処だよ。

 

 それに、これらの制限も何も悪意があって設けられているわけではない。

 仮に合宿施設なり何なり、単純な設備側の不足なら秋川理事長は私財を投入してでも解決していることだろう。学園周辺の土地を買い取った超大型スパの設立を計画して駿川秘書に止められただとか、学園に回転ずしの導入を企画してやっぱり駿川秘書に止められただとか。嘘か本当かわからない噂が多数あるお方だ。

 暴走しがちではあるが、あの人のウマ娘を想う気持ちは本物だろう。つくづく私の現役期間と秋川理事長がアメリカへ長期出張になっている期間が重なっていることが惜しい。彼女が学園にいて何がどう変わったかなんてさっぱりわからないが、学園の一生徒として間近で見ていて欲しかったと思う。

 

《その代わりに理子ちゃんがいるじゃない》

 

 樫本代理はまあ、うん。

 どうしても学園に通うウマ娘としては、管理主義を押し進める侵略軍(チーム〈ファースト〉)司令官(トレーナー)ってイメージが強いから。

 当初と比べるとイメージはだいぶ緩和されたが、敵はやっぱり敵なのだ。

 

 夏合宿の参加資格に厳しい条件が設けられている理由はただ単純に、それをクリアできる程度の実力が無ければリスクが高すぎるからだ。

 先にも軽く述べたが、夏合宿は一定ラインの実力者がさらなる力を得るためのトレーニングが主となる。

 基礎が出来ていないのに応用をやっても身につかない、っていうのも確かにあるけど。それだけじゃないというか、それが主題じゃないというか。

 中央に来るようなウマ娘はライバルが努力していればそれに触発されて自らもそれ以上に努力を重ねようとするような子ばかりだ。

 でも、そのハードトレーニングをちゃんと血肉に変えることができるのか。資質と適性の差は残酷なまでにはっきりと存在している。

 

《『努力の才能』ってひどい言葉だと思うよ。努力にすら才能が必要なら、才能の無い凡人は本当にどうしようもないもの。

 ただ、『努力チート』っていうのも限界まで努力したことのないやつらの戯言だ。きっとそいつらは『あいつと同じ量のトレーニングを積んだら自分は故障するだろう』って絶望したことがないんだろうね》

 

 不特定多数に無意味な喧嘩を売るのはやめようか。

 

 でもまあ、私も無いかな。スカーレットはたまにバカみたいにエグいトレーニングメニューを考案しては、自前の可愛らしい手帳に書き込んでいるけど。

 彼女とまったく同じメニューを熟し続けたとして、先に音を上げるのはきっと私の身体の方ではない。

 より長い時間多い量のトレーニングした方が伸びるというのは絶対ではないが、ある種当然のことだ。そして大量のトレーニングに耐えうる頑丈さや、負荷を血肉に変える回復力という要素は、生まれ持ったものが確実に関係してくる。

 少なくとも同期を相手に『彼女と同じ量のトレーニングをしたら私は潰れるだろう』と感じたことのない私はきっと恵まれている。

 才能。そのたった二文字の漢字で構成された言葉に、日本語はいったいどれだけの概念を詰め込んでくれたのやら。

 

《きっとモブウマ娘と呼ばれる子たちの体力ゲージは上限が50も無い。ざっくり言ってしまえばそういう話だね》

 

 なんかまとめっぽく言われた内容の意味がさっぱりなのはちょっと心苦しいけども。

 ある意味で夏合宿とは『素質を有する少数につられ破滅の道を歩まぬよう、素質に劣る大多数を隔離するイベント』と言えるのかもしれない。

 

 二か月。

 将来的にはいざ知らず、いまだ人類が地球で暦を刻んでいる現代では一年が十二か月しかないことを考えると決して短い時間ではない。

 もとより中央のウマ娘はレースがあれば全国各地、場合によっては海外まで行脚を余儀なくされるわけだが、ここまで長期間級友との接点が消失するのも珍しい。

 夏休みにクラスメイトと疎遠になるのは小学校の頃にもあった話だけど。合宿という予定がぎっちり詰まったトレセン学園の夏は、そうではない夏休みを過ごせるクラスメイトたちとの間に無視し難い壁を構築しているように思えた。

 

《あるいはイベントでネームド同士がよくつるんでいたのも、ただ単にシナリオの都合だけじゃなかったのかもねえ。レースの成績が違い過ぎると日常生活でも越えがたいギャップが生じてしまう。悲しいけどそれが現実なのかもしれない。

 まあそんな透明だけど越えがたいはずの断崖を、縦軸も横軸もぶち破って交友関係を構築しちゃう子もいるけどねー。ハルウララっていうんですけど》

 

 ウララすごいよね。学年はデジタルと同じ私たちの一つ上、トゥインクル・シリーズでは私たちと同期。でも年下なんじゃないかと思わせられるくらい純粋で無垢で幼い印象を受ける桜の髪色と瞳を持つ少女。

 仲良しチームで作った〈にんじんぷりん〉がアオハル杯プレシーズン第一戦で〈キャロッツ〉に吸収されてからおよそ半年、勝てないウマ娘の代表格と言われてきた彼女はいまや夏合宿に参加している。〈キャロッツ〉の優駿たちと共鳴するようにここ最近めきめきと実力を伸ばし、ついに未勝利の壁を突破したのだ。

 自分より格下だと思っていた相手に並ばれ、超えられる。そんなとき人は自分でも想像していなかったほどに醜悪になれるもの。ウララのときにもそういう子がいなかったわけではないみたいだけど。その存在に気づくことさえなく、好意も悪意も嫉妬も羨望も全て解きほぐして仲良しの渦に呑み込んでしまったご様子。

 ルドルフ会長とは別ベクトルのカリスマの化身。あるいはカリスマの一点に限って言えばかのシンボリルドルフさえ超えているかもしれない。間違いなくバケモノにカテゴライズされるべきウマ娘だろう。

 

 ちなみになぜ彼女を愛称で呼んでいるかというと、友達になったからだ。今年の夏合宿、うちの〈パンスペルミア〉はチーム〈キャロッツ〉と合同でトレーニングすることになったので。もともとチーフトレーナー同士に交流があり、メンバー同士の実力も拮抗しているので、ちょうどいいだろうと。

 〈パンスペルミア〉は現状、大半がジュニア級もしくは未デビューの子で構成されたチームなので、夏合宿に参加できているのは半数にも満たないという裏事情もある。ランキングにしては人数が少なめな〈キャロッツ〉と合わせてちょうどアオハル杯一チーム分の枠になるそうで。リソースの管理分配がしやすいとかなんとか。

 

 それにしたって本当にそんな軽いノリで決めていいことなのだろうか。たしかに実力者揃いの〈キャロッツ〉と夏合宿という好環境で切磋琢磨できるのは助かるけども。

 いちおうライバルじゃないのかなあ。手の内を晒して大丈夫なのかな。

 

《葵ちゃんが決めたんだから大丈夫じゃない? 仮に大丈夫じゃなかったとしても責任を取らなきゃいけないのはトレーナー側でぼくらじゃないし、どうするべきかと考えるだけ時間と労力の無駄さ》

 

 それもそうか。だったらここは担当されるウマ娘らしく無邪気に信頼しておこう。

 

 ウララがフレンドリーな女の子というのは知識としては知っていたけど、経験してみるとやっぱり違う。すごい。空気が独特というか。

 私はわりと人見知りするタイプだという自己評価なのだが、気づけば先輩呼びも敬語も粉砕されていた。なんというかこう、『仕方ないなぁ』と肩の力を抜いてしまう愛嬌に溢れたお人なのだ。

 古い中国の小説に出てくるカリスマ特化の英雄ってもしかするとこんな感じなのかもしれない。

 

《〈キャロッツ〉と〈パンスペルミア〉の両陣営で織り成される友情トレーニングかー。熱い夏合宿になりそうだな……》

 

 とはいえ、今の私はジャパンダートダービーを終えたばかり。

 目標通りきっちり一バ身でデジタルを仕留め脚の負荷を抑えることに成功したが、それでもダートG1は伊達ではない。消耗はれっきとして存在する。

 夏合宿は既に始まっていて、実際に〈キャロッツ〉との顔合わせやレクリエーションは終わったが、私の本格的なトレーニングへの参加は七月後半からだ。

 

《クラシックの夏には魔物が潜む。ミスターシービーは夏風邪をひいた。ナリタブライアンはうだるような暑さのせいで夏負けをした。かのシンボリルドルフでさえ夏合宿の時期には肩のあたりに違和感があったという。

 ぼくらには足を引っ張られるようなエピソードこそ無いけど、故障だけは一度陥ってしまえばチートでもどうしようもない。せっかく今はゴルシTという心強すぎる味方がいるんだからバンバン活用していこうね》

 

 はいはい、無理はしませんよ。私だけの身体じゃないからね。

 七月後半までは身体が鈍らない程度の適度なトレーニングをこなしつつ、合宿組にもしっかり出されている宿題を片付ける日々が続く。

 ……夏休み組と同じ量が出るのは少しばかり理不尽だと思うんだ。いや、トレセン学園が学校である以上『これだけは勉強しておかなければ』という総量が変わらないという理屈は理解できるんだけど、感情的にね。

 

『うわーん、夏のあいだ先輩に会えないのマジでさびしーっす! こっそり合宿所に行ったら先生に怒られるっすかねー?』

「怒られると思うよ。やめておきなよ」

 

 せっかく先輩としての振る舞いも板についてきたというのに、夏合宿の間はまた最年少の立ち位置に戻ってしまう。使わなければ衰えるのはなんだって同じ。

 新学期にまた先輩メンタルを構築し直すのが面倒だなぁなんて思っていた。でも夏が始まる前に思っていたほど後輩たちとの交流は途切れないようだ。

 今もこうやって宿題をこなす傍ら、スマホ越しにやり取りしている。画面の向こうでは日本ダービー直前インタビューの後に絡んできた後輩ちゃんが私と同様、シャーペンを握りしめまだ白い部分が多いプリントに悪戦苦闘していた。

 

《テレビ電話って一昔前まではSFの世界だったのになあ。今では各家の固定電話どころか一人一台レベルで出回っているんだもん。かがくのしんぽってすげー》

 

 懐かれたものだと思う。

 最も頻度が高いのは彼女だけども、この子以外にもちらほらと連絡をくれる後輩はいる。そしてちらほらとはいえ、それがアオハル杯チーム一枠分ともなればほぼ毎日誰かしらとスマホ越しに会話することになるわけだ。

 通信費用が少し心配になるが、生活に必要なことだからと料金は両親持ちで私の方には届かない。ぶっちゃけ、どんな料金プランなのかさえ私は知らなかったりする。

 ま、まあ私お金持ちだからね? 口座の上には私たちふたりだけなら一生働かずに生きていけそうな額が既に存在している。引退までにこの倍は稼ぐ予定なわけだし、経済的な恩返しは成人してから存分にするとしよう。

 

『だいたい、わけわかんないっすよね。何でマイナスを引いたらプラスになるんすか?』

「私は既に夏だというのに未だそこに引っかかっていることにちょっぴり戦慄しているよ……」

 

 トレセン学園の学力ってピンキリが過ぎやしないだろうか。

 頭が良い勢の上澄みは大学レベルどころかその教授も唸らせる高度な理論を展開し独自の研究を重ねているが、頭ざんねん勢の下限は呆れを通り越して呆気にとられるくらいアホだ。ここはあえて直接的な表現を使おう。本当に擁護のしようもないほどにアホなのだ。

 両者をまとめて面倒を見なければならない教師陣の苦労がしのばれる。そしてあまり面倒を見きれていない気もする。

 そういう彼らが少しでも学力を平均化できるように捻り出した努力の結晶がこのプリントなのかと思えば、少しはやる気も出てくるような気がしなくもない。

 楽しいとはやっぱり思えないが。

 

「そうだなー。ゴールに向かうのがプラス、スタートに逆戻りするのがマイナスだ。スタートの方を向いたままバック走してみ? スタートとゴール、どっちに進む?」

 

 こういうとき、テンちゃんは身近なものに喩えるのが抜群に上手い。

 テンちゃんが脳内で通訳してくれなければ、私は今よりもずっと他者との共感能力に乏しいウマ娘に育っていたことだろう。

 

『……おお、ゴールの方に進んでいる!? そういうことだったのかー。うわーすげー、先輩天才っす!』

「うん知ってる」

 

 こういう面倒見の良さが好かれる要因かなと思う。

 でも活動限界のあるテンちゃんがこの子たちに接する機会ってあんまりなくて、大半は私が担当している。気まぐれに面倒を見るくらいでここまで好かれるものだろうか。

 わからない。私には対人経験が圧倒的に不足している。

 ただ、テンちゃんが積み上げた功績なのであれば私が勝手に目減りさせるのは筋が通らないので、あまり彼女たちへの対応がぞんざいになり過ぎないように注意しようかという気にもなる。

 

 ちなみに余談だが、ここ最近テイオーからは一度もかかってきたことがない。

 マヤノとはわりと頻繁にやり取りしているらしいから、スマホを介したやり取りが嫌いとか、そういうことではないのだろう。

 まあマヤノとテイオーは寮のルームメイトだから学年の差があってもなお〈パンスペルミア〉の中でもひときわ仲のいいコンビなのだけども。それを差し引いても社交性のあるテイオーが連絡の一つも寄こさないというのは意外ではある。

 いよいよ嫌われたかな、とも思ったが。それにしてはタイミングが不自然だ。

 もしかするとテイオーの中では、私は既にライバルなのかもしれない。中央の生徒にとって一口にライバルと言っても関係性は様々だけども。

 

《強く意識している仮想敵となれ合う気にはなれないよねー》

 

 もしもその想像が合っていたらと思うと、何だか面映ゆい気分だ。

 追われる背中であるというのも悪くない。

 

 ……それにしても学力、かぁ。よそ見をしている余裕なんてこれまで無かったけど、ふと夏休みの宿題と向き合っていると気づいてしまう。

 レースは私の人生のほんの一部でしかなくて、昔はただ余生としか思っていなかったその後の人生の方がよほど長いのだということを。これらの勉強はその長い長い時間に対応するために必要だと、大人たちが親切心で用意してくれた旅支度なのだ。ありがたいね、うんざりするけど。

 私は成績優秀の枠には含まれるが、独自の理論を展開するような上澄み勢ではない。勉強は必要だからやっているだけで、あまり好きではない。

 せっかく中高一貫のトレセン学園に合格したのだから、改めて受験勉強というのは気が進まないな。

 

《レースを終えた後の学園生活のこと言ってる? うーん、たしか転校って原則として同種の学校形態でしか認められなかった気がするけど、この世界のトレセン学園の場合どうなっているんだろうね。

 毎年一定数の子たちがリタイアしているよね。その全員が転入学じゃなくて編入学だったりするのかしら。その場合、その子たちみんな履歴書に『トレセン学園 中退』と一生書かなきゃいけなくなるわけだけど流石にそれは辛すぎないか?》

 

 トレセン学園に入学したときは走る自分しか想像していなかった。

 具体的に何年トゥインクル・シリーズを走るかなんて、デビューどころかトレーナーも見つかってない一年半前の私には遠い未来の話だったのだ。

 でも今は違う。『最初の三年間』が最後の三年間になる未来が明確に見えていて、時が来れば私は引退する。

 引退した後、私はいったいどうしようか。具体的にはトレセン学園に在籍し続けるべきか否か。そもそもそれは可能なのだろうか。たぶん高等部の時間がまるまる残っているのだけど。

 トレセン学園に在籍しながら走らない選択をした自分など想像もしたことが無かったから、調べもしなかった。走らないことを選んだ先達ってたいてい別の道を選んで学園から去ってるしね。

 

《タキオンのストーリーを見る限り、デビュー前にも拘わらず走る意欲を見せないウマ娘に学園の対応は厳しいようだけども。チヨちゃんシナリオのゲキマブを見た感じトゥインクル・シリーズを事実上引退してドリームトロフィーに移籍する前の状態でも、成果を出していれば在籍し続けることはできそうなんだよね。

 んー、桐生院あたりに聞いてみようか。進路相談がトレーナーの仕事なのかは知らんけど、あの子ならしっかり調べて付き合ってくれると思うよ》

 

 んー今度、また今度ね。

 今は本当に忙しそうだし、私だって忙しい。レースを走り終えた後のことなんて、ある意味はるか遠くをよそ見しているヒマなど無い。

 有記念を走ればそれでクラシック級はおしまい。少し時間ができるはずだから、そのときにまたいろいろ相談してみよう。

 

 せっかく中高一貫に合格したのだから、しかも世間一般的には難関と言っていい試験だったのだから、許されるのならこのまま高卒の学歴まで欲しいところだ。

 しかし両親の出会いの場となったキャンパスライフにも憧れみたいなものはあるので、できれば大学にも行ってみたい。その場合、大学受験を前提とした学力が必要なわけで。

 上澄み勢を見ればトレセン学園でそれだけの学力が得られないなどと口が裂けても言えやしないが、純粋に学園側が用意したカリキュラムだけ見ればレース中心に構成された勉強量だと両親が行っていたレベルの大学にはちょっと足りない。国立だもん。

 自分で足りない差分を追加で勉強するの? そこまでして大学に行って何をしたいのやら。自分でさえわからないのに大学にいく時間と金と労力を使ってもなぁという思いもある。

 

《二年生の夏。高校にせよ大学にせよ受験を考えるのであればそろそろ具体的な行動を起こさないと間に合わなくなる時期だ。時期的には進路について悩むことは何もおかしくはない。

 でも中央トレセン学園に合格してトゥインクル・シリーズにデビューしてガンガンG1獲ってるぼくらがいまさら将来について頭を悩ませる羽目になるとは思わなかったよね》

 

 まったくだね。

 走っている間は頭も体もレース中心でよそ見をしているヒマなんて無いんだけど。

 こうやって走れない時間がまとまって来て、加えてレースとは無関係な科目の勉強を山ほどしたりすると、ふとレースの後にも人生が続いていることに気づいてしまう。これもある種の感傷と言えるのだろうか。

 将来のことを考えると言えば聞こえはいいが、レースという観点でいえばしょせんは雑念カテゴリー。もしも仮にキャンパスライフのことで頭がいっぱいで練習に身が入らず負けましたなんてことになれば、私は錯乱してそこらの大学を瓦礫の山に変えるだろう。それは誰にとっても不幸すぎる。

 未来のことに悩めるのは若さの特権なのかもしれないけど、なんか、こう。

 

《ワクワクするよね!》

 

 ワクワク、か。

 ……うん、そうだね。楽しもうか。

 きっと私たちならどうにでもなるし、何だってできるだろうから。

 

『先輩せんぱーい、自分もいつか夏合宿に参加したらそのときは面倒みてくれるっすか? 一緒に焼けた砂浜を裸足で走りたいっす!』

「ん、ちゃんと参加条件を満たしてなおかつタイミングが合えばね」

 

 この子は間違いなく素質だけで言えば中央でも上位陣なのだけど、テイオーみたいな時代を築く器ではない。テイオーや私は中等部一年でデビューしてジュニア級、中等部二年でクラシック級という理論上最短ルートを進んでいるが、中等部一年の間は教官の指導の下じっくりと基礎力を付けるのが一般的な流れだ。

 ウマ娘によっては高等部に上がってからデビューすることも決して珍しい話ではない。この子が素質相応の速度で順当にステップアップするのなら、彼女が合宿の参加条件を満たした頃には私はもうトゥインクル・シリーズを引退している可能性が高い。

 

『おっしゃ! にひひ、約束っすよ?』

「ああ、私は約束を破らないよ」

 

 でもそのときまだ私が学園に在籍しているのであれば、合宿への参加資格がまだ私に残っていたのであれば。上から目線で恐縮だが、この子のために何かしてやってもいい。そう思うのだ。

 ちなみに仮にそこに私がいなかったとするならそれは『タイミングが合わなかった』というやつで、嘘ではない。

 トゥインクル・シリーズという大舞台。その外側にどこまでも広がっている冷たい空気を吸い込んでしまった肺臓が、この子と話していると少しずつ温められていくような気がする。

 たとえ閉ざされた箱庭であろうと今の私たちにとっては目に映る世界の全て。その視界を共有できる相手は大切にしたい。

 それに箱庭ではあっても狭いとか浅いとか、そういう形容詞からはかけ離れた世界である。数多の怪物がひしめく伏魔殿を生き抜く苦労、分かち合える相手は一人でも多い方がいいだろう。

 

『先輩せんぱい』

「うん、なに?」

 

『この前のジャパンダートダービー、ちょー凄かったっす』

「もう何度も聞いたよ、それ」

『何度だって語りたくなる衝撃体験だったんすよ』

 

 先輩と呼ばれる身として、そろそろ宿題に取り掛からせた方がいい気がしてきたが。

 スマホ越しでも衰えない彼女の目の煌めきに、何となく聞き続ける。

 

『自分もデビューしたらあのレースを走るんだって、たぶん初めて恋焦がれたっす。レースを見てワクワクした経験はそりゃたくさんあったっすけど『ダービー走りたい!』ってタイトルに憧れるクラスメイトの気持ちがようやく理解できたっつーか』

「そんなのでよく中央に来ようと思ったね。私もあまり人のことは言えないけどさ」

 

 日本ダービーに憧れて走り始めたウオッカ然り、トリプルティアラを獲るのだと決めていたスカーレット然り、中央に来るウマ娘はこのレースを走るのだと心に決めてからこの道を選ぶ者が少なくない。

 こだわり過ぎるのも悪影響だが、モチベーションは実際大事だ。高い目的意識はときとして常識の壁を穿ち時代に蹄跡を刻む。

 極端な例は現在〈キャロッツ〉所属中のミホノブルボン先輩だろう。彼女は生来の適性はスプリンター、つまり短距離向けの体質ながら絶対にクラシック三冠を獲るのだと決意していた。その曲げられない信念のもと時代錯誤のスパルタ式だと揶揄されるような厳しいトレーニングをトレーナーと二人三脚で乗り越え、ついにはシンボリルドルフ以来の無敗の二冠まで達成したのだ。

 三冠目の菊花賞でライスシャワー先輩に敗れたけど。それなのにミホノブルボン先輩とライスシャワー先輩のお二人の仲は悪くない、どころかかなり仲のいい友人関係なのだから人間とはわからないものだ。

 

『いやー、自分の家ってそれなりにレースにどっぷり浸かった名門なもんで。中央の基準で言えばいいとこ中の下っすけど』

「中央の上の上は天井知らずだからねえ」

 

 私たちの上で『黄金世代』と讃えられる時代をトゥインクル・シリーズに築いた優駿の一角、スペシャルウィーク先輩はトレセン学園で遭難しかけたことがあるとかないとか。それくらい中央トレセン学園の敷地は広い。

 だが中央で名門といえばシンボリと並び称されるメジロ、そのご令嬢メジロマックイーンさんがぽろりと零したことがある。学園の広大さは、実家のお屋敷を彷彿とさせるという旨の内容を。

 迷子になってじいやに迎えに来てもらったとか、見かねたおばあ様が廊下に目印のぬいぐるみをたくさん置いてくれたとか、微笑ましいのか戦慄すればいいのか判断に迷うエピソードも併せて考えればあくまで幼少期の思い出補整込みの話なのだろう。小さい頃は何でも大きく見えるものだ。お前は今も小さいだろとか言ってはいけない。

 それでもメジロのお屋敷が私たちの感覚からかけ離れた広大さを誇ることは事実だ。私の実家の廊下には目印など必要ない。

 そして海外からの留学生でアイルランドのやんごとなき身分ともっぱらの噂のファインモーション先輩が『行ってみたいと思ったところに、すぐ行けちゃう』手ごろな広さだと喜んでいたのを見たことがある。全部の施設を自分の目で見て回ることが可能な時点で、彼女にとっては『あんまり広くない』のだ。実家は広すぎて迷ってしまったからここでリトライだとも、ちょっぴりしょんぼりしながら言っていた。

 うんまあ、日本は海と山に挟まれた国土の関係上、居住に確保できる土地が限られるからね。それにしたって王家ヤバい。

 

『親戚も姉も周りがみーんなレースの道に進んでいる中で、自分だけ別の道を選ぶにはコレっていう何かがあるわけでもなかったんで。いちおー地元じゃ負け知らずみたいな? 姉妹の中じゃあ自分がいちばん成績よかったんで、まあ流れで?』

 

 ほんとうに才能とは残酷だ。

 私やこの子みたいな高尚な目的意識が無い者でも相応に努力すれば成果が出せる。一方でどれだけご立派なお題目を抱えていようと、私たちより才能が無ければ同等の努力をしている限り負けるのだ。

 ま、私を天才と呼んだやつらの中で本当に私よりも汗を流したウマ娘がどれだけいるのかまでは知らんがね。

 

『そんでついうっかり中央なんかに合格しちゃって、引くに引けずにここまでずるずる来ちゃって。案の定、中央は自分なんか凡人になっちゃうくらい本物の天才でいっぱいで、まあ実家に言い訳できる程度に努力は続けてたんすけどー』

 

 仕送りの額減らされたくないんでー、とケラケラ笑う姿は真面目なウマ娘が見れば憤慨ものだろうが、まあ私は特に腹も立たない。お金は大事だ。

 それに中央という環境で『言い訳が成立する程度の成果』を出すために、どれだけの努力が必要なのか。彼女が積み重ねてきたそれを私はちゃんと知っているから。

 

『だから本当に、惰性だったんすよ。リシュ先輩とデジタル先輩のあのデッドヒートを見るまでは。G1という大舞台、南関東随一の長さを誇る最後の直線での鍔迫り合い、もーサイッコーでした。いつか自分もアレを未来の後輩に見せてやるのが、今の自分の目標っす』

「ふぅん」

 

『もーいけずぅ。そこは『がんばれ、応援している』の一言くらい無いんすか?』

「無責任なことは言わない主義なんだ」

 

 数多のウマ娘の血と涙を啜って咲き誇る大輪の花、それがG1の冠だ。

 後輩ちゃんはたしかに地元では天才だったことだろう。でも天才が集う中央では、その天才たちの中でまたランク付けが生じる。

 先にも述べた通り後輩ちゃんは全体の上位三割、つまり勝てるウマ娘ではある。一勝はできるだろう。オープンウマ娘にだってなれるかもしれない。でも重賞はどうだろうか。

 重賞ウマ娘が鎬を削るG1のステージ中央で、この子は踊ることができるだろうか。バックダンサーすら厳しいというのが正直な私の見立てだ。

 

 憧れと現実の差は努力で埋めることができる?

 奇跡は願うものではなく起こすもの?

 否定はできまい。事実としてミホノブルボン先輩は憧れを貫き、菊の舞台まで無敗で上り詰めた。

 だが奇跡の対価は往々にして前払いだ。そして代金が足りなければ何の成果も出せないまま対価だけきっちり持っていかれる。

 この子が走れなくなった時、その原因が私というのは御免被る。

 

『ぶー、自分にはできないって思っているんすか?』

「嘘はつきたくないけど、わざわざ本当のことも言いたくない」

『むっきー! 否定してないっすよそれ』

 

 私はさっきから周辺視とマルチタスクの合わせ技でスマホの画面を視界の中心に据えつつ、すみっこに映るプリントを着々とこなしているのだけど。もう二枚くらい右から左に移行したのだけど。

 画面の中の後輩ちゃんはどう見てもおしゃべりに熱中してしまっている。あまり人に指図するのは好きではないのだけど、そろそろ注意する心構えをしておくか。

 

『もー怒ったッス! いいっすよもう! 先輩の予想、ぜったいに裏切ってみせるっすから。せいぜいその時に備えて吠え面の練習でもしているんすね!』

「そう? そっちに関しては応援してあげる」

 

 切り立った崖に全力疾走するのを無責任に応援することはできないけど。

 私の漠然とした直感が間違いだったというのなら話は別だ。懐かれて悪い気のしない後輩が、私の予想を覆す勢いで成長するというのは素直に喜ばしい。

 

『……そこでその笑顔は反則っしょ』

 

 気炎を上げていた後輩ちゃんは何故かぷしゅーと崩れ落ちてしまった。

 さて、話に一区切りもついたことだし言うぞー。

 

「ほら、喋ってばっかりじゃなくて手も動かす。適当だろうと間違いだろうと書き込まないと宿題は終わらないよ」

『ういーっす……あっ』

 

 画面の向こうでプリントに取り掛かろうとした後輩ちゃんの目線が、私の背後あたりに釘付けになったまま硬直し――それとほぼ同時に振り切った私の裏拳が背後より迫りくる目に見えない『何か』を打ち砕いた。紙風船と小麦粉を足して二で割ったような何とも言い難い手ごたえ。

 

《多いなぁ、ここ。海辺だからか夏だからか、けっこうな頻度で湧いて出てきやがる》

 

 そんな蟲みたいな言い方しなくても。

 いや、たしかに感覚的には似たようなものか。

 

『ヒュー! パイセンヒュー!!』

 

 うーん。中央に合格している以上、この子も自分で言っていた通り地元ではぶっちぎりの実力者だった可能性が高いんだけどなあ。どうしてこの後輩ちゃんはこんなにも太鼓持ちキャラが似合っているんだろう。謎だ。

 

「というかきみ、()()()側だったんだね」

『うっす。といっても先輩みたく祓ったりできるわけじゃないし、霊感強い子にありがちな面白エピソードもあんま無いっす。たまーに『うわーいるわー。見えないふりしとこ』ってなるくらいなんで、たぶんフィーリング合ったときにぼんやりわかる感じなんじゃないかと』

 

「ふーん、そっか」

 

 あーいや、よくよく考えてみればトレセン学園ってけっこうな頻度で霊障案件が持ち上がるけど。

 生徒の中でまったく霊感ありませんって子は意外と見たこと無いかも。どこまで知覚できるかに個人差こそあるが、なにかしら姿なり声なりを認識できていた気がする。以前にテンちゃんが言っていた巫女云々の素質ゆえなのだろうか。

 

 ちなみに後輩ちゃんがまるで私が有能な霊能力者のように言ってくれているところ悪いが、実のところ私にいわゆる霊感と呼べるものはあまりない。

 姿を見ることはできないし、声を聴くこともできない。

 ただなぜか触れることができる。

 本当になんでかは知らないが殴れるし蹴れる。私が触れているモノにもその影響力は及ぶようで、偶然持っていたスポーツタオルで絞め潰したり鉄パイプで粉砕したりしたこともある。

 その力の延長線上でこの世ならざるものに干渉するようになった空気を媒介に、気配のようなものを察知しているだけだ。この変則的な霊媒体質の影響範囲がどのくらいなのか、あまり興味がないので調べたことはないけど。三メートル圏内くらいであれば『ああ、そこにいるな』とはっきりわかる。

 音は空気の振動であるわけだし、そこまでいくなら声くらいは聞こえそうなものだけども。幽霊を物理法則の範疇で考えるだけ無意味なのかもしれない。オカルト的なアプローチにおいて『姿が見える』と『声が聞こえる』はきっと特別なことなのだろう。

 ちなみにテンちゃんはもう少しはっきり知覚できるらしくって、初めてマンハッタンカフェ先輩と出会ったときは彼女の“ともだち”とガンを飛ばし合っていた。犬の縄張り争いみたいでちょっぴり可愛かった。

 

《そんなに奪いやすいように見えるのかな。ムカつく》

 

 いくらこの世ならざる存在だからといって、初対面の相手にいきなり殴る蹴るの暴行を加えるのはいかがなものかと思ったことが無いでもない。小さいころの話だけど。

 でもテンちゃん曰く、持ち場や役割があるわけでもないのにふらふらと接触してくるような輩は人間社会でいうところの不法入国した犯罪者でほぼ決まりだそうだ。見つけ次第駆除するくらいで丁度いいらしい。

 人間との最大の違いは人権がないところ。見えないし聞こえないからこそできる無茶もある。幽霊の事情に興味はない。相棒がそう言うのならそれでいい。

 ただ見えるし聞こえる方々にとってはなかなかショッキングな光景らしくて。一度フクキタル先輩の前で拳を振り抜いたときは呆然とした様子で自分の頬に指を当てていた。まるで目の前で『何か』の頭蓋が柘榴のようにはじけ飛び、返り血その他諸々の飛沫を確認しているような仕草だった。なんだかごめんなさい。

 

 

 

 

 

 かくして、七月前半の間に私は夏休みの宿題をすべて終わらせることができた。

 小学生の頃の絵日記のような毎日やらないといけないような課題が無かったのは、スケジュールに自由が利かない中央のウマ娘事情を慮った結果だろうか。

 どんな理由であれ後顧の憂いを完全に断つことが出来たのは喜ばしい。

 

 七月後半、いよいよ夏合宿に本格参戦だ。

 

 

 




この作品の投稿を始めてから気づけば一年が経過していました。
ここまで書きつづけられたのは間違いなく皆様のお陰です。かさねがさねありがとうございます。
スローペースで進んでいく拙作ですが、どうか末永くお付き合いくださればさいわいです。

それはそうとミーク先輩の強化おめでとう!
これはココングラッセの強化も遠からず来るな!
筆が遅いのにもメリットがあるもんだ。

この作品の投稿を開始したころはアオハル杯全盛期で、根性は死にステと言われていましたからねぇ。
それが根性育成全盛期になりーの、ライトハローが台頭しーの
完結までにどれだけ環境が変わっていることやら…
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