「ウマソウルってうるさいよね」「えっ」「えっ」   作:バクシサクランオー

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夏合宿、参加しています

 

 

U U U

 

 

 遠慮なく降り注ぐ太陽。

 控えめながらも自己主張を忘れない潮騒。

 

「いったぞー!」

「わーい、今度こそリシュちゃんつかまえちゃうぞー!」

 

 祝、夏合宿本格参戦は現在進行形。

 現在の種目は『尻尾オニ』だ。

 これは相手の尻尾を掴んだら勝ちという、ウマ娘にはなじみ深い鬼ごっこの一種である。幼いころに一度もやったことのないウマ娘なんてそうそういないだろう。

 

《今にして思えば、ああやって幼いころから『ウマ娘とヒトミミの身体の違い』を刷り込んでいるのかもね》

 

 言われてみればたしかに。身体が育ってから本気でぶつかり合ったら怪我では済まないものね。

 

 足場の悪いこの砂浜では単純な身体能力が第一に要求されるが、だからといって障害物のない炎天下で考えなしに走り回っていればあっという間にスタミナが尽きてしまう。レースと同様にペース配分やとっさの判断力、相手を誘導しレーン的袋小路へ追い込む策略も求められるわけだ。

 遊びのように楽しめながらも奥が深い、まさにこれぞ夏合宿という演目だろう。

 

「すくらんぶーる! リシュちゃん、かくごー!」

「チッ、今度こそ……!」

 

 私を取り囲むのは〈パンスペルミア〉と〈キャロッツ〉から選出されたクラシック級連合軍の四名。ウオッカ、ウララ、マヤノ、そしてスカーレットの同期組だ。

 デジタルはまだジャパンダートダービーの疲労が抜けきっていないと判断され、夏合宿への本格参戦はおそらく八月に入ってからになる。残念だ。

 

 ちなみに現在のチーム分けは私が一人だけ逃げる役。

 あとは四人とも鬼だったりする。

 念のため言っておくと、何も初めからこんなトレーナーぐるみのいじめ現場みたいなゲームバランスだったわけではない。私があまりにも自重せず勝ち続けたため、調整に調整を重ねたこの結果なのでその点は安心していただきたい。

 まあ、相手チームからすればちっとも安心できないだろうけどね。心底楽しそうに笑っているのはウララくらい。

 特にスカーレットの目がヤバい。怖いとかじゃなくてヤバい。

 

《あれはナリブ因子継承していますね、間違いない》

 

 テンちゃんの適当な言葉にも頷いてしまいそうになる迫力。たしかにあれはブライアン先輩の猛禽類じみた雰囲気に通じるものがあるだろう。

 

「いくぜぇ、これが昨日考えた俺の新しい必殺技。エクスプロード走法だッ!」

 

 わざわざ技名を叫びながら突っ込んでくるウオッカ。それは『カッケェ』のか……? よくわからん。わかりやすくはあるが。

 その豪脚により一歩ごとに足元の砂が爆散する様は、たしかに派手で『全力で走っている』という爽快感も得られるだろう。でも実のところその爆散に運動エネルギーが費やされているためロスが大きい。

 つまりそこまで速くない。飛び散る砂が目に入らないようにだけすればいい。私の動体視力と反射神経なら砂粒を目視で確認してから対処可能なので目を細める必要すらない。

 

「うんしょ、えいしょ、えーいっ」

 

 気の抜けそうな気合いの雄叫びを上げながら、反対側からウララが迫る。私を捕まえるという思いが先行し過ぎた、両手を前に伸ばした可愛らしくも不格好なフォームで。

 足場は砂浜。つまりダート適性のある私やウララは有利な戦場といえる……のだが。たしかにウララはダートが主戦場ではあるのだけど、いかんせんクラシック級にして既にG1ウマ娘の称号を持つ他の面々とは身体能力に歴然とした差がある。これは侮りではなく単純な事実だ。

 

 純粋に彼女が成長していることは見て取れる。

 以前の『ずっぺたん。ずっぺたん』とでも表するべき動きが『たたん、たたん』くらいには進歩している。なるほどこれなら一勝できるだろう。中央の上位三割に上り詰めたということであり、メイクデビューから最も実力を向上させたのはもしかすると彼女かもしれないとさえ思う。

 でも遅い。足場のハンデがあってなおその速度は他の三人より秀でているとは言い難く、脅威度で言えば四人の中で最低値。

 

《油断するなよ。ウララちゃんは何も考えていない。つまりただひたすらぼくらを追いかけて捕まえることに集中していると言い換えることができる。幸運に恵まれたとき、実力差を埋めてチャンスをものにできるのはああいう子だ》

 

 あいよ、了解。

 テンちゃんの忠告に少しばかり侮りかけていた己を戒める。

 ハルウララは私たちと同世代なのだから、当然の帰結として私たちと同様に一年以上もの期間中央という魔境を生き抜いていることになる。可愛い()()のウマ娘が中央に居座り続けることなどできるはずがないのだ。

 格下であることは間違いない。その上で油断は禁物。

 

 すいっと重力に身をゆだねるように身体を傾けウララの方に寄る。誘われるままに飛び掛かってきた彼女の前で足を切り返して急カーブ。

 

「うわわっ」

「っとお!?」

 

 結果、ものの見事に動きを誘導されたウララはウオッカの進路上に飛び出してしまった。

 すてんと砂浜の上に転んだウララと慌てて急ブレーキをかけるウオッカの横を悠々と通過――するにはこの舞台にはまだ役者が残っている。

 一歩、二歩と加速するもこのままでは足りない。派手に目立つウオッカと目を惹きつけるウララを囮に死角から音もなく忍び寄るマヤノの指が私の尻尾に届くだろう。

 

 だがそう、ウマ娘には尻尾がある。

 大きく振って遠心力込みでカウンターウェイトとして活用すれば、ヒトミミには不可能な身体コントロールも可能だ。あとは体幹と筋力で無理やり軌道修正するだけのこと。

 指三本分の安全マージンを残してするりと私の銀色の尻尾はマヤノの指の間を通り抜けた。

 

「ざーんねん」

「むぅ……!」

 

 笑いながら声をかけるとぷくっと頬を膨らませたのが気配でわかった。視界はもう『次』の対処に用いられているので残念ながら見えていないけど。

 実のところ、この場で一番状況を『何とかできる』素質があるのはマヤノだ。

 ウララはこの場で最も低スペックかつ何も考えていない、現状ではババのジョーカー枠。彼女のお願いならともかく、指示を聞こうというウマ娘はいないだろう。

 ウオッカとスカーレットは能力的には悪くないのだがライバル関係であり、どちらかが相手の上に立って指示を出すというのには向かない。こればっかりは理性だけではどうしようもない。ヒトミミにはわからない魂の主義主張があるのだ。ウマ娘の欠点とも言える。

 

 でもマヤノならできる。

 マヤノが四人の中で一段上に立って指揮を飛ばせば、私から見た戦局はいっきに悪化する。

 だが本人の性分がどこまでも向いていない。

 その手段があることにマヤノが気づいていないわけではあるまい。ただそれは彼女にとってキラキラでもワクワクでもないようだ。

 本人のスペックが高すぎて誰かに指示を出してやってもらうより、自分でやる方が早くて簡単という経験をこれまでの人生で山ほど積んできたって要因も大きかろう。

 それがこれから先も通じるかは、さておき。

 

《経験で学んだことを理屈だけで覆すのに必要なのは精神力じゃなくて、理屈を提示した者に対する信頼だからな。トレーナーちゃんの指示とかならいざ知らず、この状況では流石にマヤノも無理か》

 

 たしかにマヤノのセンスは頭ひとつ抜けている。ぜんぶ自分でやろうとしてしまうのも理解できるほど、その視野は広く動きは鋭い。何度その小さな指先にひやりとさせられたことか。

 ただマヤノは素直なので、現状だと重心移動と視線と気配で三重もフェイントを入れてやれば簡単に騙せてしまう。ひねくれ者のもうひとりの自分と育ち順調に()()()()私の性格の悪さの分、読み合い騙し合いの領分では私が有利だ。

 

《……いや、三重にフェイントかけている時点で『簡単』ではないんじゃないか?》

 

 そうかな。そうかも。

 

「くっそ、マヤノのあれを躱すのかよ。おいスカーレット、抜かるんじゃねーぞ!」

「そっちこそ! あっさり抜かれたら指さして笑ってやるんだから」

 

 さて、マヤノをやり過ごしたところで再び挟み撃ち。圧倒的少数のつらいところだ。

 右から態勢を整え直したウオッカと、左から満を持してスカーレットのエントリー。ウララはまだ立ち上がっている最中なので一回休み。

 

 さて、どちらから抜けるか。

 まあスカーレットの方かな。気迫がびりびり伝わってきて思わず身を引きそうになるけど、そっちから抜けた方が後に続く道が広い。

 意識を沈める。

 普段の水深よりずっと深く、ふかく。指先で滲む汗の湿り気。ぎちぎちと軋む筋繊維。毛細血管にまで響く脈拍。脚の裏で力を加えられ形状を変える砂浜、それを構成する砂の一粒ひとつぶ。

 接地している右足、それを軸にぐんにゃりと身体を折りたたむようにして曲がる。ぎりぎりの拮抗で私の体重を慣性込みで支えきった砂の集合体にはまるで荷車の轍のように深々と足跡が残っていることだろう。

 人の目というのは動くものの軌道を無意識に予測して追っている。スカーレットとお互いの産毛が触れ合うほどの至近距離ですれ違った私の動きはそれを裏切るものであり、その結果どうなるかというと。

 

「おおー、忍法すりぬけの術!? リシュちゃんすっごーい」

 

「うぇ!? なんだよその動き!?」

「くっ……!」

 

 至近距離で驚愕するウオッカと歯噛みするスカーレットの声、ついでにぶおんと風を切るスカーレットの腕が空振りする音。

 それうっかり捕まったら尻尾引き抜かれるんじゃない? 大丈夫? スカーレットの理性はちゃんと息してる?

 

《ウララちゃんが嬉しそうにはしゃぐのが唯一の癒しだよね》

 

 かわいいよね。

 遠方の彼女の目にはまるで水面に映る虚像を貫くがごとく、とぷんと私がスカーレットをすり抜けたように見えたのだろう。

 ちなみにこの体移動、幻術じみた派手さはあるが実際のレースで活用できるかというと……あまりそんなことはない。私から見れば安全マージンを確保した距離感と軌道であっても、周囲の目にそうは映らないってことはとっくに学習済みである。

 びっくりして転倒でもされたら心苦しいし、そんなことになれば掲示板に審議のランプが点灯する可能性は非常に高い。

 そしてそこまでのリスクを冒さねばならないほど追い詰められたことも今のところ皆無。これからも無ければいいと思う。

 

「ちぃ、まだまだぁ!!」

「ふふっ」

 

 小細工らしい小細工も無く全力で追跡に移行するスカーレットについ笑みが漏れてしまう。

 侮っているつもりはない。ウララはただ何も考えていないだけだが、スカーレットはそれが一番強いのだ。彼女は自分というウマ娘の使い方をよく理解している。

 スカーレットのことを表面上しか知らないウマ娘は彼女のことを『なんでもできる優等生』だと思っている。まあ優等生であることは間違っていまい。

 

 でも本質からはだいぶズレている。

 スカーレットはただ自分が一番でないことが我慢ならないだけなのだ。だから何でも一番になれるように努力しているだけで、純粋に素質だけで言えば汎用性からは程遠い。

 状況に合わせた手札を切る能力という面では、マヤノはおろかウオッカにさえ及ばないだろう。ただひたすらに相手の手札より強い自分の手札を叩きつけるような戦い方しかできず、ゆえに相手のどの手札よりも強くなるよう自分の手札をひたすら鍛え上げる熱血根性バカ。

 磨き抜いた究極の『一番』の強さ。それが私の知るスカーレットという少女だ。

 

「くっ、このっ!」

「あはは」

 

 まあつまり、その『一番』を凌駕されたら逆転の手段に乏しいってことでもあるんですけどね。砂の上でスカーレットに競り負けるほど私は弱くないよ。

 クラシック級に入ってからはティアラ路線と三冠路線で明確に必要な練習の内容が変わってしまったせいもあって、最近はめっきり一緒に自主練することも減ってしまったけど。

 やっぱりスカーレットと走るのは楽しいな。

 強くなってる。

 昨日よりも今日、今日よりも明日。そういう強さだ。この夏合宿で彼女はどれだけ伸びてくれるのだろうか。

 

 ウマ娘の速度で自由に走り回ればあっという間にトレーナーの目の届かないところまで行ってしまう。

 ゆえに今回のフィールドはここまでと砂浜に立てられた四方のフラッグ、その境界線がみるみるうちに迫るのを確認しながら私は駆ける。

 

 ラインを越えないためにはそろそろ曲がり始めなければならない。

 だが観客席からは簡単そうに見えるかもしれないが、あれでいて速度を落とさないように曲がるというのはなかなかに難しい。鬼ごっこで追われているという状況下では特に。

 

《コーナーを制する者はレースを制する。円弧のマエストロにも弧線のプロフェッサーにもどれだけお世話になったことやら》

 

 テンちゃんの言い分はやや大仰にしても、直線のみのレースなど数えるほどしかない。

 いかに上手くコーナーを曲がれるかというのは、わかりやすくライバルと差がつくポイントの一つだ。

 これはレースではないのだから直線もコーナーも無く、先ほどのように素早く鋭角に切り返すのも手といえば手だ。

 しかしあまり慣性を無視した挙動を連続で行うと、スタミナの消耗も身体にかかる負荷も相応のものになる。

 何より身体能力でごり押しするだけしかできないみたいなのが、なんか嫌だ。

 身体能力の高さは手札のひとつ、効果的な手札であるだけに頼りがちになってはいけない。

 今はトレーニングの最中なのだから、意識して『できること』を増やしておこう。

 

 定石通り歩幅を詰めて緩やかに弧を描くように曲がる。

 同じ軌道を描くスカーレットとの距離は縮まらないが、流石に直線でこちらに向かっている方はどうしようもない。

 再度ウオッカとマヤノが尻尾タッチ射程圏内に入ってくる。

 

「ええいクソッ、このままじゃ埒が明かねえ。スカーレット、マヤノ、合わせろ!」

「うぬぬー、あい・こぴー……」

「アタシに指図しないで! アンタが合わせなさいよッ!」

 

 やだ、私の腐れ縁ったらおこりんぼさん。

 頭に血が上るというか、良くも悪くもムキになるタイプだよね。知ってたけど。

 一回熱くなったらそれが正論だろうとなかなか別の選択肢を受け入れられなくなる。だからこそ私に何度負けても諦めず、挑み続けてここまで来ちゃったわけで。私からすれば欠点とも言い難い彼女の性分だ。

 

 それにしても、ウオッカが指示出しに回ったか。

 彼女の評価を内心で一段階上昇させる。

 ちなみにウララの名前が出なかったのはウオッカが彼女のことを戦力外と見下しているわけではなく、ただ単純に砂浜を縦横無尽に移動する私たちにヘロヘロになったウララが置き去りにされ始めているだけである。

 それでも諦めることなんか脳裏によぎりもしないのだろう。ヘロヘロの足取りのままこちらに向かってくるのが遠目に見える。

 ナイスガッツ。うっかり存在を忘れ去りでもすればちょうどいいタイミングで追いついてくるかもしれない。まあ忘れないけどね。

 

《やっぱりファッション不良だよなぁウオッカ。『カッケェ』さえ絡まなければこの場では一番の常識人というか、真の優等生というか。必要とされる状況、それに応じられる能力のバランスがいい》

 

 テンちゃんの分析にまったくの同意。融通が利く、と言い換えてもいいかもね。

 現にスカーレットの理不尽な物言いに舌打ちこそしたものの、それ以上口論に無駄な時間を費やすことなくスカーレットに合わせる形でウオッカはマヤノを伴い動き始めている。

 ウオッカとスカーレットは一年以上同じゴルシTの担当で〈キャロッツ〉のチームメイトだったわけだし、この状態のスカーレットと接するのにも慣れているのかもしれない。

 私の腐れ縁が本当にご迷惑をおかけします。なんとなくモヤモヤするのは申し訳なさだろうか。

 

 さて、どうするか。

 ガンガン動いているのにまるで動きが鈍らないスカーレット。

 そんな彼女に合わせて動けるウオッカ。

 ワクワクすればするほど天井知らずにスペックが跳ね上がるけど、今はあまりワクワクしていない、それでも基礎スペックが十分高いので『実力以上』を引き出さなくても『実力』だけで十分に脅威なマヤノ。

 三人がようやくまともに動き始めたせいで私の動ける空間はごりごり削られ始めている。

 即席の連携だから多少の穴はあるが、並大抵の相手なら問題にならないほど三人の能力は高い。

 まあ私は並大抵の相手ではないので、そこから突破することにした。

 

《残り時間もわずかだし、派手にいこうぜぃ。せっかく夏なんだしさ》

 

 おっけー、夏だもんね。少しくらいはしゃいだって許されるだろう。

 たん、とん、たたーん、とステップを踏みつつ狙うはウオッカ。対集団において指揮官狙いは基本である。

 まっすぐ向かってくると見るなりウオッカはわずかに速度を落として身構えた。いつの間にか砂を爆散させるような無駄だらけの足さばきは消え失せ、砂に突き刺すような走法へと変貌を遂げている。

 

《さっきまでのあれがエクスプロード走法なら、今のはさしずめスラッシュ走法ってところかな。最初のカッコつけ重視のコミカル具合に誤魔化されそうになるけど『あ、ダメだこれ』って気づいてから次へのステップアップが驚くほどにスムーズだねえ》

 

 やっぱりウオッカはセンスあるよね。

 右から抜けようと左から抜けようと、これまでの鬼ごっこで何度か見せたように股下から潜り抜けるような変則的な軌道を見せようと、十分に対応できる構え。砂浜に適応した今の彼女なら速度は十分だろう。

 でも残念、今回切るのは新たな手札なんだ。

 

 ぽん、と踏み切る。

 白い入道雲とぎらぎらと自己主張が強すぎる太陽が視界の中でくるりと反転。憎らしいほど鮮やかな蒼天の下、私の爪先が弧を描く。

 

「なっ、俺を踏み台にしたぁ!?」

 

《ヒュー! さすがウオッカだ、言ってくれると思っていたぜ!!》

 

 何故だか大絶賛するテンちゃん。

 あと踏んでないからね? 肩に手をついて空中での支えにしただけで。

 

「んなのアリかよ!?」

 

 アリです。

 尻尾オニは尻尾を掴まれて初めてアウトだ。裏を返せば尻尾を掴まれない限りいくら鬼と接触しようとセーフ。

 通常の鬼ごっこの先入観もありこちらから仕掛ける発想に至りにくいが、何なら体当たりで弾き飛ばしてもルール的には問題ない。

 

 たしかにこれが遊戯なら、鬼にこちらから接触するのは非推奨だろう。

 でもこれは遊びのようなトレーニングである。

 もう七月後半。もはや同期だけと走ることのできる期間は数えるほどしか残ってない。それより先は百戦錬磨のシニア級を相手にしなければならないのだ。

 百戦錬磨とはポジティブな蓄積だけではない。

 たしかにウマ娘は善良な気質の持ち主が多いと言われているが、純粋無垢だけでレースが構成されているのなら審議ランプもパトロールフィルムもレース場に必要ないわけで。

 

 これまでだって威圧して掛からせたり、フェイントをかけてブロックしたり、バ群の中に沈めて蓋をしたりといったルールの範疇での妨害はあった。

 これからは『ルールの範疇』の外側で磨かれた技術も想定しておくべきだ。

 中央は綺麗事ばかりで生き延びられる魔境ではあるまい。私たちくらいに才気に溢れたウマ娘ならいざ知らず、生き残っているウマ娘が全員私たちと同等の天才なんてありえないのだから。

 

《反則を取られない程度の『してやったり』とニヤリと嗤うプレイはどのスポーツだって多かれ少なかれ存在するものだ。それに意図的なものじゃなくてもレースの展開次第じゃいくらでも走行妨害は発生するからねえ》

 

 仮に走行妨害が認められた場合、たしかに降着や失格というペナルティは存在している。

 だがそれはあくまで加害者に対する制裁。被害者の順位が繰り上がるわけでもなければ、後日改めてレースのやり直しがあるわけでもない。

 

 事故だろうが反則だろうが、何であろうと一度ゴール板を駆け抜けた結果は自分だけのもの。誰に押し付けることもできないのだ。

 こんなはずじゃなかったと、ルールに則って正しく競技が行われていれば一着は自分だったのだと、望まぬ結末に膝を抱えて泣き喚くのか?

 そんな無様は御免だね。

 正道邪道問わず何が来ようと私が勝つ。どんな手練手管も打ち破ってみせる。

 私自身が反則を行う気はまったく無いが、そのくらいの心構えはしておかないと。

 

 今回だってルールを破るつもりはないし、自分なりに明確に一線は設けている。

 相手を傷つける行為はいっさいNG。体当たりも砂で目潰しもナシだ。『禁止されていない』と『許容される』はイコールではない。

 そこをはき違えると周囲さえ巻き込んで痛い目を見ることになるだろう。これはトレーニングなのだから、そこから軸がブレてはいけない。

 ウオッカは東京レース場じゃあもう負けるつもりはないんだろう?

 だったら()()()()に来なよ。きっと楽しいよ。

 

 脚の下にずしりと重い砂の感触が戻る。それと同時にアラームが鳴った。

 よしよし、体内時計と誤差一秒以内。五分くらいなら飛んだり跳ねたりしてもそうそう狂わなくなってきたな。

 砂浜炎天下尻尾オニは一回あたり五分間。これは鬼ごっことして考えれば短いように思えるかもしれないが、障害物の無い砂浜というフィールドで走り続けることを考えると妥当だろう。

 だいたいこの国の平地で開催されるレースなら長距離に分類されるものでも三分程度で決着がつくのだ。レースに比べれば緩急があるとはいえウマ娘の脚で走り回ることを考えたら、五分はむしろ長いとすら言えるかもしれない。

 

「そこまでー! 戻っておいでー」

 

 遠くからゴルシTの呼ぶ声が聞こえる。

 本日の担当トレーナーは彼なのだ。合同トレーニングには情報の流出などリスクも存在するが、それ以上に得るものが大きい。

 単純に参加するウマ娘が増えれば、それに付随して彼女たちを担当しているトレーナーもチーム運営に関わってくるわけで。二チーム分の人材による分業と効率化、去年のこの時期に比べ桐生院トレーナーの顔色がずっと良いように見えるのは純粋に喜ばしい。

 

《去年の夏の葵ちゃんは顔色の悪さを誤魔化すために化粧が濃い目で、その指摘できない匂いの変化に何とも言い難い物悲しさがあったよね》

 

 本当にね。彼女の健康に比べたら他チームのトレーナーに私の情報が流出することなど些細な問題である。

 

 だって私、負けないからね。

 

 

 

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