「ウマソウルってうるさいよね」「えっ」「えっ」 作:バクシサクランオー
感想、誤字脱字報告もありがとうございます。
U U U
五分間の炎天下の鬼ごっこの後は、砂浜の上に立てたタープテントの日陰で十分間の反省会だ。
水分補給もこのタイミングで行う。
走るのが五分なのに反省会に十分間も使うのはまるでダラダラとお喋りしているような印象を受けるかもしれないが、鬼ごっこの参加者は私を含め五名。
聖徳太子よろしく複数名の言葉を同時に聞き取ることのできるウマ娘なんて私やマヤノやデジタルくらいしかいないのだから、基本的にひとりひとり交代で話すことになる。
つまり単純な割り算で一人当たりの持ち時間は二分。
司会進行で消費される分を差し引けばそれ以下だ。考えて話しているヒマなど無い。
この『考える』というのが実はくせ者で、考えなければたどり着けない答えもあるがその反面、考えることによって事実を補填してしまい自分だけの真実を作り上げてしまうことも往々にして存在する。
今回の反省はあえて思考時間を設けないことで感じたことを未加工の状態で吐き出させ、問題点をありのままに浮き彫りにさせるためのものだった。
熟考が必要なことはのちのち自由時間を使って自分でやれという、自主性を重んじる中央のスタイル。その厳しさに怯みそうになることも多いけど嫌いではないよ。
「では、テンプレオリシュから始めようか」
「お話にならない。そう思いました。それ以上語る言葉は必要ないかと」
「うん、ありがとう。タイム! あー、マヤノトップガン、通訳をお願いしていいかな?」
「アイ・コピー。えっとねー」
何故かトレーナーサイドからタイムが入りました。
限られた制限時間の中でトップバッターだったのだ。焦る中それなりに端的にまとめられたと思ったのだが、やっぱり少しきつく聞こえる言い方だっただろうか。
苦笑いしながらマヤノがんー、と唸っている。
頬に指を当てるしぐさは実に可愛らしいが、その小さな頭の中ではスパコンもびっくりの情報量が処理されていることだろう。
あれ? マヤノがワンテンポ考え込まないといけないほど情報圧縮してた?
「まず大前提として、今回マヤたちのチームってダメダメだったよねー?」
その言葉にスカーレットとウオッカが顔を顰めた。
自覚がある者の負い目が滲んだ表情だった。
一方ウララは「えっ、そうなの!?」と純粋に驚いている。不思議だ。見るからに頭が残念な子はあまり好きじゃなかったはずなのに。
ウララだと素直にその無垢を愛でることができる。それは果たして私の度量が上がったのか、はたまた彼女の資質か。
まあ考えるまでもなく後者か。こういう魅力を持つ子もいるということだろう。
ウララはともかくとして、そういうことだ。
今回の鬼ごっこは私たち対四人のチーム編成になった時点で、マヤノたちはチームとして動かなければいけなかった。個々人で私を追うのではなく、砂浜を盤として私の陣地を削り、詰ませにいかねばならなかった。
特に相手が私たちの場合、バラバラにかかってこられたら二対一を四回繰り返すだけの話。実力差がある上に数の利さえこちらにあるのだから、負ける道理が無い。
とはいえ、彼女たちは中央に来るウマ娘。チーム編成の段階で『お前らはコイツに四人がかりでようやく対等』などと暗に言われ素直に受け入れられるような者などそういない。
何クソと負けん気を発揮するのは最適解ではなくとも妥当の範疇だろう。人数の差はいかんともしがたいが、その上で連携を取らず己のスペックをぶつけるようなタイマンを仕掛けてきた気持ちは理解できる。
少なくとも私は『スカーレットには四人がかりで』などと指示されたらかなり深刻にピキッとくると思う。
《ただしウララちゃんは別だ》
本当にね。
どうして彼女は中央などという鬼の住処に来てしまったのだろう。いや、こんなこと思う時点でだいぶ失礼だというのは頭では理解しているのだが。
あんなに楽しそうに走ることができて、走るだけで幸せというのなら、わざわざこんなところに来なくてもよかったんじゃないかと。
でもハルウララが中央トレセン学園に来なければ、きっと救われなかったウマ娘の心はひとつやふたつではない。
何より私よりひとつ年上の女性が自分で考えて選んだ道だ。ならばこれでよかったのだろう。天真爛漫なあの笑顔があったからこそ今があるのは間違いないのだから。
「マヤたちがチームとして動いたのは最後の五十七秒だけ。これじゃあ十分にチーム分けの意図に沿ったトレーニングができたとは言えないよね」
「は、え? マヤノ数えてたのか?」
「別に意識して数えていたわけじゃないけど、思い出そうと思えばなんとなーくわかるよ?」
「いや、ふつーは無理だって」
「リシュちゃんならできるよ?」
「天才同士で魔の化学反応起こすのやめろ」
ウオッカが顔を引きつらせていた。
トレーニングの主目的が十分に達成できていないのだから、各人の反省以前の問題だ。
そして、自分たちでそのことに気づいていないのならともかく。マヤノもウオッカもスカーレットも十分に自覚しているわけだし。
なのにわざわざ私の方から指摘したのなら、それは嫌味以上のなにものでもないだろう。注意といえば聞こえはいいが、生産性があるとは思えない。
「――ってことをリシュちゃんは考えていたんじゃないかな? だから『お話にならない』で『それ以上語る言葉は必要ない』なんじゃないの?」
私の思考回路をきっちりトレースしきったマヤノの解説に首肯で返す。
これからのレースで幾度も雌雄を決することになる未来を考えると、現状の思考回路を完全に解析されている事実はなかなか油断できない問題ではあるが。
友達としての観点からすれば、綺麗なまでに理解してもらっているのは愉快で爽快だ。
「マヤちゃんすっごーい! わたし、全然そんな意味だってわからなかったよー」
完全に周回遅れなウララが一周回って空気の清涼剤のような気がしてきた。
「あのくらいマジでわかるようにならないといけねーのか……?」
「わかるわけないでしょこのおたんこニンジン……」
ウオッカとスカーレットの小声の愚痴を私の鋭敏な聴覚が拾ったが聞き流す。ごめんって、反省はしているよ。
「ありがとうマヤノトップガン。テンプレオリシュ、みんながみんな彼女のように階段を数段飛ばした思考を辿れるわけじゃないんだ。できればもっと凡人にもわかるように『そんなことまで?』と思うような大前提から逐一説明してくれると嬉しい。今回は制限時間があったからこその省略だったかもしれないけどね」
「はい、わかりました」
今回はあのマヤノですら一拍考え込まないといけないほど情報の取捨選択を誤ったのだ。こればかりは素直に頷くしかない。
「さて、では続きといこうか。このままマヤノトップガン、いけるかな?」
「はーい。マヤは
ウオッカの指揮もとっさにしては悪いものではなかったが、やはり機を見るに敏という面ではマヤノほど優れたウマ娘もそういない。先にも述べた通りウオッカの指示に素直に頷けるスカーレットではないし、その逆もまた然り。
チームとして最大効率で動くためにはマヤノがまず折れてこだわりを捨てる必要があった。マヤノはあれでいてかなりプライドが高いからなあ。
しょんぼりしている彼女はそれを十分に自覚し、反省しているようだ。次はああはいかないだろう。
「俺はアレだな、アレ。エクスプロード走法。ダメだありゃ。思いついたときはカッケェと思ったけど、よくよく考えてみれば外見だけカッコつけても中身が伴ってなけりゃむしろすげーダセーわ」
続いてウオッカが語る。その点に関しては私も完全に同意だ。
あの走り方が格好いいかは個人の価値観に依るだろうが、少なくともあの無駄の多い走法のせいでウオッカはスタミナを消耗した。それにより後の動きのキレを失ったのが彼女の最大の敗因と言っていいだろう。
ゴルシTもひとつ頷いて口を開く。
「うん、そうだね。だからこそ後半に走法を変えたのはよかった。あれは即興で?」
「おうよ! リシュやマヤノの足元からは全然砂が飛び散らねえことに気づいてな。あのふわっとしながらしっかり地面を掴む独特な足さばきは一朝一夕じゃマネは無理だけどさ、切りつけるように地面を刻む方法なら今の俺でもなんとかいけるかなって。スラッシュ走法って名付けようと思うんだけどさ、どうかな?」
テンちゃんピタリ賞。ノーヒントでご正解。それともこれもいつものふんわり予言なのだろうか。
かなりどうでもいいことである。
「いいと思うよ。ウオッカに似合っている。さてみんな、一度砂浜の足跡に注目してみてくれ」
おだやかに受け流し、さりとておざなりとは感じさせず。
これがあの破天荒ウマ娘ゴールドシップに『最初の三年間』を完走させた名伯楽の手腕かと感心しながら、言われるまま先ほどまで私たちが走っていた砂浜に視線をやる。
「マヤノトップガンのそれもそうだけど、テンプレオリシュの足跡はことさらわかりやすいね。スタンプを押したみたいに綺麗に残っていて、まったく崩れていない。脚力をほぼ完全に推進力に変えている証拠だ。
物理法則が悲鳴を上げているというか、作用反作用が仕事をしていないというか。正直ゴールドシップのおかげで常識を投げ捨てることに慣れていなければにわかには信じられなかっただろう。しかし、これはまるで……いや、そんなウマ娘が存在するのか……?」
「トレーナー?」
何かに気づいたように考え込んでいたゴルシTだったが、不思議そうなウオッカの声に我に返って首を横に振る。
「ああ、すまない。なんでもないよ」
《なんでもないはずが無いんだよなぁ。これで『思い過ごしでしたー』みたいな展開は見たことが無いぞ》
そうだねえ。何か情報を抜かれたと思った方がいいかな?
《だろうね。別に隠してないからな。はてさて、いったい何に気づいたことやら》
情報を偽り、のちの布石とするという手も無いわけではない。
かの黄金世代のひとり、セイウンスカイ先輩はそういう盤外戦術を含めた策略謀略を得意とするトリックスターだったそうな。
だが当然の話だが、情報を偽るのもタダじゃない。
何かと手間がかかる。純粋に実力を高めようとしたときに比べ、各ステータスの伸び率は低下するだろう。
だったら私の場合、相手を策に嵌めるよりも単純に自らを高めた方が効率的だ。策略とは要するに単純な火力の比べ合いでは不利だからと、相手の火に水をかけるようなもの。
その火が山火事クラスならコップ一杯の水をかけたところで、多少の相性差では覆しようがないのだから。
《ダスカの勝率がまた少し上がったかな》
そいつはゾクゾクするね。
さて、脳内でテンちゃんと戯れている間にもゴルシTの話は進んでいる。
「これと同じことをしろとは言わない。むしろ真似しようとリソースをつぎ込むにはリターンの見込みが薄すぎる超絶技巧だ。でも実際にやれるウマ娘はここにいる。
これから先、
各々の表現の仕方で了解を口にするウマ娘たち。
物語を語るようなゆったりした口調なのに自然と逆らう気が起きない。言うことを素直に聞かせるという資質はトレーナーとして得難いものだろう。
あのゴールドシップ先輩に『トレーナーの言うことを聞け!』と厳しく押さえつけて制御できるとは思えないし。
「リシュに追いつけなかったのがアタシの敗因。速度が足りなかったわ。次は追い付いてみせるから」
続いてスカーレットの番となる。
うーん、この脳筋具合よ。完全に目が据わっていやがる。堂々と胸を張って言うことか、それが。
《でも実のところ、間違っているとは言い難いんだよね》
まーねー。ウオッカたちと連携を取ろうとしなかったのはたしかに失態だ。
だが『
今の段階で私との速度差を身体に刻み込み、それを埋めようとするのは正当なのだ。少なくとも小細工で埋められるなんて虚しい夢を見るよりは、はるかに。
夏合宿に参加したからといって潮風を吸っていれば走りが上手くなるわけじゃない。努力や挑戦なんて言葉、綺麗なのは聞こえだけだ。
どれだけ無様でも、血を流しながら一歩一歩、着実に歩いていくしかないのだ。スカーレットはそのことを誰よりもよくわかっている。
それに、そもそも策が嵌ったときに格下が格上を凌駕できるのは何故なのか。
それは『策に嵌ったことにより、格上が崩れる』ことが大きな要因だと私は思う。
相手の手の平の上で踊っていたと気づいた時の精神的動揺、してやられた分を取り返さんとする焦り。それが策の結果以上の効果を生み出す。
対して、
まず裏側にいるときは透明な毛布を隔てたように世界が鈍く感じるから、五感を介したデバフはそれだけで裏にいる方には通じづらい。
誘導して搦め捕るタイプの策謀も裏から俯瞰していれば岡目八目、まるでテレビゲームをプレイしているさまを後ろから覗き込んでいるように気づきやすい。
表が掛かっても裏が健在ならフォローを入れることができるし、いざとなれば表と裏を入れ替えてしまえばいい。それだけで立て直せる。
私たちの二重人格という体質は先天的な策謀殺しだと言えるかもしれない。人格がひとつしかない輩に比べその安定性が段違いなのだ(私からすれば単一人格のやつらが不安定すぎるだけなのだが)。
《ゲーム風に言えばキャラ固有のパッシブスキルで『デバフ耐性』を持っているようなものかな。抵抗判定にボーナス修正、抵抗成功時に効果消滅、失敗しても効果半減の欲張りセットみたいな。つくづくチートだよねえ》
まあ生まれつき人格ひとつだけでここまで生きてきた側からすれば
生まれ持ったものが根本的に違うのだと諦めてほしい。卑怯なくらい強くてごめんね。
「いや、それだけじゃない」
「なによ?」
それはそれとして、今回のスカーレットの言い分には明確な瑕疵がある。
異議を唱えた私に彼女は火を噴きそうな目つきで睨んできた。おおこわ。
「私に追いつくことを最優先に、それ自体は大いに結構。ただ今回に限って言えば君のチームはウララに合わせるべきだった」
自分の番に備え「うーん、うぬぬぬぬー」と頭を抱えて考え込んでいたウララが周囲の視線を受けていることに気づき、顔を上げてにこーと笑った。
「わたしのばん? えっとわたしはねー、すごくがんばった! ぜんぜんみんなに追いつけなかったけど、次は負けないぞー!」
言っている内容がスカーレットと大差ないのはどうなんだろう。
そこに至るまでの経緯がだいぶ違うというのはわかるんだけども。
どちらにとはあえて言わないが脱力は禁じ得ない。
「そっかー、よくがんばったねー」
「えへへー」
思わずといった感じでテンちゃんがウララの頭を撫で、ウララがさらに満面の笑みへと変わる。かわいい。
行軍は最も足の遅い者に足並みを合わせるのが基本だ。
しかしスカーレットの速度に合わせた結果、付いていけたのは他のG1ウマ娘たちのみ。ハルウララは完全に戦力から脱落してしまっていた。
「
ここがおてて繋いで並んでゴールできる世界じゃないことは知ってるさ。でもチームメイトに何の実りも無い炎天下のランニングをさせることが、このトレーニングの最高効率だと本当に君は思うのかい?」
「……ごめんなさいウララ、アタシが間違っていたわ」
ほらね。桜色に向け素直に頭を下げられる紅を見て内心こっそり頷く。
頭に血が上りやすいし、一度こうと決めてしまえば誰に何と言われようと曲げられない筋金入りの頑固者ではあるが、間違いを間違いと認めて謝罪できる程度には聡明かつ善良でもあるのだ。
この私の腐れ縁だもの。精神論だけで追い続けられるような私じゃないのさ。才気と、それを受け止められるだけの器量が無ければ、とっくに彼女は背中も見えないほど置き去りにされて関係性は切れている。
ぎりっと歯が噛みしめられる音がしたのは愛嬌ということで。
「ええー? スカーレットちゃん何か悪いことしちゃったの!? わたしも一緒にあやまってあげようか?」
アンタに謝ってんだよアンタに。
なんというか、ウララはバクちゃん先輩とはまた別ベクトルで頭がざんねんなお方だ。
ひとつ入ればそれまで入っていたひとつがすぽーんと頭から抜け落ちるというか。集中力が長続きしない小さな子供みたいだ。彼女に一勝できるところまで手を替え品を替えトレーニングを受けさせ成果に繋げた担当トレーナーの苦労がしのばれる。
中央のトレーナーってやっぱり有名どころ以外もちゃんと優秀なんだな。
「…………そうね。今度はちゃんと一緒にやりましょう」
ふっとスカーレットの身体から力が抜けた。
幼い子供のような純粋無垢だからこそだろう。濁りかけの状態から一転してこのゆるやかな空気、計算では作り出せまい。
それに『ゆるく』はあるが、不思議とハルウララの言葉を『軽い』とは感じないのだ。耳も尻尾もぴーんと動かして心配そうな表情をする彼女はいつも全力で、真剣で。
元気を分けてもらえる春風のような子だと、いつか誰かが言っていた陳腐な誉め言葉をいまさら実感と共に思い出した。
「よし、そろそろ時間だ。次に行こうか」
話がまとまったところでするりとゴルシTが拾い上げる。
ここから反省を活かした再戦が始まる――というわけではない。
「ふん、ようやくか」
「Hey! 待ちくたびれましタ!」
この場にいるのは何もクラシック級の若輩者だけではなかったという話。
立ち上がるのは
「……がんばれーライス、がんばれー、おー」
「…………おー。後輩たちの前です。一緒に良いカッコしましょう」
「はーっはっはっは! お手本を見せて差し上げますとも!!」
そして
夏合宿メニュー『尻尾オニ』に割り振られた〈パンスペルミア〉と〈キャロッツ〉の合同チームメンバーは計十人。組み合わせを前回の内容次第で調整しつつ、交代で走るというのが今回のトレーニングの全貌だ。
直前の自分たちの内容を反省しつつ見学を行うことで、得た知見をより深める意図があるそうな。あとは夏の炎天下のトレーニングだ、必要以上の疲労を身体に溜めないためというのもあるだろう。
とはいえ、シニア級の面々はただ砂浜で走るだけでは負荷が足りぬと言わんばかりにその脚に錘の入ったアンクレットを装着しているのだ。彼女たちの『必要以上の疲労』の許容範囲はクラシック級のそれとは一線を画しているのが見て取れる。
《これがTSクライマックス時空ならカラフルなメガホンも追加されていただろうな。よかった。体力が尽きているのにお守り握りしめて走らされる非人道的トレーニングの無い世界線で》
なにそれ?
《それにしてもドリームチームというか、たとえ尻尾オニであろうと観戦がチケットで叶うのならそれなりに稼げそうな面々だよねー。ダート適性のあるタイキとミークをどう使うかが勝敗の分かれ目になるかな》
クラシック級という括りは私たちの自由を妨げる檻か、守るための城壁か。
ここまでの尻尾オニではシニア級とクラシック級の混合チームが結成されたことはない。まるでこれから自分たちが戦わなければならない相手をしっかりその目に焼き付けろと言わんばかりに。
「ついてく……ついてく……!」
「ほう、面白い。ならばやってみせろ……!」
眼前で展開されるのは、まるで赤熱する鉄塊が真正面からぶつかり合っているかのようなプレッシャー。無論、六十キロを超えて走るウマ娘が正面衝突したら交通事故もかくやという惨事になる。速度も技術も卓越した先輩方は接触さえほとんど無い。あくまでもののたとえであるが。
私たちはクラシック級の上層でしかないのだと、何よりも強烈に脚で刻み込んでくる。
「ハーッハッハッハ! バクシンバクシンバクシーン!!」
特にバクちゃん先輩さぁ。
アナタ六月前半にGⅢ『函館スプリントS』で一着取って、七月前半にGⅢ『CBC賞』で一着取って、それで九月には前半にGⅡ『セントウルS』を経由して後半にGⅠ『スプリンターズS』の連覇を狙うんですよね?
それなのに心身を削るような夏合宿に参加できるだけの余力あるんだ。ふーん。
夏の日差しとは別の要因で背中に汗が流れるのを感じる。
《そのあたりのローテはアプリ準拠なんだね。でもアプリのころは特に疑問も覚えなかったけど、このローテで夏合宿までがっつりこなすって控えめに言って頭おかしいよな。
脂が乗り切っている。まさに全盛期ってやつだ。相手にとって不足なしというか、むしろちょっとくらい加減してくれてもいいのよというか》
ちなみに私の次走もこの国の数少ない短距離G1、スプリンターズSである。
ずっと前からわかっていた。
今の時代に短距離G1を獲ろうとするのなら、かの驀進王から逃げ切ることはできないのだと。むしろ逃げ切って勝つのはバクちゃん先輩の十八番だ。
「……バクシンオーちゃん、飛ばし過ぎです」
「まだまだ大丈夫ですっ、学級委員長ですから!! 2400mを既に制した私の限界はこんなものではありませんよ!!」
余談だが、怒涛の1200mローテはバクちゃん先輩曰く『1200m×3レース=3600mの長距離レースです!!』らしい。G1のスプリンターズSを除いた短期間での重賞三連はひとまとめにして長距離カウントだそうな。
……テンちゃんが最初の最初にバクちゃん先輩の担当トレーナーの人となりを調査してくれていて本当によかった。
あれが無ければ頭ざんねんな優駿を誑かして利益を掠め取っている詐欺師と断じて、何かをどーにかヤってしまっていたかもしれない。
「……ぜぇ……ぜぇ……バクシンバクシン、バックシーン……」
あ、ちょっと見ない間にすっかりスタミナを使い果たし垂れている。
《長距離用のスタミナをアクセル全開べた踏みで使い切るから短距離までしか無理だなんて揶揄されたバクシン的ペース配分は伊達じゃないぜ! ま、
うーん。バクちゃん先輩のレースを見学させていただいた感じ、たしかに短距離に限って言えば逃げだけじゃなくて好位につけての先行でも十分走れているように見えたんだけどな。
やっぱり距離が延び、自分以外の誰かが前にいる時間が長くなるとむずむずしてしまうのかしらん。学級委員長の社会的立ち位置はともかくとして、皆のお手本として自分が先陣を切らねばならないというあの人の熱意は本物だから。
いつかサクラバクシンオーというウマ娘が中長距離でも模範的活躍ができる日が来る。それを心から信じて、彼女自身もトレーナーも今の自分にできることを全力で頑張っている。
努力は報われてほしいよね。私たちのものも含めて。
短距離G1スプリンターズステークス。サクラバクシンオーという優駿がクラシック級の時点で一度制した時代最速の頂。
連覇のかかった大舞台での正面衝突。得られるものはきっと一つではない。
ジュニア級の種目別競技大会で経験したブライアン先輩との一戦。
あるいはそれ以来かもしれない『明確な格上への挑戦』の刻は着々と迫っていた。
【〈キャロッツ〉の先輩方と仲良くなろう その①】
「せっかくなのでリシュさんのことを占ってしんぜましょう! 本日は姓名占いが吉と出ました!」
「え、あ、はい。よろしくお願いします」
《占いの種類を占いで決めるって、エコバック入れるためのエコバック買う的なアトモスフィアを感じるな。さすがフクキタル。略してさすフク》
「エコエコアザラシ…エコエコオットセイ…テ・ン・プ・レ・オ・リ・シュ! キエーッ!!」
「…………」
《わくわく。何気にシラオキ様はガチっぽいからな。アニメでもノーヒントでパーマーにヘリオスが必要だって言い当てていたし、本人も霊能ゼロってわけじゃなさそう。だからそんな壺の勧誘されたみたいな表情しなくていいと思うゾ》
「…あ、あれ? 何も見えませんね。あっ、もしかして偽名だったり――ヒエッ」
「フクキタル先輩ってジョークのセンスが独特ですね。URAに偽名で登録するわけないじゃないですか」
《おちつこう。彼女は占いに傾倒しているだけなんだ》
「ごめんなさいごめんなさい悪気は無かったんです。命ばかりはお助けをー!」
「アハハ、マジウケる」
《普段怒り慣れていないせいでテンションが迷子になってるなあ。どうどう》
「わあー、リシュちゃんが耳絞っているところ初めて見たかも…」
「アタシもリシュがキレているところって、数えるくらいしか見たことないのよね。フクキタル先輩、いったい何やらかしたのかしら…?」
《…………何も見えない、か》
マチカネフクキタルとの友好度が上がった!