「ウマソウルってうるさいよね」「えっ」「えっ」 作:バクシサクランオー
感想、誤字脱字報告もありがとうございます。
U U U
いつの世も、荷物というのは少ないに越したことは無い。
いくらウマ娘がヒトミミより腕力に長けているといっても単純に鞄に詰め込める容量には限界がある。複数の鞄を用意したところでウマ娘もヒトミミも腕が二本しかないことに変わりはなく、大量の荷物を抱えていれば通行の妨げにもなってしまうだろう。
夏合宿の荷物は必要最小限、それが基本だ。
だから『夏休みも忙しいのはわかりますが、その年にしかできないこともあります。どうか役立ててください』と実家から一筆添えて送られてきた浴衣をここに持ってきたのは理論的に何の破綻も無いし、合宿所の近くでお祭りがあると聞いてそれを着ていくことにしたのも当然の帰結なのだ。
「ん、ありがとデジタル。どうかな?」
「…………」
振袖ほど難易度が高いわけではないが、やはり和服というのは現代人になじみがない。
そこでコスチュームに一家言あるデジタルに着付けを手伝ってもらい、どうせならと髪も結い上げて夏祭り仕様になった私はくるりと一回転してみせる。
はらはらと涙を流しながらデジタルは口を開いたが、出てきたのはヨダレだけ。無言のまま彼女はぺたんと座り込み、すりすりと両手をこすり合わせて拝み始めた。
《感無量で何も言えないってさ》
よし、似合っているってことだな。
わりと素直に嬉しい。私は髪といい目といい配色が派手だから、こんな淡い色合いの浴衣では雰囲気がちぐはぐになってしまうのではないかと少し心配していたのだ。
「いいなーリシュちゃん。マヤも準備してくればよかったなー」
「だったら来年また行こう。合宿も夏祭りも、開催される時期や場所はそうそう変わるものじゃないだろうから」
変わるとすればこの場にいる面々、つまり誰かが引退するくらいだろうか。
それならば、デジタルとマヤノなら問題ない。そう信じられる程度に付き合いは長くなった。
そんな子供っぽい信頼を理不尽に蹂躙するのがこの世界だということは、振り返ればわかることだけども。
《無理が通れば道理が引っ込むのが世の摂理。理不尽な運命よりもぼくらがさらに理不尽な存在であればいいだけの話だ》
そういうことだね。
無邪気であることに遠慮はいるまい。私たちはまだまだ子供なのだから。
浴衣と一緒に送られてきた草履も履いて準備はバッチリ。やっぱり浴衣に靴じゃあ片手落ちだよね。露出したうなじに風が通り、それだけで涼しさが増した気がする。
他の二人が普段着の中ひとりだけ浴衣なのは何だか頑張っちゃっている気がして気恥ずかしさが無いわけでもなかったけど、〈パンスペルミア〉宿泊の相部屋から出てみれば待ち合わせしていた廊下にはもう一人浴衣のウマ娘がいた。
私を見たウララが、桜の花が浮かぶ特徴的な大きな瞳をきらきらと輝かす。
「おおー、リシュちゃんきれーい!」
「ありがとう、実は私もそうなんじゃないかと思っていたところなんだ」
「わたしも浴衣着たいなー。よーし、今度トレーナーといっしょに探すぞー」
担当トレーナーとの信頼関係が築けているようで何より。でもウララのトレーナーって若い男性じゃなかったっけ。中等部の女の子の浴衣選びに付き合わされるのはどうなんだろう。
残念ながらウララは普段着組だ。もしも彼女が浴衣を着ていればそれはそれは可愛かっただろうが、普段の調子で動いてあっという間にあられもない姿になってしまうのではないかと不安でもある。だからこれでよかったのだろう。
《キングちゃんみたいなお世話係同伴じゃないと、なかなかウララちゃんに浴衣を着せる勇気は湧いてこないなー》
キングヘイロー先輩。黄金世代の一角にして、彼女たちの中ではGⅠ初勝利まで最も長く泥を啜った不屈の王者。
クラシック路線では
ちなみにウララとは寮の同室だったりする。
ウララの楽し気な口調に息づく『キングちゃん』というウマ娘は世間一般から抱かれる『プライドの高いお嬢様』というイメージとは異なり、世話焼きで面倒見のいい苦労人という姿が自然と浮かんでくる。
そのほんわかとした笑顔を見るまでもなくルームメイトと上手くやっているのだろう。
ルームメイトがココンだった私とは雲泥の差だな。比べるまでも無いというか、比べ物にならないというか。
「お、リシュも気合入ってんなー。よかったなスカーレット、ひとりで悪目立ちせずに済みそうじゃねーか」
普段通りの服装のウオッカがにやにやしながら憎まれ口を叩いた。
『カッケェ』にこだわる彼女にとっては、浴衣を着て全力で夏を満喫する女の子は軟弱に感じるようだ。要所要所で男子小学生みたいな感性を持っているんだよなぁこの子。
ウオッカの挑発を完全に無視して、スカーレットはじろじろと上から下まで私を眺めまわす。
私も同じようにスカーレットの浴衣姿を鑑賞させてもらう。
私と違い髪型は普段通り、ツインテールにティアラまで同伴。それだけで和服からは浮きそうなものだが、はっきりした色合いの浴衣はスカーレットの個性をしっかり受け止めて調和していた。送り主はセンスに秀でているようだ。
メリハリのあるスタイルは和服と似合わないと聞いたこともあったが、今のスカーレットはとても綺麗だと思う。身体のラインがあちこち強調されて私と比べたら色香が五割増しくらいなのは否定しようのない事実だけども。
「ふん、勘違いしないでよね。これはママが送ってきてくれたから着ただけであって、別にアンタとお揃いだとか全然そんなつもりじゃなかったんだから」
つんとそっぽを向きながら言い放つスカーレット。
《これは……どっちだ?》
言葉通りの意味なんじゃないかな。
スカーレットはママのことが大好きだから。
彼女のツインテールもティアラもママ由来のものだ。ならば浴衣が送られてきたのなら、機会があれば素直に着るだろう。
「よし、みんな集まったし行こうか」
「ちょっと、アンタが仕切るの?」
「私が言い出しっぺみたいなもんだし、音頭くらいは取ろうと思ったけど迷惑だったかな」
厳密には私というよりテンちゃんだが。
毎年トレセン学園夏合宿の期間に、合宿所の近くでお祭りが開催されるのは一部では有名な話らしい。いや一部ってどこだよ?
曰く『夏最大の中央ウマ娘ウォッチングスポット』。
お祭りを開催する側も参加者たちも心得たもので、トゥインクル・シリーズで顕著な成績を挙げている生徒がいてもそっと気づかないふりをしてくれるらしい。
《おさわり禁止と言われたら本当にやらないんだから、本当に
たしかにファンから話しかけられたりサインや握手を求められたりしたら、応援してもらえる嬉しさが無いとは言わないけど心が営業モードに入っちゃうもんな。
遊びじゃなくなっちゃう。日が暮れるまでトレーニング尽くしだったのに、日が沈んだ後まで仕事したくないよ。お金にならないのなら猶更。
夏合宿で疲れ果てたウマ娘が気分転換にお祭りに遊びに行くというサイクルを維持するためには、必要な暗黙の了解なのだろう。
「ふん、別にいいんじゃない」
「はいはい。じゃ、れっつごー」
『おー!』
つんけんしていたスカーレットの同意も取れたので号令をかけたが、乗ってくれたのはマヤノとウララの二人だけ。ちょっぴり寂しい。
「あ、ウオッカ。そこで昇天しているデジタルは適当に蘇生しておいて」
「扱いが雑だなオイ!? いつものことだってか」
今日のお祭りにはこのトゥインクル・シリーズ同期組の六人でいく。
チーム内で先輩後輩の仲が悪いわけじゃないけど、あまり人数が多いと単純に動きにくくなる。お祭りの混雑具合によっては六人でもわりとギリギリだ。
ま、先輩方は先輩方で夏を満喫しているはずなので。もしかすると向こうでひょっこり合流することもあるかもしれないけどね。
ハードな夏合宿の最中、お祭りに参加する余裕なんてあるのかと問われれば、あるに決まっていると断言しよう。
そもそも今日だってとっぷり日が沈むまでトレーニングに打ち込んだ後だ。丸一日オフだったわけじゃない。
〈パンスペルミア〉と〈キャロッツ〉はどいつもこいつもピンピンしているからわかりにくいが、合宿に参加するような逸材でもこの時間帯になると疲れ果ててダウンしているウマ娘は多い。
個人的にはウララがダウンしていないことの方が驚きだったりする。
《たぶんあれはお祭りが楽しみ過ぎて疲労が追い付いていないだけだと思うぞ。たぶん追いつかれた時点でコテンとオチる》
なるほど。テンちゃんの言うことも一理ある。ウララが寝落ちした時点で帰ることも視野に入れておこう。
ウマ娘がいくら物理の法則からたびたびはみ出る存在とはいえ、生物であり年頃の女の子である事実は変えようがない。心にも身体にも掛けられる負荷には限界がある。
遊びに行く時間的余裕がないというのは私が思うに、負荷への耐性が異常に高いというよりは、限界を越えない程度にだらだらと努力するポーズをとっているだけというパターンが大半なのではないだろうか。
だったらサクッと限界まで追い込んでその後にしっかり回復タイムを設けた方が効率的かつ健康的だ。
自分は努力しているのだといくら自分に言い聞かせたところで気休め以上の効果は無く、努力の成果はレースの結果という形でどうしようもなく明確に出てしまうのだから。誤魔化したところで無駄だ。目の逸らしようがない。
《別にレースで一着になれなかったからといって、努力が足りない証明ってわけじゃないと思うけどね》
そうだね。私たちより才能が無かっただけかもしれないよね。
でも自分たちが思うように成果が出せないからといって、私たちの遊びを邪魔する権利が生じるわけじゃないと思うんだ。
本当にそれが間違いだと信じているのなら、私たちが遊び惚けている時間を血肉に変えてレースで先着して証明してくれ。
それがすべてだ。
私たちが気分転換に往くのだから、トレーナーの皆様方もその間にしっかり休んでもらいたいものだけど、どうかなぁ。
ちょうど桐生院トレーナーが学園から合宿所に来たタイミングだし、引継ぎと今後の打ち合わせを兼ねたミーティングとかやっていそう。
チーム合同トレーニングの真価は、トレーナー陣の分業による効率化。
今日まではゴルシTが先導することが多かったけど、明日以降はうちの桐生院トレーナーが夏合宿チーフトレーナーの役割を担うのだろう。入れ替わりで今度はゴルシTが学園でトレーニングに打ち込むウマ娘たちのもとへ赴く形となる。
どれだけ完璧なメニューが組まれたところで、それを実行する際に必要なのはウマ娘とトレーナーの信頼関係。であるならば、どれだけ有能なトレーナーが陣頭指揮を執ってくれていたとしても『自分のトレーナーではない』というだけで効果は減少してしまう。
分身できない以上、こういう形でトレーナーというオンリーワンな素材の運用形式になるのも宜なるかなといったところだ。学園にいるのだって彼ら彼女らの大切な担当ウマ娘なのだから。
実際、私も桐生院トレーナーが明日以降のトレーニングを担当してくれると思うだけでテンション上がるしね。
《リシュは葵ちゃんとだいぶ仲良くなったよなー》
そうだね。
実を言うと、純粋な相性で言えばゴルシTの方が私たちと合っているのではないかと思う。
彼はすごい。私たちの自由にさせてくれる。
トレーニング中のストレスが極端に少ない。ゴルシ先輩を担当している以上、びしばし上から抑えつけるような指導スタイルではないだろうと想像はついていたが、あそこまでとは思わなかった。
おそらくはウマ娘の癖を見抜くのが抜群に上手いのだろう。身体の癖、心の癖、魂が求めるもの。そういうウマ娘が自分でさえどうしようもない奔流を即座に把握し、そのウマ娘が掲げる目的に合わせてベクトルを整えてくれる。
それでいて放置されているような不安や心細さは一切ない。彼の指示に従っていれば怪我や故障はするまいと確信、あるいは盲信してしまいそうなほどに視野が広い。
ウマ娘の規格外たるテンプレオリシュを前に、それを貫いてみせたトレーナーの規格外。それが彼だ。
それでも私たちのトレーナーは桐生院トレーナー。
そういう認識がもうしっかり完成してしまっている。願わくはトゥインクル・シリーズを走り終えるまでずっとそうであってほしいものだが。
《いまさら契約解除に至るような要素は無かったと思うけど?》
いやーうん、私たちと桐生院トレーナーの間だけ見ればそうなんだけどね。
ほら、私たちだってお年頃の女の子なわけで、大人の男女が仲良さげだと噂話のひとつでもこそこそやるわけですよ。
桐生院トレーナーの一番仲よさげな異性ってゴルシTじゃん?
《そうだね。葵ちゃんって純粋培養というか何と言うか、出会いの無さそうな人生送ってるし》
その評価の是非はさておき。
教職員の場合さ、同じ学校で結婚したらどちらかが別の学校に飛ばされるらしいじゃん。
トレーナーの場合はどうなのかなって。この前テンちゃんが寝ちゃった後に白熱したコイバナ(マヤノ主催)がそういう流れになって、いっきに気まずくなっちゃって。
《あー……。なるほど》
誰だって自分のトレーナーにはいなくなってほしくない。
過程をだいぶ飛ばした話ではあるが。女性の場合、結婚して家庭を築き子供を産むのなら、仮に育児を旦那に任せ仕事を続けるとしても産休が発生するのは避けようがない。
もしも仮にあの時きゃいきゃいと盛り上がった妄想のように、桐生院トレーナーがゴルシTのことを憎からず思っているのなら。
私は応援したいと思う。
何なら今日の夏祭りにかこつけて連れ出して二人で屋台を巡って花火を見上げていい雰囲気くらい作ってしまえとさえ思う。
《でもゴールインするのはぼくらが『最初の三年間』をゴールするまで待ってねってことだね》
う、うん。身も蓋も無いことを言ってしまえばそういうことだ。
夏祭りで真っ先に購入したのは猫のお面。
別に猫やお面が好きということはないのだが、何故かテンちゃんは嬉々としてそれを選んだ。
顔に被るのではなく、かの“永世三強”の一角イナリワン先輩の勝負服のように右上にずらすようにして装着。安っぽいゴム紐の圧がささやかに頭部を締め付ける。
《冒険に出かける前に装備を整えるのは基本中の基本さ。アニメキャラよりこういう動物モチーフの方が風情あるだろ? 夏祭りスタイルはこうじゃないとね。
ふむ、夏祭りver.テンプレオリシュ完全版のクオリティは三デジタンってところか》
三デジタン。アグネスデジタルが活動可能な耐性を得るまで三回の昇天と蘇生サイクルを必要としたという意味である。世界に新たな単位が生まれた瞬間だった。
プリファイに変身ヒーロー、私とは色違いの猫のお面。思い思いに装備を整え、いざ提灯の灯りと祭囃子に彩られた冒険に出発。
型抜きの屋台では各人の特色が出た。
ミシンのような手さばきでダガガガッと速攻で難易度むずかしいを終わらせ、見事景品を獲得した私とマヤノ。
対抗心で手を速めたスカーレットと純粋に真似しようとしたウララは途中でパキッと割ってしまい失敗。
ウオッカはちまちました作業は柄じゃねーと不参加で、デジタルはマイペースに難易度ふつうをちまちま削ってしっかり成功させていた。
やっぱりこういう勘の良さと身体コントロールを要求される分野では私とマヤノがツートップだ。
ごく当然のように財布をわしづかみに再挑戦しようとしていたスカーレットを『ウララが眠くなる前に一通り見て回ろう』と説き伏せ、次の屋台へ。
射的の屋台では、景品にどこか見覚えのあるでっかいぱかプチが並んでいた。
具体的には今年の日本ダービーとオークスを制したウマ娘たちの限定特別バージョン。つい先日試供品が送られてきたばかりのような気がするのにもう市場に並んでいるとは、月日の流れとは早いものである。
私ひとりなら服装と髪型をいじったから気づかれないのかとも思えたが、スカーレットはあのツインテールもティアラもそのままなのだから誤魔化しようがない。
《これで屋台のおっちゃんも周りの夏祭りに来ている客も気づかないふりをしてくれているのだから、なかなか暗黙の了解が徹底されているよね》
まったくだ。この夏祭りは本当に夏合宿に来たウマ娘たちの憩いの場として年月を重ねてきたのだろう。
「くっそ、当たんねー」
感性小学生のウオッカが案の定まっさきに飛びついていたが、戦果は芳しくない様子。
仕方がないので手本を見せてやることにする。
銃身の歪みというのは誰でも意識するだろうけれど、コルクの弾丸のばらつきも射撃精度にとって無視できない要素だ。
指でつまみ上げて観察すれば形状の歪みと湿り気による重心の偏りもそれなりに把握できる。そうやって事前に手持ちの弾の品質を把握した上で、銃を構える。
狙うはウララがきらきらした目で見つめているでっかいウサギのぬいぐるみ。あのサイズなら上手く先端に当てたところでそう倒れることはあるまい。いわゆる客寄せパンダというやつ。
関係無いね。棚に並んでいる以上、撃ち落とせばこちらのものだ。
一発目、頭部右上に命中。少し揺れるだけ。
ぬいぐるみに付与された運動エネルギーが消えないうちに素早く装填して二発目、わずかな揺れに合わせたタイミングで同じ場所に着弾。ぐらぐらと揺れが大きくなる。
すかさず三発目。これは頭部のど真ん中に命中。最後の一押しでぐらりと限界を超えたぬいぐるみは棚から転げ落ちた。
おー、と歓声があがりパチパチとわずかながら拍手も聞こえる。
「こうやるんだよ」
ウオッカに向けてふふんとどや顔を披露してやったその横をぽこんとコルクの弾丸が通り過ぎた。
マヤノの構えた銃から放たれたそれは私が仕留めたウサギと同等の風格を持つタヌキのぬいぐるみに命中し、なんと最初の一発目でぽてんと棚から落とす。
「こうやるんだよー、ユー・コピー?」
「……アイ・コピー」
一撃で相手を撃墜するウィークポイント、それをノーヒントで見抜く嗅覚は私よりもマヤノの方が上のようだった。
ちょっと悔しい。
「……デジタル、お前すっげーな。よく四六時中あの二人と同じチームで自信喪失しねーよ」
「浴衣でどや顔リシュさんにカウンターでどや顔するマヤノさんとかこんな季節イベント超限定レアスチル無課金で見ちゃっていいんですか本当に? うへへ、これは脳内に永久保存決定版ですな――は、え? あ、ハイ。すみませんウオッカさん。聞こえていませんでした。お手数ですがもう一度お願いします」
「…………本当にすっげーよ、お前は」
「ほへ?」
いつも通りのデジタルにウオッカが迂闊に話しかけてドン引き、と思いきや意外と揶揄抜きに感心しているようだ。
たしかに私もマヤノもデジタルの隣では手加減も遠慮もしていないからね。振り回そうが壁に叩きつけようが、多少乱暴に扱っても壊れない得難い友情だと思っているから。
その耐久性は評価されて然るべき項目ではある。たとえそれが変態的嗜好によって培われた、勇気とか努力とか少年漫画的ポジティブワードとは無関係なもの発祥の素養だったとしてもだ。
「…………」
その横でスカーレットが無言で執拗にぽこぽことコルクの弾丸で今年のダービーウマ娘の巨大ぱかプチの額を狙っていたのは、きっとその景品が欲しかったからではないだろう。
「あ、ウララ。このぬいぐるみ、あげる。私の部屋には置くスペースないから」
「ほんと!? わーい、ありがとうリシュちゃん!」
別に狙ったわけじゃないけど、ぬいぐるみを抱きしめたウララのこの心の底から嬉しそうな笑顔を見れたことがこの射的の最大の戦果だったかもしれない。
景品を獲得できるタイプの屋台を巡るたびに戦利品が増えていき、『こんなこともあろうかと』とたぶん私たちの中で一番用意周到なデジタルが取り出した大きな袋たちもパンパンに膨らんだところでターゲットを飲食系の屋台に移す。
りんご飴、焼きそば、わたあめは基本。フランクフルトとかき氷は鉄板。チョコバナナにチョコニンジンはデザート枠だろうか。
《当たり前のようにニンジンが並んでいるのにも慣れたもんだ》
ウマ娘用に量があるとはいえそれを差し引いてなお、けっこういいお値段な屋台の値札設定だけれども。
不思議と食べ終わった後も損をした気はしない。お祭りの食べ物ってどうしてあんなに美味しいんだろう。
《気分だろ。かき氷のシロップの違いが色と香料だけで味は同じだって知ってた?》
身も蓋も無いね。風情はどうした風情は。
キャラクター焼きと銘打たれて販売されていた、タヌキのようにデフォルメされたシンボリルドルフ会長を頭から一口でいただく。
ちゃんとURAなりシンボリ家なりに許可はとっているのだろうか。こういう怪しげな品々もお祭りの楽しみの一つだ。
《しょんぼりラクーン、この世界にもいたのか……!》
何やら戦慄しているテンちゃん。
アスリートと呼ばれる人種は常人のおよそ三倍を食べるという。そして思春期のウマ娘はヒトミミの三倍くらいはぺろりと平らげる。つまりトゥインクル・シリーズを走る私たちは一般的なヒトミミの九倍食べる……という単純計算が成り立つわけでもないが。
目についた屋台で気の向くままに食べていっても私たちの腹にはまだ余裕がある。軍資金もまだ大丈夫。普段は走ってばかりで無駄遣いする暇がないから、こういう機会くらいぱーっと散財してしまっても問題あるまい。
真面目なスカーレットは逐一食べたものをスマホにメモしている。
《今日くらいはカロリー計算を頭から消し去っても罰は当たらないと思うんだけどな》
それがスカーレットだからね。
「まだかなー、まだかなー」
「時間的にはもうそろそろのはずだねー」
わくわくと目をきらめかせるウララと共に夜空を見上げる。
なんとこの夏祭り、花火まであるらしい。それなりに屋台があるとは思っていたが、思っていた以上に豪勢だ。やっぱり近場で中央の夏合宿があることと関係しているのだろうか。
見晴らしのいい場所まで移動するかという話も出たが、やめておいた。私の見立てが正しければウララの疲労が(当の本人はまるで自覚できていないが)そろそろ限界だ。
見晴らしのいい場所というのは人の少ないところや高いところと相場が決まっている。つまり移動に少なからず時間と手間がかかり、その間にウララがコテンと寝落ちしかねない。
《最悪、寝落ちしてしまうだけならまだいいんだ。残念ではあるけどさ。問題は一度寝入ってしまったのに花火の音で起きてしまい、興奮してそのまま眼が冴えてしまうパターン。
たぶんそのままウララちゃんは寝つけず、寝不足になって明日以降のトレーニングに差支えが出ると思うの》
仮にも年上の女性に抱く懸念ではないかもしれないけど、テンちゃんの忠告は杞憂ではないだろうと私にも思えてしまった。
それは私たち中央のウマ娘にとって避けたい事態だし、何より夏祭りに行くことを許してくれたトレーナーたちに申し訳が立たない。
だからこうして屋台巡りを続行したまま、その場で花火を待つことにしたのだった。
ヒュー、と夜空を縦に割く甲高い音。
ドォーンと打ち上がる光の大輪。
「お、きたきた」
「わーい、わーい!」
「たーまやー!」
「うひょー、たまらーん!」
ウオッカとウララとマヤノが並んではしゃいでいる。
デジタルは花火よりもその光に照らされるウマ娘の横顔の方にご執心だがいつも通りなので問題ない。
人混みのせいで少しばかり空が見えづらい。こういうときはウオッカやスカーレットの上背が羨ましくなる。
「……アタシ、アンタを探している。あの日から、ずっと」
雑踏のざわめき。
連続して花火が打ち上がる炸裂音。
夜空に華が開くたび広がる大衆の歓声。
でもその程度で私たちの五感が鈍るはずもない。
隣にいる彼女の声を聞きのがすはずがない。
これはあれだ。きっと大人たちが盃を酌み交わしながら話すのと同じ理屈だ。
酒に酔っているからという大義名分で本音をぶちまけるのと同じように。
視線を空に釘付けにしたまま、雑踏に紛れてしまっても構わない音量で。彼女はまるで独り言のように話している。
「勝てば見つかるかしら?」
「さあね、でも――」
だったら私もそれに沿おう。
咲き誇る夜空の大輪だけをまっすぐ見つめて、夏の風物詩が生み出す雑音に重ねるように言葉を吐く。
「譲ってあげるつもりはないね。欲しいのなら勝ち取りなよ」
探している私が
やすやすと私たちと並び立てるとは思わないことだ。私の隣は魂の半分でもまだ足りぬ。四分の三くらいは捧げてもらわねば。
「上等。首洗って待ってなさい」
いくつもの花が夜空に咲いては音を轟かせて消えていく。
「いったい何時になったらこの首に刃は届くんだろうね」
その残響に隠すように、最後の花火が消えるまで私たちは独り言を重ね合った。
【〈キャロッツ〉の先輩方と仲良くなろう その②】
「はーい、ではでは。本日のオリエンテーションは自由課題とのことなので、TRPGのセッションを行いたいと思います。GMは不肖わたくしテンプレオリシュが務めさせていただきます」
『わー!』パチパチ
(中略)
「『くらいなサーイ! これが貴様が知らない友情の力デース!』。ダメージは…ワオ!? とってもダイス頑張ってくれマシタ。106点デース!」
「おっと、半分吹き飛んだな。では…『ほう、それが友情というものか。では私も使うとしよう』」
『えっ!?』
「ここで《異世界の因子》を使ってさっきタイキ先輩が使った《バリアクラッカー》をコピー。バリクラは〈白兵〉と〈射撃〉の両方に対応したエフェクトだから《ジャイアントグロウス》とも組み合わせ可能なのさ。『なるほど、たしかに強力だ。いい学習をした』、さあ、1ラウンド目に全員同一エンゲージになってしまったことを悔やむがいい!」
『わー!?』
「どどど、どうしよう! ガードできなきゃブルボンさんが倒れちゃう」
「いえ、それでも…『本機の使命は味方ユニットを守ることです。味方より先に斃れる盾など存在意義がありません』。《孤独の魔眼》で全部引き受けて、倒れます。流石に厳しいので復活はしません…ご武運を」
「う、うん! ライスだって、咲ける! ここで《マシラのごとく》を使って…ええええ!?」
『うわぁ…』
「5d10で出目操作も無しにファンブルって初めて見た…」
「うえーん、ごめんなさい。せっかくみんなが繋いでくれたチャンスだったのに…」
「いいえ! 『まだです! 本日の運勢はまだ尽きていませんよ!』。《妖精の手》です、さあ振り足してください!」
「ありがとうフクキタルさん、ありがとう! こ、これで…当たって!」
「それは当たったら消し飛ぶなあ。ドッジで…あ、めっちゃ回って避けた」
『ぎゃー!?』
「うわーん! ライスのせいだー!?」
「まだです! いつから私の《支配の領域》が品切れだと錯覚していました?」
「なん…だと…?」
「さっきのコストでエフェクトLv+1になったんですよちくしょうめ! ブルボンさんが守り通してくれたおかげでロイスは潤沢! いざッ勝負ッ、ふんぎゃろー!」
「うん当たる。ダメージちょうだい」
「『届いて!!』。ダメージは…91点!」
「『何故だ。お前らの能力はすべて把握できていたは、ず…』。うん、深々と短剣を胸に突き刺されたボスは動きを止めるよ。あなた方の勝利です」
『やったー!!』
タイキシャトルとの友好度が上がった!
ミホノブルボンとの友好度が上がった!
ライスシャワーとの友好度が上がった!
マチカネフクキタルとの友好度が上がった!
何をやっているのかわかった人はぼくと握手!
ちなみに筆者は3d10でファンブルまでなら出したことあるゾ!
次回、???視点