「ウマソウルってうるさいよね」「えっ」「えっ」   作:バクシサクランオー

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きっとそれは天上の美味

 

 

U U U

 

 

 クラシック三冠の決着を火花と煙で彩る『winning the soul』。

 このライブ曲の一着から三着までの振り付けにはスタンドマイクを使ったパフォーマンスが含まれる。そのため、このためだけに用意されたギミックでステージからスタンド付きマイクがせり上がってくる。

 その前に私たちは当然のような顔をして陣取るのだ。

 

光の速さで駆け抜ける衝動は

何を犠牲にしても叶えたい強さの覚悟

 

(no fear)一度きりの

(trust you)この瞬間に

賭けてみろ 自分を信じて

 

時には運だって必要と言うのなら

宿命の旋律も引き寄せてみせよう

 

 洗練されたパフォーマンス。

 磨き抜かれた品質は、多くても三度しか使用しないこのライブ曲が持つ価値、それに懸けるウマ娘たちの思いを何よりも示している。

 いやまあ、こうして今日みたいなプラスアルファが生えてくることもあるのですけども。

 あとこういう振り付けだとマヤノが普通に美人で困る。

 妖しい魅力というか。普段はおこちゃまなのにね。

 

 そして間奏。

 前二曲に比べかなり早めに挿入されたように感じたのは錯覚ではない。タイミングでいえば実際半分ほど、圧倒的疾走感を持つそれはNHKマイルCのライブ曲を彷彿とさせる。

 うん、この後に日本ダービーで再び『winning the soul』に戻るから、今回のライブでNHKマイルCはこの間奏で存在を処理されることになったんだよね。GⅠなのに。

 NHKマイルCで私たちのファンになって下さった方々には本当に申し訳ない。でも『本能スピード』を()るのにふさわしいタイミングはここではないというテンちゃんと桐生院トレーナーの判断に、私も異論を挟めなかったのだ。

 それほど無視し難い功績がある。圧倒的な伝説が今回のクライマックスとして控えている。

 

 それにしても桐生院トレーナーすごいよね。

 中央のトレーナーが器用万能ということは知っていたけども、その中でもあらゆる分野で高次元にまとまっているスペック。

 そして『こういうのは量より質ですので』と自身の幅広い技量を鼻にかけない謙虚さ。

 

《運動神経ならあるいはぶっちぎりのトップかもね》

 

 そうね。私たちに課す新規メニューは事前に自分の身体で試しているらしいし、嘘かまことか走ってバイクのひったくり犯を捕まえたこともあるって噂だもんね。パルクールもできるし。

 

 トレーナーが担当するのはレース関連のトレーニングが主であり、ライブにはまた別の先生がいる。

 しかし桐生院トレーナーは『はい、ここでこの曲を踊っていただきます。ではどうぞ!』と無茶振りされても即座に踊れるくらいライブに関しても習熟しているのだ。

 ちなみにこのエピソードは初代URAファイナルズの告知イベントの際の実話であるらしい。

 学業にトレーニングにと忙しい担当ウマ娘に代わり、ゴルシTと共にトレーナーたちだけでイベントをこなしたとかなんとか。

 ミーク先輩があのぬぼーっとしたテンションのまま自慢げに私たち後輩に話してくれた。話の内容と喜色に富んだミーク先輩の声にデジタルは二度死んだ。

 

 だからといってぶっちゃけた話、編曲や振り付けまでできるとは思わなかった。

 だって私たちが彼女の担当ウマ娘になったばかりの頃、あの人は流行りのポップスをまるで知らなかったんだ。

 親睦会でミーク先輩やデジタルと一緒にカラオケに行ったときなんて、素晴らしい美声と卓越した音感で次々と見事な民謡を歌ってくれたものだった。

 『担当の好きなものをトレーナーとしてちゃんと知っておきたいのです』なんて言っちゃった結果、今ではデジタルの布教を受けアニソンをいくつか歌えるようになったけどね。

 

 ライブ関連ならいざしらず、音楽に対して馴染み深いとは思えない人となりだったのは事実だ。

 実は必要になるかもしれない技術の一つとして身に着けていたのか、それともテンちゃんの要請があってから新規に習得したのか。

 担当ウマ娘の面倒を見るのがトレーナーの仕事と言ってしまえばそれまでだけど、忙しい人にさらなる面倒をかけたかもしれないとなればやはり心苦しい。

 せめてこのライブはしっかり成功させるからね。

 

 間奏の間もダンスは続いている。

 華麗なステップでマヤノが退き、入れ替わりで二着のポジションに収まったのはウオッカだ。

 つまり、ここからは日本ダービーのパートである。

 

走れ今を まだ終われない

辿り着きたい場所があるから

その先へと進め

 

涙さえも強く胸に抱きしめ

そこから始まるストーリー

果てしなく続く

winning the soul

 

 一般家庭出身の私が本当の意味で『クラシック三冠』の重みを、名門と呼ばれる家の子たちと共有する日は来ないかもしれない。

 だけど皐月賞のマヤノも、日本ダービーのウオッカも、共に印象深い一戦である。

 これまで漠然としか感じていなかった脅威。それが明確に血肉を伴い、世代という数さえ揃えて背中を焼くようになってきたのだから。

 そういう意味ではどちらも私にとって大切なレースだ。

 

 横目でこちらを見ながらウオッカがニヒルに笑う。次はセンターに居座るのは俺だぜ、と雄弁に目が語っていた。

 私も流儀を合わせて挑発的に鼻で笑う。できるもんならやってみろよ、と。

 硬質な視線がぶつかり見えない火花を散らした。

 

 火花と煙と鉄の匂い。

 それを覆い隠し、洗い流すかのような雨の気配。舞う土埃。

 

 四曲目へと至る間奏はピアノから始まる印象的なもの。

 それは瞬く間に土砂降りを連想させる激しいギターへと変わり、呼応するように観客席の一部が沸き立つ。

 この『UNLIMITED IMPACT』はダートGⅠのライブ曲。きっとあそこにはダートのファンが集まっているのだろう。あるいは地方から来てくださったファンの方々なのかもしれない。

 ちらりと視線をやると見覚えのある顔がちらほら。

 そっかー、来てくれたのか。ドラグーンスピアさんにアキナケスさん。

 テンちゃんがLANEの交換をしていたことは知っていたけど、思っていたより仲良くなっていたのかも。

 

視界全部奪うような 打ち付けるスコールの中でも

きっとさらわれ流れるのは 言い訳と迷いだけよ

 

 この曲のバックダンサーはみんなダートを主戦場にしているウマ娘だ。

 何だかんだ縁のある例の後輩ちゃんも後ろで踊っている。

 そして隣にはアグネスデジタル。

 同じ桐生院トレーナーの担当ウマ娘で、同じく芝とダートを走れる幅広い適性の持ち主。ウマ娘のことが大好きな私よりひとつ年上の女の子。

 デジタルは私のことを同志と呼ぶ。初めは面と向かって否定しないだけだったその呼称も、今では馴染み深いものだ。

 彼女がいなければきっと、私のトゥインクル・シリーズは今とはまるで違う色合いになっていたに違いない。

 

ぬかるんだ現状に足をとられて

陰鬱な空気が喉ふさいでも

この声は絶やせないでしょう この足は止まらないでしょう

 

いのちのかぎり

 

 もしもデジタルがいるのが観客席であれば、彼女は顔中の穴から体液を垂れ流しながら団扇を振ってオタクの本性をさらけ出していたところだろう。容易にその光景が想像できる。

 しかし、これがアグネスデジタルというウマ娘の面白いところなのだが。

 自身が舞台の上にいる場合、彼女はウマ娘を愛する者としてその舞台を最高品質でファンにお届けしようと全身全霊を尽くすのだ。

 これは自分ごときが尊いウマ娘ちゃんたちの舞台を穢してはならないという、微妙に低めな自己肯定感に基づいたモチベーションなのだけども。

 経緯がどうあれ、凛とした表情の彼女は間違いなく美少女だった。

 

どうか全力で射抜いてよ 瞳で私を

焼き付けていこう それは約束の進化系

 

傷を痛がって投げ出す程度の思いじゃない

キミは目撃者だよ

 

YES…UNLIMITED IMPACT

見せてあげる EVOLUTION

GO AHEAD…未来DAYS!!!

 

 ジャパンダートダービーは『いけそうだったからいった』という、きっとダートに命懸けてる子たちからすれば憤慨ものの動機で入れたローテだったけど。

 案外こうして振り返ってみれば、何だかんだ私の内側に蓄積されたものがあるんだな。

 デジタルと走るのはとても楽しかったから、またどこかで同じタイトルを競いたいものだ。今度は芝がいい。

 

 さて、この長いようで短い宴もそろそろクライマックス。

 ピアノのどこか物悲しいメロディラインが、どこまでも高まる脈拍のようなリズムに取って代わられる。

 『本能スピード』、つい先月に使ったばかりのライブ曲だ。懐かしむ暇もない。

 最後の間奏の入れ替わりで登場したウマ娘を見て観客の興奮は一気に最高潮。方々から上がる歓声が会場を揺るがす。

 私の両脇を最後に飾るのは、なんとサクラバクシンオーとタイキシャトルの二人。

 この一着から三着までの顔ぶれは先のスプリンターズSとまったく同じ。ライブの締めくくりにふさわしい実に豪華な布陣だろう。

 

覚悟は手放さない リスクはいつも

ギリギリでパワーになる

そう気づいたの

 

 念のため言っておくと、さすがのテンちゃんも当初はこのお二人に声をかけようとしなかった。

 実はメドレーライブの企画自体はひと月前には既に存在していたが、スプリンターズSの勝敗次第で五曲目『本能スピード』の扱いは大きく変わる。

 あらかじめ複数のパターンを用意することでゆとりを持たせていたものの、企画が今の形にしっかり固まったのはスプリンターズSで私が勝利したそのときなのだ。

 

 今年の聖蹄祭はスプリンターズSのわずか半月後。敗北の傷が癒えるには短すぎる期間である。常識的に考えれば勝っていても負けていても、同じメンバーと同じライブをやるなんて気まずすぎるだろう。

 ただでさえ喧嘩を売っているような企画概要なのに『私の常勝を讃えるメドレーライブをやるので、今日と同じように両脇で踊っていただけませんか?』なんて言えるか。

 偉大な先輩方の傷口に塩を塗り込むようなマネ。無理だ。怖い。

 

 あちらから来たのだ。

 『何やらにぎやかですね……学級委員長の許可なく楽しいことをするとは……くぅ~私も交ぜてくださーいッ!』とか『レッツ、パーティーターイム! 仲間外れは寂しいデース!』とか言って。

 

 私に同じことができただろうか。

 ちょっと自信がない。なにせ、負けたことが無いし。

 それを差し引いても彼女たちにあって、今の私に無いものが存在している気はしている。

 己の力と実績に対する自負。

 敗北という絶対的な事実を突きつけられてもなお揺らがない誇り。

 

 何だかカッコよかったので、レース直後の錯乱していたバクちゃん先輩の醜態は忘れてあげることにした。

 

誰より今 強く駆け抜けたら

一番先で笑顔になれる

本能スピード 熱く身体を滾ってく

 

 ありありと思い出せる。

 プレス機にかけられたような重圧、ゆっくり引き延ばされていく刹那。

 早鐘のような鼓動。生物の出力許容量限界ギリギリのラインで反復横跳びする酩酊。

 『これ、このまま心臓が破裂してしぬのでは?』と愉快な疑問が脳裏を横切るほど速度に速度を重ねた電撃戦は短距離ならではだろう。

 長距離は長距離で『これもう口から血を吐いてしぬのでは……?』と朦朧と危機感が湧き上がるくらいしんどいけどね。いや、そもそも楽なレースなんて存在しないか。

 

 楽ではないのに楽しいんだよね。

 不思議だ。生物として何かが矛盾している気がする。

 

 レース中やライブ中のバクちゃん先輩は本当に美人だ。なにせ無駄に喋らないというのが非常に大きい。

 喩えるのなら日本刀。飾り立てた華美ではなく、研ぎ澄まされた強さに宿る美しさ。

 タイキ先輩のダンスも非常にパワフル。つい圧倒されて位置をずらしそうになる。

 気合い負けというよりは、彼女はいわば陽キャの化身。自らの内側から滾々と湧き出るエネルギーを惜しみなく周囲へ分け与えるような歌と踊りにもその性質は表れる。

 コミュ障を自覚する身としてはつい引いてしまいそうになるものだ。

 このお二人を差し置いて自分ごときがセンターに居座っているのが何やら間違いのような気さえしてくる。

 でも恐ろしいことに何も間違っていないのだ。ほんとうによく勝てたな、私たち。

 

もう何も恐れないで

限界なんて必要ないの

 

最速の私になって

見果てぬ世界 超えてゆけ

 

 何度も変貌を遂げながら続いていたメロディがようやく終わる。

 激しい動から、あからさまなまでの静への移行。

 巨大な終止符を呑み込むのにいくばくかの時間を要したが、圧倒の硬直から解けた観客たちは自らの内で猛り狂う情緒を吐き出すように歓声を上げた。

 大喝采。ライブは無事に成功を迎えたのである。

 

 

U U U

 

 

 終わってみると、こう。

 嬉しいとか楽しかったとか、そんな充足感よりタスクから解放された安堵が第一に来るのって私だけじゃないよね?

 

「どうやったの?」

 

 ライブ後の有名どころウマ娘が舞台に勢ぞろいした状態でのトークパート後半と、これ以降の聖蹄祭イベントの簡単な宣伝も何とか乗り越えて、私は解放されたはずだった。

 控室に戻ってライブの成功を有志の子たちと讃え合いながら着替えて、もう今日は仕事したくないけどこれからお手伝いに行かなきゃいけないイベントもそれなりに多くて。

 いざその場に到着したらちゃんと全力でお務めを果たすから、今だけはうんざりさせてよね、と。ため息交じりにメモ帳を片手にスケジュールを確認する。

 変装用の帽子はテンちゃんが紛失しちゃったけど、残り半日も無い間なら髪型変更と伊達眼鏡だけでもなんとかしのげるかなぁと。指先でフレームを弄んで。

 人の流れから外れた校舎の物陰で、自分ふたりだけでひと息つく。聖蹄祭後半もちゃんとURA所属のスターウマ娘『テンプレオリシュ』としての役割を果たすために。

 襲撃を受けたのはそんなときだった。

 

「おしえて」

 

 私、なんかこういうの多くない?

 日本ダービーの勝利者インタビューのときを思い出す。あのときも相手は本格化前のちびっこウマ娘だったな。

 

 おぼえがある。ライブ中に私へ向けられていた視線のひとつだ。ライブが終わった後、トラブルに発展しないよう全部撒いたつもりだったが。

 

《息を切らしているあたり、尾行を成功させたってわけじゃなさそうだな。平目の探索判定でクリティカルを出したってところか》

 

 運まかせに走り回って偶然見つけたってこと?

 

《さてはて、偶然か必然か……》

 

 なんだか思わせぶりだな。

 

 今日はファン感謝祭だ。あまりモラルが良いとは言えないその行動にも、営業スマイルで対応しようと思うくらいには今日の私はサービス精神旺盛。

 でも視線に殺意すら籠っているように感じるんだよなぁ。ファンじゃないかもしれない。

 

 改めて少女と向き合う。

 大きな耳に長く艶やかな鹿毛。強い意志を宿した眼差し。

 普段はもう少し常識的な、もっとこう大人びた子なのではないだろうか。ウマ娘の不思議パワー補整があっても普段のケアは髪質に表れるものだ。

 感じるプレッシャーから逆算した潜在能力はそれなりのもの。ライブ前に案内した迷子、メイショウドトウと同じかやや下くらいだろうか。もし中央を受験するなら合格できそうなレベル。

 興味のないものは憶えない性質だから、確証はないけども。

 やっぱり今日が初対面だと思う。こんな視線を向けられるような接点は無いはず。

 

《はぁー……アヤベさんも後輩かぁ。覇王世代の学年ってわりとバラバラじゃなかったっけ? この世界線だと一律に同級生だったりするのか?》

 

 でも、テンちゃんには心当たりがあるみたいだ。

 

「質問をする前に自己紹介くらいしたらどうかな、お嬢さん?」

 

 するりと運転を交代し、テンちゃんが前面に出る。

 自らの無礼さを薄々自覚はしていたのだろう。それでいて、相手に指摘されて開き直れるほどの経験や厚顔無恥はいまだ持ち合わせていないのだろう。

 シニカルに投げかけられた笑顔を前にぐっと縒れそうになる視線を堪えて、少女は自らの名前を告げた。

 

「……アドマイヤベガ」

「喰わせた」

 

「えっ?」

 

 それが彼女――アドマイヤベガの質問への回答だということを、内側から見ていた私でさえ理解するのに一拍の時を必要とした。

 こいつら、会話する気が微塵もねえ。お互いに相互理解を念頭に置いてない。意思を言葉に詰め込んでぶつけ合っているだけだ。

 

「そうすれば……助けることができた、の……?」

「いやー、キツイでしょ。四分の一も食べ残されるなんて予想もしていなかったし、ましてやその状態で安定するなんて完全に想定外だったもの。

 共倒れになる公算の方が高かった。つーか、ぶっちゃけ先に繋がるなんて思ってなかった。女神への意趣返しが思ってもみなかった方向に転がって結実しただけさ」

 

 ふと、本当に何の前触れもなく唐突に理解した。

 アドマイヤベガが見ているのは私じゃない。テンちゃんだ。

 ライブ会場の上で入れ替わった私たちを、たぶん彼女は見分けることができたんだ。

 

 ちょっと信じがたい。

 いまだに桐生院トレーナーでさえ、至近距離である程度観察する必要があるというのに。

 でもそうとしか考えられない。

 見分けて、テンちゃんの存在に気づいて。そして私たち(テンプレオリシュ)私たち(二重人格)であることは彼女にとって何を差し置いても看過し難い事実だった。

 思わずライブ後に私たちを追いかけてしまうほどに。

 

 そして彼女が抱いている感情は殺意じゃない。

 

「だから、ぼくが持っているのは正解じゃない。だーかーら、今のきみを間違いであると断罪することもないよ。わかった?」

「…………」

 

 狂おしいほどの嫉妬と、羨望。

 

 テンちゃんもアドマイヤベガも、何を言っているのかはさっぱりだけども。

 きっとそれは彼女たちにとって何物にも代えがたい大切なもので。その妥協し難い何かに追い立てられてアドマイヤベガはここまで走ってきてしまったのだろう。

 あるいは、今日に至るまでずっと。

 

「今日のところは時間切れのようだね」

 

 テンちゃんが肩をすくめる。

 私たちほど鋭敏な聴覚を持たずともウマ娘の耳なら、目の前の少女の名を呼ぶ声がまもなく聞こえてくることだろう。

 子供が迷子になったら必死に探すのが私の知る親というものだ。この子の家庭も御多分に洩れず、聖蹄祭に一緒に来た娘を懸命に探す程度にはまともな環境らしい。

 

「中央においで、アドマイヤベガ。きみの救いはきっとここにある」

「……救われたくて走っているわけじゃない。これは私にとっての祈り、だから」

 

「あはっ、ぼくの目には贖罪に見えたけどねぇ。そして刑期を終えたら罪は許されるものなのさ。たとえそれが冤罪であってもね」

 

 するりとアドマイヤベガの横を通り過ぎざま、ぽんとその肩を叩く。

 

「目の届く範囲にいる限りは、似て非なる先達としてアドバイスくらいしてあげるさ。それに走りが祈りだというのなら、ぼくらほど『おいのり』が上手なウマ娘もそういないよ」

 

 そのまま振り返りもせず私たちの姿は雑踏に紛れた。

 

 あれでよかったの?

 ほとんど言い捨てみたいな形になったけど。

 

《別にィ。きっと来ると信じちゃいるけど、来ないなら来ないでもうどうしようもないしぃ》

 

 適当だな。いいのか、そんなもんで。

 

 ……四分の一、か。

 一日の四分の一は六時間。テンちゃんの一日あたりの活動限界だ。

 あの会話を順当に読み解けば、私がテンちゃんを食べた……ってことになるんだけども。

 記憶力には自信があるけど、さっぱり思い当たる節は無いな。

 なんだか、それがすごくもったいないことのように思えた。

 

 きっとどんなごちそうだって比較にならない、極上の甘露に違いないのに。

 

 

 

 

 

 かくして、いろいろあった聖蹄祭は終わり。

 菊の舞台が来る。

 結局、マヤノに対するこれといった妙案は思いつかなかったから。

 残念ながら、私の脚をくれてやることになりそうだ。

 

 

 




次回、???視点

使用楽曲コード:71708804,N00989395,N00989462


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