「ウマソウルってうるさいよね」「えっ」「えっ」   作:バクシサクランオー

57 / 133
お気に入り登録、評価、ここすき
感想、誤字脱字報告もありがとうございます。


マヤノとギンピカ☆共闘!

 

 

U U U

 

 

 失敗したかもしれない。

 飢えた獣が人肉の味を知ったか。

 喰らえば生き延びることができると教えてしまったらしい。

 

 

U U U

 

 

『え?なに?』

『何か通じ合ってる』

『目と目で通じ合う天才』

『尊い。それ以外に理解する必要がありますか?』

 

 ざわつくコメント欄を横目にマウスを握る。

 目を閉じる。軽く吸って、吐き出す。唇から漏れ出す吐息と共に脳内に渦巻いていた白い煙がさっぱり抜け出していくイメージ。

 目を開けばそこには憎らしいほど呑気なBGMが流れるゲーム画面。身体の隅々まで意識の糸を張り巡らせる感覚。

 よし、最適化完了。準備バッチリ。

 

『テイクオーフ!』

 

 私とマヤノの声が重なり、本日最後の挑戦が始まった。

 

「ブタさんかフクロウさん」

 

 一球目、投じられる一拍手前でマヤノが言う。

 その二択なら簡単だ。

 フクロウのジグザグ魔球は微調整こそ手間だが、その激しい横の変化ゆえにトップスピードはストレートのそれに劣る。私なら見てから対応可能。

 ならブタの速球にだけタイミングを合わせ構えておけばいい。

 案の定、投じられたのは速球。その圧倒的な速度も、待ち構えているところに来たのならただの哀れな獲物である。

 綺麗なセンター返しが決まり、一本目のホームランと相成った。

 

『は?』

『え?』

『何が起こった?』

 

「ウサギさんかカンガルーさん」

 

 二球目。

 マヤノの声は先ほどと同じタイミング。

 今度は楽だ。ウサギの魔球は異様に伸びるストレート。逆に言えば投じられた直後は空中でブレーキをかけているのかと思うほどに遅い。

 今回も見てから対応できる二択だ。

 まるで跳ねるカンガルーのように波打ちながら飛んできたボールを青空に向けてはじき返してやり、本塁打二本目。

 

「もー、マヤもリシュちゃんも本気でいっちゃうよー。ガチだよガチ!」

「野球だったらサイン盗は反則だけど、もとよりここはルール無用のホームランダービー。いまさら卑怯とは言うまいね?」

 

 本当に打つことに専念するのなら雑談はやめるべきなのかもしれないが、私もマヤノも口を止めようとはしなかった。

 マルチタスクくらいできるし。

 生配信でおしゃべりが出来なくなるなんてチャンネルとしては言語道断だし。

 いやまあ、一番の理由はここで喋るのをやめて黙々とバッティングに専念し始めたら何だか負けたような気がして嫌だったってことなんだけども。

 

 見栄と意地。

 中央のウマ娘なら多かれ少なかれ誰だって持ち合わせているものだ。その中でも特に私とマヤノは意地っ張りかもしれない。

 そういう意味ではガチだの何だの言っておきながら、本当に切羽詰まった状態で勝負に臨んでいるわけではないか。まだ体面を気にする余裕がある。

 そう、もはや余裕だ。

 だってマヤノと私の二人がかりだもん。

 

「あ、次はトラさんだね」

 

『モーション盗んだ?』

『ロビカスの投球フォームって共通だと思っていたけど、実は球種によって微妙に差異があったりすんの???』

『いやキャッチャーのサインを読んだと見たね』

『このゲームでキャッチャーは見えねえよwww』

 

 マヤノが何をしているのか気づき始めたコメント欄が戦慄交じりに賑わう。

 

 マヤノが配球を『わかっちゃった』し始めていることは前の打席を見ればわかった。

 どういう理屈で把握しているのかはきっと本人にだって明確な説明はできないだろう。たまにマヤノの『わかっちゃった』は理屈を超越する。私の【灯篭流し】と似たようなものだ。できるものはできる、ただそれだけ。

 とはいえ、今はまだ読みに徹したところで二択まで絞り込むのがせいぜいらしい。上振れや下振れで一択になれば三択になることもある。

 しかし二択に絞り込むことができるのなら十分に対応できる範疇だ。前の二打席分の情報でタイミングのアップデートは終わった。後は身体コントロールの領分である。

 

 それぞれの得意分野を活かしたチームプレイ。

 白球が快音と共に、次々と木立ちのフェンスを越えていく。

 

『凄まじいコンビネーションだな・・・』

『菊花賞であれほどの死闘を繰り広げたライバルとは思えん』

『ほら、アオハル杯では最初期からチームメイトだから多少はね?』

『え? マヤノトップガンとテンプレオリシュって仲いいの?』

『仲が悪かったら友情出演しないだろー』

 

 うーん。必ず来るなぁ、菊花賞の話題。

 そりゃあこの配信を見たのがマヤちんチャンネルに初めて接した機会って視聴者は必ずいるだろうし、視聴者によって知識の保有量がまちまちなのもある種当然のことだ。

 いくらトゥインクル・シリーズが国民的娯楽の立ち位置にいるとはいえ、知らない人は知らない。それが娯楽というものの限界。義務教育ではないのだから。

 GⅠレースくらいしか見ないライト層は非公式レースのアオハル杯なんて追ってないだろうし、純粋に動画配信から入った者の中には配信者マヤノトップガンしか知らないような人もいるだろう。

 

 わかってはいるのだが、こうも何度も同じことを話題に出されるとげんなりする。

 警察に事情聴取でもされている気分だ。あれって嘘をついていないか確認するため、あるいは記憶違いや思い込みによる誤謬を洗い出すために、取り調べする人間を何度も変えて同じ内容を質問するらしいね。

 ただ、マヤノはそうでもないみたい。

 この話題が出たときに嫌そうな顔をしているのを見たことが無い。

 

「リシュちゃんとはすっごく仲いいよ。ねー。なかよーし!」

「なかよーし、いえーい」

 

 今回もにっこり笑ってハイタッチをしてきた。

 私も片手にマウスを握ったままもう片方の手でペチンパチンと合わせる。ちなみにこの間もマヤノの読みと私の打ちは継続中だ。

 

『あっあっあっあっあ』

『うーんこのマヤちんの満面の笑顔よ』

『尊い・・・』

『俺はポーカーフェイスでちゃんとハイタッチを返すリシュちゃんの方がエモく感じるんだけどわかるやつおるー?』

『ここにおるぞ!』

『同時進行で鬼畜難易度ゲーが処理されてるって忘れそうな光景だぁ』

 

 百合営業? って言うんだっけ。

 マヤノとわかりやすく仲良くしているとコメントの量が目に見えて増える。あと微妙に気持ち悪いコメントも増える。

 トレーナーとの絡みには悪感情を滲ませていたくせに勝手なやつらだ。

 やっぱり私、動画配信ってあまり好きになれないかもしれない。楽しいのは嘘じゃないけどさ。

 性根がコミュ障なのかな。ネットの匿名に守られた不特定多数の無責任がどうしても鼻につく。

 

『マヤノってダービーを見送ってまでロックオンしていた菊花賞で鉄壁の一バ身を打ち崩せなかったんだろ? オリシュと一緒にいるとイライラするとか悔しいとかは無いの?』

 

「ううん。くやしいとかはあんまり無かったよー」

 

 コメントの中で比較的まともなものにマヤノが返事した。

 画面左上のホームランの数が一球、また一球と積み重なっていく。

 

「たぶん『くやしい』っていうのは、『まだできる』って意味だと思うんだ。マヤはたくさん準備して、いっぱいいーっぱい努力して菊花賞に臨んだけれど……。

 あのときのマヤにできることは全部やったと思う。トレーナーちゃんと二人で出来る限りのことをした。もうこれ以上いまのマヤにはむりーってところまで追い込んだ。

 それでも消しきれなかった負け筋だったから。

 雨が降って、不良バ場になっちゃって、リシュちゃんの方がマヤより内枠。リシュちゃんがスタート失敗しなかった時点でもう詰んじゃってたんだよねー」

 

 まあそりゃそうだろう。

 時間は有限かつ平等だ。一日二十四時間。『考え付く可能性すべてに対策しました』というのが理想だが、現実はそうもいかない。

 ゲートが開くまでの限られた時間でリソースを的確に割り振るしかないのだ。

 

《努力チートとか慎重派とかを気取っている作品はそのあたりの機微がわかっちゃいないよね。本当に努力家で慎重なら、いや努力家で慎重であるからこそ万全を期すことなどできないことを痛感していてリソースの配分には血眼になるものなのにさ》

 

 まーたテンちゃんが不特定多数に喧嘩を売っているのを華麗にスルー。

 

 私のスペックは同世代の中では頭一つ抜けている。

 成長もレースと同様に、ただ先頭をひた走る者より、先達という明確な目標地点を持つ後続の方が瞬間的な速度に優れる傾向はある。

 その上でなお、菊花賞の時点ではごり押しが利く格差がまだ存在していた。才気という一点では幾度となくマウントを取られた相手ではあるが、積み重ねた基礎の重みではマヤノは私に及ばない。

 計算違いを許さない3000m逃げ切り。最初の一手が決まった時点で後は詰将棋のようなものだった。

 

「……その上でまったく諦めなかったマヤノの揺さぶりが雨天3000m二度の坂越えの間ずっと続いたけどね」

「でも勝ったのはリシュちゃんじゃん」

 

 ひどい目に遭った。勝った側が言うのもなんだけど、本当にひどい目に遭った。

 後ろから突きまわされて何度掛かったことか。

 ごり押しに対処する方法を菊花賞までに用意できなかったのがマヤノの負け筋なら、これが私の克服できなかった欠点。

 私が一人ならあるいは結果が変わることもあったかもしれない。

 

「そりゃ勝つよ。私たちだもの」

「もー、そういうとこだよー?」

 

 だがあいにくテンプレオリシュとは『私たち』のことだ。

 掛かるたびにテンちゃんに交代して、落ち着いたら悪路を走破する能力が高い私に戻るという、自分というリソースが常人の二倍あることを最大限に活用した物量戦。

 菊の舞台はあらゆる意味で力押し。テンプレオリシュというウマ娘の単純なスペックで押し切ったというわけだ。

 

「皐月賞のときはくやしくて、くやしくて本当に仕方が無かった。あのときのマヤはただ一生懸命になっただけだったから。

 でも菊花賞はそうじゃない。ぜんぶぜーんぶ出し尽くして、それでも届かなかった。くやしさがないわけじゃないよ? でもね、納得はしてるんだ」

 

 そう視聴者に向け語るマヤノは少し大人びて見えた。

 納得できる敗北、か。

 どんなものなんだろう。私は負けたことが無いけども。

 ウマ娘の情緒で敗北を受け入れるなんて相当なものだろう。私の、勝った側の存在だけではきっと成立しえない。その勝負に至るまで彼女が着実に積み重ねた過程あってこそ。

 それが彼女を成長させたのかな? 少なくとも納得できない勝利よりはずっと価値があって糧になるものではあるのだろう。

 

 私はゲートから出た瞬間から自分が勝てることを知っていたし、マヤノは自分が負けることがわかっていた。

 でも、『じゃあ楽勝だったんだー』なんて愚鈍で無神経なこと言ったやつは綱結び付けて雨天の3000m二度の坂越えツアー引きずり回しの刑に処すことも辞さない。

 

《『There is no(突然起きる) terror in the bang(恐怖はない), only in the(予感させる) anticipation(ことで恐怖は) of it.(成立する)』とはサスペンス映画の巨匠の格言だったかな》

 

 時限爆弾が爆発すればその瞬間だけ驚けば済む。

 だが一時間前から時限爆弾の存在を知っていれば、爆発するまでの一時間ずっとその存在を意識し続けることになるのだ。

 掛かりやすくなったと自覚してから菊花賞まで、私はスペックのごり押しに持ち込めば自分が勝つと知っていた。

 その展開になったとき、自分がどんな状態になるかを含めてだ。

 マイルチャンピオンシップをローテから外さなければならないほどの消耗。計算違いを許さないということは、どこまでも計画通りにその消耗を自らの手で自分に味わわせることを意味する。

 

 勝つ側の傲慢で鼻持ちならない戯言だということは重々承知している。

 その上で言わせてほしい。他の打開策があるのなら是非ともそちらを選びたかった。

 走るまでも、走っている最中も、走り終わった後も、どこまでも予想通りにつらくて苦しくてしんどかったんだからな。

 あれを観客席から眺めていたやつらに『楽勝でしたね!』なんてヘラヘラ笑いながら言われるのはまったくもって我慢ならん。

 

「次はウサギさん、右奥ね」

「ん、いちおうこれでクリアではあるのかな」

 

 画面の中でクマの打ったホームランは四十の大台に届いた。

 ノルマ達成。ステージクリア確定だ。

 でも、ここまで来たのならパーフェクトを目指したいよね。今のところホームランの数と投球数はイコールの関係にある。

 雑談の中に的確なタイミングで交ざるマヤノの配球予測は球数を重ねるごとに洗練されていき、今ではほぼ一択となっていた。たまにコースの予想まで入る。

 私も同じだ。序盤は運が悪ければ打ち損じることもあるかなという操作しかできていなかったが、今では安定して快音を響かせることができる。

 

『ひえっ、マヤちんのおしゃべりに気を取られているうちにスコアが40超えてる!?』

『えぇ・・・』

『ながら作業で達成できる難易度じゃないはずなんだけどなあ???』

『RTAガチ勢ですら屠ったクソゲーがこうもあっさりと』

 

「そりゃあゲームっていうのはクリアするために用意された適度な困難じゃん。

 負けてなるものかと、譲ってたまるかと、丹念に強固に塗り固めた壁を強引に突破するのが私たち中央の勝者だよ?

 普段走っているターフに比べたらこんなもん、舗装された歩道に過ぎないよ」

「ひゅー! リシュちゃん言うねえ」

 

 強がりというか、半分以上リップサービスだ。客演だろうと配信に映っている以上は盛り上げる演出を心がけないとね。

 私は(不本意ながら)“銀の魔王”と呼ばれているのだから、これくらい傲慢な言動を心がけた方が視聴者も喜ぶだろう。幸か不幸かお手本は内側から何度も見ているし。

 それにしても、これ当初はキッズ向けのゲームだったってマジ? あきらかにヒトミミ向けの難易度とは思えないんだけど。

 私とマヤノの二人がかりでなければ、今日中の突破は無理だっただろうなぁ。

 

『これが・・・中央・・・!』

『中央に行けばこんなのと戦わないといけないってマジ???』

『中央で一括りにしないでくれますー? 無理だからね。これと同じこと要求されても絶対に無理だからね???』

『GⅠをレコード勝ちするような上澄み中の上澄みだから。これでも現在進行形の最強だからこの子たち』

『いいだろ? 魔王様は全距離適性だからランダムエンカウントだぜ?』

『数々の記録を現在進行形で塗り替えるウマ娘っていうのはこういうことか。持って生まれた才能が根本的に違う』

『圧倒的フィジカルエリートだなぁ。ルールブックを読み込む一週間さえあればどんな分野であってもチャンピオンになれる素質の持ち主』

『付け加えますに閣下、ホームランダービーでは一日かかっておりませぬ(ふるえごえ)』

 

 狙い通り戦々恐々としながらもどこか楽しそうなコメント欄を横目に、カウントダウンは進んでいく。

 残り八球。ジグザクに飛んでくるフクロウボールを丹念にセンター返し。

 残り五球。鋭く内角を抉るブタストレートを流し打ち。

 残り三球。またもや飛んできたフクロウボールを……っていうか残り十球を切ってからフクロウボールやけに多いな? フクロウ本人(本鳥?)が投げていたときに比べ、このクリス何某が投げるそれは速度が格段に上昇している。そこの激しい変化も相まってまるで稲妻のようだ。

 常人がこのジグザグ軌道を完全に読み切るのは無理だろうし、業界用語でいうところのクソ乱数を引いたという状況だったのかもしれない。

 まあ私にはいろんな意味でその一般論は当てはまらないが。

 残り一球。ど真ん中の剛速球。ラストでこれか。少年漫画的だったら何やらドラマチックな演出が入りそう。まあ何事もなく打つけど。

 

「うん、パーフェクト」

「やったー! 完全勝利たっせーい☆」

 

 いえーいえいえい、とマウスから手を放しマヤノと両手でハイタッチ。

 わりと疲れた。ずっと同じ姿勢だったし、レースではありえない時間集中力を持続することになったし、何だかんだ五十球というのは長い。

 こういうゲームをデザインした人間は本当に自分の手でテストプレイしてクリア可能であることを確認しているんだろうか? 激しく疑問だ。

 

『うおおおおお!!やりやがった!!!』

『おめでとー!!』

『888888888888』

『すばらしいです!!』

 

 コメント欄も祝福でごった返す。

 こういうその場のノリに素直なところは好きだよ。いい方にも悪い方にも作用するけど、いい方に転がった時に普段はできないくらい率直に他者を褒めることができるから。

 

「今日の配信はこれでおしまいかなー? クリアできてよかったー。リシュちゃんおつかれさま!」

「ん、マヤノもおつかれさま」

 

「みんなも最後まで見てくれてありがとー☆ 次の配信もレースも見に来てくれるとうれしいなっ!」

 

 マヤノが〆に入る。

 やっぱり挨拶は大事だよな。ささやかなことにもきちんと礼を言って、わかりやすく感謝を伝える。

 マヤノのような美少女からそんなことをされて不快になる者など、ごく一握りのひねくれ者だけだろう。人付き合いの基本にして真髄だ。

 こういうこまめな積み重ねがレース業界の人気にも繋がる。人が増えるのはいいこと……いや、どうなんだろう。

 私の近頃のレースってどれもレース場が満員御礼と言うか決壊寸前というか、そんな有様だったような。

 レース場まで足を運ぶ善良な観客を考えなしに増やすような真似をしてしまってもよいものだろうか。配信から入ったご新規さんがうっかり事前情報なしで訪れた日には悲しいことになる気がしなくもない。

 

『今日も終わりかー。あっという間だったなー』

『絶対に次も見るよー!!』

『レースも見に行きたいけど次走確定したの?』

 

「んーん。トレーナーちゃんと相談しているけど、まだ確定はしていないかなー。いちおう、目標は有記念!」

 

『おー!』

『有かぁ。もうそんな時期かよ』

『もう一年が過ぎて? この前ホープフルS終わったばかりのような気がががが』

『絶対にマヤちんに投票するね!』

 

 コメント欄の悲喜交々。

 年末の大舞台だけあって、また一年が過ぎたと人々に実感させるイベントでもあるようだ。

 いちおう、カレンダーの上ではまだ十一月なんだけどね。

 夏の気配はすっかり消え去り、秋が冬に変わりつつある時期。

 このあたりから年末にかけて芝ダートのGⅠが立て続けに開催される。

 

《財布のひもが緩む時期にイベントを集中させるのは極めて合理的と言えるね。こっちの世界ではライブの売り上げに直結するのかな》

 

 いくら私が全適性持ちとはいっても、日程的に全てのレースを狙うのは不可能だ。

 無理して連闘すればそれなりの数の冠を手中に収めることができるかもしれないが、身体を壊してまで欲しいものじゃない。

 かといって数年かけて無理のないローテを組むには私、たぶん国内に留まっていればシニアの二年目無いだろうし。

 その頃には賞金も十分に貯まっているだろうから、ドリームトロフィーリーグに移籍することに魅力も感じない。

 

「菊花賞の負荷がまだまだ抜けきってないからねー。ギリギリ間に合うかなって感じなんだ。でもリシュちゃんも出るし、マヤ的には絶対に間に合わせるつもり!」

「はい、私の次走も有記念の予定です」

 

 いまだクラシック級の私ではあるが、人気投票でも収得賞金でも十分に射程圏内。

 ここで情報を出していいことも桐生院トレーナーに確認済みだ。

 マヤノは間に合うかどうか不透明な部分があるみたいだけど、私はベストコンディションに持っていけるはず。事故でも起きない限りは。

 そして私が十分に注意を払えば事故が起きる余地はない。

 

「っていうかー……マヤずっとリシュちゃんの後ろに着けてそのぶん楽できたはずなのに、マヤの方が回復遅れているってどういうこと!?」

「はっはっはっは」

 

 才能ってやつである。

 こういうところは持って生まれた素質の差が如実に出るからなあ。生活習慣とか食生活とか、努力の要素が無いわけじゃあないけど。

 そういう努力は基本的にトレーナー側の領分であって、ウマ娘側が担う要素は少ない。そしてたぶん、同じ条件で比較すれば私の方がいい数値が出る。

 あまり意識してこなかったけど、実は私って食べて血肉に変えるということが得意分野なのかもしれない。

 マヤノという逸材を前に、なお優に上回る己の肉体を鑑みてそう思った。

 

「むー」

「ごめんごめん、そうむくれないでよ……あふ」

 

 あくびをかみ殺す。

 もういつ配信が終わってもおかしくない空気で、つい気が弛んでしまった。

 

「あれれ、リシュちゃん寝不足?」

「ううん。ちゃんと眠れてはいるんだけど、なんていうか……ここ最近、夢見が悪くてね」

 

 いわゆる風邪を引いた時に見る夢というやつだろうか。

 やけに具体的で極彩色で熱量に満ちていて、そのくせ支離滅裂で目が覚めて数分もすれば速やかに脳内から退却し、意識がはっきり覚醒する頃にはほとんど憶えていない。

 トレーニングに支障こそ出ていないが、ふとした時にこうしてあくびをしてしまう程度には眠りづらい日が続いていた。

 そう説明するとマヤノは目を真ん丸にする。

 

「えっ。リシュちゃんって風邪ひくの?」

「おい」

 

 だから、私を何だと思っているんだ。

 

「病原菌やウイルスってリシュちゃんの体内で繁殖するくらい強力な種も存在するんだ……みんなー、手洗いうがいはしっかりしようね! マヤとのやくそくっ!」

 

『はーい!』

『はーい!』

『はーい!』

『しまーす!』

『あの魔王でさえ風邪をひくのだ。いわんや不摂生な生活をしている軟弱な俺たちをや』

 

 マヤノの呼びかけに肯定で埋め尽くされるコメント欄。

 うーむ、納得いかん。

 

「私これでも小さいころは病弱だったんだよ?」

 

 まだ歩けないほど幼いころは、頻繁に体調を崩して寝込んでいた。

 おかげで記憶力には自信があるが、そもそも幼少期の記憶はそのものが曖昧なところが多い。

 まあ身体が成長するにつれ調子は良くなっていったし、小学校に入学して走れるようになる頃には劇的に安定したけど。

 トレセン学園に入学して以降は風邪どころか、肌荒れや片頭痛といった些細な体調不良さえ一度として経験したことが無いのも事実ではある。

 

「あっ、ふーん」

 

《語尾に(察し)ってつきそうな反応だなぁ》

 

 なんだかマヤノは一方的に納得している様子。

 『わかっちゃった』する余地が今の話のどこにあったんですかねえ。

 

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。