「ウマソウルってうるさいよね」「えっ」「えっ」   作:バクシサクランオー

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私は世界の中心だけど、私がいなくても世界は問題なく回るらしい

 

 

U U U

 

 

「あのトウカイテイオーって子、たしかまだジュニア級じゃなかったか?」

「それなのに中距離部門のエースを張ってるの? すごいわねー」

 

「テイオーは天才だよ。まあ、私たちほどじゃあないけど」

 

 両親と話しているうちに画面の中ではスタートを切っていた。

 プレシーズンも三回目となるとウマ娘たちの動きもこなれてくる。

 公式レースではありえない、チームとしての動き。自分以外に勝利を託すことを前提にした位置取り。

 そこにいたのは横並びの九人ではなく、ひとりの主人公とそれ以外の八人だった。

 相手チームはテイオーを潰そうとする。〈パンスペルミア〉の他メンバーはテイオーを守るように動く。

 それはある種、不思議な光景で。誰がそうと決めたわけでもないのに自然と一番未熟な彼女が舞台の中核となっていく。

 レースの中心はどこまでもトウカイテイオーというウマ娘だった。

 揉まれ、削られ、押し込められ、何度も途絶えようとした細い道が繋がっていく。他の何者でもない、テイオー自身の才気と実力によって。

 凄まじい勢いで成長していく。改良型の走行フォームは既にモノにしているようだ。

 

 こうして帰省したことに後悔はまったく無い。

 けど、少しだけ。このレースは間近で見たかったかもしれない。

 

 カメラ越しでは結果しか見えないから。【領域】はそこに至った者か、あるいは目覚めかけているウマ娘の目にしか映らない。

 既に持っていたのか、それとも今まさに至ったのか。なんとなくだが後者の可能性が高い気がした。

 彼女の柔らかくもバネのある脚でぴょーんぴょんと、実力の階段を数段飛ばしで駆け上がったあの様を見るとそう思わされる。

 その勢いのまま青空に飛び出して、雲さえ飛び越してしまいそうな勢いだった。

 

『ゴール!! 最終第五レース、勝ったのは〈パンスペルミア〉のトウカイテイオー! これ以上ない成果をチームに届けましたっ!』

 

「勝っちゃったよ、テイオー……」

「わー、おめでとうリシュ。これでリシュたちのチームはランキング昇格になるのよね!」

 

「ん、そうだね」

 

 スマホを取り出しランキング全体の勝敗を確認する。

 ふむふむ……この戦績なら私たちの〈パンスペルミア〉は三位まで昇格できそうだ。

 次回のプレシーズン第四戦でチーム〈ファースト〉との直接対決が叶うな。そこで勝てば決勝戦を待つまでもなく私たちがランキング一位になる。

 まあ、簡単に玉座を明け渡してくれる〈ファースト〉ではないだろうけど。

 

 テレビの中では今回のMVPに選出されたテイオーがマイクを向けられている。

 レース直後はまるでバケツいっぱいの水を頭からかぶったように汗みずくで倒れ込むほどに消耗していた彼女だったが、今はだいぶ落ち着いてきた様子。

 テイオーがMVPに選ばれたことに異論はない。

 レースが始まる前、彼女は他チームのエース陣と比べると明らかに見劣りする実力だった。チームの手助けがあったとはいえ勝てたのは運がよかった。それは間違いない。

 ただ、テイオーの力量がレース中に凄まじい勢いで上達していったのも事実。レースが終わった今、その実力はエース陣と比べても互角。いや、もしかすると――

 

《今回はチーム戦だったからこそ紙一重で勝利できた。でも次に同じメンバーでレースやったら、公式戦でも勝ちそうだよね》

 

 どうやらテンちゃんも同意見だったようだ。

 テイオーが激戦区である中距離部門のエースに据えられていたのは現段階の実力のみならずその将来性を加味しての採用だったが、ここまで見事にその将来性を示されてしまうと拍手して讃えるしかない。

 わけわからん伸び方しやがって。私たちでもこれほどの短期間でそこまで伸びたことって無い気がするぞ。

 

『どうだ、見たかリシュ!』

 

 名前を呼ばれてびっくりする。

 マグカップの中でコーヒーがちゃぽんと音を立てた。

 

『ボクはぜったいに宝塚記念でキミに勝ってみせるからね! 首洗って待ってろよー』

 

 息をするたび軽く揺れる指先を、ビシリとカメラに突き付けそう宣言する。

 まだ呼吸さえ整い切っていないのによく咆えたものだ。

 

 しかし、なるほどねえ。

 目標は私だったか。たしかにそれなら数段飛ばしの飛翔する勢いで駆け上がらねば勝負の舞台に立つことさえ難しかろう。

 ただ、テイオーの夢は無敗のクラシック三冠と聞いていた気がするけど。クラシック級で宝塚記念に挑戦するって私がいなくてもかなりリスキーだぞ。そして私がいるからリスクを通り越して絶望的だと思う。

 

 大丈夫なのだろうか?

 ま、私が心配してやることでもないか。

 ウマ娘が決め、ウマ娘が走るのだ。担当トレーナーでもないのに他所から口を挟むのは無粋というもの。

 相談を持ち掛けられたのならいざ知らず、ターフの上でのご対面ならやるべきことはただ一つ。迎え撃つだけである。

 

「お前には、できないよ」

 

 私は自分が誰に負けるのか、もう決めている。

 そしてそれはトウカイテイオーではない。

 いくら彼女が天才でも、この傲慢な決定事項を覆させる気はない。

 

《なんかそれフラグっぽくね?》

 

 そうかな? そうかも。

 

 それにしても、今回のレースを見て。

 少しだけテンちゃんの気持ちが理解できた気がする。

 私がいなくてもチームは回るのだ。

 

 何となく、負けると思っていた。

 心のどこかで、私がこのチームをここまで育て上げたのだという自負があった。

 だから私がいなければ困ったことになって、その証拠として敗北があると信じていたことに今気づいた。

 うーわー。はずかし。

 常日頃から自信満々で自己肯定感に満ち溢れている自覚のある私だけど、この傲慢さはいただけない。羞恥心がびしばし刺激される。

 

 私はかけがえのない存在ではあるが、それは私が私であるというだけの話。

 レースで私がいなければ、私ほど速くなければ私ほど適性が幅広くもないどこかの誰かが、つつがなく代役を務めるのだ。

 その結果として勝敗が入れ替わることもあるかもしれない。ただそれだけのことなのだ。

 

「ほほお、言うなあ。やっぱり年度代表ウマ娘ともなると言うことが違いますなー?」

「まーねー」

 

 揶揄い交じりの父の言葉に微苦笑で応える。

 

 予想通りというか案の定というか、私は今回の年度代表ウマ娘に選出された。

 無敗で駆け抜けた一年間。全距離GⅠ制覇という前代未聞の偉業。年末の有記念で証明した世代間に留まらぬ実力。

 これで私以外が選ばれるなら、もはや何のための年度代表ウマ娘なのかわからなくなるというものだ。

 

「年度代表ウマ娘に選ばれるとたしか、新しい勝負服が贈呈されるんだろ。どうなんだ、デザインはもう決まっているのか?」

「うん。私たちが『私たち』だってことを象徴した意匠にしてもらう予定」

 

 URA賞の授賞式は一月前半なので、勝負服の作成スケジュールはかなりタイトな日程になる。

 既に図案は決定済み。私たちはこうしてのんびりしているが、今まさに職人さんがデスマーチを繰り広げているところかもしれない。

 

「今のリシュたちなら職人も選り取り見取りだろうなあ。やっぱり勝負服にもブランドとか老舗とか、そういうのあるんだろう? 今回のは有名どころに頼んだりしたのか?」

「いや、一着目と同じところにしてもらうつもり」

 

 たしかに初めて勝負服を作成したときとは比較にならないほど、今の私には知名度がある。ぜひうちに手掛けさせてほしいという声が複数あったのも事実だ。

 ただ、別の職人さんにわざわざ替えるだけの必要性が見当たらないんだよね。

 一着目の勝負服にはいろいろと文句を言ったが、性能面で不自由を感じたことは一度も無い。

 それに私の身体はいろいろと規格外だから、従来のウマ娘のノウハウをいくら蓄積させていてもどこまで通用するのか怪しいものだ。

 桐生院トレーナーもそれで苦労しているようだし。

 だからまるっと二年間、勝負服を通じて私たちと密接に接してきたところが結局のところ一番信頼できると思うのだ。

 比較的、気安い相手というのもある。実は私の勝負服を手掛けた職人さんのお孫さんとテンちゃんが知り合いだったのだ。

 この業界が広いようで狭いという話は幾度となく聞くが、まさに我が身で実感した経験だった。

 いくら妥協の利かない商売道具とはいえ、その道何十年という老人に子供が意見するのはなかなかにハードルが高い。それがお孫さんを間に挟むことでそのハードルをだいぶ下げることができる。

 

「うーん、リシュたちが納得しているのならいいんだが……。こう言っちゃなんだが、大丈夫か? スプリンターズステークスのときなんか弾け飛んでいただろう。見ていて心臓に悪かったぞ、本当に」

「あー……」

 

 それは申し訳ない。

 勝負服が壊れるときはたいてい故障とセットだからな。

 勝負服が半壊した最終直線。走っている方もいろいろと怖かったが、見ている方はもっと怖かったに違いない。

 

「あれはいろいろと事情もあったから」

 

 振り返ってみればあれは単純な脚力だけが原因ではあるまい。

 あのときの私は初めてウマ娘として定まった。

 ある意味で生まれ変わったようなものだ。

 存在が芯から変貌を遂げたのだから、ウマ娘の不思議要素の中でもっとも表層にあたる勝負服にも影響が出るのは当たり前。

 むしろ半壊したくらいで最後まできっちり私の身体は守り通してくれたのだから、ものすごくいい仕事をしている。

 

「そういうものなのか?」

「そういうもんなんだよ」

 

 ざっくり説明したが、父はどこか不満そうだった。

 いや、これは不満というより心配か。

 

 うちの両親は私の進む道を心から応援してくれてはいるものの、生まれたときからレース場に骨をうずめる覚悟を決めているような名門の方々と比べると、せいぜいレースファンのライト層といったところ。

 比較対象が悪いって? いや、中央の基準ってむしろそっちだから。GⅠに出走するようなウマ娘ともなれば名門の方々の感覚の方がスタンダードでさえある。

 ともあれ。あまり専門的な分野になると伝達が上手くいかないし、そもそも伝達が困難なウマ娘特有の感覚的かつオカルト的な分野も少なくない割合で存在している。

 

「そういえば次の年度代表ウマ娘の授賞式。私たちが二重人格だってことをカミングアウトするつもりだけど。それで別にお父さんやお母さんが困ることってないよね?」

 

「え? ああ、そりゃあリシュたちが決めたのなら反対はしないが」

「こちらのことは気にしなくても大丈夫よ。リシュとテンちゃん、ふたりで話し合って決めたことなのでしょう? それでテンちゃんが反対していないってことはリシュにとって悪いものではないのよね」

 

 相変わらずうちの両親からテンちゃんに対する信頼がすごい。

 同じ父と母の子供として嫉妬が皆無とまでは言わないけど。

 誇らしさの方がずっと強かった。

 何故だか、母が少し困ったような顔をして笑う。

 

「……あまり、そんなに急いで大人にならなくてもいいのよ?」

「私はまだまだ子供だよ?」

 

 そんなに生き急いでいるつもりはないのだが。むしろマイペースな方だと思う。

 たしかに私名義の通帳には一生働かなくていいだけの額が記載されている。経済的自立という観念では一見すると達成しているように見えなくもない。

 だが、あんなもの現状では絵に描いた餅、張子の虎、眺めているとちょっと嬉しくなるだけの抽象画である。

 トゥインクル・シリーズに所属するウマ娘が稼いだレースの賞金やグッズ販売の売り上げは、少なくとも引退するまでは自由に使えるわけじゃない。

 URAが管理する口座に振り込まれたそれらを引き出すにはかなり面倒な書類を何枚も書かねばならないし、それらの手続きを潜り抜けたところで一度に引き出せる額には上限が存在している。

 わずらわしさが無いと言えば嘘になるが、制度そのものに不満はない。思春期真っただ中の未成年に制限も無く与えるには過ぎた金額なのは事実だろう。

 それに大金が手元にあったところで、これといって欲しいものがあるわけでもないし。

 入学前ならトレーニング関連で消耗していくあれやこれやの出費がきつかったが、今はアオハル杯のチームに振り込まれる予算が潤沢なので不自由はない。

 

《金銭トラブルは人類の宿痾だからなぁ》

 

 トレセン学園の生徒はお嬢様揃い。レースの賞金ごときでは総資産の誤差にしかならないくらい実家が太いところだってあるが、うちのようにそうじゃない家だってあるのだ。

 金の卵を産むガチョウの腹を裂きたがる強欲な愚者の何と多いことか。

 トゥインクル・シリーズを走るうちは幾重にもセーフティネットが用意されている。

 守ってやることができる。URA、学園、トレーナー、そこに所属する大人たちが。

 昔はよくわからなかった。まだ走っているうちに〆られたら困るが、引退後なら肉になろうとお構いなしなのだと思っていた。

 きっとそうではないのだ。システムは冷たく無機質だが、それを運営するのは血の通った人間。システムが途切れたところで人の縁がいきなり断たれるわけではない。

 あれらはウマ娘を閉じ込めるための監獄ではなく、守り育てるための砦。彼女たちが自分の脚で立ち上がり、まだまだ未熟な彼女たちが転びそうになったとき背中を支える人間関係を構築する時間を稼ぐためのものなのだろう。

 

 ともあれ、私の生活はいまだ大人の庇護下にある。

 経済力は完全に親依存だし、衣食住いずれも自力で負担しているとは言い難い。

 学園近辺のニンジンの相場すら知らないのだ。これで自分のことを立派な大人だと思い込むのはあまりに世間が見えていないというものだろう。

 

《大人になれば当然自炊するようになって、広告の品をしっかり目利きして買い揃えるような立派な買い物上手になれる。そう思っていた時期がぼくにもありました》

 

 何故だかテンちゃんが遠い目をしていた。

 

 ところでさぁ。すごくいまさらな話なんだけどさあ。

 テンちゃんは本当にこの流れでよかったの?

 大丈夫? ちゃんと納得してついてきてくれている?

 私の独りよがりとかじゃないよね。

 

《リシュが望むのならそれで構わないさ。リシュの人生なんだから》

 

 私たちの人生ね。『私たち』、これが重要よ。

 

《はいはい。でもこちらからも疑問っちゃ疑問なんだけど。このふたりでひとつの生き方が安定してるのは、自分で言うのも何だがぼくが一度死を経験したことにより精神が変質したことに依るものが大きい。

 リシュが言うところの『心の一部が死者のまま』の状態。これが解除されたせいで真っ当な人間らしく節操なく際限なく、リシュの人生まで欲しがり始めたらどうするの?》

 

 そのときはあげるよ、ぜんぶ。

 恩義とか、道理とか、摂理とか。

 そんなのぜんぜん関係なくて。

 私が欲しいっていうのならあげる。

 私がテンちゃんを取り込んで一つになる未来に魅力は感じないけど。

 テンちゃんが私を食べたいっていうのなら、是非とも美味しく食べてほしいと思う。

 

 でも注文をひとつ付けるとするなら、痛くしてほしい。

 後悔して、でも取り返しがつかないで、我慢してなお耐えきれずに苦悶の嗚咽が漏れてしまうほどに。

 きっとテンちゃんは一生その悲鳴を憶えていてくれるから。

 それはきっと幸せなおしまいの在り方だろう。

 

《そっかー。ははは……半身の被虐嗜好なんて知るもんじゃねえな!》

 

 くふふ、そうだね。

 絶対にありえない未来だからこそ、思考実験としては面白いかも。

 でも自己分析させてもらうと、別に被虐趣味ってわけじゃないと思うんだよね。

 本当の意味で私を傷つけることのできる相手って限られているから。

 人間社会の中で価値観を構成しているうちに、痛みを与えられることが自分にとって特別な相手であることの証明、みたいに意味が反転したみたいな?

 

《あー、そういう感じね。育て方を間違えたかと真剣に不安になりかけたわ》

 

 やるべきことはたくさんあって、やりたいことはもっとたくさん。

 だからこそ焦っていても仕方がない。

 千里の道も一歩から。一歩を重ねていけばいつか千里だって踏破できる。

 ひとつひとつ、目の前のタスクを処理していくしかないのだ。

 

 だから、今しばらくはひとやすみ。

 愛する家族と乾いた笑いを漏らす相棒に囲まれながら、また一口マグカップに口をつけコーヒーを啜るのだった。

 

 ぐえっ、間違えてテンちゃん用のブラック飲んじゃった。

 




旧ツイッターに拙作の新たなファンアートがあると聞き、捨て垢を引っ張り出してきました。
起動させるとでっかい×が表示され「あれ? 何か間違えた?」と素で思った程度には縁のない生活をしておりますがさておき

わーい、フルカラーの143JSアタック小隊だやったぜ!

もともと自分は中学で例の病を患って脳内の世界を外部に出力する際に
『絵は描けないけど文章なら国語の成績いいしいけるやろー』と舐めた理由で執筆の世界に足を踏み入れた身なので
今でこそ執筆そのものに代えがたい魅力を感じておりますが、自分の創ったキャラクターが映像化されるということに特別な思い入れがあるのですよね

ここで言って届くかわかりませんがありがとうございました。
これからも誰かに思わず筆をとってもらえるような作品を書いていけたらと思います。
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