「ウマソウルってうるさいよね」「えっ」「えっ」   作:バクシサクランオー

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華麗なる年間計画

 

 

U U U

 

 

 年が明けて、一月。

 短いようで長いような地元での冬休みを終え、私たちは再び府中に舞い戻った。

 いよいよシニア級の一年が始まる。

 

 とはいえ、すぐに走り出すほど忙しない日常を送っているわけでもない。

 今は少し遅めの初詣に向かう途中だったりする。

 

 私たち中央のウマ娘はわりと休みがバラバラだ。

 レースが第一にあり、それを中心に生活が回っている。

 さすがに正月からの三が日は休みになっていることが多いけど、それだってローテーションや調整の進展次第では絶対ではない。

 まとまった休みがあったらあったで私たちのように帰省するパターンも多いので、意外とこういう年末年始に集まって何かするというのは難易度が高かったりするのだ。

 

 幸か不幸か、それを苦痛と感じたことは今のところないけれど。

 やっぱり私はこの世界に向いているのかもしれない。

 

 今日は神社に現地集合ということになっているので、いまのところは私たちひとりだけ。

 呼吸するだけで吐息が白くなるような雪国じみた露骨な寒さではないが、走ると肌に気温がザクザク突き刺さる程度には寒い。

 この時期は走るのが億劫になるし、冷えた身体のままトレーニングはできないので入念なストレッチで身体を温めなければならないのが面倒でもある。

 

 こんな寒さの中で機械的に脚を動かしていると、不思議と脳内でわりと重要な計画が練られたりするのだ。

 絶対に机の上でメモしながら進めた方がよさそうな作業ほど、こうして歩いたり走ったりしている片手間に行うと捗るんだよね。

 

 昨秋の激闘を鑑み、桐生院トレーナーからいまだに本格的なトレーニングは禁止されている。その判断に異論はない。

 だが、この一年のローテーションを考えるならそろそろ調整は始めなければならない。

 

《URAも『最初の三年間』を中断させるご無体はできないだろうけど、逆に言えばこの一年が何の制限もなくぼくらが国内を走れるラストチャンスになるだろうからなあ》

 

 それを大前提に、海外ではなく国内のレースを優先して獲っていこう。

 今年の目標は、まず春秋シニア三冠制覇。

 すなわち春シニア三冠を形成する三月後半の大阪杯、四月後半の天皇賞(春)、六月後半の宝塚記念。

 秋シニア三冠を形成する十月後半の天皇賞(秋)、十一月後半のジャパンカップ、そして十二月後半の有記念。

 これは入学する前からの目標だったので迷いはない。この六つのレースはカレンダーに書き込んでおく必要がある。

 

 ここに短距離、マイル、そしてダートのGⅠも入れるとなると。

 まず短距離はほぼ確定する。

 現状この国には短距離GⅠが二レースしか存在せず、そしてその片方である高松宮記念は大阪杯と同じ三月後半に開催されるのだ。

 同日開催ではないから理論上両方に出走することは可能であるものの、このご時世にGⅠの連闘など世間もトレーナーも許さないだろう。ウマ娘の脚に掛かる負担が大きすぎる。

 私だってやりたくない。負けるとは言わんが。

 ゆえに消去法で昨年も走ったスプリンターズステークスの連覇を狙う形となる。

 今年はあのスプリントの圧倒的王者バクちゃん先輩を迎え撃つ立場になるわけだ。胸が高鳴るな。

 

 マイルはどうしようか。

 二大マイル戦に数えられる安田記念とマイルチャンピオンシップの両方を制覇できるのならそれ以上は無い。私の目的からすると歴史に残す爪痕が深いに越したことは無く、そのために肩書は重要な要素だ。

 ただ、マイルチャンピオンシップは真っ先に候補から除外していい。ジャパンカップと同じ十一月後半の開催だから。

 このマイルCSとジャパンCという同月開催の二レースを含め、重賞六戦をわずか四か月という短期間のローテでこなし、さらにマイルCSでは『届くはずがない』と言わせた差をラストの直線で差し切ったオグリキャップ先輩のことは尊敬しているが、マネしたいとは思わない。

 そうなると、芝のマイルGⅠも実はそれほど数が多くない。シニア級で出走可能となると、残る候補は五月前半のヴィクトリアマイルと六月前半の安田記念。

 こうやって並べると3200mのGⅠ最長距離を誇る天皇賞(春)からさほど休みを置かずに走ることとなるヴィクトリアマイルの方が厳しいか。

 月の前半と後半でマイルから中距離のGⅠを連続して走るのはクラシック級の頃にマツクニローテで経験済みだから、やってやれないことはないだろう。

 安田記念を選べば五月をまるまる休養に使えて、六月が終わればその後は夏休み。脚を休めながら走れるローテと言えなくもない。

 

《普通GⅠに出走するのなら一か月のレース間隔は、現代の価値観において『まるまる休養』とは言い難いという常識的なツッコミは、さておくとしようか。

 それにしてもウマ娘なら当たり前なんだけど、ヴィクトリアマイルがどのウマ娘も出走可能ってやっぱり変な感じがするよなぁ。この世界のヴィクトリアマイルってどんな経緯で設立されたレースなんだろう……?》

 

 相変わらずよくわからない部分で引っかかっているテンちゃんである。

 レース史を漁れば簡単に答えは見つかると思うけど、たぶんそれで見つかるものはテンちゃんが知りたいことと微妙にズレている気もする。

 まあ、ひとまず安田記念が最有力候補ということで。

 

 ダートGⅠは候補が多い。

 まあ芝は短距離、マイル、中距離、長距離の四種類で個別にカウントしているのに、ダートは一括りで数えているのだから当然と言えば当然。ダートを主戦場としている方々に雑な数え方をするなと苦言を呈されそうだ。

 むしろそうやって芝全体のレースと比較するなら中央のダートGⅠは数が少ないと言えよう。

 そして私の目的を考えると国内でのみ通用する『JpnⅠ』ではなく、国際グレードを持つ『GⅠ』の方が望ましい。

 同じURAが認定した最高格付けのレース『ジーワン』であるのは事実だが、限られた時間の中で最大限の戦果を求めるなら、やはりより広い層に受けやすい肩書がある方がいいのだ。

 その判断基準と、既にカレンダーに書き込んだローテとの兼ね合いを考えると多かった候補もだいぶ絞られる。国内のダートGⅠから『JpnⅠ』を除外すると本当に数が減るのだ。

 第一候補は二月後半開催のフェブラリーステークスだろう。そこが一番無理なくローテに組み込める。1600mのマイルというのも脚に優しい要素だ。

 

 よし、だいたい決定したな。

 上半期は二月後半のフェブラリーSから始まり、一か月おきに三月後半の大阪杯、四月後半の春天、そこから五月を休養にあてて、六月の前半と後半に安田記念と宝塚記念。

 下半期は九月後半のスプリンターズSから始まり、十月後半に秋天、十一月後半にジャパンカップ、十二月後半に有記念。

 場合によってはそれぞれシーズンの最後にアオハル杯へ参戦し、プレシーズン第四戦と決勝戦を走ることになる。

 うん、バカだろこのローテ。

 

《しかし改めて、だいぶ無茶苦茶だよなぁぼくらの体質って。普通は距離適性とバ場適性はもちろん、レース場の得意不得意だって気にしないといけないのにさ。

 そういうの一切ないもん。問答無用の適応力。レース間隔にだけ注意していれば好きなタイトルを選べるって本当に有利だと思うよ。こんなんチートだよチート》

 

 小さいころからのテンちゃんの指導のたまものでしょう。

 あと私もがんばった。両親に少なくない金銭的負担が生じるぐらいがんばったもん。

 

《そりゃあ努力していないと言うつもりはないさ。でもミホノブルボンとかの前じゃ大きな声では言えないけど、こういうのって努力だけじゃあどうしようもない部分だから》

 

 それもそうか。

 体質改善が努力と根性で何とかなるのなら、アレルギー持ちは全員根性の足りない怠け者ということになってしまう。

 どれだけ前時代的な思想だという話だ。

 努力するのは大前提。同じだけの努力をしているはずなのに、そこから先に生じる差異を人は才能と呼ぶのかもしれない。

 

 さて、忘れてはいけないのが今年はURAファイナルズ開催年だということだ。

 URAに所属する全てのウマ娘が参加資格を有する究極のレース。

 厳密には今年度いっぱいの活躍をもって年末にグランプリよろしくファンからの投票が行われ、票を集めたスターウマ娘が出走資格を得ることとなる。

 ドリームトロフィーリーグのウマ娘たちとトゥインクル・シリーズのウマ娘が覇を競うことが許される、現状唯一のレース。

 箱庭の怪物たちがこの祭の間だけは解き放たれる。

 代わりといっては何だが普段は年二回開催されるドリームトロフィーリーグのうち、今年は夏のサマードリームトロフィー(SDT)のみで、ウィンタードリームトロフィー(WDT)およびその予選リーグは行われないらしい。

 全盛期を過ぎたウマ娘の性質上仕方のないことではあるが、一部のレースファンは悲しんでいるそうだ。

 

 ま、私にとってはありがたい限りだ。

 普段は伝説の中で大人しくしている怪物たちがわざわざ外に出てきてくれるのだから。これ以上なく決定的に伝説と雌雄を決することができる機会。

 今の彼女たちに勝ったところで『しょせん全盛期は過ぎているから』と認めないファンは確実にいるだろう。

 だからといって『でも勝ったのは勝ったんでしょ?』と考えるファンがいなくなるわけでもない。論より証拠。目に見える形で残った記録は強いのだ。

 ちなみにURAファイナルズは予選、準決勝、決勝の三段階で構成されたプログラムであり、つまりはのべ三レース走ることになる。

 時期的にはアオハル杯決勝の後あたりから予選が始まる感じになるだろうか。

 

 うん、ぜったいにバカだわ。このローテ。

 天秤の片側に載っているのが金や名誉、あるいは義理や人情なんてものでは絶対に走ろうとは思わなかっただろう。

 純度百パーセント自分のためだからこそ、駆け抜ける意欲と覚悟も湧いてくるというものだ。

 

《いまさらだが、無茶は承知の上。でもくれぐれも無理はするなよ》

 

 もちろんだよ。

 私だけの身体じゃあないんだから。

 ウマ娘の走る速度は時速六十キロを優に超える。レース中の故障は比喩抜きで致命傷へと容易く繋がるのだ。さらに転倒でもしようものなら後続だって巻き込まれるリスクがある。

 私たちの将来を万全にするための挑戦なのに、自分も周囲も巻き込んで破滅だなんて本末転倒もいいところだ。

 怪我しない。これ大事。

 体調が思わしくないのならローテに固執せず、必要とあれば計画を白紙に戻すことも常に念頭に置いておく必要がある。桐生院トレーナーとの綿密な打ち合わせだって不可欠だろう。

 

 ただ、何となくだけどいける気がするんだよね。

 もともとシニア級の春に私の身体は仕上がるという予感があった。

 フェブラリーSはその試金石となるだろう。

 私がこの一年間、どこまでやり遂げることができるのか。

 

「おーい、リシュちゃーん!」

「同志ー! こっちですー」

 

 長々と考え事をしているうちに目的地に到着していたようだ。鳥居の手前で先に来ていた二人が手を振っているのが見える。

 ここの神社の石段は長さと傾斜がちょうどよく、常日頃から階段ダッシュなどトレーニングで利用させていただいている場所だ。

 勝手知ったる……などと言えば少し馴れ馴れしいかもしれないが、中央に来てからの二年間でそれなりに慣れ親しんだ場所ではある。

 

「ん、おまたせ」

 

 とはいえ、考え事をしながら境内に入るのは流石に失礼だったかと反省しながら彼女たちへ手を振り返した。

 おかげで丁度いいところまで考えはまとまったけれども。

 神様に新年のご挨拶に来たようなものなのに、無礼を働いて罰でもあてられた日には目も当てられない。

 久しぶりに帰省して思いっきりリラックスしたのはいいが、ちょっと箍が緩んだままなのかもしれない。気をつけよう。

 

「ごめん、待たせたかな?」

 

「ううん、マヤたちも今きたところだからだいじょーぶ!」

「一日千秋の思いでお待ちしておりましたとも! ああいえ違うんです!? マヤノさんとのお時間が非常に濃厚だったということをお伝えしたかったのであってお待たせされたというわけではっ、むしろ推しを待つ時間というものはときめきを幾重にも反芻できる時間でありオタクにとってはご褒美以外のなにものでもなく――」

 

「もー、おデジうるさいよ」

「ひえっ、申し訳ございませぬ!!」

 

 今回、声をかけたのはこのメンバー。

 最近デジタルのことをあだ名で呼ぶようになったマヤノと、そのマヤノに注意されコメツキバッタのように過剰反応でぺこぺこ謝罪するデジタルである。

 ちなみに何故いまだに私たちはリシュちゃんとテンちゃん呼びなのかと言えば『だってリシュちゃんはリシュちゃんだし、テンちゃんはテンちゃんって感じだから』だそうだ。

 アッハイ、そうですか……そうですか。

 

 〈パンスペルミア〉グループLANEにメッセージを流せばもっと集めることはできたかもしれないけど、あまり人が多くてもあちらさんに迷惑になるだろうからやめておいた。

 人数が多くなればどうしてもうるさくしちゃうだろうから。トレセン学園の近くにおわす神様なのだから微笑ましく見守ってくださるかもしれないが、年明け早々相手の家に上がり込んでガヤガヤ騒ぐと思うと気が引けるというもの。

 

 それに、どうも私は人間というイキモノが好きではないらしい。

 自分だけでは孤独を感じるくらいにはその存在は身近になったし、個人として好意を抱いている相手は幾人も存在してはいるものの、種族としてはたぶん嫌いだ。

 だから数が多くなるとそれだけで一つ、精神的負担となってしまうわけで。

 チームのみんなが嫌いなわけじゃないんだけどね。人が多いと疲れるんだ。

 

 一方でマヤノとデジタルは同期ということもあり、雑な対応をしても大丈夫という信頼と実績がある。

 年明けから必要以上に気を遣いたくない。そんなわがままを貫きながら新年の伝統行事を共にする相手には最適と言えた。

 

「えっと、私で最後かな?」

 

 LANE越しに声をかけたのはこの二人なのだが、実は初詣メンバーはもう一人いる。

 マヤノにLANEを入れたとき偶然ウララもその場にいたそうで、話の流れで彼女も一緒に来ることになっていたのだ。

 ウララはアオハル杯において私たちの〈パンスペルミア〉ではなくスカーレットたちの〈キャロッツ〉に所属していることもあり、ぶっちゃけマヤノたちほど接点は無い。

 同じ時期にクラシック級を駆け抜けた間柄ではあるが私が芝のGⅠをメインに重賞を制覇しているのに対し、彼女はダートで未勝利戦から抜け出した後も『何度負けても笑顔でがんばるど根性ウマ娘』で人気を博している通り敗北が目立つ。同じレースを走ったことも無かった。

 しかし同じくシニア級まで生き延びた貴重な同期であることに変わりはない。夏合宿では合同トレーニングをした縁もあり、お互いに愛称で呼び合い顔を合わせれば雑談する程度には仲のいい相手だ。

 そんな彼女の姿が見えないことに首をかしげる。

 寒いし、トイレだろうか?

 しかしそんな疑問符を浮かべる私の前でマヤノはあっさり首を振ってみせた。

 

「ううん。ウララちゃんはせっかくだから振袖着てくるって。寮の前でいったん別れたよ」

「え、大丈夫なのそれ?」

 

 ハルウララというウマ娘はアグネスデジタルと同じく、学年で言えば私より一つ年上なのであるが。

 中身は幼い子供のそれだ。『やれやれお子様ね』とバカにしたいわけではなく、マジで情緒と注意力が幼女と同レベルなのである。

 学外をランニング中にチョウチョを追いかけて迷子になった実績のある彼女が、果たして一人でここまで来れるだろうか。

 今の時期なら注意を惹きつけるようなチョウチョもお花も無いとはいえだ。何かのはずみに道から外れてしまったとき、スマホを取り出して地図を調べることがウララにできるとは思えない。年上の女性に失礼な懸念ではあるが、本当にさっぱり思えない。

 

「へーきだよ。だって――」

 

「おーい、みんなー! おまたせー!!」

 

 マヤノの言葉に被せるようにウララがこちらに向かって駆けてくるのが見えた。

 赤とピンクと振袖に袴風スカート。なるほど、一度寮に帰って着替えてきたいと思うのも納得できるほどに可愛らしく似合っている。

 しかしあの振袖。実は勝負服と同じ技術が用いられており、飛んだり跳ねたりしてもまったく着崩れしない。というか勝負服登録申請を通したので、実際にあれを着てGⅠに出走することも可能なはすだ。

 ちなみに着物に描かれている花は一輪一輪が職人の手描き。仮に値札をつけたら贈与税が心配になる金額になりそうだが、ファンのおじいちゃんのハンドメイドで実質材料費しかかかっていないで通したとか何とか。まあ、あくまで噂だ。

 

 あと、これは余談だが。

 ウマ娘の勝負服は一張羅のイメージがあるが、実はパーツごとにスペアがあるのが一般的だったりする。

 レースは雨天だろうが決行されるし、スプリンターズSの私のように壊れることも無くはない(レース中に壊れることはめったに無いけども)。

 本当に一着しか無ければ汚れや破損などのアクシデントがあったとき、ウイニングライブに間に合わなくなってしまうのだ。

 つまり、あの振袖が勝負服登録申請に通ったということは……これ以上考えると怖くなりそうだからやめておこう。

 

「ちょっとウララさん! 急に走ったら危ないわよっ」

 

 そしてウララは保護者同伴だった。

 彼女の後ろから小走りで、きっとウララの分も含む荷物を両手に抱えてやってきたのは、彼女のルームメイトであるキングヘイロー先輩。

 

 なるほどねえと視線を横に戻すと、したり顔のマヤノと目が合う。

 いくらあの振袖が勝負服仕様で一般的な着物と比較すれば簡単に脱着できるとしても、それでも和服に馴染みのない現代人が一人で着付けするには難易度がやや高めだ。

 マヤノはちゃんとウララのルームメイトがいることを確認してから送り出したと見た。

 そう考えてみれば、ウララの今の綺麗に結い上げた髪型も誰がやってあげたのか想像するのは容易だ。あれはウララでなくとも鏡を見ながら独りで仕上げるのは至難の業というもの。

 きっと面倒見がいいと一部で噂の、もはやその様は姉妹を通り越して親子であるというデジたん評のルームメイトにやってもらったのだろう。

 そしてそんな彼女ならウララひとりで目的地に送り出すような無謀を静観することはできまい。

 

 キングヘイロー先輩は有記念で戦ったグラスワンダー先輩やエルコンドルパサー先輩と同じく『黄金世代』と呼ばれる時代を築き上げたウマ娘の一角だ。

 いちおう短距離GⅠである高松宮記念を制しているのだから間違いなくトップクラスではあるのだが。現状の短距離界隈はバクちゃん先輩がトップ過ぎて、そこを基準にしてしまうとやや格落ちする感は否めない。いや、間違いなく基準を間違えているか。でも私は勝ったし。

 それにキングヘイロー先輩はそこに至るまで、中長距離のGⅠで幾度も入着を果たしている。どちらかといえば器用貧乏寄りのオールラウンダーで、その中でも得意分野の短距離だとGⅠレベルと評するべきだろう。

 まあ長々と語ったが、要約すればウララ以上に接点のないお方である。

 

「いやだった?」

「べつにぃ」

 

 そうだ。マヤノは根本的に私やデジタルとは違う。

 陽の属性を持つ者だった。

 マヤノにとって人数が増えるのはそれだけで嬉しくて楽しいことなのだ。その感覚は理解できないがそういう感性の持ち主がいるということはちゃんと知っているし、それに該当する知り合いだって何人もいる。

 もっとも、マヤノだって私やデジタルが人を苦手としていることはわかっているだろう。わかった上で今回は『いける』と直感的に判断したらしい。

 まあそれは間違ってはいない。

 この世界に私たちの存在を刻み込むと判断したのなら人付き合いは避けられない。そして人付き合いというのは非常に流動的なものだ。今回のように流れで人が減ったり増えたりすることは決して珍しいことではない。

 お仕事中に失敗できないプレッシャーの中でそういうトラブルに初めて対応するよりは、こういう顔見知りの中で徐々に慣らしていく方が楽といえば楽なはずだ。

 トゥインクル・シリーズをシニア級まで駆け抜けたウマ娘という巨大すぎる共通項は、それだけで相手に一定の理解と親近感を抱くに十分すぎるものだから。

 デジタルはウララとキングヘイロー先輩のコンビが間近で見られるというだけで雑に大満足だろうしね。

 雑に扱っていい相手と雑に遊びたいという当初の思惑は崩れてしまったわけだが、これはこれでありだろうと今の私なら素直に思える。うんうん、我ながら成長したものだ。

 

「ふう、なんとか無事にたどり着けたわね。じゃ、私はこれで……」

「ええー、キングちゃん帰っちゃうの? 一緒に初詣しようよー」

 

 まったくもって予想通りの展開を経て、キングヘイロー先輩が我らが初詣に合流する。

 後輩ばかりで、ウララ以外は顔見知り程度。いや、デジタルはたしかマイルCSで共に走ったこともあったか。そのときキングヘイロー先輩は着外だったが。

 ともあれ、こちらが気まずいようにあちらの精神的敷居の高さも相当なものがあっただろう。

 

「はぁー。急にごめんなさいね」

「いえいえ。ウララをここまで連れてくるのは大変だったでしょう。缶コーヒーの一本くらいなら奢りますよ」

 

 だがウララが強く希望したことと、私たちも全員それに肯定的な空気だったことからキングヘイロー先輩を含む五人で鳥居をくぐることと相成ったのであった。

 ちなみに私のぎこちない軽口は「ふふっ、なによそれ」とキングヘイロー先輩を笑わせることに成功した。やったぜ。

 

 

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