「ウマソウルってうるさいよね」「えっ」「えっ」   作:バクシサクランオー

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ジュニア級編、開始です。
あと流石にこれ以上続けて短編も詐欺かなと思ったので、連載に切り替えました。
メリークリスマス!


ジュニア級
早起きして三文の徳を積む


U U U

 

 

 ぱちりと目を開ける。

 

《んー。おはよう、リシュ》

 

 おはよう、テンちゃん。

 頭の中だけで返した。

 

「…………」

 

 近くに気配。

 同室のリトルココンだ。まだ眠っている。

 すうすうと静かな寝息をウマ娘の鋭敏な聴覚が拾った。

 

《まだ慣れない?》

 

 まあね。出会いがしらに精神的横面を張られたのがプチトラウマになっているというのもあるけど。

 自室というパーソナルスペースに私たち以外の気配があるというのはコミュ障にとって苦行だ。呼吸しているだけで微妙に体力が削れていく気がする。

 仲が良いとか悪いとかじゃなくて、他人がいるというのがダメージなのだ。

 

《代わろうかー?》

 

 ううん、いいや。

 いつも通り眠っているみたいだし、このまま起こさないように着替えよう。

 ごそごそと赤地に白いラインの入った学園指定のジャージを取り出す。

 

 リトルココンが所属するチーム〈ファースト〉は自主練を行わない。

 樫本代理の『管理教育プログラム』に朝練が存在しないわけではないが、さすがに理事長代理とチーム十五人分のトレーナー業の兼任は時間的猶予が厳しいらしく、リトルココンがこの時間帯に起きているのは週二回ほどだ。

 ……いや、冷静に考えて仕事量おかしいよね樫本代理。大丈夫? 私あのヒトのことあまり好印象は抱いていないけど、それはそれとして過労死しない? アオハル杯は三年続くんだけど。

 私やだよ。中央トレセン学園の理事長代理が過労死したってニュースに流れるの。

 

《そう言われると心配になるなぁ。理子ちゃんはか弱い生き物だから。ま、たづなさんもついているし大丈夫じゃない?》

 

 駿川たづなさん、ねえ。

 トレセン学園理事長秘書という物々しい肩書のわりに妙に生徒と接点が多く、たまに朝の校門前で挨拶していたり、ごく稀に夜間に門限を破った生徒を追いかけて捕獲したりしている。冷静に考えておかしいのだが、まああのひとならという謎の風潮ができている。

 私自身はあまり話したことはないけれど、何故か見ていると身体の奥底が震える。逆らってはいけないと警告するような、それでいて挑んでみたいと猛るような。

 店でラーメン啜っているときでさえ絶対に帽子を外した姿を見せないって噂だし、もしかしてむかし名の知れたウマ娘だったりするのかしらん?

 

《さあ、どうだろうねえ》

 

 あ、この声色は心当たりがあるけど教える気が無いときのテンちゃんだ。

 じゃあいいや。そこまで興味があるわけでもないし、意識を切り替える。

 

 閉じられたカーテン越しに感じる朝日。枕もとの時計を見れば五時だった。

 私は目覚ましを使わない。

 単純に同室の相手の眠りを妨げたくないというのも大きいけど、昔から何時に起きようと思いながら眠ればだいたいその時間に起きられるから。

 まあ、一度目を開けたあとに二度寝しないかっていうのは別問題なんですけどね。

 

 抜き足差し足忍び足。

 無事に部屋を脱出し、広間でデジタルと合流。

 学生寮は夜十時から翌朝の五時半まで基本的に外出禁止なので、同じく時間になるまでたむろしているウマ娘の姿がちらほら見受けられる。

 

「おはようございます同志!」

「おはよ。朝から元気だね」

 

 周囲の迷惑にならぬよう小声で叫ぶという器用な真似をこなすデジタルに、朝の気怠さは欠片も無かった。

 

「ウマ娘ちゃんの顔を見れば眠気なんて吹っ飛んじゃいますから。むしろこれからご一緒に朝練という特大イベントがあるんですよ? 寝ぼけている余裕なんてありませんよ」

 

 毎朝あるし既にけっこう回数を重ねているはずなんだけどね、その特大イベント。

 

「一秒前のウマ娘ちゃんにさえ二度と会うことが叶わないのがこの世の残酷な摂理なのです。昨日一緒に朝練をしたからといって今日のウマ娘ちゃんとの朝練に感謝を捧げないことなどありえましょうか? いいえ、ありえません!」

 

 教科書に載せたい反語表現で語るデジタルは己の言葉を心の底から信じる者特有の澄みきった目をしていた。

 コミュ障の私はあっうん、としか返しようがなかった。なんかごめん。

 

 

 

 

 

 五時半になり外出禁止が解除されると共に、するすると外に出ていくウマ娘たち。私もデジタルと並んで河川敷を目指す。

 いちおうマヤノも私たちと同じく栗東寮なのだけど、彼女は担当トレーナーが違う。つまり私とデジタルが自主練用のメニューを桐生院トレーナーから渡されているように、マヤノも自身の専属から貰った彼女専用のメニューがある。

 偶然顔を合わせれば一緒に走ることもあるが、わざわざ毎日待ち合わせするようなことはしない。アオハル杯を共に戦うチームメイトであることは事実だが、同時にマヤノは同時期にジュニア級を走るライバルでもあるのだから。

 

 人口密度が下がって周囲に迷惑をかける心配が無くなったらまずストレッチ。まだ肌寒く感じる朝の空気の中でじんわり汗がにじむほどに徹底的に時間をかけてやる。

 朝食は寮の食堂で提供され、担当の職員さんが作ったものが決まった時間に出される。実のところ朝練と御大層に銘打ったところで外出禁止と合わせると、朝食までに許された時間的猶予はあまり多くない。それでもやる。

 

《怪我だけはするなよー。怪我は本当にどうしようもないからな》

 

 テンちゃんが昔からこれに関しては口うるさいのだ。

 私だってお年頃のウマ娘。幼いころはわずらわしく感じて、ときには反発したことだってあった。でも耳を塞いだところで苦言が脳内に響き、逃げても隠れても布団をかぶってもどうしようもない相手である。

 喧嘩の結末というのは大雑把に三種類に分けることができる。どちらかが折れるか、両者が譲り合って妥協するか、喧嘩別れするかだ。

 異心同体の私たちで喧嘩別れはありえず、たいていはテンちゃんが折れるか妥協案を提示してくれる。でもこれに関しては絶対に譲らないので、私が折れるしか無かった。

 まあ、言っていることはテンちゃんの側に十割理がある。面倒だと文句を言うこちらの方が間違っているという自覚もあった。意地を張り通すには、私は少しばかりお利口さんで素直過ぎたということだな。

 

「そ、それでは御身体に触りますよ……?」

「うん、よろしくー」

 

 一人ではできない柔軟のたぐいもデジタルの助力があれば可能。テンちゃんと私では自分の背中を押すなんて芸当はできないので、これだけでチームに入った甲斐があると感じる。

 

《地元じゃ一緒にトレーニングできるような相手はいなかったものねえ》

 

 ぼっちじゃない。ぼっちじゃないよ?

 スカーレットは併走するより、秘密の猛特訓を積んで私を追い抜かさんとするタイプだっただけのことだよ。

 

《それにしても、ようやくデジたんが死ななくなってきたなー》

 

 しみじみとしたテンちゃんの述懐に積み重ねの成果というものを感じる。

 最初はウマ娘ちゃんにおさわりなんて絶対にNGですっ!! って断固拒否の姿勢だったもんねぇデジタル。

 テンちゃんの入れ知恵に従って『同志って言ってくれたのは嘘だったの? 一緒にトレーニングしたいな』って上目遣いで首を傾げたら一瞬で砕け散る程度の断固拒否だったけど。砕け散ったデジタルを拾い集めて蘇生するのはなかなかに手間だった。

 今でも身体が触れるたびにうひょーとかうひぃとかアッとか奇声が聞こえるしビクンビクン痙攣しているが、当初のように気絶することは無くなった。

 

《初日にトレーニングを中止して看病してあげたのが効いたんだろうなぁ。あのときは『まさかウマ娘ちゃんの邪魔をしてしまうとは! 万死に値するっ!!』って自責の念で血涙を流さんばかりだったし》

 

 あれ以来、たとえ白目を剥こうと泡を噴こうとデジタルは私の前では絶対に倒れないようになった。ちょっと個性豊かな友人というだけの話だ。それでいいじゃないか。

 

「はい交代ー。背中押すよー」

「た、耐えろ……耐えるのですあたし……いまここで死んだら……あっだめやわらか」

 

 二人並んで三十分ほどかけて準備運動を終わらせ、ようやくトレーニングに移る。

 とはいえ、一周目はジョギングのペース。デジタルが背負っているデッカイ籠、その中に広げたゴミ袋の中に道端のゴミを二人で放り込んでいく。

 デジタルが自主的に始めたことで、私も後から加わった極めて小規模だがコンスタントに続けられる清掃ボランティアだ。

 

前世(まえ)と比べると現世(こっち)のモラルは比べ物にならないくらい良好だけど……やっぱりこういうのはあるんだよな。少しだけ安心するよ。自分のいた世界(ところ)だけが特別に劣等だったんじゃないって》

 

 相変わらず変なところでひねくれているもう一人の私。ひとの頭の中でドロドロとしたくろいもの垂れ流さないでくれますぅ?

 そういうとこ、絶対に私の人格形成に影響を与えていると思うんだけどな。それが良いか悪いかはともかく……などと考えているあたり、たとえ悪ではあっても嫌とは感じていないのだろう。

 

「ウマ娘ちゃんたちと同じ空間で息させていただいている感謝を示す方法なんて、あたしにはこれくらいしか。

 いえむしろウマ娘ちゃんたちがきらめく汗を流す練習コースを掃除させていただけるなんてご褒美ですし、女神たちの輝かしい光景の一環を構成していたのだと思うとこのゴミたちですら愛おしく思えますよね!」

「持ち帰って飾ったりしないだけの理性がデジタルにあったこと、今は感謝しておくね」

 

 最低限の理性すらこの個性的な友人に無かった日には、彼女の寮の自室は噂に聞くマチカネフクキタル先輩のような有様になっていたことだろう。それは相部屋の誰かしらが気の毒すぎる。

 

《知ってるか? いちおうあれらってゴミじゃないらしいぜ》

 

 うん、たしかに当人が開運グッズと主張していることは知っているけど。相手の価値観を無理解から否定するのは残酷なことだとも思うけども。

 何か加工しているわけでもないアイスの棒やプリンのカップをゴミと呼ばないのは流石に厳しいと思うんだ。それをゴミ扱いしないのはちょっと日本語と開運グッズの概念に喧嘩売ってる気がする。

 

 そりゃあ面と向かって当人に言うつもりはないけどね。

 私の生活スペースにゴミが押し寄せたら困るけど、そうじゃないなら私の問題ではない。だったらむやみに誰かを傷つけ敵をつくるような真似はすべきでない。マチカネフクキタル先輩の人柄はどちらかといえば好きな方だし。

 

 開運グッズへの極端な執着はきっと自尊感情の欠如と、周囲に向ける評価の高さの裏返し。

 水晶玉を抱えて奇声を上げるネタキャラ扱いされているけど、占いという名のお悩み相談では学園の生徒を相手に一定の成果を上げてもいる。

 たとえ自分は周囲に理解されず尊重されなくても、自身は周囲を理解しようと努め尊重することのできるやさしい人なのだと思う。

 

「おはよう。今日も精が出るわねえ」

 

「あっ……おはよう、ございます」

「おはようございます」

 

 ウォーキングをしていたおばさんとすれ違いざまに挨拶。

 毎朝この時間帯にすれ違う人で、お互いに顔を覚える程度にはなった。もっともデジタルにとってはまだ知らない人扱いみたいで目は泳ぎ声は微妙につっかえる。学園ではウマ娘ちゃんに囲まれていることで常にテンションが高いけども、基本的にデジタルも内向的なオタク気質をしているのだ。

 自分の得意分野では活発だし多弁だが、そうではない分野においては挙動不審。だからこそ好ましい。このゴミ拾いは誰かへのアピールではなく、純粋にデジタルがやりたくてやっているのだとわかるから。

 

《この世界はやさしいよね、本当に》

 

 私たちは環境に恵まれている。いま私がここにいるのは純粋に努力と才能のみの結果であるなどと、口が裂けても言えやしない。多分に偶然と成り行きが含まれるのは自覚するところだ。

 だから報いたいと、そう思うのだ。この幸運はきっと、当たり前のことではないから。

 

 

 

 

 

 河川敷のランニングコース一周目を終えたら、ゴミの入った籠を下ろして本格的に朝の自主練開始だ。

 この時代のこの国においてアスファルトで舗装されていない都会の道はとても貴重だ。だがここ府中近辺ではトレセン学園に通うウマ娘たちのためなのだろう。もちろん全ての道路がそうというわけではないが、生徒が利用できる程度には頻繁に見かける。

 

《アスファルトで舗装されていないのに雑草がぼーぼーとかじゃないもんな。誰かがこまめにメンテナンスしてくれているんだろう。走りやすいったらありゃしないよ》

 

 本当にありがたい。

 趣味のジョギング程度なら問題ないだろうが、私たちトレセン学園の生徒は走る時間も距離も一般人のそれとは比較にならない。

 幼いころの私は理解していなかったが世の中には作用と反作用がある。硬いアスファルトを走ればその反動が脚に、特に関節に負荷が溜まってしまう。

 たとえそれが直接故障には繋がらずとも、人体とは適応するものだ。うっかりすると芝でもダートでもなく『硬いアスファルトを走るのに適した脚』に発達しかねない。

 中央トレセン学園は全力でウマ娘を走らせるための環境づくりに心を砕いており、その背景として国民的娯楽であるトゥインクル・シリーズの人気をことあるごとに実感する。

 

《ぼくらの才能があればごり押しが利くと思っていたけど、ちょっと想定が甘かったかな。『周囲の応援あってこそ』ってスポーツ選手がインタビューで答えるたびに前世(まえ)は耳触りの良いおためごかしだと思っていたもんだが、近隣住民が本当にウマ娘を応援しているってことは十分実感できた。ゴミを捨てるバカよりもゴミを拾う人の方がここはずっと多い。

 環境の差は軽視できない。だからこそ、その環境の差を才能のごり押しでぶち抜いたアプリ版トレーナーのヤバさが際立つわけだが……》

 

 テンちゃんが何やら戦慄している間に朝練の時間は終わった。

 ただでさえ準備運動とゴミ拾いに時間を圧迫されているのに加え、朝食までに拾ったゴミの分別を済ませ身支度を整えて登校の準備をしなくてはならない。まったく、学生の悲しいさだめである。

 

《……社会人よりずっとマシだよ。ごはんだって一日三食誰かが作ってくれるし天国みたいなもんさ……少なくとも授業は自分のためだからな。赤の他人のために下げたくもない頭を下げずに済むし》

 

 脳内でテンちゃんが謎の凹み方をしていた。

 

《いやまあ、下手なサラリーマンよりキミたちの方がよほど稼ぎは大きいし多額の税金も納めているし、大半の社会人よりよほど立派に社会人の務めを果たしちゃいるんだけどね? やっぱり立ち位置的にトゥインクル・シリーズを走るウマ娘は学生だからさあ》

 

 何に対して言い訳してるの?

 

 朝の自主練はこんな具合で、お世辞にも効率がいいとは言えない。だからミーク先輩は誘っていない。

 あの人は今年がシニア二年目。旬の短いレース人生の中で一番脂がのっているといっても過言ではない時期だ。デジタルじゃないけど足を引っ張るような真似はしたくないし、そもそもシニア級とデビュー前のジュニア級では適切なトレーニングメニューのレベルが大きく異なるというのも無視できない。

 ミーク先輩はバクちゃん先輩同様、美浦寮の人なので地理的な要因から朝の短い時間を一緒に行動するのが難しいという問題もある。

 

 ……なんて、言い訳を並べてみたけど。

 

 結局のところ桐生院トレーナーの担当の内、もとからいたミーク先輩と新規参入の私たちとデジタルで微妙に距離があるのが実情である。

 いやね、嫌いとか苦手とかじゃなくて。先輩として敬意はあるし、チームメイトとして慕っているのも嘘じゃないけど。中等部の我々からすると高等部ってそれだけでちょっと近寄りがたいんですよ。

 

《二十歳も過ぎれば中学生も高校生も学生服着ている子供だけど、中高生からしてみれば一年の差がめちゃくちゃ大きいもんな。まあ自分にも覚えがある以上、致し方なし》

 

 テンちゃんもこう言ってくれているので現状に甘んじている。ベストではないのかもしれないが、ベターだとは思いたい。

 放課後のチーム〈パンスペルミア〉で行う練習時だとあまり気にならないんだけどね。バクちゃん先輩がムードメーカーすぎる。

 あのひとの模範的バクシンの前にあらゆるしがらみは破壊されるのだ。

 

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