「ウマソウルってうるさいよね」「えっ」「えっ」   作:バクシサクランオー

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クリスマスプレゼントの時間だオラァ!!
25日になったので事前の宣言通り、投稿を開始します。
いけるいける、理論上は可能なはずなんだ。がんばるぞ、おー!

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感想、誤字脱字報告もありがとうございます。


長い長い道の先へ
砕けた夢のゆくえ


 

 

U U U

 

 

 影すら踏ませなかった。

 精魂尽き果てたというありさま、全身汗みずくの今にも崩れ落ちそうなアキナケスさんの前で私は悠々とその顔を覗き込む。

 本来の身長差はアキナケスさんの方がだいぶ高いのだが。まるで頭部の重みさえ耐えがたいと膝に手を突き身体を支える彼女と、すらりと背筋を伸ばした今の私ではこちらの方がやや上。

 冴え冴えと光る青い左目、それをぱちりと閉じるように笑う。代わりに炎のように煌めくは赤い右目。

 

「まー頑張ったんじゃない? 人生ワンオペ勢にしてはさ」

 

 そして発言は上から目線というレベルの話ではない。笑顔で言うセリフか、それが?

 台本通りでアドリブは入れていないし、既に撮り終えているので今さら何ができるというものでもないのだが、こうして客観的に見てみるとかなりひどい。

 

「…………」

 

 反発する気力さえ無く、しかして目を逸らすわけでもなく。

 黙ったまま肩で息をするアキナケスさんを前に、私は興味を失ったかのように無表情になるとそのまま踵を返し立ち去った。

 

 場面が変わる。

 

 すっかり日が沈んだ公園で街灯のささやかな明かりを頼りにアキナケスさんが走っている。

 中央トレセン学園なら日が沈んでからもしばらくはグラウンドを照らしてくれる巨大な照明があるが、当然ここにそんな高価なものは無い。

 何本目かのダッシュを終え、納得のいく出来ではなかったのか硬い表情のまま荒い呼吸を続けるアキナケスさん。

 

「アキ」

 

 そこに画面の外から、声と共にペットボトルが飛んでくる。

 ぱしりと反射的に受け取ったアキナケスさんの表情はキョトンとほどけており、先ほどまでの険しさは無い。

 ちなみに手の位置はきちんと計算されていて、この時点からちゃんとペットボトルのラベルに刻印された商品名が確認できる。

 夜の街から漏れ出る灯りを背に、歩いてきたのはドラグーンスピアさん。何度もリテイクを食らった甲斐あって、浮かべている笑みは実に自然でシニカルなものだ。どのようなものであれ苦労の成果が実るのは喜ばしいことだと思う。

 

「……ふぅ」

 

 本来ならここにはいくつかセリフがあったのだが、度重なる試行錯誤の果てに全面的にカットされた。

 ため息ひとつでアキナケスさんの隣に並びゆっくりとストレッチを始めるそのたたずまいに、作り物の言葉は無粋だというテンちゃんの主張が採用されたのだ。

 幼馴染という関係性。レースという世界で、肩を並べ走り続けてきた長い時間が醸し出すもの。

 ウイニングライブに代表されるようにレースに生きることを選んだウマ娘は少なからずアイドルのような立ち振る舞いを求められるが、演技はまた勝手が違う。

 私はできるけど。でもテンちゃんと比べたら見劣りするし、そんな私より下手なウマ娘だってたくさんいる。

 今のドラグーンスピアさんはアキナケスさんしか見えていない。それができるように努力を重ねた。今の彼女たち二人の間に流れる空気は演技で作られたものではないのだ。

 ふと脳裏にスカーレットの存在がよぎる。

 幼少のみぎりから共にレースの世界にいたという点では彼女たちと同様だが、私とアレではこうはいくまい。

 やっぱり、スカーレットと私は幼馴染というより腐れ縁なのだろう。

 

「しっ!」

「ふっ!」

 

 阿吽の呼吸というものか、特に合図らしい合図も無く併走を始めた二人を別の角度からカメラがとらえる。

 

『人生ワンオペでもがんばるあなたへ ウマナミンX』

 

 走る二人を背景に、BGMのサビに合わせ白抜きのキャッチコピーが流れて――終了。

 完成したCMを前に私たちは三者三様の反応を見せた。

 

「あー、本当にこれでいいのか!? 何度もやっているうちにわけわかんなくなった。つーか、演技している自分見んのやっぱ恥ずいわ!」

 

 わしゃわしゃと頭を掻きまわしながら唸るドラグーンスピアさん。

 

「だいじょーぶ。とっても上手だったよ」

 

 その隣でアキナケスさんがよしよしとなだめている。実際に頭を撫でているわけではないが、きっとそれはドラグーンスピアさんが嫌がるから。許されるのなら頭の上に手を置いていただろうなと思わせる雰囲気だった。

 

 そして私はそんな彼女たちを何となく手持ち無沙汰に眺めている。内心でテンちゃんがとても楽しそうだからそれでいいか。

 

「これまでドラちゃんはこういうの引き受けてくれなかったから。『フォームが崩れる』って言って。だから、経緯はどうあれこうして一緒に撮影のお仕事ができてうれしい」

「うっ……だってそれはよぉ。つかドラちゃん言うな」

 

 ドラグーンスピアさんの発言はただの食わず嫌いの言い訳ではなかろう。苦手意識があったのは事実なのだろうけども。

 完成した走法というのは膨大な数の微細なパーツを緻密に組み合わせた芸術品だ。下手に分解してしまえば持ち主であろうとまったく同じ形に戻すのは至難の業。私やマヤノならできるけど、大半のウマ娘には実質不可能と言ってしまってもいいくらい。

 次走の距離やレース場、ときには当日予想される天候に合わせフォームを調整するのは珍しい話ではない。だがその変化は成長と言い換えることができる。自分はレースに全力を尽くしたのだと自分に言い聞かせることができる。

 一方の撮影現場。見栄えのする走り方とレースで有効な走り方は異なる。

 

《ゴールドシチーのキャラストでも見栄えのするフォームに改良しようとした前任トレーナーとケンカ別れになる展開とかあるしな》

 

 玄人を唸らせる位置取りなど素人にはわからない。せいぜい今誰が先頭を走っているのか判別できれば上出来といったところだろう。

 カメラ映えするように走り方を工夫する。それはほんの些細な変化。撮影が終わればあっという間に元の走りに戻せるだろう。だがたしかに、一度は微細なパーツをいくつか組み替える必要があるのだ。

 それがレース中の最後の一伸び、ほんの一歩に影響する。パーツはちゃんと足りているのか。間違った位置にはめ込んではいないか。一度外したことで歪んでしまってはいないか。あのとき撮影のために走法を歪めてしまったからと、自分の走りを信じきれなくなる。

 ドラグーンスピアさんみたいなテンションがコンディションに良くも悪くも大きく反映されるタイプにとってはわりと致命的だろう。そういう意味では自分を知っていたからこその賢明な判断と言える。

 

 私が現段階で海外遠征にいまひとつ乗り気になれない遠因でもある。

 あれは往復便ではなく片道切符の二乗。

 海外レースは日本のレースとは何もかも勝手が違う。まあ様々な分野においてそうであるように、海外が独特というよりは案の定この島国がガラパゴスじみた進化を遂げた側面もあるのだけどそれはともかく。

 共通しているのはゲートからスタートして、そこから出て走ってゴール板を真っ先に通過したものが勝者ということくらいか。

 いや、それすらラビットに代表される『自身が勝利するのではなく、チームの一員として勝利を追い求める姿勢』が容認されるあちらの風潮を鑑みると断言できないかもしれない。

 

《単純な環境の違い。【慣れない芝】に【未知のコース】といった課題を始め、海を渡る以上は【時差ボケ】や【海外の食事】に端を発する体調不良も無視しがたい障害であるし、【言葉の壁】や【長距離移動】のストレスも問題だ。それらを乗り越えたところでレース当日の【アウェー感】や【極度の緊張】を克服できるかはまた別の話だし、このオカルトが仕事をし過ぎる世界ではこれまで日本レース界が積み上げてきた負の【ジンクス】も盛大に足を引っ張ってくれるだろうね》

 

 脳内でテンちゃんが指折り数える。

 聞いているだけでうんざりしてくるな。

 

《VRウマレーターがまだトレーニングに活用できるレベルまで発達していないからなぁ。ぜんぶ自力で補うとなれば至難の業だぞ。そもそも大前提として海外遠征するなら金も人手もべらぼうにかかるだろうし、リスクとリターンが今のぼくらには見合っていないんだよねぇ。あーやだやだ》

 

 URAが認めた海外遠征の場合、その費用はURAおよびトレセン学園が負担する決まりだったはずだけど。他人の財布とはいえ莫大な出費というのは、一般家庭の価値観を持つ私からすると存在そのものが心苦しい。

 それに一度海外仕様に肉体改造してしまえば、帰国後にもう一度この国の高速バ場に合わせた再改造を行う必要がある。

 サイボーグのパーツを入れ替えるのではないのだ。よほど上手くやらない限り、容易く歯車は狂うだろう。

 

 ……でもまあ、私なら無駄な投資にはならないか。

 慣れない芝も未知のコースもダート短距離と芝長距離ほどの差異は無いだろうし、さほど問題にはならない。

 時差ボケはちょっと経験が無いから何とも言えないけど、食事の方はたぶん何とかなる。栄養になるなら何でも食えるから。歯も消化器官も頑丈なのだ。

 感情が鮮明化してから美味しい食事がこれまで以上に美味しくなったので、海外の食事が口に合わないとつらいかもしれないけど。必要と割り切れば何も感じなくなるだろう。そしてちゃんと食って寝ていれば私のコンディションは崩れない。

 言葉の壁に関してはけっこう前から、それこそジュニア級の時点で選択肢の幅を広げるためトレーニングの裏で着々と語学の勉強は進めていた。今ではフランス語と英語は現地の言語で書かれた論文だって読めるし、中国語も日常会話くらいならなんとか。

 海を渡るような長距離移動にアウェー感、極度の緊張も類似した状況ならともかく完全に一致するような経験は無いから断言には至らないけど。結局のところ私はテンちゃんさえいれば好調なので大した問題にはならない気がする。

 ジンクス? その程度で私たちを縛れるっていうならやってみれば?

 

 …………あれ? これやる気にさえなればかなりやれちゃいそう?

 まあそのやる気が無いんだけど。

 落ちれば死ぬとわかっている崖をわざわざ好きこのんで飛び越える嗜好を私は持ち合わせちゃいない。

 道なりに行けば目的地にはたどり着けそうなのだから、わざわざハイリスクなショートカットを選ぶ意味は無いし。

 

《いやまあ、春秋シニア三冠達成に短距離マイルダートGⅠ制覇のグランドスラムを『道なり』なんて表現していいものか判断に迷うところではあるんだが……》

 

 そもそもそのショートカットが本当にショートカットとして機能するかも怪しいところだ。

 凱旋門に代表される海外遠征に血眼になっているのはレース関係者が主で、それ以外の人間にとっては『なんか海外の有名なレースがあるらしい』といった認識がせいぜいだろう。

 

《喩えるなら、野球で大記録を打ち立てた選手がクリケットのワールドカップに挑戦させられるようなもんだと思うぜ? この世界でもクリケットはレースとサッカーに続いて三番目に人気のあるスポーツだと言われていて、その競技人口は三億を超える。海外のトッププレイヤーの年収は日本円にして三十億オーバーさ。ただ、この国じゃあ競技人口千五百人程度とマイナースポーツ扱いなんだよなぁ。

 『伝統と格式ある競技だから』と海外のタイトルへ、ルールがだいたい似通っているだけの国内タイトルで優秀な成績を出した選手を送る。いやなんでだよって一般人はなるだろうし、一般家庭出身のぼくらもやっぱりロマンを共有しきれずモヤモヤするわけだねぇ》

 

 どんな分野もライト層の割合が一番多いものだ。

 苦労して海外行って勝利して一部のレース関係者の深い信仰と、不特定多数から『なんか海外のすごいレース勝ったらしいよ』『へーすごいね』と薄い興味を稼ぐよりは、国内で万人にわかりやすい前人未到の功績を打ち立てた方が膨大な“願い”を集めるという私の目的に合致している。

 あと稼げる。海外遠征は目標となる大レースこそ賞金が多いものの、それ以外のレースは総じて賞金が低い傾向にある。

 移動距離と現地への適応にかかる時間を考えると国内で重賞を勝ちまくった方が断然、効率がいい。何気にこの国のレース賞金は世界で見ても高い方なのだ。

 

《何なら海外遠征につき個人で準備しなきゃいけないあれやこれやの出費だけで下手すりゃ赤字ってこともありえるからなぁ……。まあでっかいスポンサーがつくようなプロジェクトが立ち上がればまた話は別だが、まだそんなイベントは無いようだし》

 

「しっかし、レースを引退したっつーのに早々走らされるハメになるとは思わなかったな。オレだったからよかったものの、わりと鬼畜じゃね?」

「ドラちゃんだから、だよ」

「ドラちゃん言うなって…………もういいや」

 

 テンちゃんと取り留めのない話をしているうちに、目の前のお二方の会話は次のステージに進んだらしい。

 あとドラグーンスピアさんが何か諦めていた。根負けするほど相手の望まない呼称を使い続けるなど、アキナケスさんにはいかなるこだわりがあるのだろうか。

 

《レースに懸けていた人生も、その時間も否定したいわけじゃない。でもその間に変形してしまった関係をもう一度、フラットな状態に戻したいんじゃない? 深くは知らんけど》

 

 知らないことを知らないって言えるのは大切だよね。推理と根拠無用の妄想は分けていこう、うん。実は私もそこまで興味があるわけじゃない。

 

「ドラちゃんはこれまで走ることしかしてこなかったでしょ。あまり器用じゃないきみがいきなり走り以外に手を伸ばしたって、上手くいかないよ」

「ぐ……言ってくれるじゃねーか」

 

 ぐぬぬと歯噛みしつつも否定はしないドラグーンスピアさん。

 でもこれ、わりと切実な問題だったりする。

 これまで走ることに人生を費やしてきたウマ娘の生活パターンから走る時間を取り上げてしまうと、とたんに何をすればいいのかわからなくなってしまう。

 そんな定年退職したサラリーマンのような悲哀を背負う年若い少女たちが意外と多い。

 

 あのテイオーでさえ自動証明写真撮影機を指して「へー、あれがプリかぁ。せっかくだし一緒に撮ろー?」などとドン引きものの発言をしたことがある。

 クソガキじみた言動に隠されているが、あの自他ともに認める天才ですらプリクラと証明写真の区別もつかないほど『当たり前の人生』を削ってここにいるのだ。

 中央だろうと地方だろうと関係ない。彼女たちは己のすべてを懸けてレースに臨んでいる。

 これが一番よさげな方法だし、ダメならダメで別の道を探すかーなんてノリでこの道を選んでここまで来てしまった私は圧倒的少数派なのである。

 

「ドラちゃんは引退したから、やっと『レース』と『走り』が切り離されたんだよぉ」

 

 人差し指と中指でピースをつくり、ちょきんと何かを断ち切る仕草をするアキナケスさん。

 レースを走るウマ娘にはウイニングライブのようなアイドルじみた業務があるとはいえ、その中でも彼女はひときわメディア慣れしているというか、他者に見られる動きというものが自然と動作の節々に沁み込んでいる気がする。

 一歩間違えば同性から嫌われるあざとさになりそうなものだが、彼女独特のゆるくマイペースな雰囲気がそれを絶妙なバランスで中和して魅力に変えている。NAUの看板ウマ娘は伊達ではないということか。

 

「少しずつ知っていこう。勝敗が絡まない『走り』の魅力。レースをやめたからって走ることの楽しさまで否定する必要は無いんだ。走ることに費やしていたこれまでを、邪魔な荷物として全部捨ててゼロから再出発する必要なんてどこにも無いんだよぉ」

 

 見栄えのする動作が得意という点では少しだけテンちゃんに似ているかもしれない。

 まあテンちゃんがギラギラと輝いて周囲を引き寄せる火力過多の誘蛾灯だとすれば、アキナケスさんはおだやかに人を集める風鈴といった感じだが。

 人目を惹くという一点だけが共通項で、本質的には別物だ。

 

「だからね、走ることからちょっとずつ広げていこう。それは未練がましくレースにしがみついていることにはならない。新しいこと、探していこう。わたしはねぇ。ウララちゃんがどれだけすごいウマ娘なのか、ドラちゃんにも知ってもらいたいんだ」

「お、おう」

 

 これまで勝つことだけを考えて走ってきた身としては、その観念はあまりにもなじみのないものなのだろう。ぎこちなくドラグーンスピアさんは頷いた。

 ただ、新たな一歩を踏み出そうとしている彼女の気概は間違いなく本物。

 

「そっちの方面じゃオレは素人だ。ご指導ご鞭撻のほどよろしくお願いするぜ、センパイ」

「うん。しっかり応援(サポート)するからね、親友」

 

 慣れない味に四苦八苦しながらなんとか噛み砕いて呑み込もうとしている。

 同期だった相手に面と向かってまっすぐそんな言葉を吐ける根性。さすが地方所属でありながら中央GⅠに殴りこんできただけのことはある。

 

《うんうん、ぼくらが出張った甲斐があったみたいだね。今回の植林は大成功だ》

 

 テンちゃんが満足そうに脳内で頷いていた。

 植林というか、どっちかといえば間伐材の有効活用じゃない?

 

 

U U U

 

 

《あ、リシュ。かわってー》

 

 仕事帰り。葵トレーナーとも学園前で別れ、あとは寮の自室に帰るばかりといったところでテンちゃんの求めに応じ肉体の主導権を譲り渡す。

 ドラグーンスピアさんはやる気と熱意に満ち溢れた人ではあるが、このお仕事にはまだまだ不慣れな初心者。撮影が長引くことを想定して今日はまるまる撮影用に空けていた。それが想定より撮影が順調に進んだ結果として、中途半端に一日が残ってしまっている。

 自主練に回してもいいのだが、今日これ以上の負荷を掛けてしまうと明日以降のメニューに支障が出る。ウマ娘の衝動を満たすため余計な苦労を葵トレーナーにかけるのはしのびない。

 レースやら何やらで授業に出られないことも多いトレセン学園だ。六年間の初等教育で慣習に馴染み、中央トレセン学園に進学してからは目まぐるしく状況が移り変わって忘れそうになるが、私はまだ中等部三年生。いまだ義務教育の範疇にいる身としては平日なのに登校しない居心地の悪さは消えないけども、うんまあ慣れた。

 中央の制服はネームバリューがあるし、私自身もかなり顔が知られてる。学園付近なら平日のこんな時間帯に制服を着た子供がうろうろしていようと補導されるようなことはない。ただ休日ではないし、遊ぶために与えられた時間でもないのだから大手を振ってゲーセンなどに立ち寄るのは望ましくない。

 ちょっと得したようで、かといって使いように困る。そんな平日の切れ端が今だった。

 

「おっす!」

「うわっ」

 

 前方にいた人物に勢いよく駆け寄り背後からがっと肩を抱くテンちゃん。

 相手はランドセルを背負った小学生男子だ。そうか、小学生は学年によってはこの時間帯に下校なんだな。数年前は自分のことだったはずなのに、すごく遠く昔の話に思える。

 

「ひさしぶりー、元気だったかー?」

「……ああ、なんだテンねえちゃんか」

 

 うーん、誰だろ。見覚えがあるような、無いような。

 名前を思い出そうとして思い出せないってことは、私の記憶力から逆算するに最初から憶えていなくていいカテゴリーなんだろうけど。

 

「ちょっと見ない間に背伸びたなー。むしろ抜かされてないかーこれ?」

「……あ、うん。そうだね」

 

 相変わらず私の身長は学園に入ってからぴくりともしてないので、こうして年齢別平均身長と大差ないランドセルを背負った相手にも場合によっては負ける。

 しかし何だろう。妙に相手の反応が悪いというか。急に背後から強襲されたということを差し引いても何か言いたげだ。

 

「…………テンねえちゃんって、リシュだったんだよな」

 

 巨大な岩をさんざん苦労してわずかに動かすように。

 重苦しい口調で彼はようやくそれだけを口にした。

 

 ああ、思い出した。やっぱり名前は憶えていなかったけど。

 いつだったか、テンちゃんに誕生日プレゼントを贈ろうとしていた少年だ。

 あの後、何気にしっかり私のアドバイス通りにお手製のシリアルバーを作り、情報料だと私に分けてくれたのだっけ。

 彼にさしたる興味は無いが、あのシリアルバーが今の私の血肉を構成している分くらいには親切にしてやってもいいかもしれない。

 

「そうだよー。最近はテレビの前のお茶の間をにぎわせるような番組にもちらほら顔を出し始めたからね。どれか見てくれたのなら視聴率ありがとうと言っておこう」

 

 二重人格。

 そのキャラクターを世間に浸透させるため、喋るときに今どちらが身体の主導権を握っているのか片目を閉じてアピールする行為は継続中だ。

 もともと私とテンちゃんは表情筋の動かし方も声帯の使い方も違う。そこに今どちらの目を開けているのかという指針が加われば、第三者の視点からも私たちが同一にして異なる存在であるとわかりやすかろう。

 

「……っ! バカにしていたのかよ。気づきもしないで、一人で勝手に悩んで浮かれてはしゃいで。それをこっそり笑っていたのかよ!」

 

 おや、珍しい。

 さすがにこれを『なんか急に怒り出した』と切って捨ててしまうのはダメだろう。コミュ障を通り越して人間としてアウトって気がする。ちょっと感受性が欠けすぎ。

 

 幸運なことに二重人格をカミングアウトしても私の周囲の人間関係はさほど変化を見せなかったが、それでも中には思うところがある者もいるわけで。

 ここまでダイレクトにぶつけられたのは初めてだけどね。

 重たい岩も一度動いてしまえば勢いがつくもの。必要以上に攻撃的になって、自分でも思っていた以上のことを言ってしまっているのではなかろうか。

 

「お前を陥れるためにわざわざ何かするほど、私にとってお前の価値は特別じゃないよ」

 

《それで考えた末に出るセリフがそれっていうのが、まさにリシュって感じがするよね。見てよあの顔、転がり始めた岩がセンター返しでホームランって感じ》

 

 あっれー。おかしいな。

 いろいろ理論武装していたのに、ちょっとばかし冷静じゃないのは私も同じらしい。

 

 そもそも、テンちゃんと私の関係性は秘密じゃないのだ。

 より正確に表現するのであれば『隠さなければならないような負い目ではない』とでも言うべきか。

 私たちは生まれたときから私たち。ふたりでひとつのテンプレオリシュ。それはバレてはならない秘密などではない。

 ただ二重人格という状態が世間にとって異端であることは事実であり、異端を人間は厭うものだ。それは個々人の感性がどうのというよりは人間という動物の性であり、迷惑ではあっても善悪ではない……とはテンちゃんの言葉。

 摩擦が発生するのは必至だろうし、その上でわざわざ周囲に理解を求めるだけの動機がこれまでは存在していなかった。

 受け入れてほしい相手には初めから絶対的に受け入れてもらっている。自己肯定感のゲージは常にMAX。承認欲求が割って入る余地など無い。

 

 それでも気づく者は気づくし、その中でも正面切って確認してきた相手にはちゃんと真正面から肯定してきた。

 嘘をついてまで誤魔化したことなど一度もない。

 コイツが気づけなかっただけだ。その程度の存在だったという話だ。

 それを棚に上げてこちらを責めるのはちょっと筋が通らないんじゃないかと思うぞ、うん。だから私は悪くない。

 

 テンちゃん曰く精神のホームランを受けた少年はぽかんとしていたが、しばらくして再起動すると、まるで身体の中に渦巻いていたすべてを吐き出すように深々とため息をついた。

 

「はあぁ―――――。そうだよなぁー、リシュってこういうやつだったわ……」

 

 なんか呆れられた。ついでにバカにされている気もする。

 ただ、さっきまであった危うさみたいなものは消えたから別によしとするべきか。

 

「じゃあさ、逆にどんな相手ならリシュは『わざわざ何かする』んだ?」

 

 何故だかそんなことを急に尋ねてきたりもする。

 ふむ、意外と難しい質問だ。特定の誰かのために何らかの行動を起こす私というシチュエーションが、自分でもぱっと思い浮かばない。

 ああでも、クラシック級になった頃にやらかしたテンプレ連戦は元はと言えばデジタルの助けを求める声に応じたのがきっかけだったような。

 うん、友達と認定した相手のためにはけっこう骨を折ることが多い気がするぞ。じゃあどういう基準で私の交友関係って構築されているんだろうか。

 

「レース関係者相手なら意識する機会がぐっと増えている印象があるね」

 

 ぱちんと左目を閉じてウィンクしながらテンちゃんがそう答えていた。

 別にレースに人生を捧げているような、中央のウマ娘たちと同じ生き方をしているつもりは無いんだけどね。

 走るのは嫌いじゃないけどレースはあくまで目的のための手段。負けるのは気に食わないけど勝つのはそこまで特別なことじゃない。それが私で、それを変えようとも思わない。

 でもこうやって改めて振り返ってみると、私って人生で自由になるリソースの大部分をレースに費やしているんだなって。

 まあ当たり前か。努力する天才なのは大前提。その上でどうしようもなく差異が出る魔境がここなのだ。片手間に渡っていけるような場所ではない。

 幸運なことに私はつぎ込んだ分以上のリターンがきっちり返ってきていることだし。名義上は私のものである口座残高は現在進行形で現実味の無い数値を更新中である。

 

「だったらさあ、オレがトレーナーになれば『何かしてくる』こともあるってことか」

「かもね」

 

 中央のトレーナーになるのがどれだけ困難かという、わかりきったことはさておき。

 敵陣営の情報という観点においてトレーナーの情報は欠かせないものだ。それは逃げ至上主義みたいな極端な育成方針の偏りであることもあれば、うちの葵トレーナーのように実家の力で膨大なアドバンテージが生じることもある。

 時間も労力もリソースには限りがあるのでウマ娘のそれには劣るものの、トレーナーの情報も手の届く範疇で私はしっかり頭に入れている。

 

「リシュはこんなんだけど、実は最終的には折れるタイプだ。そもそも追い続けることができる相手がごく少数だから、追い続けてくれる相手には対応が甘くなるんだよな。がんばるっていうなら応援するぞー少年」

 

 なんかテンちゃんがひどく無責任なことを言ってやがる。

 それで一人の人間の将来が決まったらどうするつもりなんだ。

 

 ターフに骨をうずめる覚悟でレースに関わっているウマ娘も上澄み勢の中には存在しているが、私はそうではない。稼げるだけ稼いだらとっとと引退するつもりだ。……今なら多少の義理で数年くらいなら付き合ってもいいかなと思わなくも無いが。

 彼が何歳なのか知らないし興味も無いが、ランドセルを背負っている年齢であることは確かだ。仮にストレートで中央のトレーナーへの就任が叶ったとしても、その頃には私はURA所属からただの野良ウマ娘にジョブチェンジしている可能性が高い。

 

《へーきへーき。努力は無駄にはならないから》

 

 綺麗事っていうのは薄っぺらいからくちどけが優しいんだな。そう思わせるテンちゃんのセリフ。

 まあ中央にトレーナーが増えるのは悪いことじゃないし、動機がどうあれ中央のライセンスを取得しようと努力して得られたものは目的に到達できるか否かに関わらず彼の人生を支える糧となることだろう。

 

 うん、私しーらね。

 

 何かを決意したようにぐっと拳を握りしめる少年を前に、私は思考を責任ごと放棄するのだった。

 

 

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