「ウマソウルってうるさいよね」「えっ」「えっ」   作:バクシサクランオー

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召喚するタイプのシンボルエンカウント

 

 

U U U

 

 

「腹立つな、すごく」

 

「二度も言うこと?」

《大事なことだったのかな?》

 

「その御大層な看板、ちょっとばかり削って軽くしてやりたくなる。アンタの次走、春天だったよね」

「お、来るか?」

 

「もともと選択肢の一つだったんだ。天皇賞(春)はアタシがいって、宝塚記念はビターグラッセがいく。敗北の苦味と勝てない痛みを立て続けに教えてやるよ」

「言うねえ。これまで誰にも成し遂げられなかった偉業だっていうのに」

 

 彼女の言っている通り衝動的な方向転換というわけではあるまい。

 チーム〈ファースト〉の面々はアオハル杯が始まるまでは輝かしからざる戦績の集団だった。管理主義に巡り合うまではぱっとしない実力の持ち主ばかりだった。

 今は違う。

 私がクラシック級のスプリンターズSを走る頃には既に〈ファースト〉短距離部門のメンバーの顔をそこに見ることができたし、この前のフェブラリーステークスのときだって〈ファースト〉ダート部門の顏がちらほらあった。

 彼女たちは既にGⅠ級の実力の持ち主なのだ。実際にGⅠの冠を被れている子が何人いるかはさておいて。

 

《あのおデジですらGⅠには手が届いていない実力者渋滞状態だもんなぁ。まあ、ぼくらが手の届く範囲を独占しているのが半分くらい原因なんだが》

 

「そもそも〈パンスペルミア〉のエース陣はどいつもこいつもアンタが公式レースで一度勝った相手じゃないか。それを差し置いてただ〈パンスペルミア〉に〈ファースト〉が勝ってもな。『強い相手から逃げ回って造り上げた最強の看板だ』なんて陰口叩かれるんじゃ意味ない。

 一着じゃないと意味が無いんだ。樫本トレーナーのやり方が正しいと証明するのに、アンタは避けて通れない障害。アオハル杯でやり合う前に決着つけてやる」

「大きな目標を掲げるのはたいへん結構なことだが。理子ちゃんの組んだメニューで本当に到達できる地点なのかい? どうにも許容量を超えたハードトレーニング必須な予感がひしひしとしているんだけど」

 

 どこぞの一番バカを彷彿とさせるセリフと雰囲気。

 ただ、スカーレットを安心して放置できるのは彼女の担当がウマ娘を怪我させない名人であるゴルシTだからだ。

 流石の彼でも限界突破に限界突破を重ねるようなかの有記念ではその経歴に傷を負わざるをえなかったが、それでも彼への信頼は私の中では揺らいでいない。私の腐れ縁をどうかよろしくお願いしますってね。

 チームの面々に大きな故障を経験させていないという点では〈ファースト〉および樫本代理も同様だけど。ゴルシTのそれが他の誰にも真似できない才能の発露だとするのなら、樫本代理のそれは徹底的にデータと理論を重ねて築き上げた職人芸という印象を受ける。

 緻密な芸術品であるからこそ、些細なことで全体が歪むこともある。ココンの熱意はその歪みになりえるものに思えた。

 

「きみのそのやる気は、理子ちゃんの教育管理プログラムに沿ったものなのかな?」

 

 痛いところを突かれたとばかりにココンの顏が歪む。

 

「……勝てない努力を続ける気なんて無い。真っ当にやってダメなら無茶するしかない。でもあの人はアタシたちに無茶させてくれない。……その矛盾を解消するために一人で抱え込んでいたのは知っていた。その上で走り続けるしかなかったんだ。その先に望む未来があると思っていたから」

「んー、いくら〈ファースト〉が理子ちゃんのワンマンチームと言ってもさー。フォロー要員はいなかったの? 全員が全員、理子ちゃんとこの担当ウマ娘ってわけでもあるまいに」

 

 せっかくさっき揉み解されたのに、またもやココンの眉間にしわが刻まれていく。

 ただ、今度のしわはテンちゃんだけが原因というわけでもなさそうだ。

 

「さっきから理子ちゃん言うな、敬意を払え。……たしかに公式チームに所属している子とか、中には専属トレーナーを持つ子とかもいないわけじゃないけど。

 こう言っちゃなんだけど、どいつもこいつも〈ファースト〉に所属するまで芽が出なかったウマ娘ばかりなんだ。そいつらを育てていたトレーナーどもの育成手腕も推して知るべしってやつだよ」

 

「あー」

 

 嫌な納得の仕方をしてしまった。

 そりゃあ、どれだけトレーナー側に育成手腕があったところでウマ娘に応えられるだけの素質が無ければどうしようもない面だってある。

 でもそれだけじゃあない。実際、〈ファースト〉に所属してからは才能が開花して伸び始めちゃったわけで。

 

《名義貸しが黙認される程度にはトレーナーの絶対数が不足気味で、なのにトレーナーのスカウトが断られる描写がたびたびある。トレーナーのあたりはずれが大きいことも、はずれを引いた時ろくでもない結末になることも、実は学園のウマ娘にとっては暗黙の了解というか共通認識なんだよね》

 

 中央のトレーナーはバケモノ揃い。それは一つの事実。ただ、それって実のところ『外部から中央のウマ娘はバケモノ揃いという評価を受けている』ってのとだいたい同意義だったりする。

 つまり私たちウマ娘が中央という魔境で栄光と挫折の物語を日々人知れず織り成しているように、私たちのような時代の寵児がいれば人知れず消え去る者がいるのと同様に、トレーナーにも成果を出せる者と出せない者がいるわけで。

 ああもう、この際はっきり言ってしまおう。言葉を濁したところで仕方がない。勝負の世界になあなあは通用しないのだから。

 〈ファースト〉でサブトレーナーをやっているやつらは無能なのだろう。チーフトレーナーのフォローをしきれず過労で行き倒れさせてしまう程度には。

 このあたり、最も身近なトレーナーが葵トレーナーである私の感覚はかなりズレている自覚がある。

 

《ゴルシTと葵ちゃんが頭一つ抜けて優秀で知名度も高いけど、それ以外のトレーナーも個性の差こそあれ〈パンスペルミア〉と〈キャロッツ〉はみんな有能揃いだからなあ》

 

 能力が乏しいトレーナーにやきもきする経験というのは私にはないものだ。これからも経験がないことを切に願う。

 

「えっと、アプリ時空では九月後半にやよいちゃんから理子ちゃんの過去を聞いて、一か月後の十月後半に理子ちゃんの指揮下から離脱したわけだから……カレンダー上アオハル杯決勝戦は十二月後半のイベントのはずだからまるまる二か月も限界を超えるためのハードトレーニングをウマ娘の情動まかせに続けたわけか」

「は? なんの話?」

 

「こっちの話。あるいはありえたかもしれないどこかの未来の話。んーとそれで、それまで理子ちゃんのもとでノウハウを蓄積し実際に約三年分のトレーニングメニューが十五人分手元にあったとはいえ、その十五人が十五人とも故障らしい故障も無く決勝戦に出走できたのはただの奇跡だな。そして奇跡というのは再現性が無いから奇跡なわけで。この期に及んで歴史の強制力なんて期待する気はさらさらないし、対策必須」

「……人付き合いが嫌いなアタシが付き合い方に意見するのも何だけどさ。意思疎通する気もないのにそれっぽくベラベラまくしたてるの、アンタの悪い癖だと思うんだ」

 

 ひどくもっともなココンの正論を意に介する様子も無く、テンちゃんはわざとらしく言葉に出して考えをまとめると自分だけが理解できる結論にたどり着いた。

 

「そうなると人材の補充からか。案外、はやく使う羽目になったなぁ」

 

 こんなことを言っているが、話している最中から既にLANEで呼び出しをかけていたことを私は知っている。だって身体共有しているし。

 

「はあ、だから何?」

「もう少し待っててね」

 

 廊下を走る音。

 靴底が廊下の硬い床を叩く響きからしてウマ娘のそれとは異なる。

 ヒトミミの教職員、あるいはトレーナー……というか誰を呼び出したのか私は知ってる。同じ視界を使っているわけだし。

 

「お待たせいたしまし……! ごほっ、ぐほっ、おえ」

 

 『静かに入室してくるように』とざっくり指示はしてあったので小声で叫びながら入ってきた彼女ではあったが、その肉体は精神についていけなかった様子。

 ハイテンションのままここまで駆けてきたのはいいものの、扉を開けるや否や疲労と酸欠で咳き込みえずいていた。

 さっそく保健室の御用になりそうな有様である。

 

「……誰?」

「今年入ってきたピッカピカの新米トレーナー」

 

「ピッカピカっていうにはだいぶくたびれてない?」

 

 ココンの毒舌を浴びながら、保健室の入り口にしゃがみ込んでぜいぜいと呼吸を整えているのは誰であろう、私に二着目の勝負服を届けてくれたお孫さんであった。

 無事に中央に就職できたのは知っていたが、LANEひとつでパシられるような関係だとは思っていなかった。なんだかうちのテンちゃんがごめんなさい。

 

「ぜぇ、ぜぇ……こほん、失礼いたしました。それで、何の御用でしょうか?」

「用事も知らずにここまで全力疾走してきたっていうの!?」

 

 ココンがちょっと引いていた。本当にごめん。私も『今すぐ保健室に来て』くらいの概要しか送っていないテンちゃんにも、それで本当に来ちゃうこの人にもドン引きしそうなんだわ。

 それで、テンちゃんはいったい何を考えて彼女をここに呼びつけたのだろうか。

 

「たしかもう、研修は終わっていたよね? うんよし、それじゃあ〈ファースト〉のサブトレーナーになってもらおうか」

「ええっ!?」

 

「……はあー。おい、いつからアンタはトレセン学園の人事権を握るようになったんだ」

 

 驚くお孫さんに、深々と嘆息してから投げかけられる的確過ぎるココンのツッコミ。そしていい加減そろそろ起きたいけど今起きたら『あれ? もしかして寝たふりしていた?』という空気になりそうだと思考を誘導され起きるに起きられずさっきからピクピクしっぱなしの樫本代理。うーん、カオスだ。

 

「へーきへーき。ぼくは中央トレセン学園の理事長たる秋川やよいちゃんと仲良しだから。人間なんてしょせんは動物。群れのリーダーが良しと言えばたいていの要求は通ってしまうものなのさ」

 

 民主主義と法治国家の概念が泣いて怒りそうな発言だった。

 職権乱用もいいところだが、あの秋川理事長ならあるいはと思わせるものがあるのは事実。私が一年生のときに長期海外出張に行ってしまったためその人となりに直接触れる機会こそ少なかったものの、数々の武勇伝は今もなお学園に伝わっている。

 URAファイナルズという大型レースをゼロからたった三年で新設し、『全ての距離、全てのコースを用意する』という設立理念上膨大な量必要であるはずのコース用芝を私財で賄いきった剛の者。

 ウマ娘のためという一点が明確なら、かなり無茶な要求も呑みこんでしまいそうな破天荒さがあった。あるいはレースに携わっている一ウマ娘ではなく理事長という社会的立場にあり、相応の責任を背負わされていることを鑑みるとあくまで一ウマ娘でしかないゴールドシップ先輩よりそのヤバさは上かもしれない。

 

「……アンタが秋川理事長と個人的な繋がりがあることに関してはいまさら驚かないとして。秋川理事長って帰ってきていたの?」

「うん、一月の後半には既にね」

 

 ほー。それは初耳だ。

 相変わらずテンちゃんのコネクションは私の知らないうちに思いもよらないところまで伸びているなぁ。

 ココンにとってもその情報はここで初めて聞くもので、そして私のようにのんきに聞き流せるものではなかったようだ。ぴきりと顔に険が走り、耳がぎゅっと後ろに絞られる。

 

「じゃあ秋川理事長が理事長業務に戻っていたら、うちのトレーナーはトレーナー業務に専念できていたってこと?」

「うーん、まあそのあたりは複雑な事情があるのさ。たぶんね」

 

「何か知っているの? もったいぶらずに話せ」

「んー。ごめんねぇ、きみには聞く権利があると思うんだけど……。ぼくに話す権利が無いんだよね」

 

 おや?

 てっきりテンちゃんの例の推測に基づいた話かと思いきや。

 アオハル杯も管理教育プログラムも、自由を尊ぶ学園生徒と徹底管理主義を推し進める樫本代理の対立でさえも、来るべき海外遠征のたたき台。

 その仮説が正しければチーム〈ファースト〉は言ってしまえばURAと学園が共同で組み上げた舞台の上で踊り狂う操り人形に過ぎない。

 それは自らの将来を掴むため『学園の自由を脅かす敵』というレッテルを一度受け入れた年若き彼女たちの覚悟に見合うだけの真実ではなく、巡り巡って今のモチベーションにも深刻な罅が入る可能性が高い。

 だから秘密にするのだろうと考えていたが、どうもそういうわけではなさそうだ。また私の知らない根拠不明の謎情報かな。

 

「倒れるほどアタシたちに尽くしてくれた人が、倒れずに済むかもしれなかった可能性をちらつかせておいて……! 何も教えない気?」

「うむ、道理だ。じゃあ話すけどまず愉快な話じゃないし、情報の裏付けが取れたわけでもない。そんな状態で軽々しく語りたくないが、それを念頭に置いたうえで聞いてくれ。で、ちゃんと理子ちゃんなりやよいちゃんなり、あるいはかつてアオハル杯が全盛期だった頃から学園にいる古参トレーナーなり別のソースを見つけてくれ。それを約束してくれるなら」

「安心しろ。アンタから聞いた話を鵜呑みにするなんて愚行、これまで一度もやったことがないから」

 

 そうしてあっさり前言撤回して語られたのは、かつて学園に在籍していた若きコンビの奮闘記。今はもういない、中央の歴史の中で散っていった数多の夢の欠片のひとひら。

 担当の自由と自主性を尊重する若きトレーナーと、その信頼に応えトゥインクル・シリーズで優秀な成績を出すウマ娘の前に現れたアオハル杯。ワクワクしながら集めたチームは残念ながら友情重視。しょせんはお祭り企画。その実力は一人だけが突出しており、あとは明確に見劣りするものだった。

 ランキングを上げたくて彼女は頑張った。間違いなく彼女はそのチームの中心的存在だった。自分で走りながら仲間を指導した。上がったランキングとトレーニングレベルの低下を疎んじて、アオハル杯のプレシーズンに無茶なローテーションを押して出走した。

 もちろんアオハル杯は非公式レースであり、公式戦であるトゥインクル・シリーズを蔑ろにできるわけもなく。優秀なウマ娘であった彼女は重賞レースを目標に据えたトレーニングも並行して行っていた。トレーナーは自身の担当が相当な無茶をしていることを把握していたが、彼女の意思やチームの和を重んじて強く否定することはしなかった。

 反動はレース中の疲労骨折という形で噴き出した。

 第三コーナーで転倒。時速六十キロを優に超えるウマ娘が、だ。一命は取り留めたものの、レースを続けられる身体ではもはやなくなっていた。走れない彼女は学園を去った。

 

「かくして、若き理子ちゃんトレーナーは取り返しのつかない経験をもって学習したわけだ。ウマ娘の自主性に任せる危険性を。それが今の彼女が推し進める徹底管理主義の根本になってる。

 経験で学んだことを言葉で覆すのは難しい。それが不可逆の喪失を伴った経験ともなればなおさら。今の樫本理子という人間の生き方を口先で変えさせるのは無理だろうね」

 

 その樫本理子さん、さっきからテンちゃんに口先で転がされて起きるに起きられなくなっているんですが。

 というかあなた、この話題が出されたときに起きられないのならもうテンちゃんがいる間は起きられないでしょ。

 

「埃をかぶっていたアオハル杯をわざわざ今の時代に引っ張り出したのはきっと偶然じゃない。けじめなのか、(みそぎ)なのかまではわからないけど。

 理事長代理という立場から、自由と自主性を尊ぶ学生たちに徹底管理主義を押し通す。それは必要に迫られてのことじゃなくて、今の理子ちゃんにとっても必要なことなのさ」

「…………だからあの人のトレーニングメニューは、あんなにも――」

 

「おーい、約束やくそく」

「っ! わかってるよ」

 

 鵜呑みにするなと言外に諭すテンちゃんであったが、ちゃんと情報の裏を取ろうとしていたことを私は知っている。

 レース中の悲劇はどれだけ時代を経てノウハウを積み重ね、細心の注意を払っても無くならない。それは認めなくてはならない事実。だが、頻繁に発生するようなものじゃない。

 アオハル杯が現役だった時代で、重賞レース中の転倒事故。担当トレーナーの名前が樫本。絞り込むには十分な要素だ。

 

《いや、結局はぼくの知っている原作(コト)を彷彿とさせる事例が過去に存在したってところまでしか掴めていない。実際にそうだったのか当事者にインタビューしたわけじゃないんだ。内容が内容ってことを差し引けば自信満々に語れるような精度じゃないのさ》

 

 ふむふむ、レースデータの収集にしてはやけに中途半端な時代のピンポイントな層を漁っているなと不思議だったんだよね。

 たしかに明らかに既知の情報を別媒体で確認する動きだった。あれをきっかけに樫本代理の過去を知ったわけではない。

 やっぱりテンちゃんのふんわり知恵袋は得体が知れないな。別にいいけど。

 

「ぼくらに勝ちたいという君の気持ちは酌むし、そのぼくらと勝負するためには限界の一つや二つ突破しないと話にならない。だから明確に限界を設定している理子ちゃんのトレーニングに沿ったままでは勝てないという焦りも理解できる。

 ただ、トレーナーのバックアップ無しでウマ娘が限界突破しようとするのは認められないな。自主練をこっそりする際はこの子を監修につけるように」

「あ、あのー……ご指名はたいへん光栄なのですがぶっちゃけ荷が過ぎて背骨ごと逝きそうだなって……」

 

 仮にも年上の相手を『この子』呼ばわりはいかがなものかと思ったが呼ばれた本人は気にした様子も見せず、というか気にする余裕も無さげに挙手してからおずおずと発言する。

 中央のトレーナーとしてふさわしい自分であろうとしているのだろうか。新品のスーツに身を包みほんのり化粧もほどこした彼女はくたびれた雰囲気こそ図書館での初遭遇のときと変わらないものの、あのときよりいささか若く見えた。

 まあ中央のトレーナーって紙一重というか、変人奇人揃いだからこういうカッチリした出で立ちの人間って多いようで少ないんだけどね。そりゃマスコミに取材を受けるような際は身なりを整えるがそれ以外の場では自然体、自身がベストパフォーマンスを発揮できる服装をしている。

 

《ジャージとかグラサンに腹丸出しとか着ぐるみとかね》

 

 着ぐるみはまだ見たこと無いかなぁ。

 学生の身ではあるがトレセン学園も三年目ともなれば、新春における新米トレーナーの風物詩のように感じてほっこりする。

 これが年々ウマ娘最優先で世間体からどんどん逸脱していくんだろうなあって。

 あと念のため言っておくと、うちの葵トレーナーは桐生院の看板を背負っているだけあって品行方正なものである。希少枠なのだ。

 

「平気へーき。ゴルシTと顔つなぎはしてやっただろ? あの人はトレーナーである以前に自身を『子供の教育をする大人』と定義しているから、怪我の防止策って面じゃ全面的に協力してくれるはずさ。

 異性に聞きにくいことがあるならうちの葵ちゃんを頼ってもいい。まあ彼女の場合は学園にいる間『桐生院のトレーナー』として己の行動を律しているから一方的なほどこしはしないだろうけど、本質的には善人のお人好し。後輩への教導なりギブ&テイクの関係なり大義名分を形だけでも整えてやればちゃんと力を貸してくれるはずだから」

「どっちも同じ職場にいるってだけの生ける伝説(リビングレジェンド)なんですが!? だいたいぺーぺーの新米が圧倒的先輩相手にギブ&テイクを持ちかけるのはハードル高すぎないですかねえ!!」

 

「おいおい、どんな肩書を持っていても同じ人間だぜ? 相手が法外な対価を要求してくるってならいざ知らず、快く助力してくれる相手なのに肩書に怯んでそれを怠るのはただの怠惰で、この中央という常に全力疾走していないとたちまち沼の底に沈んでしまう環境なら害悪ですらある」

「くぅうううう、圧倒的正論!」

 

 いやー、自分で言っておいてなんだけど正論ではないんじゃないかな。

 そもそもテンちゃんが堂々と正論を口に出すときって七割がた相手を煙に巻くときだし。二割くらいは悪ふざけで、相手のため真摯に言葉を選んでいるパターンは一割未満だ。

 その一割未満があるからカッコいいんだけどね。まあ十割大好きだけども。

 

「誰にだって新人の時代はある。そのときフレから人権完凸SSRを借りるのは何も悪いことじゃないのさ」

「で、でもでもでもっ。本当にようやく通常業務を残業なしで片付けることができるようになってきたばかりなんですよ! これ以上仕事が増えたら冗談抜きで死んじゃいますよぉ!!」

 

 早いな、と思った。

 中央のトレーナーは激務だ。ウマ娘である私がその詳細を完全に把握しているわけではないが、まだ春のファン感謝祭も始まっていないこの時期に自身のノルマを完璧に熟すというのはかなり有能な部類に入るはず。くたびれて冴えない印象に反し彼女はかなり将来有望なトレーナーらしい。

 ほう、とリトルココンが彼女を見る目も変わっている。

 

 テンちゃんは心底意外なことを聞いたという顔をして首を傾げた。

 

「あれ? ぼくのために死ぬのが嫌なの?」

「アッそう言われてみれば本望でした」

 

「それでいいのかアンタら!?」

 

 今日はココンとよく意見が合う奇特な日だなぁ。

 草葉の陰で顔も名前も知らないウマ娘が二人くらい泣いていそう。

 さすがに冗談だとは思うけど、テンちゃんも彼女もマジでやりかねないものがあるんだよね。

 

《リシュにだっているだろ? 『コイツなら自分のために死んでもいいかな』って相手》

 

 表現が物騒すぎる。

 そりゃあ、私は中央で無敗のウマ娘だ。

 己の全てをなげうって命すら懸ける勢いで勝利を掴まんと走っている相手を『私が勝つんだからお前は死ね』と踏み砕いて蹴散らした経験は一度や二度ではない。その結果として相手の命が終わるとわかった上で私は突き進んだ。そのことに後悔も同情もしていない。

 生物学的な意味での死者が出ていないだけで、無数の命の残骸で今日の私はできている。

 たとえスカーレットが死んでも私は止まらないだろう――むしろ本望。

 ……物騒具合ではテンちゃんのこと言えないな。

 

「保健室ではお静かに! 眠っている患者がいるんですよ?」

『あっ、すみません』

 

 その後、三人まとめて保健医のお叱りを受けた後、樫本代理の担当ウマ娘であるリトルココン以外は追い出されたのであった。

 ココンは樫本代理が目覚めた後、〈ファースト〉の部室まで付き添う役目があるそうで。

 食事も睡眠もトレーニングの一環として徹底的に管理している〈ファースト〉だ。この時間からメンバーを招集してがっつりミーティングということも無いだろうけど、テンちゃんがいなくなったのだから遠からず樫本代理は目覚めることだろう。

 

 

 

 

 

 後日、本当にお孫さんはチーム〈ファースト〉のサブトレーナーに就任したと聞いた。

 私の半身、半分は言い過ぎにしても。学園の一割くらいなら掌握しているんじゃないの?

 




次回、新入生代表アヤベさん視点
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