「ウマソウルってうるさいよね」「えっ」「えっ」 作:バクシサクランオー
感想、誤字脱字報告もありがとうございます。
U U U
アグネスデジタルはかく語りき。
「これはある種の
曰く、ウイニングライブのバックダンサーの練習というのは苦く辛いものだ。
もちろん本番に備えてばっちり仕上げる必要がある。私たちはプロだから。周囲だってそれを私たちに求める。
だがひねくれた見方をするならバックダンサーの振り付けを十全に熟せというのは『負け仕度を真摯かつ全力で熟せ』と言われているようなものであり、勝利を追い求める中央のウマ娘にとって愉快であるはずがない。
単純に仕事と割り切るにしてもだ。
やや過激な表現にはなるが……。
レースとは一着が総取りで、二着以降はそのおこぼれに与る世界なのだ。
《具体的な数値として。一着が得られる賞金額を百パーセントとするなら二着はその四十パーセント、三着は二十五パーセントで四着が十五パーセント、五着に至っては十パーセント。そういう世界だもんなぁ。
まあ詳しく語れば本賞やら出走奨励金やら細かい区分がいろいろあるし、厳密に端数まで計算に合わせるんじゃなくてキリのいい金額になっていることも多いけど。そこから先は本筋から逸れるからさておくとしよう》
よく聞くような『給料分の仕事をしろ』という言葉に倣えば、バックダンサーに求めていいクオリティは最高でもセンターの四割以下ということになってしまう。
ま、そんなわけがないよね。
敗北の痛みと悔しさ。努力が実らなかった虚しさ。成果が得られない焦燥。そういうのをぐっと呑み込んでウイニングライブの背景として舞い踊るのがバックダンサーなのだ。
大変そう。うんまあ、私はそういうの経験したことが無いから推測に過ぎないんだけど。
「どうしても苦味を伴う努力だったのです――そう、これまでは」
そこに現れたのが私たちの征服ライブだ。
これまでだって何かの催しでミニライブが開催されるのは珍しい話ではなかったが、芝ダート距離を問わずあらゆるレースのウイニングライブをセンター固定のメドレー形式でお送りするイベントなど存在しなかった。
ここで重要なのはセンターが私固定で、大量のバックダンサーが楽曲の切り替わりと共に入れ替わるという点。
「推しを特等席から眺めるだけでなく、ステージ衣装に身を包み推しの歌に合わせて踊ることさえできる神イベント!!」
デジタルの言っていることは極端ではあるが、的外れではない。
実はウマ娘に憧れるウマ娘は意外と多いのだ。
わかりやすい例でいえばテイオーだろう。彼女がルドルフ会長に憧れているのは有名な話だ。事あるごとに本人も公言している。
推し活のあまりトゥインクル・シリーズまで上り詰めてしまったデジタルくらいぶっとんだウマ娘はさすがに少数派だけども。
とあるウマ娘に憧れてレースを志したり、同じレースを走る相手なのに心に憧憬を抱いてしまったり、そういう話は珍しいものではない。
「『負けたときの備え』ではなく『推し活の準備』。バックダンサーの振り付け練習が純粋にポジティブな意味合いを持つようになったのです。これは素晴らしいことですよー!
正直なところ、今の征服ライブ実行委員がリシュさんやテンちゃんを支える役目を終えても何らかの形でファン感謝祭の演目にメドレーライブは残してもらいたいものですねぇ。……やっぱりウマ娘ちゃんには笑顔が似合いますから」
私と言うスターウマ娘のバックダンサー。それは特に、今年入ってきた無邪気な新入生たちには魅力的なポジションに思えたらしい。
まだまだライブの振り付けも覚えたてで技術的に未熟な子ばかりなので合格したのはほんの一握りだが、応募数自体は多かったそうだ。
……私のメドレーライブのバックダンサーが試験で振り落とさねばならないほどの数、応募が殺到したという事実に関しては深く考えないでおくとしよう。
本能スピード 熱く身体を滾ってく
『Make debut!』から始まり、スプリンターズSの『本能スピード』までの一連の流れは聖蹄祭のときと同様。
手抜き、ではない。同じということが重要なのだ。曲数が増えたことでどうしても編曲が多少変化することは避けられないけれど。
《誰しもおぼえは無いだろうか? こんな経験はないだろうか? 幼いころ、どうしても欲しいおもちゃがあって。赤がよかったのに、パパとママが買ってきてくれたのは色違いの緑だった。嬉しくないわけじゃないけどそれ以上に『あれと同じものが欲しかったの!』というやるせなさよ。
広告で一目ぼれしたあの赤いおもちゃが欲しかったのに。緑ではダメなんだ。好きって感情はえてしてそう言うものだよね》
ここにいるファン全員が聖蹄祭のリピーターというわけではない。
来ることのできなかったファンたちが求めているのが世代征服ライブのそれであるのなら、極力そのままを提供するのが筋というもの。
《そしてさらに言うのであれば。赤いおもちゃが手に入った上に追加で緑のおもちゃも手に入るのならお子様は大満足というわけだ》
スプリンターズSまでの十連勝は前回の踏襲であるべき。
変化をつけるのならプラスアルファ、前回はまだ未達成だった十一連勝目の菊花賞からだ。
果てしなく続く winning the sou
l
メドレー三回目の『winning the soul』。
クラシックロードの終着点、最後の『winning the soul』だ。
両脇にマヤノとムシャムシャさんを従え、クラシック三冠を達成した者の権利と義務を一身に背負い声を張り上げる。
今思い返してもあれはひどい目に遭った。
雨天の中、マヤノに背中をせっつかれながら3000mを逃げ切るなんて正気の沙汰じゃない。だって京都レース場芝3000mって一周以上する計算になるからただでさえきつい淀の坂を二度も越えないといけないんだぞ。
マヤノ相手じゃなきゃマイルCSも狙えたかな? 今年はジャパンカップ優先するつもりで連闘は考えていないから、たぶんクラシック級のあそこが最初で最後のチャンスだった。
でも仮に出走していれば、タイキ先輩とウオッカとデジタルの三人のあの競り合いに参加することになったわけで。
流石に負けるとは言わんが、その消耗を引きずったまま有馬記念を走ることになっていたとすれば……。
そう考えると結局のところ、あの結果が私たちにとっての最適解だったのだろう。
昨年の聖蹄祭のバックダンサーは私のファンクラブ主体ということもあり、何だかんだ見知った顔が多かったのだが。
今回は実行委員会が間に入った影響か、知らない顔がわりとあった。まあ挨拶はちゃんとしたしリハーサルも今日までに何度かやったわけだから、今ではちゃんと顔と名前が一致するけども。
『Make debut!』や『ENDLESS DREAM!!』、『winning the soul』といった曲は明確に若々しい雰囲気のウマ娘が多かった気がする。
本格化前後のウマ娘はその外見から年齢を推察するのが困難だけど、その身に纏う空気はどうしても人生経験の差異がにじみ出るものだから。
《まあ、その空気でさえ年齢詐欺勢がわりといるのが中央なんですけどね。覇王とか皇帝とかパル姐とかゲキマブとか違法人妻とか》
最後のはただの悪口では?
まあ、中には老兵じみた雰囲気のウマ娘が『嗚呼、私のクラシックロードがようやく終わる。これで心置きなく……』みたいな空気を垂れ流している区画もあるけど。
そういう未練の晴らし方もあるよね。怪我一つせず望むレースに出走し、その全てに勝ち続けてきた私にはそれしか言えない。それ以上を言うつもりもない。
ヒロイックなエレクトーンの旋律。まるで空から降り注ぐ流星群のような、あるいは舞い降りる白い羽のようなそれと共にまたもやメンバーが入れ替わる。
いよいよクラシック級ラストの一曲だ。
するりと三着の立ち位置に収まったマヤノに代わり、二着へ入るのはこれまで舞台に上がってこなかった新顔。
ダイワスカーレットのその姿に、観客席のあちこちから絶叫じみた歓声が上がった。
そう、これは昨年の有馬記念では成立しなかったもの。前例の無いあえて欠けた状態で紡がれた幻のコーラスが、いまここで十全の状態で織り成される。
幾度も天を指さすような特徴的な振り付け。高まっていくボルテージは臨界を突破し、きらきらとステージ上に降り積もったものに火が点き爆発的に燃え上がるような激しい旋律へと移り変わっていく。
本番のウイニングライブの演出は様々で、花火だったり紙吹雪だったりレーザーだったりとそりゃもう派手なものだが。
この『NEXT FRONTIER』のステージから噴き出す一連の炎はその中でも印象的な演出だろう。
選ばれし者しか出走できないGⅠ、その中でもこの曲は春秋の天皇賞と有馬記念の三レースでのみ使われる特別なものだ。
それにふさわしい、実に王道で燃え上がるような音色が会場を埋め尽くしていく。
あ、情緒が上限を突破して何人か
踊れるくらいには回復したんだよね、スカーレット。レースはまだまだ当分先になるだろうけど。ちゃんと彼女の担当トレーナーにも確認を取ってミニライブなら大丈夫だと保証をもらっている。
その上で安全マージンはたっぷりと取った。こんなところで彼女が意地を張って体調が悪化するなんて誰にとっても不幸でしかないから。
もともと『NEXT FRONTIER』の振り付けに激しいステップの類は存在しないが、念のためスカーレットのパートは脚に負担の掛からない振り付けにアレンジしてもらう徹底ぶりである。
ステージ上のこの期に及んでもの言いたげな視線を鼻で笑ってやる。
話を持ち掛けたときから『何よ、病人扱いするつもり?』と本人は不満そうだったが『脚がはじけ飛んでから三か月ちょいしか経ってないんだから十分怪我人だよ』と正論クロスカウンターを合わせてやったのだ。
反論は無かったのでいまだに万全からは程遠い自覚はあるのだろう。ちゃんと養生して元気になってほしいものである。
夢のようなレースだった。
……意識が朦朧とする的な意味でも。
酸素も何もかも不足して白く濁る激戦の中で、紅だけが鮮やかに私の中に刻み込まれた。
《結果的にはフィジカルの性能差で押し切って勝ったけど、レース前もレース中も完全にあちら側に読み負けしているんだよなぁ。ちゃんとリベンジの機会が欲しいものだよ》
脳内に響くテンちゃんのぼやき。
うちの葵トレーナーはゴルシTのところと違って奇をてらった策なんて用いないからね。幅広い分野を万全に伸ばすのが桐生院式。目指すは器用貧乏を超越した器用万能だ。
そういう奇策を用いた裏のかき合いはどっちかというとテンちゃんの領分。少なくとも本人はそう認識しているっぽい。だからこそ敗北感もひとしおなのだろう。
そんな敗北感を抱いているのに、事実としてはこちらが勝っているという矛盾。はやく清算される日が来るといいね。
私たちのすべてを出し切り、私のルーツを知った戦い。
私とテンちゃんとスカーレット。あのレースを境に決定的に何かが変わったのに、いざ何が変わったのかと具体的に問われれば言葉に詰まる。
でも、きっと悪い変化ではないのだろう。
もう一度やりたいかと問われたらやはり言葉に詰まるが。
じゃああの戦いを無かったことにしたいかと聞かれたら、否定はたやすい。
所詮はミニライブのメドレーの一端。
あっという間にスカーレットの出番は終わり、大きくメンバーが入れ替わる。具体的には私以外の全員がステージ脇から退場した。
燃え上がる炎を覆いつくすピアノの旋律。それは優しさと激しさを併せ持った大雨のようで。
さーて、お色直しだ。
この間奏パートでやるべきことがある。
すなわち、ここでクラシック級からシニア級に移り変わるということなのだから
シニア級一曲目『UNLIMITED IMPACT』。フェブラリーステークスに勝利したことでセンターをゲットした、ダートGⅠのウイニングライブ曲。
そこに入る直前、私の周囲で羽が舞い散り炎が噴き出す。ひときわ派手な演出に観客の意識が逸れた瞬間、ここだ! 我らが栗東寮の寮長、フジキセキ先輩直伝の早着替え!
先ほどの大歓声が感動と興奮からなる絶叫だとするなら、いま上がった大歓声は賛辞と祝福が主成分だろうか。
きっと観客席からは私の姿が羽と炎で包まれたかと思えば、次の瞬間には艶やかなドレスに変身したように見えたことだろう。
《変身バンク終了! ここから先は第二形態だ、さあ集え眷属どもー!》
テンちゃんの茶々が聞こえたわけではないだろうが舞台袖からデジタルとワンダーアキュート先輩がバックダンサーたちを引き連れて登場し、私の両脇に位置取った。
ここからは二着目の勝負服での披露となる。ふう、ちょっぴり解放感。さっきまで一部を重ね着していたので実は地味に動きづらかったのだ。もしファン大感謝祭があるのが夏だったら加えて暑苦しかったことだろう。春と秋の開催だったことに感謝だな。
《あれほどの質量が違和感なく重ね着できるって、驚異的なのは勝負服の不思議性能なのかフジキセキの手品の腕前なのかどっちなんだろうな?》
さあ、どっちなんだろうね。
私からすればできるということさえわかっていればそれでいい。
バックダンサーを務めるはダートの子たち。実はその中には地方トレセンの面々が現役、元を問わず少なからず交ざっている。
征服ライブに商品としての価値が生まれ、実行委員会ができて『学生の催し物』から『URAの行事』に変わった恩恵の一つ。学園の外からも人材を呼び込めるようになったのだ。
アキナケスさんやドラグーンスピアさんといった面々がどのような契約でここに来たのか私は知らない。自分主催のイベントではあるが、運営は既に私の手から離れている。
しょせんは私もレース業界を構成する歯車の一つに過ぎないというわけだ。
少しばかり特別製で希少価値が高いから欠けたら大惨事かもしれないが、それでも代用不可能というわけではない。私が引退しても別のスターウマ娘がその穴を埋めるだけだろう。
それがどうしたという話だ。できるということさえわかっていれば、私はそれでいい。
私たちに恩恵があって、彼女たちにも恩恵があるのならそれ以上言うことは無い。存分に交流して利益を得ていってほしい。
砂糖とスパイスを適量振りかけた苦い思い出。
フェブラリーSの記憶を反芻する。
調整はバッチリだった。
私の身体はシニア級の春にようやく完成する。以前からそういう予感がしていたし、実際その予感は間違っていなかった。
新しい勝負服を得た興奮と喜びも私なりにあった。それが一般的なウマ娘と同質のものなのかは、さておいて。
十全に仕上げてレースに臨んだのだ。
《力みなくして解放のカタルシスはありえねぇ》
テンちゃんがこの口調のときはたいてい何かのネタなんだけど、元ネタはよくわからん。
まあ言わんとしていることは間違っていない。
『全力』で踏み込める愉悦に私は完全に酩酊してしまった。
これまでだって全力を出したことが無いとは言わない。だがそれは必要に迫られてのことで、薄氷の上でタップダンスしているようなスリルとストレスの方が強かった。カタルシスを舌の上で転がす余裕なんて無かったのだ。
その上でフェブラリーSの全力疾走である。“掛かる”というのはああいうことか。ダートという力強く踏み込んでもしっかり受け止めてくれるバ場だったのも一因だった気がしなくもない。
言い訳はまだまだ思いつくが結果は一つ。思い通りに動く自分の身体に酔いしれて、気づけば五バ身差で圧勝していた。
すごく楽しかった。
でも、うん、よくないよね。
負けるのは論外だが。勝てばいいというものではないのだ、私の場合は。
この一年、心あるウマ娘やトレーナーが聞けば真顔になりそうなローテで走ろうというのだから。心あるウマ娘やトレーナーとは違う、心無い無慈悲な勝利を徹底しなければならない。
《無知で無邪気で無責任なファンは素直に喜んで応援してくれるかもしれないけどねー》
具体的には一バ身差の徹底。身体に掛かる負荷を最小限に抑えること。
新しい勝負服にふさわしい華麗かつ圧倒的な勝利だったかもしれないが、個人的には反省の残る結果となってしまった。
勝っておいて反省とはずいぶんと中央のエリート様は高潔なんだな、などといま後ろで踊っているドラグーンスピアさんあたりに聞かれたら嫌味を言われるだろうか。
ほら私、勝ち方を選べる強者なので? 敗北者の心情なんて斟酌してやる余地は無いのだ。それが嫌なら勝てばいいというのは、彼女も私も共通見解だと思うから。
デジタルと視線が交差し、絡み合う。
本来ならこのタイミングで視線が合うことはないのだが、本番のウイニングライブで使用されるステージに比べここはやや狭いので立ち位置や角度が変わっているのだ。
デジタルもなー。一回芝でやり合ってみたいんだけど何故かダートでばかり出会うんだよなー。
間違いなく世代では五指に入る実力者なのに、何気にいまだGⅠ未勝利なアグネスデジタルさん。私が連勝しているGⅠの壁が本来どれだけ分厚く険しいものなのか、デジタルの戦績を見ればわかるというものだ。
ちなみにその挑戦のうち半分くらいは私が勝った結果なんだけど、罪悪感も謝る気も全くない。顔と顔を見合わせて栄光の譲り合いなんてありえない。談合はNG。だってこれレースだから。
次に会うとすれば安田記念か宝塚のどちらかかな。流石に私みたいに両方走るなんてことはしないだろうけど。
宝塚記念の方はミーク先輩がそこに合わせて調整している節があるから、もしかすると葵トレーナーの担当ウマ娘揃い踏みなんて未来もありえるのかもしれない。彼女の苦労がしのばれる。
ぱらりとほどけた視線が今度はアキュート先輩と合った。
きれいな目しているんだよな、この人。
ウマ娘の瞳は千差万別。私たちみたいなオッドアイならまだ常識寄りな方で、バクちゃん先輩なんかは花弁の文様が浮かんでいたりする。どういう理屈なんだろうね、あれ。人によってはそのときの精神状態で消えたり現れたりするらしいし。
アキュート先輩の瞳はまるで深緑の上で日光を宿してきらめく露のような色合いで、彼女の人となりが表れているように穏やかだ。
あのグラデーションがかった翠にどれだけの出会いと別れを沈めてきたのだろう。私たちとの交錯は彼女の中に何を残したのかな?
十年間。アキュート先輩はそのたぐいなき現役期間の長さを活かして、自らをトゥインクル・シリーズの語り部と定義しているそうな。先の見えない不安に苛まれたとき、彼女の経験に救いを求めるウマ娘は少なくない。
いつか彼女の口から私たちのことが語られるとき、それが一人でも多くのウマ娘を勇気づけるものであればいいな、なんてね。
別に私は自分以外がどうなったって、たぶん揺らぐことはないけど。
テンちゃんが気にかけているから。自分が心置きなく笑うために、より多くのウマ娘がよりよい未来を掴んでいた方が都合がいい。
《誰だってそうさ。リシュが特別ってわけじゃない。自分以外はどうでもいい。ただ、人間って生き物は自分の外側にもどんどん『自分』を広げていってしまうんだ。喪われたときに心が引き千切られて血を流すほどにね。
リシュは始まったばかりでまだまだこれからってだけ。焦る必要は無いよ。ダイワスカーレットが死ねば今でもきみはちゃんと泣けるから》
どれだけ激しい雨もいつかは止む。曲が間奏に入り、またもや私以外のメンバーが総入れ替えとなる。
先ほどまでのバックダンサーの衣装は黒に近い紺色をしていたが、今入ってきた子たちの衣装は眩いほどの白が基調。
泥だらけの奮闘は終わり、これより始まるは雨上がりの夜空に上がる花火。
その雨雲を切り開く第一声は私の役目だ。
一着を獲ったウマ娘の
曰く『GⅠ勝利という特別な瞬間を照らし、空に花を咲かせる楽曲』。ラストを飾るにふさわしい華やかさに満ちており、私のイメージ的には御伽噺のお姫様を中心に据えたパレードといったところだろうか。
一着のウマ娘が己の勝利を歌いあげ二着と三着のウマ娘がそれに続くような苛烈な印象のウイニングライブ曲が大半を占める中、珍しく四着までのウマ娘がくるくると入れ替わるように歌い踊るのが特徴だ。
二着と三着はわりと奇跡的に当日と同じ配役になったのだが、いくら意識の高い中央のウマ娘とはいえ、誰もが敗北の傷が癒えないうちに私の勝利を讃えるようなライブに参加する気概の持ち主であるわけもなく。
空いた四着の歌唱パートには私の独断と偏見でテイオーをねじ込ませてもらった。完成度の高い営業スマイルを浮かべてはいるが、すごく不本意なのがこの距離だとビシバシ伝わってくる。
ほら、テイオーが出走を表明している宝塚記念のウイニングライブで使用されるのもこの『Special Record』なんだよね。
でも現時点で宝塚記念に焦点を置いている有力株が指折り数えるだけで掲示板が埋まってしまう勢いなのだ。ミーク先輩でしょ、ゴールドシップ先輩でしょ、たぶん〈ファースト〉ビターグラッセも出てくるしー。ウオッカは安田記念の方を優先させるだろうけどデジタルはどっちに来るかなー、なんて。
ぶっちゃけ、去年の今頃の私なら敗色濃厚なラインナップ。何より
つまりこれは私なりに先輩として『今のお前ごときじゃ一着はおろか二着や三着も無理でしょ。四着に滑り込んでライブで歌えるのなら御の字じゃない?』という後輩への激励である。
うん、なんかテイオーって揶揄いたくなるんだよね。
《んー、もしかして混ざった影響でぼくの性格の悪さがリシュに感染していたりする?》
私はわりと昔からこんな感じだよ。
たしかにテンちゃんの影響を多大に受けているのは否定しないけど。良し悪しはさておき。
《そっかー。昔からこんな感じだったかー》
なんかテンちゃんがしみじみしていた。
捉えようにとってはひどいパワハラじみた行為だけど、テイオーならこのくらいではびくともしないという信頼もある。むしろ存分に反発して奮起してくれることだろう。
流石の私でもドトウみたいな性格の子にこんなことはしないよ。いや、ドトウはドトウで唯々諾々とこちらの所業を受け入れて逆に傷つくことはない、か?
大阪杯はテンちゃんが言うところのネームドがいないレースだった。
おそらくはフェブラリーSでお披露目した完全体テンプレオリシュを見て『計画的に勝算を用意できる陣営はその勝算の精度をより高めるために直近の大阪杯を回避したのだろう』というのがテンちゃんの見立てで、葵トレーナーも賛同していた。
つまり残ったのは『今の勢いのままぶつかるのが一番勝率の高い陣営』と、『そもそも勝算が用意できないまま舞台に上がってしまった陣営』たち。
そして結果的には一バ身の完勝。心身のコントロールをGⅠの大舞台で取り戻すことができた貴重なレースだったと思っている。
ただ、無責任に『楽勝!』などと報道に煽られるとピキリと来るものがあるけどね。
アングータさんやムシャムシャさんともこれで結構長い付き合いだよな。
二着と三着のポジションでプロの笑みを浮かべ綺麗なステップを踏む彼女たちを見ながらそう思う。
私と出会って壊れてしまうウマ娘は多い。だから同じレースを走った子たちの情報は一通り頭の中に留め置くことにしている。彼女たちの人生の一部を屠った者として、それくらいはしてあげても罰は当たらないだろうから。
ただクラシックロードで衝突しながら折れずに食らいついてくる子っていうのは貴重で、だから彼女たちのことはその中でもひときわ強く印象に残っている。
同じレースを走ったというだけならそれなりの数がいるけど。
目がね、死んでないのだ。光がある。絶対に勝ってやるとスターティングゲートを出る瞬間から、ゴール板を駆け抜けるその一瞬まで瞳に炎を灯し続ける。
中央のウマ娘は心身ともに鍛え上げられた者が多いけど。それでもやっぱり理想の姿を維持できる者が常に多数派を占めるわけじゃない。
誰だって痛いのは嫌いだ。これから痛い目に遭いますとなれば身体に震えが走るのも当たり前のことだろう。萎縮してしまって、理想を追って現実にぶつかったときに極力ダメージが減るように構えを変えるのも学習の一環だろう。
我が腐れ縁のように幾度となく躊躇なくぶつかっては砕ける生き方ができる者ばかりではない。それは悪いことではないというか、むしろ生物学的見地から言えば痛い目を見ても学習しない方が問題だ。頭のネジが外れている。
《なんて言い草だ。本人に聞かれたら『痛くないわけじゃないんだからね!』って怒られそうだな》
うん、私もちょっと思った。脳内映像とボイス付きで再生された。
テイオーと私、アングータさんにムシャムシャさんと曲に合わせて一列に並んだとき、二人の才覚は明確に劣るものだけれど。
きっと誰よりも彼女たちがそのことを理解している。その上でシニア級でも私たちと戦うことを選んでくれた。その決意に私は感謝している。
どれだけ私たちが強くても、レースはひとりではできないから。
ねじを巻いたオルゴールがやがて、ゆっくりとその動きを穏やかにしていくように。
弦楽器の調べがオーケストラを引き連れて参上し、その音色に合わせて私たちの動きもスローテンポに入る。
動きが止まり、幕が下りる。今宵の物語はここまで。
まー現在の時刻は青空が眩しい昼真っただ中なんだが。
きっと観客の目にはポーズを決めた私たちの背後に、夜空とそこに広がる色とりどりの花火さえ見えたのではないだろうか。息をのみ静まりかえっていた彼らが呼吸の仕方を思い出した時、その吐息は瞬く間に喝采へと変わった。
かくして、春のファン大感謝祭の私の役目は無事に終了したのであった。