「ウマソウルってうるさいよね」「えっ」「えっ」 作:バクシサクランオー
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U U U
「おかえりなさいませっ!」
「ふぅ、ただいま」
「おつかれさま! はい、リシュちゃんのぶん」
「ありがとぉ」
嘆息まじりにデジタルの出迎えに応じ、マヤノがねぎらいと共に差し出してくれたポテトを受け取る。
やや冷めたポテトの生温くのっぺりした油分と大量生産品のチープな塩分が気疲れした身体に沁みていくようだ。揚げ物は熱々が正義だとは言うが、これはこれで悪くない。
事前にドリンクバーから取り置きしておいたコーラを流し込んで、うん。少し元気になった。
「あー、つかれた……」
元気になってようやく言葉にしてこぼす気力も湧いてきた。
春のファン大感謝祭は無事に終わり、現在『征服ライブ』の打ち上げで最寄りのカラオケ店に来ている。
ずっとセンターで歌いっぱなしだった私からすればさらに歌うのかと思わなくもないけど。バックダンサーは一曲も歌わなかったわけだし、フラストレーションが溜まっている子もいるのかもしれない。
あるいは今日一日声を張り上げっぱなしだったトレセン学園応援団の子たちも別のカラオケ店で打ち上げをしているらしいから、ただ単に中央の生徒にとって手ごろな打ち上げ会場がカラオケボックスというだけのことか。
「しおれてんなー」
「ふん、情けないったら」
ウオッカが苦笑しスカーレットが鼻を鳴らす。
この部屋にいるのはデジタル、マヤノ、ウオッカ、スカーレットという私を入れて五人のウマ娘。同期の中でもひときわ仲のいい、入室するなり脱力しても許されるくらいには気心の知れた相手ばかりだ。
ライブに参加した人数が人数ゆえ大部屋だろうと全員一緒にというのは不可能なので、数グループに分かれてそれぞれの部屋に入ることになったわけだが。
その部屋を一つ一つ訪ね一人一人に感謝を告げていたのが先ほどまでの私だった。
《よしよし、よく頑張ったね》
言わずもがな、テンちゃんの指示である。
そうでなければこんな面倒なこと誰がするものか。
《他人に協力を仰いだ時、その助力に感謝することを忘れちゃいけないよ。善意も好意も無償ではあるが無尽ではないんだから》
いつだったかテンちゃんが言っていた気がする。
もはや私が一声かければそれだけで多くの人が集まるほど私の影響力は強いと。こちらが対価を用意するどころか、金を払うから参加させてくれと向こうが懇願してくるほどに。
なるほど、たしかにそうだろう。それがトゥインクル・シリーズを代表するスターウマ娘というものだ。
だが人間とは不快には敏感な癖に快楽には慣れて鈍感になっていくイキモノ。ただ声をかけただけで嬉々として他人が動く環境に慣れてしまっては、きっと未来の私はとても困ったことになる。
《別にレースに骨をうずめる覚悟ならそれでもいいと思うけどね。ちやほやされるだけの実績は既に出しているわけだし。でも将来的にレースとは別の世界に進みたいと思っているのなら、一般人の感覚を維持しておくに越したことはないよね》
人付き合いが得意なテンちゃんに丸投げするのではなく、わざわざ私の方で対応したのもそういうことだった。
こうして挨拶回りに奔走してうんざりする経験を自分の中に蓄積しておく。誰かに助けを求めるというのは決して楽なことではないのだと忘れないために。
困ったときは誰かに助けを求めろという教えとは相反するような気もするが。正しい意味で『それはそれ、これはこれ』というやつなのだろう。
《貸しっぱなしや借りっぱなしが健全でないというだけの話さ。スマイルであろうと相手が対価として納得するのなら元手ゼロ円でこき使ってもセーフセーフ。『これは貸しだ』と相手が思うことが問題なんだ》
正直、そのあたりの機微はまだまだ私には難しいものではあるが。
大人はみんなこんなことやっているのかな。いつかは私もできるようにならないといけないのだろうか。ああ、面倒だ……。
私ができずともテンちゃんが既にできているのだから、自分としては既に習得済みのスキルではあるけれど。それが人間の健やかな精神的成長過程の一環と見なされているのかと考えると、それだけで身体に纏わりつく気疲れがひどくなるようだ。
「欠員が出た競技に飛び入り参加されたのですから疲れるのも無理はありませんよ。本来なら免除されていたものなんですから。あ、こちら唐揚げとナゲットです。どうぞお納めください」
「うむ、くるしゅうない」
デジタルがうやうやしく献上してきたそれらを摘まんで口の中に放り入れる。うん、肉はいいな。動物性たんぱく質ってダイレクトに栄養補給している感じがする。
欠員が出た競技に穴埋めで参加したのは実はテンちゃんの提案ではなく私の意思だ。数か月前から専門的な訓練が必要になるような特殊競技ではなく、ただの一般的な玉入れだったこともあり許可はあっさり下りた。ドン引きはされたが。
《実行委員の『えぇ、あのテンプレオリシュが代理……?』って顔が笑えたよなぁ。ルール的には何も問題が無かったし代理を自分たちが募集した都合上断ることもできずそのまま参加できちゃったけどさ。案の定無双ゲー状態だったし》
これはファン感謝祭。空き枠があるとどうしてもそれだけで少し盛り下がっちゃうからね。
中央の生徒は二千人。それだけ人数がいるのだから当日に何らかのトラブルで競技に参加できない者が出るのはままあることだし、そのときに手が空いている者が代理で参加するのもよくある話なのだ。
だからといって私がやる必要は無かったはずで。
どうして自分でもそんな選択をしたのかよくわかっていない。
……順調にいけば私がトゥインクル・シリーズの現役として参加できる春のファン大感謝祭はこれが最後で。なのに春のファン大感謝祭のメインである体育祭的演目に参加できないまま一日を終わらせるのが名残惜しかった、のかな?
「あー、あれかー。玉入れって四足歩行でする競技だとは知らなかったなー。必勝法も何もあったもんじゃねえ」
からかい交じりにウオッカが言う。どうやら彼女は現場の目撃者らしい。
「効率を突き詰めた結果だよ。直立二足歩行だとどうしたって『玉のもとまで移動する』『しゃがんで玉を掴む』『籠を狙って玉を投じる』の三工程が必要だもの。走行速度は多少落ちても『移動しながら玉を掴んで投じる』の一工程にした方が結果的には早い。ルールに『四足走行をしてはいけない』の一文が無いことはちゃんと確認したしね」
「それができるのはお前だけだっての」
玉入れには必勝法というか、定石がある。
玉入れ用の小さくて軽い玉は小学校の低学年でも簡単に放り投げることができるが、それが逆にコントロールを難しくしている。
だからある程度の数を集めてぎゅっと押し固め、バスケットボールのシュートのようにまとめて投じた方が入りやすいのだ。常識的にはそうである。
そんな定石や常識知ったことかとばかりに四足でグラウンドを駆け抜け、『走る』『掴む』『投げる』を一工程にまとめ得点率百パーセントをキープしたのが私だった。もちろんこちらのチームが勝利した。
「んー、でもでも、来年にはルールに追記されちゃうかもだね。リシュちゃんのマネする子たちはぜったいにいるだろうし」
「ああ、見に来ていた全国のちびっこどもが真似したら各地の運動会で体操服が必要以上に泥んこになっちまうぜ。かーちゃん大激怒だ」
「あー……それはちょっと考えていなかったな」
マヤノの指摘とファッション不良ウオッカの家庭じみた嘆きに少しばかり考えが足りていなかったことを遅まきながら自覚する。
そうか、ファン感謝祭なんだからちびっこたちも見に来ているし、あの年齢の子たちって普通とは違う派手な立ち回りを見たらそれが自分に適しているかはさておいて形だけは真似しようとするわな。
怪我人が出るようなアクロバティックな動きをしていなくて本当によかった。全国のお母さま方には今のうちに心の中で謝罪しておくとしよう。
「それで、何か歌うの? 歌うんならさっさと入れなさいよ」
「まあちょっと待ってよ。それより――」
せっかち星人スカーレットさんが私を急かしてくるが、手で制してから視線をマヤノへと定める。
「おまたせマヤノ。話したいことがあるなら言ってよ」
今日この時、このカラオケボックスの一室にこの五人が集ったのは偶然ではない。もちろん周囲が疲れ気味の私を気遣って親しい相手で固めてくれたというのもあるが。
何部屋も借りるような人数の打ち上げの中でここが五人だけになったのは、間違いなくマヤノがさりげなく誘導した結果だ。そうでなければテイオーやバクちゃん先輩、タイキ先輩あたりも同室になっていたことだろう。
「えへへ。リシュちゃんってちょんと触れただけでもキンッって響いてくれるから好きー」
マヤノは笑みを浮かべると可愛らしいポシェットから何やらゴソゴソと書類を取り出し、全員に配った。
遠足のしおりを彷彿させるような手作り感あふれる小さな冊子だ。表紙にはマヤノの手描きらしいまるっこいイラストもある。これはデフォルメされた私たち五人だろうか。
タイトルは――『リシュちゃん包囲撃墜だいさくせん!』?
「それでは! だいいっかい四天王会議をはじめまーす!!」
わーぱちぱちと拍手したデジタルとノリでそれに合わせる私。
資料を受け取りながらも困惑した様子のスカーレットとウオッカ。
この差は性格の違いか、はたまたアオハル杯の同じチームで過ごした年月に起因するものか。
「えっと、四天王ってなんだ? いや、言葉そのものは知っているんだが……」
「はい、説明いたしましょう!」
ウオッカの疑問に答えたのは案の定マヤノではなくアグネスデジタル。
「“四天王”とはあたしたちの世代の『GⅠに出走経験があり、なおかつテンプレオリシュとお互い以外には先着を許したことのない四人のウマ娘』の総称です。この世代の頂点が“銀の魔王”であることになぞらえてこう呼ばれ始めました。
『クラシック三冠を成し遂げた世代はその三冠ウマ娘が強いのではなくそれ以外のウマ娘が弱いのではないか』などと口さがない者は宣いますが……あたしたちの世代は幸運にもアオハル杯が並行して開催されており、非公式戦ながらその実力が世代内に留まるものでないことは前々から示唆されておりました。またクラシック級の下半期では当時のシニア級の中でも突出した力を有するウマ娘たちと矛を交えなおその戦績が崩れることはなく、それらの結果をもって今年度から主にネット上で広まってきた次第であります!」
ひと息にまくしたてた。平常運転のようで何より。
薄々そんな予感はしていたがやはり自分たちのことを指す呼称であったことに複雑そうな顔をするウオッカと何とも言い難い表情をするスカーレット。
説明しているうちに興奮が高まったデジタルはそんな二人に気づいた様子も無く言葉を続ける。
「不肖このデジたんも四天王の末席を汚させていただいております。四天王の中では唯一GⅠ未勝利なこともあり『四天王最弱』との呼び名も高く――」
芝もダートも遜色なく走りこなし、ある意味で“銀の魔王”に最も近しい存在である“無冠の勇者”アグネスデジタル。
クラシック路線では“銀の魔王”に幾度となくGⅠ勝利を阻止されたものの、逃げから追い込みまであらゆる脚質でレースを制する天賦の才は疑いようがない“変幻自在”マヤノトップガン。
ティアラ路線でついぞライバルに先着できなかったが、マイルCSでは“最強マイラー”タイキシャトルを真正面からねじ伏せその実力を証明した“新世代のマイル王”ウオッカ。
そして無敗のトリプルティアラに女王の冠を添え、有馬記念では“銀の魔王”にあと一歩のところまで迫った、四天王最強と評価する者も多い“紅の女王”ダイワスカーレット。
「ふー、いつの間にか魔王軍に就任していたとは知らなかったぜ」
つらつらと並べ立てられたデジタルの説明を聞き終えたウオッカがやれやれと肩を竦めながらそうこぼす。
表面上の態度以上に彼女の内に渦巻く感情は複雑そうだ。二つ名がつけられるのは彼女のような感性の持ち主にとっては名誉なことなのかもしれないが、それが
私の腐れ縁ほど極端ではなくとも、一番じゃないとダメだから誰も彼もがあれだけ汗水たらして走り続けている。トレセン学園とはそういう性分の持ち主の集まりなのだから。
《四天王というワードに浪漫を感じつつも、最弱と最強のポジションを取られたことに思うところがあるって感じかな? 四天王最弱はたいてい主人公キャラと最初に遭遇して『四天王』の格の違いをアピールする役割があるし、斃れた後で実はそれでさえも最弱でしかなかったという絶望感を与える美味しいポジ。最近は最弱と蔑まれつつも実は魔王すらも凌駕する最強だったという展開も珍しくなくなってきたことだし。
四天王最強も主人公キャラとの激突パートはストーリー上長々と続いてきた四天王編の総決算であり、クライマックスたる魔王討伐に至るフラグをここで立てることも多い、最弱と並んで美味しい立場だ。
一方で二番目と三番目は数合わせというか、尺の都合によっては雑に処理されることも少なくない。まあ『強大な敵』としての役割が強く求められる最強や最弱に比べ縛りがゆるいから、立ち回り次第では主人公キャラと理解し合ったり場合によっては寝返ったりもできる美味しい役回りになることもあるけど》
うん、そのあたりの機微は私にはちょっと難しいかな!
「ちょっと、これ……!」
気の早い彼女らしく一足先に渡された冊子をパラパラとめくっていたスカーレットの顔色が変わる。
私も彼女に続いてざっくり内容を流し読みしてみた。ふむふむ、室内に大小さまざまな声が漏れるのも納得の内容だ。
数学が得意なマヤノらしくきれいにまとまった
そこにはマヤノがこれまで丹念に蓄積してきたのであろう私とテンちゃんの各種データとその攻略アイディアが並んでいた。いくら親しき仲とはいえ無料で配布するには過ぎたものだ。つまり何らかの目的があるのが窺える。
「うんおっけー! いまから説明するよ。だから、きいてくれる?」
全員の視線が自分に集まっていることを確認してから、マヤノはにこりと笑うと口を開いた。
いよいよ四天王会議の始まりか。ところで私がここにいていいんだろうか? いろんな意味でさ。
いまさら尋ねることもできないけど。完全にタイミングを逃した感がある。
「それでは二ページ目をごらんくださーい。リシュちゃん(ばーじょん3.01)の解説になりまーす」
けっこう小まめにアップデートしているんだな、私。
「『シニア級に入ってからの覚醒!』って最近よく言われるけど、マヤの見立てはちょっと違うんだよね。右のグラフの推移を見てくれたらわかるように、実は耐久以外のステータスはクラシック級の終盤とそこまで変わってないんだよ。身体が十分に成長した影響でトップスピードを維持できる時間が大幅に増えたのと、トップスピード自体もおよそ一割増になったけど、大きな変化はそれくらい?」
「それは世間一般的に大惨事って言うんじゃねーの?」
ウオッカの常識的なツッコミが入る。私もそう思う。
でもマヤノの意見は異なるようだ。
「リシュちゃんの一番すごいところはそこじゃないから。それに肉体面での安定性は増したけど……スプリンターズS以降その傾向が出ていた精神面での揺らぎやすさがさらに露骨になっちゃってる。特にウマ娘としての本能が高まっていて、競り合いに持ち込めばすぐ掛かるようになっているから。リシュちゃん単体ならやりようはいくらでも……は言い過ぎだけど、それなりにはあるんだよね」
「リシュ単体なら、ね」
スカーレットの呟きがカラオケボックスの扉越しに沁み込んでくるどこかの誰かの歌声と混ざって弾ける。
ただしテンプレオリシュは私とテンちゃんのふたりでひとつのウマ娘だからその限りではない、と。
言葉に出すまでも無く、それはこの場の共通見解であった。ただ共通見解だからといって言葉にしなくていいのなら世の会議と呼ばれるものはその所要時間を半分以下にしているだろうし、わかりきったことを口に出して確認することでその先に繋がるものもある。
「つまりマヤノはリシュの強みがそこだと思っているってわけ?」
「うん。リシュちゃんはひとつの身体の中にふたりいる。それがテンプレオリシュってウマ娘の一番すごくて厄介なところ」
私が掛かってもテンちゃんのフォローであっという間に立て直してしまうからな。他のウマ娘では絶対にありえない特徴。
皐月賞でまさにそれにしてやられたマヤノらしい分析だ。
「テンちゃんのスペックは次のページね。じつはテンちゃんのステータスって単純なカタログスペックでいえばリシュちゃんよりひとまわり上なんだよ」
「あん、そうなのか? つーかリシュと……テンちゃん? の間でスペックの差ってあるのか? 性格の差から得意不得意が分かれるっつーならわかるんだが、肉体は共通だろ?」
ウオッカが怪訝そうに首をかしげる。何だかんだ彼女はテンちゃんと接点が薄いからテンプレオリシュというウマ娘を二つの名前で呼び分けることにいまだ違和感が消しきれないようだ。
そういう彼女の常識的な面を好ましく感じる。私の周囲にはどうにもそういう手順をすっ飛ばして内側に切り込んでくるメンツが多いからな。
ウオッカの困惑をよそにマヤノの説明は迷いなく、よどみない。
「あるんだよーそれが。といっても身体の動かし方はリシュちゃんの方が上手だから今となっては本当にカタログスペック上の差異でしかないけどね。アドバンテージとして機能していたのは夏合宿のまえくらいかなー」
《よくご存じでいらっしゃる。チート能力と完全に融合しているリシュと、微妙にチートの残骸が残っているぼくの差だね。リシュボティにプラスしてチート残骸付与ソウルを使えるぼくの方が単純な出力は高いんだけどステがこれだけ伸びちゃったら誤差の範疇だし、一方でぼくのレースセンスじゃ雑魚とまでは言わんが……ぶっちゃけレジェンド級とやり合うには荷が過ぎるからなぁ》
テンちゃんが手放しで褒めていた。まあそのテンちゃんの言葉は私にしか聞こえていないわけだけども。
たしかにマヤノの説明は理路整然としており、昔は頻出していた感覚まかせのオノマトペも少なくなっている。手渡された資料の完成度も高く、彼女が着実に成長しているのだということを改めて実感した。
「でもテンちゃんはふだんリシュちゃんの裏にいて、リシュちゃんが崩れたときフォローに入るかたちで表に出てくるってなると話は変わる。だって苦労して崩したらもっと強いのが奥から出てくるんだもん。ひどいカウンターだよ。双方の入れ替わりにコンマ一秒のラグも無いしー」
菊花賞ではまさに私たちのその生態を突き崩せなかったことが敗因ということもあり、言葉に実感がこもっている。
「それだけじゃないよ。マヤねー、トレーナーちゃんがマヤのためにがんばってくれてるところを見るとね。マヤもトレーナーちゃんのためにがんばるぞーってなって、いつもよりいっぱい力が出てるんだー」
あれ、話変わった?
いやでも今のマヤノがこの流れで話を逸らすかな。
そう思ったのは私だけではないようで、周囲のやや訝し気な視線を受けながらマヤノは話を続ける。
「これはきっとマヤだけじゃない。トレーナーだったり、ファンのみんなだったり、仲のいい友達だったり、たいせつなライバルだったり、相手はさまざまだろうけど。人は自分のためだけには使えない力がある。大切な誰かのためじゃないと開かないパワーの詰まった箱がある。
でもリシュちゃんたちは違う。もうひとりの自分のためにその箱が開く。誰かのためにしか使えないはずの力を自分のためだけに使える。それにね、マヤたちは相手と離れたりケンカしちゃったりしてその力が使えなくなるときもあるけど。リシュちゃんたちはずっと一緒だからずっとその箱は開きっぱなしなの」
あー、なるほどね。
それはこうして聞いてみないとわからない感覚だったかも。
私にとって
そうか、普通の人間は自分のために自分の力をすべて引き出すことができないのか。どんな縛りプレイなんだか。
「テンちゃんもリシュちゃんもひとりひとりなら対処の仕方がある。攻略法がある。でもテンプレオリシュはふたりでひとつのウマ娘。だから“さいきょう”なの」
「……ぐ、あと少しだけもってくださいあたしの心臓……せめて、せめてこの会議が終わるまでは……!」
胸をおさえ息絶え絶えに悶えるデジタル。尊みの摂取が致死量を超過したらしいが、既に死した肉体を精神の力のみで動かす戦士のような呟きと共になんとか延命していた。
「それで? そのお強いウマ娘にどう勝つつもりなのよ?」
せっかちなスカーレットは既に配布冊子のこの短くも濃厚な全文を読み終えているだろうに、あえてそう口にする。
アタシたちをわざわざ集めてプレゼンテーションをしている目的を、改めてアンタの口から言えと暗に促す。
そこでもったいぶるマヤノでもなかった。むしろ待ってましたとばかりにいよいよ核心に迫る。
「さっきウオッカちゃんが言っていたことだよ」
「はっ? 俺?」
戸惑うウオッカ。彼女だって配られたときに目を通し終えてはいるだろうに、素直というか何というか。
人が好いっていうのはこういうことなのかもね。私たちの性格がアレだとはあえて思いたくない。
「『肉体は共通』。それがリシュちゃんたちの特性にして限界。魂がふたつあってもウマ娘である以上頭は一つで手も足も二本ずつしかない。だからね――」
この一年かけて、みんなでリシュちゃんたちの脚を削り切るよ。
その言葉は雑音に事欠かないカラオケボックスという環境下でやけに冴え冴えと響き渡った。