「ウマソウルってうるさいよね」「えっ」「えっ」 作:バクシサクランオー
褒め讃えろください
筆の遅さは変わらないから『章の長さ≒書き溜め期間』みたいなものなんよな
今回は4話ほどの更新予定です
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感想、誤字脱字報告もありがとうございます。
はちみつとマーガリン
U U U
ホットケーキが食べたくなった。
休日の朝。起きて、特にこれといった理由もなく。
どこか適当な店に行ってもいいが、何となく量を食べたくなったので自分で作ることにした。
まずは学園の厨房を借りる。
バレンタインが近くなると競争率が激しくなるが、今は特にイベントがある時期でもない。当日の申請でもあっさり借りることができた。
《カレンダーの上では休日だろうと自主練する子は必ずいるものな。コンビニ顔負けの年中無休でトレセン学園は運用されておりますことよ。まー、だからといってこういうレースとは直接関係ない設備も問題なく利用できるのは本当にありがたい話だ。関係者の方々への感謝は忘れないようにしないとね》
まったくだね。
場所と調理器具が確保できたので次は材料だ。
品質にこだわりがあるわけでもなし。近くのスーパーに出向く。
卵に牛乳。料理好きなウマ娘なら粉から手掛けるのかもしれないが、私には市販のホットケーキミックスで十分。バターとマーガリン、はちみつにケーキシロップ、ついでに生クリームとフルーツの缶詰も用意しておくか。
小遣いには余裕があるのでウマ娘用の大型エコバッグが二つぱんぱんになるまで買い込んだ。どうせ食べきれる。
両手にぶら下げて厨房に移動。
どうせなら焼きたてを食べたい。
少しお行儀が悪いかもしれないが、食べては焼いていく形式でいくことにする。調理器具だけではなく食器もこの場に用意しておいた。
ボウルに卵と牛乳を投入し、よく混ぜてから追加でミックスを投入して、さっくり混ぜる。
熱したフライパンに生地を投入し、ぷつぷつと小さな泡が出てきたらタイミングを見計らっていっきにひっくり返す。
きれいな焼き色がついた。うん、むかし覚えた感覚というのは忘れないものだ。
「あ、リシュこんなところにいたー! いいにおーい! ねーねー、なに作ってるのー? ホットケーキ?」
うげ。わりと本能に忠実なウマ娘だから匂いに惹かれてくる子がいるかもと、予想していなかったわけじゃないけど。
テイオーが釣れたかぁ。
「おいしそー! ボクも朝食まだなんだよねー、さっきまで走ってたからさー。ねー、ご相伴に与ってもいーい?」
「……いいよ」
追い返すのも面倒だし、それに誰か来るかもしれないというのはさっきも言った通り想定の範疇だ。
ウマ娘が一人でも食べきれる量というだけで、十分に材料の余裕はある。嘆息を隠すつもりはなかったが頷いて了承の意を伝えた。
ただし、と口を開きかけ。
「ありがと! じゃあボクはお茶入れるねー。とってくるから待っててー!」
口をつぐむ。テイオーは軽快な足取りで一度その場から立ち去った。
おそらく自室から茶葉なり茶器なりを取ってくるつもりなのだろう。
座って待っているやつの専属料理人になるつもりはない。お前も何か仕事をしろ――などとこちらから振る必要はなかったようだ。
「……ああ見えてテイオーも、いつまでもクソガキのままじゃないってことか」
もごもごとおさまりの悪い口元をごまかすようにつぶやいた。
考えてみれば彼女も中等部二年生。そしていまや『最初の三年間』の中間にあたるクラシック級を走るウマ娘だ。
テイオーの目はシンボリルドルフの背中に釘付けになっていたとしても、彼女自身の背中を追うウマ娘だってもう一人や二人じゃない。
立場と環境が人を育てる。私の前では生意気な後輩としての顔を見せがちなトウカイテイオーではあるが、トゥインクル・シリーズを走る中で他人に気を遣わざるを得ない局面は一度や二度ではなかったはずだ。
そして私のようにテンちゃんに丸投げできるわけでもないのだから、テイオー自身が対処しなければならなかったはずで。
その成果がこうして反映されているのかと思うと、特に私が何かしたというわけでもないのに何やら感慨深いものがある。これが先輩というやつなのかね。
ティーカップを摘む。
ふわりと鼻孔をくすぐる香り。嗅ぎなれないにおい、だが不快ではない。
銘柄なんてわかりゃしない。感覚がひといちばい鋭い自信はあるが、こういうのはデータベースとなる経験がなければどうしようもない。
ただ、不思議と高級品というのはなんとなく理解できるものだ。多くの人が手を尽くした品は独特のオーラを纏う。
もしかするとこの一杯だけで私が用意したすべての材料費を凌駕するかもしれない。
《いくら嗜好品の値段がピンキリとはいえさすがにそれは無い……といいなー》
二人分の紅茶。
二つの皿の上にはそれぞれホットケーキが三枚重ね。
ナイフとフォークも準備万端だ。
「おまたせー。じゃあ食べよっか。いただきまーす!」
「ん、いただきます」
テイオーが紅茶を入れ終えるまで待った結果、最初に焼いた一枚目が少し冷めてしまったが仕方がない。
一緒に食べることを了承しておきながら先に食べ始めるとかダメだろう。こう、人として。
それに時間が無駄になったわけではない。もともとはある程度食べてから味のバリエーション用にと用意していた生クリームを作ったらちょうどいいタイミングになった。はやい段階で氷を準備しておいたのが吉と出たかたちだ。
ヒトミミならもう少し時間がかかるのかもしれないが、ウマ娘の手に持たれた泡だて器は生半可な機械化の効率を凌駕する。
まあ、あくまである程度食べ終えてから使うものだ。やわらかなツノが立つクリームの入ったボウルをさておいて、皿の上に三枚重ねられたホットケーキに取り掛かる。
店売りのパンケーキのようにフルーツとクリームで飾り立てられたホットケーキに憧れがあったから準備だけしてみたが。
最初に食べたい味はもう既に決まっているのだ。
「はちみつと……マーガリン? おいしいの、それ?」
「さあね」
バターを手に取りながらテイオーが不思議そうにこちらを見る。
バターの方が味も香りも良い。値段からも双方の格の差は明らかだ。はちみつ好きのテイオーは躊躇なくはちみつをたっぷりかけたが、やや風味に癖のあるはちみつよりもケーキシロップの方が専用に作られただけあってホットケーキとの調和は上だと思う。
でも、これがうちの味なのだ。
父が休日出勤でいない早朝。母と娘の三人だけだし、ちょっと手抜きしちゃおうかと始まる特別な朝ごはん。
バターは高いからマーガリン。用途の限られるケーキシロップなんて家には置いておらず、あるのは汎用性の高いはちみつくらい。当時ははちみつをこんなにたっぷりかけることもなかったっけ。
遠慮していたつもりはない。ただ、それが当時の私の普通だった。
「ねー、ひと口ちょーだい?」
「ほらよ」
遠慮のないやつ。まあそういうところは嫌いじゃないよ。
切り分けて相手の皿の上に置いてやろうとしたが、何故か「あーん」と目を閉じて大口を開けてスタンバイしていたので口の中に直接入れてやる。
もぐもぐと咀嚼するテイオーにとって、それはただのマーガリンを塗りたくりはちみつをぶちまけたホットケーキだろう。
こいつにとって美味しいのかどうかは知らん。これでもいいとこのお嬢様なので、彼女の味覚には合わないんじゃないかとも思う。
「ふぅん」
ごくんと飲み下したテイオーの感想はその一言だった。
無難で結構なことだ。下手にこき下ろされたらフォークが彼女の頬を襲っていたかもしれない。
食器は食事の為に使うものだ。こんなことで食材以外の血を吸わせるのは私としても心苦しい。
フォークから手を放し、私も紅茶をひと口含んでみる。
茶葉がよくて、きっと入れ方もいいのだろう。そう理解できる味だった。
私にとっては『ふぅん』である。
共感してもらう必要なんてない。お互いに尊重できるのならそれでいい。
思い出なんてそんなものだろう。
《こう、何枚にも重ねたホットケーキにはちみつをたっぷりかけてって憧れるものがあるけどさ。三分の一くらい食べたあたりで後悔し始めない?》
なんで? おいしいよ?
《これが若さか……》
何故だかテンちゃんがしみじみしていた。
「ねーねー」
「ん?」
こいつと食卓を囲んだ時点で、口が食事に専念できないことはわかりきった話だった。
まあそれはテイオーに限った話ではなく、他者と食事をするというのは概ねそういう意味合いを持つものではあるが。
オーソドックスにバターとケーキシロップで味付けした七枚目を頬張りながら、視線で続きを促す。
「春天さー、また何人か潰したみたいじゃん?」
え、いまさらその話? と一瞬思ったけれど。
よくよく考えてみれば私は言わずもがな、テイオーもクラシックロードへの挑戦でここ最近はずっと忙しそうにしていた。こうしてゆっくり会話できるのは何気に久しぶりかもしれない。
「潰したとは人聞きが悪いな」
天皇賞(春)は、私的には痛み分けと言える結果だった。
勝つことには勝った。でもいろいろと手札を切らされた。
特に新しい【領域】である【Hróðvitnir】の存在は大きい。
自身の【領域】を強化し、他者の【領域】を弱体化させる広域展開型。あれバクちゃん先輩が三枚重ねをぶち破った後に具現化したからそのままバクちゃん先輩の【領域】を呑み込めたけど、発動する順番が逆だったら新【領域】の方が吹き飛ばされていた気がしなくもない。
《お披露目シーンなのに一瞬でぶち破られるとか一周回ってもはやギャグだろ。偶然に助けられたというか何と言うか……。結果だけ見れば転生チート無双モノなのにこっち視点だと踏まずに済んだだけっていうバッドエンドルートフラグが多すぎるんだよなあ》
私たちがこの時代で頭一つ抜けた天才であることは間違いないと思うけど、別に周囲がやられ役ってわけじゃないからね。
狼のモチーフが入っているのはブライアン先輩の影響だろうか。あの人は知る由も無いだろうが、私にとってはトゥインクル・シリーズの師であることだし。
【
つまりこう言っては何だが……中央に入学するまでの十年以上の歳月と、中央に入学してからの三年にまだ満たない月日が、『【領域】の結実』という一つの器を満たす基準ではほぼ等価というわけで。
やっぱりトゥインクル・シリーズは
ただのん気に喜んでばかりもいられない。
一つ上の高みに至れたという事実は純粋に喜ばしいが、強い力というのは往々にして消耗が激しいのだ。
具体的に言うとそのコスパの悪さは、身体が成長した影響で相対的に使いやすくなってきていた【
《序盤では威力こそ高いが連発できなかった必殺技が、レベルアップを重ねてMPが膨大になった終盤だとコスパ良好な通常技扱いになるのと同じ理屈だね》
ゲームっぽいテンちゃんのたとえ。
その例でいけば【Hróðvitnir】はさしずめ、終盤のレベルアップで覚えた超高コストの浪漫技といったところか。使用後はテンちゃんだけではなく私も非常に眠たくなる。
それが【Hróðvitnir】特有の性質なのか、私たちが【領域】の負担を分担できるようになったのかまではわからないけれど。
“願い”を集めた成果だったら嬉しいなと思う。自分が変質していくのは正直怖い。でもこれまで通りでいたいのなら、今までの私ではいられないから。
身体にかかった負担も無視できない。こちらは【領域】に限った話ではなく。
雨の日にタイムが遅くなるのはそれだけ重い芝にパワーが取られるからだ。その上で良バ場以上のレコードタイムをGⅠ最長距離で更新したのだから負荷は相応のものとなる。
ぶっちゃけこれが五月をまるまる休養に充てることができる四月後半のレースではなく、六月前半の安田記念あたりのできごとだったらその半月後の宝塚記念で潰れていた可能性が非常に高い。
レース当日までにダメージはある程度抜けると思うが、安田記念は勝ち方を考えなければ私たちに未来は無いだろう。
しかし、私たちの3000m級のレースは雨天になるジンクスでもあるのだろうか。
他者より悪路が得意だとは思うから有利というか、ありがたい話ではあるのかもしれないけどさ。だからといって泥だらけになりながら、雨に濡れて冷える身体に鞭打って走るのが好きというわけじゃないのだ。
もう予定では3000m級のレースを走る予定は無い。それが残念のような、そうでもないような。
まあ少なくとも今のところは『アオハル杯でリベンジしてやる!』なんて思うほど晴れの良バ場長距離に積極的な意欲は無いかな。
「身体がガッタガタになるくらいひどい戦場だったことは認めるさ。でもレコードを更新した私もマヤノもライス先輩も、途中までハイペースでレースを引っ張ったバクちゃん先輩だって故障はしてないよ」
「弱いやつらが勝手についていこうとして、勝手に潰れただけだって? もー、そんなこと言ってるから“銀の魔王”なんて呼ばれるんだよ。あの呼ばれ方、あんまり好きじゃないくせにー」
皿の上の最後のひと切れを口の中に放り込みながらテイオーが半眼になる。
たしかにあの気恥ずかしい異名のことを好きじゃなかったのは事実。テイオーにそれを見抜かれていたのは意外だったが、別に隠していたわけでもない。
ただ、今となってはあの呼ばれ方にも立派な価値がある。
「好きじゃなくたって有用なら使うよ」
あのわかりやすい呼称は不特定多数から“願い”を集めるのに絶好の鋳型だ。
好意しか力に変えられないのなら少しばかり考え物だろうが、どうやら私は正負を問わず自らの糧にすることが可能らしいので。
少なくとも『最初の三年間』の間は使い倒すことになるだろう。
「ふーん」
納得したのかそうじゃないのか、やる気無さそうにテイオーは流すと、空っぽになった自分の皿を見つめた。
そのまま少しばかり、やがてお腹との相談が済んだらしく彼女は席を立ちフライパンの前まで移動する。
「ねー、今度はボクが焼いていいー?」
「どうぞ」
別にわざわざテイオーのために作っていたわけではなく、たまたまおかわりのタイミングが重なっていただけだが。さっきまでホットケーキを焼く作業は私が担当していた。
ホットケーキをパッケージの絵のようにムラなくきれいな焼き色に仕上げるのはあれでなかなか難しい。でもテイオーのお茶を入れる仕草は見事なものだった。
ここはお手並み拝見といくか……なんかお玉を握って生地をフライパンの上に運ぶ手つきが、だいぶたどたどしい気がしなくもないけど。
あの低さから投入したんじゃ生地が空気を含まずにぺったりした焼き上がりになりそうだ。ふんわり膨らむよりそちらの方が好みだったのだろうか。
《んー、たぶんテイオーは料理できないんじゃないかなー?》
え、そうなの?
《いや、『最初の三年間』が終わった後の時系列と思しきバレンタインの特別チョコは手作りのカヌレだったから、作ってあげたい相手とやる気さえあればすぐ上達する可能性は高いんだけどね。
今はたぶん、ダスカの二年目夏合宿イベントの『お米洗って』って頼んだらお米を一粒ずつ丹念に洗いかねないレベルだと思うんだよね》
いやそんな、マンガやゲームの料理下手キャラじゃないんだから……。
洗剤使ってダメにしないだけまだマシか? 最悪きれいに洗い落とせば食べられないことはないだろうけど、お米ってにおいがつきやすいからなぁ。頬張ったとき口の中に洗剤の風味が広がるのは御免被る。
脳内で失礼な会話をしながら私たちが見守る中、テイオーは紅茶を入れたときの動作とは比べ物にならないほどぎこちない手つきで生地を熱したフライパンに投入し、フライ返しを握った。
「ねえリシュ。これってちょっと火力弱すぎないかな?」
「そんなもんだよ」
「……あーっ、こげちゃった!?」
「いわんこっちゃない」
結果として、テンちゃんの根拠不明のふんわり予言がまたひとつ正解率を上げたのだった。
あーあー、初心者ならフライパンでホットケーキは難しかろう。ホットプレートの安定した火力で焼くのが無難だ。
力量に合わせて環境を整え難易度を下げるのは別に悪いことではない。皮むきに包丁ではなくピーラーを用いたところでそれはサボりではないと私は思う。意地を張って不要なまでに分厚く皮を剥いてしまえば栄養がもったいない。
テイオーが料理初心者だとあらかじめわかっていればもっと別の対処もあったかもしれないが……。彼女には酷なことをしてしまったか。
「リシュー、どうしようこれー?」
「そのまま裏も焼いて、焼き上がったら皿に移して」
「はーい……」
しょんぼりしたテイオーに指示を出す。
何だかんだ勘のいい子だ。自他ともに認める天才であるのは伊達じゃない。
テイオー作ホットケーキの裏面は少しばかり白過ぎたが、今度は無事に焼き上がって皿の上にたどり着くことができた。
「砂糖の入っているものは焦げやすいんだよ。たしかにものによっては思い切って焼いた方がいいこともあるけど、ホットケーキに強火はいらない」
「はーい…………」
あ、ダメだなこれ。いま言ったってアドバイスじゃなくて無益な説教になるだけだ。
《わざわざSEKKYOUしてマウントしなきゃならないほどぼくらは自己肯定感の欠乏や承認欲求に苛まされる人生を送っているわけじゃないし、ここはさっさとテイオーのフォローに入るべきだろうね》
そうだね。その通りだ。
あと1日早ければ『エイプリルフールだけど嘘じゃないよ』ってネタが使えたんだけどなあ