「ウマソウルってうるさいよね」「えっ」「えっ」   作:バクシサクランオー

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おまたせ
執筆ルーティーンが破壊されてだいぶ悪戦苦闘しましたが、なんとか一章分まとめることができました

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感想、誤字脱字報告もありがとうございます。


交差する運命
揺れる心、あわだつ感情


 

 

U U U

 

 

 すごく、いまさらな話ではあるが。

 今年に入ってからテンちゃんが表に出る時間が増えている。

 そのこと自体は何も問題ではない。私たちが私たちであることを全面的に押し出して世間にアピールする方針は自分で決めたことだし、なんならテンちゃんが自由に活動できる時間はもっと増えてもいいとすら思う。

 

「……」

 

 問題は、だ。

 長時間テンちゃんが表に出ると、その反動で活動停止する時間が生じるのは何も変わっていないということである。

 そうだね、独りの時間がどうしても増えるんだね。

 自分が私だけしかいない孤独な時間。暦が六月真っただ中を示し気温と湿度がぐんぐん上がっても、なお凍える。

 テンちゃんがいないときの私は絶不調もいいところで、無駄にイライラしている。テンちゃんが起きていれば『むやみな攻撃性は臆病さの裏返しだよ』などと茶々まじりに宥めてくれるだろうに。

 人間は快楽には慣れ不快にはいつまでも敏感なイキモノだということを差し引いても、何度経験してもこの孤独には慣れないし慣れたいとも思わない。この状態は私の正常な在り方ではない。

 

「……っ。~~~~!」

 

 当然といえば当然だが、この状態でトレーニングしても非常に効果が薄いのでテンちゃんクールタイムは非トレーニング時に重なるよう調整している。例のアレ(プレオモード)でもない限り、これまでの経験で必要な休眠時間とそのタイミングはだいたい把握しているからね。ちなみに『だいたい』なのはテンちゃんが気まぐれで必要以上に寝続けることがままあるからである。

 つまるところ、当然の帰結として発生する昨今の問題を端的に述べよう。テンちゃん休眠中は寮の自室の空気が最悪なのだ。

 私はこの調子だし、ココンもここ最近はピリついた空気を纏っていることが多い。

 なにせ私がシニア級に入ってからチーム〈ファースト〉の面々と直接ぶつかり合う機会が増え、その上でこちらの全勝なのだから。

 

 フェブラリーSではドミツィアーナとフェニキアディールと戦い、前者は十一着、後者は八着といずれも着外に叩き落した。

 〈ファースト〉ダート部門のエースはドミツィアーナの方なのだけれど、フェニキアディールの方が先着したのは何気に彼女とはテンプレ連戦以来の再戦だったからだろうか。私に振り回されることに抗体があるというか。

 目を惹くような派手さこそないが、我慢強く堅実。【領域】飛び交うあのレースであれだけの走りができるのだから、チーム戦ならまた結果は変わっていたかもしれない。

 それでも最後に勝つのは私だが。当たり前だよね。

 

 春天ではまさに目の前のココンが出走し、彼女は三着のライス先輩から大きく離されての四着。もう一人いた〈ファースト〉のミニベロニカは十五着と惨敗。

 バクちゃん先輩が前半ガンガン飛ばしてくれたおかげでハイペースどころかレコードタイムのレースだったものの、後方脚質が有利とはとてもいえないドロドロでぐちゃぐちゃな展開だった。

 雨天の淀の舞台、追い込み脚質のミニベロニカでは前方でライス先輩と壮絶な競り合いを演じていた私を視界に捉えることすらできなかっただろう。

 

 直近の安田記念ではアゲインストゲイルが十三着、デュオジャヌイヤがぎりぎり入着に届かず六着だったな。

 デュオジャヌイヤは〈ファースト〉マイル部門のエースであり、私とはクラシック級一月以来の再戦、つまり件のテンプレ連戦でやり合ったうちの一人だ。

 私との経験がこの戦績に繋がったのだと言えばうぬぼれに聞こえるだろうが、まるっきり無関係ということも無いと思う。

 同じ〈ファースト〉でも私とのレースを経験しているウマ娘の方がとっさの対応が早い。それはコンマ一秒にも満たない誤差ではあるが、それで数メートルの距離が生じるのがレースだ。

 

 そして、いまやチームの中心人物としての自覚が芽生えたココンはチームメイトの敗北も我がことのように悲しめるようになっている。

 それは純粋に人間的成長だろうが、我が相部屋の空調にとってはマイナスなんだよねえ。

 付け加えるなら六月末に最後のアオハル杯プレシーズンが迫っており、そこで我が〈パンスペルミア〉と〈ファースト〉は直接対決することになる。戦績的にもチームメンバー的にも〈パンスペルミア〉優勢と目されており、そのプレッシャーも相まってピリピリしているんだよね。

 

「……ねえ、アンタ大丈夫?」

 

 意外。話しかけられた。

 この空気の中、私とココンの間に気遣いという言葉が存在していたなんてね。今となってはそこまで険悪ってわけじゃないけど、気遣いというのはある程度心に余裕がなければできないことだと思うから。

 それとも、思わず気遣ってしまうほど私に余裕がないように見えたのか。

 

「ああ大丈夫、悪いのは機嫌くらいだよ」

「それは大丈夫なのか、いろんな意味で……。無理すんな、なんて言うのがバカらしいローテで走ってる相手に言うのもなんだけどさ」

 

 言葉を探すようにエメラルド色の瞳が虚空をさまよう。

 

「トレーナー……樫本トレーナーはウマ娘の故障に対して(きず)を持っている。あの人のアオハル杯を、トレセン学園で大過なく積み上げてきたここまでの二年間を汚すようなマネするなら、その前にアタシが止めるから」

「裏付け取れたんだ?」

 

「まあな。アイツ、あれでけっこう優秀だよ」

 

 チーフトレーナーである樫本代理がトレーナー呼びで、サブトレーナーのはずの彼女はアイツ呼ばわり。

 テンちゃんの無茶振りで〈ファースト〉に就任することになった新米トレーナーのお孫さんの報われぬ苦労を想い、その冥福を私はこっそり祈った。

 

「身体は本当に大丈夫なんだよ。葵トレーナーにも毎日チェックされているし」

「ふん。この間隔で担当走らせておきながら日々のデータも取っていないトレーナーなら正気を疑うところだ」

 

 どうしてこう、私のルームメイトはさ。棘のある物言いしかできないのかな。ひとのこと言える立場じゃないのを差し引いても、こうさあ。

 今は宥め役のテンちゃんがいないんだから、私たちの会話は爆弾処理並みの緊張感と慎重さをもってあたるべき事柄だろうに。

 心配して声をかけてくれたんだよね、いちおうは?

 

「テンちゃんはあと十分もすれば目を覚ますだろうし」

「そいつは朝からグッドニュースだ。今のアンタは……少し、怖いから」

 

「へえー?」

 

 怖い、ねえ。それもちょっと意外な言葉だ。

 まるで私に怯えていることを認めるような、弱さをさらすような発言をするなんて。ココンらしくない。いや、彼女がそういう人間であることを私が気づいていなかっただけなのか。

 

「シニア王道六冠の完全制覇が入学する前からの目標なんだっけ? その前半戦の完遂が目前ともなりゃ気負うのは理解できるけどさ」

「えっ」

 

「なんだよ。おぼえていたのがそんなに意外? アタシだってさすがに同室の目標くらいは記憶しているって」

 

 憮然(ぶぜん)とした表情を隠そうともせずにココンが鼻を鳴らす。

 トレセン学園にいる以上、レースは最も確実な共通の話題となる。同時に地雷にも戦乱の種にもなりうるものだが、レパートリーが貧弱な私たちは話のネタに困るたびよくこの鉄板ネタに逃げ込んだ。

 だからココンにそれを話したことがあったのはたしかだし、それをココンが憶えていることだってなんの不思議もないのだ。

 ただ、そもそも私が意表を突かれたのはそういうところじゃなくて。

 

「いまやアンタはトゥインクル・シリーズのスターウマ娘、“銀の魔王”テンプレオリシュなんだ。残念ながらいまだに無敗の、ね。気もそぞろになったせいで負けるくらいならともかくさ。

 ……あの人は責任逃れをしようなんて考えない、責任を取るための責任者だと、むしろ余計な分まで背負い込もうとするだろう。今の学園の理事長代理も、アオハル杯を主導しているのもあの人だ。あの人がトップにいるうちは無茶して故障なんてしてくれるなよ」

 

 ココンが何か言ってるのを気もそぞろに聞き流す。

 

 失念していた。

 あくまで目安だった。目標を打ち立てた当初は得られる名声よりわかりやすい賞金の方が目的だった。それは事実、だけど。

 

 ウマ娘が学園に入学する前から掲げていた目標の半分を、春シニア三冠達成を目前にしておいて、掲げていたことをうっかり忘れるって何の冗談だよ。

 目の前のレースを一つ一つこなしていくのに精いっぱいで、いつしか意識から外れていた。あるいは目標達成寸前というのはそういう状態なのかもしれない。

 それとも私、思った以上にまずいのか?

 自覚している以上に追い詰められているのか?

 

 先の安田記念ではウオッカもタイキ先輩も、あんなに楽しそうにしていたのに。

 私は笑えなかった。ターフの上で自分が何を感じ何を考えていたかなんて曖昧で、なんとなく走り終えた後は安堵していたような気がする。

 レース関連の情報ならしっかり脳内に記録されている。

 ぶつかり合って、競り合いに持ち込んで、上回った。十分すぎる力があるのなら下手に小細工を使う方が危ない。策を弄せば策に溺れる可能性も高まる。テンちゃんがそう言ったから。私もそれが間違いじゃないと思った。

 

 縦に深めるのではなく横に広げるという方針も事前に決めていた。

 【白域(ホーリー・クレイドル)】と【黒喰(シュヴァルツ・ローチ)】に始まり、クラシック級のスプリンターズSで【十束剣(トツカノツルギ)】に、シニア級の天皇賞(春)で【Hróðvitnir】に目覚めた。常識的にはありえない【領域】の増え方だが、私はまだまだ成長を続けている。なんとなく、まだ上に枠がある気がする。

 でも踏み込むのはやめておこうと話し合ったのだ。さらに先に、限界を超えて。それが必要な状況だってあるだろう。それが今なのではないかと、ただ己の臆病と怠惰を正当化しているだけなのではないかと、焦燥にじりじりと焼かれながら悩んだものだ。

 

 でもテンちゃんは断言してくれた。目覚めるのと使いこなすのは別物であると。細いまま上に積み上げても半ばで折れるだけだと。今は手札を増やすより、手札の一枚一枚により理解を深め、習熟を進めるべきであると。

 信頼している自分自身に力強く宣言されたら迷いは消える。そして実際に、従来の手札を私は完全に把握できていなかった。レース当日【白域(ホーリー・クレイドル)】は新たな領域に至ったのだから。

 テンちゃん命名【白域(ホーリー・クレイドル)(リバース)】。これまでに得た他者の因子を自身の中に広げる自己強化として用いてきたものを、攻撃に転用するバリエーションである。……これはこれで、あらたな手札を得たのと同じような気がしなくもない。

 

 そうやってウオッカと深く繋がった。ウオッカ側からどう見えたのかまでは知らないけど。ウマソウルを通じて肉眼よりずっと透き通った視線で、彼女の中を遠くまで覗き見ることができた。

 ドキドキとワクワクに満たされた、彼女の【領域】そのもののように鮮やかなポスターカラーで塗り分けられた世界。私はそれをどこか遠くから俯瞰していた。

 

 レース中に感情が凪ぐのはいつもの話だ。でも、思い返してみれば昨年のスプリンターズS以降は情緒が育ってきて、レースごと何かしら感じるものが増えつつあったのに。

 逆戻りした? 感じる余裕がなかった? そんなに切羽詰まっていたのか?

 だって間違いなく手を抜ける相手じゃなくて、でも考えなしに全力を出したら潰れて、そんな板挟みに最適解を叩きつけ続けなければ致命的なことになる。そんな状況初めてだったから。人生でそう気軽に何度も発生されても困るが。

 

 器に水を溜め、徐々に嵩が増していくのを見て初めて、満杯になるまでの時間が把握できる。何事もやり始めるまで本当の進捗は把握できないものだ。

 テンプレオリシュという膨大な器に“願い”を集め始めて、上半期がもうすぐ終わるというところまで勝ち続けてそのたび少しずつ器が満たされるのを感じて、ようやく私の目標とするところの全容が漠然と見えるようになってきた。

 たぶんこれ、ギリギリだ。発表したローテを全勝して、ようやくテンちゃんを確実に喪わずに済むと言えるラインに到達する。

 あるいはネット配信者なり何なり別の方法でも“願い”を集めることはできるだろうし、それでテンちゃんがこの世に留まることは可能かもしれないが、それは従来のような形ではない。何かしら損なわれるだろう。それが何なのかまではわからないが何かを喪う。

 世界に喧嘩を売るというのは綺麗事ではない。一度テンちゃんが押し通して、それ以上を望むのであればより困難を求められるのは必定というもの。

 

 だから私は、負けるわけにはいかないのだ。

 

《…………》

 

 

U U U

 

 

「よし、今日のトレーニングはここまで!」

 

 葵トレーナーの号令に身体から力を抜く。

 また一日、宝塚記念のために費やせる時間が減ったわけだ。

 トレーニング中は意識の下層に移動させていた朝のことがふつふつと泡のように浮き上がってくるのを感じる。

 

「各自クールダウンに移行しますが、その前に脚をチェックします。リシュ、まずはあなたからです。非常にレース間隔の短いローテを組んでいるのですから相応のリスクを背負っていることは理解していますね?」

「はい」

 

 まったくもって異論はないので大人しく脚を差し出す。日程がタイトすぎるので自主練などできるはずもないし、その必要も無い。

 脚のみならず体中を滑らかに彼女の指が這う。皮膚を通して筋肉を、その奥にある骨を、関節や血管を、走るために酷使するパーツを一つ一つ手早くも丹念にチェックしていく。

 ふぅ、と嘆息が漏れたのは葵トレーナーの口から。息をひそめるほどの集中が解けたサインであり、その表情から察するに結果は良好のようだ。

 

「相変わらず、惚れ惚れするような身体ですね……。酷使された痕跡はたしかに残ってるのに、その上で着実に中距離GⅠレースに向けて組み替えられつつある。この調子でいけば十分間に合うでしょうし、故障のリスクも許容範囲まできっちり抑えられます」

 

 これでは出走取消はできませんね、などと。

 まるで私の出走を望んでいないようなことを葵トレーナーはつぶやくようにしてわざわざ口に出す。その真意はちゃんと理解しているつもりだ。

 私の無茶苦茶なローテーションも次の宝塚記念で最後。上半期の締めくくりとなる。今朝ココンも言っていたが人間はゴールが見えたら気が抜け、同時にもうひと頑張りと限界を超えて気力を振り絞る生き物だ。具体的には脚に不穏な痛みがあっても無理して走りかねない。

 だからこそこれ見よがしに示すのだ。そんなことをあなたの担当トレーナーは望んでいないと。少しでも故障の予兆があれば最優先で安全を確保すると。中央のウマ娘相手ならその対応で間違っていないと思うし、最近の私なら血迷うことも無きにしも非ずなのでそうやって外部からブレーキを踏んでくれるのは正直助かる。

 

「よし。運動直後でこの状態なら問題ありませんね。クールダウンに移行してください」

「はい」

 

「次はデジタルです」

「かしこまりましたー!」

 

 安田記念が終わってからの二週間弱。レース用語でいうところの中一週。それが次走の宝塚記念まで、私たちに残された猶予。

 たったこれだけの時間で身体に蓄積したダメージを抜き、マイル仕様から中距離仕様に身体を作り替えなければならない。

 自覚する。戦いの恐怖はレースごとに私を擦り減らしていたのだと。似たようなローテはクラシック級の頃に経験済みだが負担がまるで違う。心も体もガリガリと削れていく。

 

《そりゃ、彼我の能力差はどうしたって縮まっているからな。ウマ娘の種族スペック上限を1200とすると、まあその上限を超えることはできる。ここがアオハル杯時空だろうとスピ1300オーバーを目指せそうな手ごたえがある。

 でもそれはあくまで『“願い”のブーストで種族限界以上の数値を叩きだせる』ってだけで、『限界を無視できる』ってわけじゃないんだ。限界はあくまで明確に1200、これはウマ娘という生物である以上は変わらない》

 

 テンちゃん曰く、1200という数値がウマ娘の生物学的限界らしい。個々人に存在する生まれ持った素質の差異ではなく、種族としての上限値。

 一時的にそれ以上を上乗せすることはできるにはできるが、限界以上を引き出す都合上効率が悪くなるし、さらにそうやって確保した数値も効果が半減するとかなんとか。

 

《1200以下はウマソウルと肉体両方を伴ったステータスだが限界突破後はウマソウルに大きく依存した性質になるんじゃないかな。その分半減して見えるんだ》

 

 ちなみにどこを基準にして何を1としたときの1200なのか、尋ねてもはっきりした答えが返ってこなかったのでたぶん適当なこと言ってる。

 これといった意味もなくそれっぽい理屈をつらつらと並べ立てる。テンちゃんにはよくあることだ。

 

 ともあれ、クラシック級の頃の私は、特に上半期の頃は完成度で周囲に大きく水をあけていた。テンちゃんの表現を借りればステータスの差で圧倒できていたわけだ。

 だが今私たちの戦場はシニア級。それもレジェンド相手ともなればその生物学的上限(1200)に迫っていたり、あるいは超えているんじゃないかと思えたりする相手が具沢山のカレー並みにゴロゴロといるのだ。

 種族の限界。生物としての限界。超えられるというだけの明確な限界の壁にごつんごつんと頭をぶつけつつある現状、これまでのような大幅なステータスアップは望めないし、ステータス格差でごり押しするような勝ち方もできない。そういうことらしかった。

 

奥の手(プレオモード)を使えばまた別だけどねー》

 

 アレは使わない。ぜったいに。

 

《あいよー》

 

 一秒さえ無駄にできない、分刻みのスケジュール。こういうときには是非とも葵トレーナーは私たちに専念してもらいたいところだが、そうもいかない。

 宝塚記念には葵トレーナーが担当しているウマ娘三人、その全員が出走するからだ。

 

《誰が勝っても文句言われそうで不憫だよなー。ま、ぼくらの負けたときがいちばん非難轟々になるのは目に見えているけどさ》

 

 無茶なローテーションに、複数人に割かれる担当トレーナーの時間と労力。これが本当に用意できるベストコンディションだったのかと疑問を呈したくなる気持ちはまあ、わからんでもない。

 理解できるってだけで肯定してやる気はさらさらないけれども。

 

 ローテが無茶苦茶? トレーナーが私に割けるリソースが少ない? 度重なるレースで心身ともに疲労が積み重なっている?

 教えてくれてありがとう。うん知ってた。

 これでも私、その場の即興で動くことって実はそうそうないのだ。そういうのはテンちゃんの領分。いやテンちゃんも即興劇に対応できるというだけで、本質的には思索の人だけど。

 できるかどうか思索を重ねて、できると踏んだから実行に移したのだ。この状況は覚悟の上である……まあ、実際にこうなってみて想定以上に心細いというか、メンタルが不安定になっていることも認めるが。

 だからといって第三者から無責任にあれやこれやと指図されるのは面白くない。トゥインクル・シリーズが、いやレースという存在そのものがエンタメである以上そういう楽しみ方をされるのは立派なコンテンツの在り方だ。シニア級にもなれば理屈のみならず実感としても理解できる。

 それはそれとして上から目線で『はっはっは、弱者どもが気ままに囀っておるわ』と楽しめるテンちゃんほど私は割り切れないのだ。こうやって時間にも体力にも気力にも余裕がなくなってくるとなおさらイライラする。

 

「ねえ、デジタルもそう思わない?」

「――ほえ? ふぁ、申し訳ありません同志。トリップしておりました」

 

「……ううん、リシュちゃんが唐突に振っただけ。デジちゃんは何も聞き逃していない、よ?」

 

 先輩後輩とも友人とも、アオハル杯の同チームとも微妙に異なる馴れ馴れしい距離感。自分がよく知らない相手にされたら間違いなくうざいと眉をひそめるだろうノリ。

 前振りなく雑に投げかけた言葉を『自分がトリップしていて聞き逃した』と判断した自罰的なくらい生真面目な同期に、ごめんごめんと私は軽いノリで謝った。

 私も年頃の女の子。葵トレーナー担当の三人だけだとこんなテンションで絡むこともあったりする。

 あるいはこれまであまり自覚していなかったが、私の中の妹属性のなせる業かもしれない。ミーク先輩はもちろん、忘れそうになるが同期のデジタルだって学年的には一つ上。実際に中等部一年だったころは一年先輩の彼女に学園内部での効率的な立ち回りや、レース関係に留まらない学園近辺の有用なスポットを教えてもらったものだ。

 デジタルの言葉をそのまま引用すれば『推しのおススメ観察スポット』だったけれど。トレセン学園のウマ娘がきらめいているところが観察できるスポット≒トレセン学園のウマ娘にとって有用なものがあると考えて間違いないから。

 

「ああよかった。リシュさんの御言葉をこのデジたん、右耳から左耳に垂れ流す大罪を犯してしまったのかと胃が引き絞られる思いでした」

「おおげさー」

 

「それで、いったい何のお話だったのでしょうか?」

「ん、改めて葵トレーナーのがんばりに応えたいねって」

 

 私がイライラしているのは確かだけど、その苛立ちを何の加工もせずデジタルにぶつけるのは違うよなって。

 当たり障りのない表現に押し包まれてそんな感じの言葉になった。

 

 

 




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