「ウマソウルってうるさいよね」「えっ」「えっ」   作:バクシサクランオー

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ついにハフバですね。
予約投稿なので今の自分がどうなっているのかさだかではありませんが、皆様に幸多からんことを願います。

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感想、誤字脱字報告もありがとうございます。


これが私たちの物語、ってね

 

 

U U U

 

 

 さて、ミーク先輩がビターグラッセを受け持ってくれているわけだし。

 私はさっきからチラチラこちらに向けられている視線の方に対応するとしますか。

 すっと身を引いて道すがら机の上に載ったケーキの皿をいくつか拝借すると、フォークを添えて片手にまとめる。

 目指すはこの場にいる数少ない後輩。借りてきた猫というほど身を縮めているわけではないが、普段の騒がしいほどの有様からするとだいぶ大人しい。そんな彼女のもとへ。

 

「やあテイオー。一口ウツボおいしいよ。食べる?」

「ひとくち……なに?」

 

 怪訝そうな表情をしつつも、しっかりテイオーは差し出されたケーキの皿を受け取るのであった。

 そう。無敗で今年の皐月賞と日本ダービーを勝ち取り、見事ファン投票でもそれなりの票数を獲得して人気投票上位となり、このグランプリの枠を勝ち取ったクラシック級ウマ娘。

 幼いころからの夢である無敗の三冠ウマ娘に王手をかけながら魔境と化した宝塚に挑んでしまった挑戦者ことトウカイテイオーさんである。

 

《さっきは話題に上がらなかったけど、春にあったプレシーズン第三戦のぼくらのチームのMVPまでここにきているんだもんなぁ。

 そしてここにいる以上は第四戦に強行することなどしないはずだ。つくづく、アオハル杯の運営側になど回るものではないと思うよ》

 

 まったくだね。

 さすがに本人の耳に入るかもしれない状況で後輩をあげつらうような真似はビターグラッセもしなかった様子。ただミーク先輩の方を優先しただけかもしれないけど。

 

「今日はやけに静かだね。緊張してる?」

「べ、べつにそんなんじゃないし!」

 

 がーっと勢いづいたのもつかの間、大声に周囲の耳目を集めてしまったことに気づき赤面しながら黙る。そんな恨めし気な目をしなくても。悪かったって。

 なんか、去年の有記念でヒシアマゾン先輩が私に絡んできた気持ちがわかった気がする。

 あのときはありがたいけど、ちょっぴり迷惑だなとも思ったものだけどさ。

 ほそっこいのだ。クラシック級の子って。才能とか実力とかを差し置いて、まだまだ成長中ってオーラがすごくしている。

 脳内からトウカイテイオーのデータを引っ張り出す。今の彼女の身長は百五十センチ。スリーサイズも全般的に私より上と、単純に体格面でいえばテイオーの方が一回り大きいのだけれど。

 周囲のシニア級が醸し出す年月の積み重なりを見ると、どうしても見劣りする。格下というわけじゃないのだがこう、格が足りないというか箔が足りないというか? なんならシニア一年目の私ですら彼女たちと並ぶと自分がピヨピヨいってる気になる。

 だからちょっぴり先輩として、ちょっとだけ、世話を焼いてやろうかなという気になるのだ。

 

「……ねえ、リシュ」

「んー?」

 

 ぱくりぱくりと二口でケーキを片付けながら真面目くさった顔でテイオーが宣う。

 

「ボクね、きたよ」

「そうだねえ。お互いにね」

 

 山のように積み重ねたホットケーキを挟んでお話ししたのがほんの半月ほど前だろうか。

 あの日からお互いに、順調にコマを進めれば到着できたステージ。

 でもその『順調』が唐突に失われるのがトゥインクル・シリーズという世界だ。あるいは勝負の世界はどこも似たようなものかもしれないけれど。

 私はこうやってテイオーと春のグランプリの舞台で相対できたことを、順当な奇跡だと思う。

 

 敵として向き合って、改めてテイオーの変化を感じる。成長と言い換えてもいいかもしれない。

 少なくとも出会った当初の彼女であれば、この場でこのような表情(かお)はしていなかっただろう。もっと無邪気で不敵な笑みを浮かべ、挑戦的に目を滾らせ自分より年上というだけのライバルたちを睥睨していたに違いない。

 良くも悪くも怖いもの知らず。根拠のある自信に満ち溢れたあの幼き天才はもうここにはいない。

 

《たしかに出会ったばかりのテイオーなら『シニア級なんてかんけーないよ。みーんな倒して一着獲っちゃうもんねー。ボクは絶対無敵のテイオーさまだぞー!』とか大声で自覚ナシに挑発していそうだよね》

 

 脳内でテンちゃんも同意している。というか無駄に声マネが上手い。これもある種の脳内再生余裕でしたというやつなのか。

 

「リシュの無敗はボクが終わらせる」

「そっか」

 

 脳内ならぬ目前のテイオーに浮ついたところは無く、ひどく真面目な顔をしている。

 そこにほんの少し前までの、絶対に負けちゃいけないと肩肘張った私の残影を見た。

 

 テイオーもまた知ったのだろうか。

 勝ち続け、ただの一度も負けていないという、ただの結果でしかなかったはずのそれらが。

 いつの間にか負けられない、負けてはいけないという重責に変わっている苦味を。

 これまで己が所持して当然の成果だと思っていたものが、何かの拍子に他者から押し付けられた責務へと姿を変える。その痛みを。

 あれは本当にきつい。過去の自分は平気だったのに今の自分にとっては苦痛になっているという事実も相まって、まるで己の劣化を突き付けているようで、気づいた瞬間に何もかも投げ出したくなる。

 

「ねえ、テイオー」

「……なにさ?」

 

 私にはテンちゃんがいてくれた。

 ずっと見守ってくれていて、必要なときにアドバイスをくれて、たまに苦しむ姿を放置されたりもした。

 そのおかげで乗り越えられた。次のステップに進めた。

 しかしテイオーの脳内にテンちゃんはいない。ウマソウルが喋るウマ娘など私くらいだ。

 だからテンちゃんが担ってくれた役割を、テイオー相手に私が担ってもいいのではないだろうか。

 

「私は楽しむよ。せっかくの奇跡だもん」

「きせきー? 何かいいことでもあったの?」

 

「ん。誰に無謀と謗られようと、無疵の三冠を乞われようと、それでもクラシック級の身で君がここまで来てくれた。だからこそ戦える。君が起こしてくれた順当な奇跡」

 

 無敗同士のぶつかり合い。疵の無い未来などありえない。必ずどちらかが断ち切られる。

 いちおう、ルール上は同着という可能性もあるにはあるが。頻発するようなものでは無いけれど過去の記録として確かに残っているし、そこには重賞の記録だって含まれる。

 ただ、私たちの未来においてそんな白黒はっきりつかない決着は存在しないだろう。

 根拠は勘だが確信している。

 勝利(喰う)か、敗北(喰われる)かの二つに一つだ。

 

「めいいっぱい楽しむよ。テイオーはどうする?」

「っ」

 

 へらり、と顔が笑うのを自覚する。

 こくりとテイオーの喉が鳴った。

 

「……リシュの方、だよね?」

「そうだよ」

 

 言われてみればこんな薄っぺらな笑い方はテンちゃんの方だったかもしれない。

 普段の私の笑みは淡いと言い換えることもできる性質で、軽薄ながら相手の肉を割って心まで刺し込む鋭さを隠し持つテンちゃんの笑みとは似て非なるもの。

 つまりずっと前から自分の笑い方ではあったのだ。表情筋もこの動き方に慣れている。

 

「いやー、そんなにぼくと話したかったの? 照れちゃうなー」

「うわでた」

 

 うわとはなんだ。うわとは。

 でもこうやって入れ替わってみると、たしかによくわかる。

 似ているっていうのは裏返せば、拭いきれない差異があるということだ。

 私の顔がニチャァ……と粘つく笑みを浮かべる。

 ぴんと表情筋の隅々にまで張り巡らされた意識。周囲が自分をどう見るのか把握して、どう見られたいのか逆算しつつリアルタイムで微調整して。

 内側から特等席で閲覧できる私だけが知る舞台の裏側。テンプレオリシュという鋳型を造り出すため何年もかけて磨き上げられたマジシャンズセレクト。我ながらほれぼれするような技術の結晶だ。

 混同されて少し嬉しかったけど、これは真似できないし真似しようとも思わないな。

 

《二重人格キャラってたいてい同一視されるのが地雷なのに、うちの子は本当に変わっていますわねー》

 

 あいにく私は二重人格キャラをリアルでやっているのを自分くらいしか知らないもので。

 比較対象がゼロなのだから私が原点ですなわち基準だ。

 

「ダービーからしばらく経ったけど脚は大丈夫? 時間を置いてからじわじわ自覚症状が出てきたとかない?」

「もー、またそれー? いい加減聞き飽きたんだけどー。この通りだよ。ほらほら」

 

 埃を立てて会場を荒らさない程度に軽く、ピョコピョコとステップを踏んでみせるテイオー。

 テイオーステップなどと呼ばれファンから好評なこの動きを見る限り、私の目には彼女の不調は映らない。

 私でそうなのだからテンちゃんだってそれは同様のはずで、よどみないステップを前にうんうんと頷いている。

 

「たしかに不調は無いようだね」

「心配も度が過ぎるとウザいだけだよ? そんなにボクって虚弱に見えるかなー。これでも無敗クラシック二冠の無敵のテイオー様なんだけどー?」

 

「たしかにダービーではいい走りだったねー。ぶっちぎりだったわけじゃないけど、それこそ着差以上の強さを見せたってやつだった。脚にも十分余裕を持たせたレース展開に始終できていた……けど、それでも不安なものは不安なのさ」

「はーあ、やれやれ」

 

 不満かつ呆れた様子を隠そうともせず肩を竦め、それでも邪険にまではしないのはテイオーもこれでテンちゃんがわりと真剣に心配しているということを薄々勘付いているからだろう。

 生意気だが根は善良なのだ。自身に向けられる感情を無下にはしない。向けられているということにすら気づかないことはわりとある天才サマではあるけども。

 

《あまり人のことは言えないんじゃないか?》

 

 まあ、そうね。

 なんならテイオーよりひどいかもね。向けられていることを理解した上で拾わないことも多々あるし。

 私が踏み砕いた夢の残骸だ。忘れることはしない、けど。大切かと問われたら、素直に肯定できるわけでもない。積み重ねて山にして、足蹴にして登っていく。目的地にたどり着くために。

 スターの才能、とでも呼ぶべきものがあるのだとすれば。私のそれはテイオーの持ち合わせより明確に総量が劣っていることだろう。

 

「実食の時間だオラァ!!」

 

 急に背後でバァン!! と騒音。蹴破られたようにけたたましく扉が開く。

 というか蹴破られた。蝶番がぶっ壊れる勢いじゃなかったのが最後の良心か。GⅠに出走するクラスのウマ娘が全力で蹴ったら高級ホテルの重厚なドアだろうと耐えきれないだろうから。

 

 びくりと反射的に身体を強張らせるテイオーから視線を咆哮の主へと向ける。

 今日この場においてこんなことする容疑者は一人しかいない。仮に冤罪だったとしても誰も被疑者が犯人であることを疑わない完全犯罪成立の危機だったが、幸運にも容疑者は顔を隠していなかったので現行犯が確定した。

 

「うわぁ、ゴールドシップまで来たよ……」

 

 テイオーがげんなりとした表情を隠そうともせずそうぼやくが、そりゃあ来るでしょ。

 このレースの主役の一人だもん。むしろ来てくれなきゃ困る。

 

 いちおうただのノリではなく脚を使って扉を開けた大義名分はあるのか、その手はテーブルで塞がっている。

 この待合室に設置されているものと同種の、上に小皿に盛られた料理をずらりと並べられるサイズのやつだ。

 

《いや違う。よく見ろ、ファミレスのトレーよろしく片手で支えて持ってるゾ》

 

 あっ本当だ。純然たるノリの産物だったわ。

 上になんか載ってるっぽいけどよく落とさずに部屋に入ってこれたな。慣性と摩擦を利用してぐんにゃりと、机と比較するとサイズが少しばかり窮屈な出入口を潜り抜けた身体能力とバランス感覚が何気に神懸かっている。

 

「水遁! ソース色枯山水口寄せの術ッ!」

 

 ズトンと地響きを立てて机を設置しバサッと勢いよく取り払われた覆いの下から出てきたのは、大皿に盛られた焼きそば。小分けにされた他の品々とは一線を画した、天まで届けといわんばかりの一皿山盛りだ。

 ウマ娘なら食べきれない量ではないが、インタビューが始まるまでの控室で各関係者たちと談笑しながら消費するという前提を共有していない盛り付け方だった。

 というか時間的に、そろそろその記者会見の方も始まりそうな気がする。

 

《石組ならぬ麺の流れで須弥山世界を表現しているのか……?》

 

 テンちゃんが何やら真面目に考察しようとしているけど、やるだけ無駄だと思うよ。ハジケリストにロジックを求める方が間違っている。

 

「もー、どのあたりが水遁なのさ? だいたい水を使わず石と砂を中心に構成した日本庭園が枯山水なんだから、どっちかといえば土遁じゃない?」

「へっ、甘ちゃんが! 都会の砂漠を泳ぎきるためにはバタフライが必修科目なんだよ。ただ着衣水泳初心者には平泳ぎの方が堅実な選択かもしれねーけどな」

 

「うんごめん。ボクがバカだった。もう帰っていい?」

 

 思っている傍から果敢にもテイオーが挑んで撃沈していた。

 ただムキにならず、あっさり撤退の意思を示したのは〈パンスペルミア〉の中でテンちゃんに揉まれた影響だろうか。

 スカーレット然りココン然り、テンちゃんにいいように振り回された経験豊富なウマ娘は話術においてストレス耐性を得る傾向が高い気がする。

 でも帰っちゃダメだからね。本番はこれからだから。

 

「お待たせいたしました。これより宝塚記念記者会見を行います。選手の方々は移動してください」

 

「はー、やっとかー。もー待ちくたびれちゃったよー」

 

 実にちょうどいいタイミングでアナウンスが入る。

 これ見よがしに辟易しながらさっと動き出したテイオーを始めとしてゾロゾロと今回のメンバーが控室から移動を始める中、私はひょいと好奇心のままにゴルシ焼きそばを口にしてみた。

 うん、美味しい。語れるほど美食に通じているつもりはないが、料理人の腕は確かだと思う。ゴールドシップ先輩自身がホテルの厨房をジャックして作ったのだろうか。

 そして食べてみて、改めて思ったんだけどさ。ねえテンちゃん?

 

《ん、なに?》

 

 もしかしてゴールドシップ先輩と知り合いだったりする? トレセン学園に来るずっと前から。

 

《ほほう。どうしてそう思ったの?》

 

 お、否定されなかった。

 んー。私ってゴールドシップ先輩とそこまで接点があるわけじゃないんだけど。

 それがちょっとばかし不自然な気がしてたんだよね。

 

 ゴールドシップ先輩はウマ娘の形に押し込められたネズミ花火みたいな人だ。

 とにかく無軌道に周囲へゴルシ節をまき散らす(トラブルや迷惑といったネガティブな言い方もできるはずなのだが、何故だか少しばかりその表現は間違っている気もする)。

 レース以外のことに時間を費やすことでフラストレーションが溜まり、溜まったフラストレーションを爆発させることでレースにて結果を出す。そしてまた消費してしまったフラストレーションを求めマグロのごとくトレセン学園周辺を泳ぎ回る。そういう生態の持ち主。

 フラストレーションに駆られるまま行動を起こし続ける生粋のエンターテイナー。私も学園生活の中で何度巻き込まれたことか。

 

 その無軌道なアクションの対象に積極的に選ばれる人はいる。マックイーンさんとかトーセンジョーダン先輩とかが有名だろう。

 ただ一方で、風紀委員長や生徒会の前で大人しくしているような小賢しさとは無縁だ。叱られたら逃亡こそ選ぶが、きっとそれは『追われたら逃げる』というテンプレートを踏襲しているだけであってそこに萎縮はない。なんなら捕まってきっちり反省させられるところまでエンターテイメントの一環として見ている節もある。

 好む相手こそいるがえり好みはしない。そんな人であるはずなのだ。

 

 だけど、それをふまえて俯瞰してみると私が絡まれる機会が不自然に少ない気がする。

 避けられているわけではない。ただ私単独で狙われるってシチュエーションが思い返してみればぜんぜん無いのだ。常に誰かと一緒のときに不特定多数のターゲットの中の一人として被害を受けている。

 アオハル杯のライバルチームのリーダーとして、ミーク先輩のライバルとして、葵トレーナーの憧れの人の代表的な担当ウマ娘として、スカーレットやウオッカの先輩として、それはもうこうやってざっくり数えただけでも次から次へと接点たりうる関係性の基礎は浮かんでくるのに。

 シニア級に至るまで二人きりで話した覚えがない……やっぱり避けられているのかもしれない。

 

 だから、私たちとふたりきりになりたくない理由があるのかなって。

 私に思い当たる理由が無いのなら、容疑者はテンちゃんの方だろう。

 

《まーねー。むかし色々とあったのさー》

 

 テンちゃんはあっさりと認めた。

 

《むかーしむかし、まだペルソナが顔面の皮と一体化する前の話さー》

 

 ふむ。この場合のペルソナは某ゲームで有名になったアレではなく、心理学用語の方だろう。

 外界に適応するために必要な、社会的・表面的人格。

 私たちのように魂に紐づいた多重人格ではなく、思考回路の切り替えの方。両親の前の私と級友の前の私の態度や感受性が異なるあれのことだ。

 

《前世の記憶っていっても、ぼくの場合そこまで強固なものじゃなくてね。いや、何年経ってもやけに薄れないし忘れないし肉体に記録された情報とは別系統のデータなんだろうなと感じることはたびたびあるけどさ。

 人格への影響力という意味でね。何十年も何百年も自我が変質しないままな転生者もフィクションの世界には山ほどいるけど、ぼくには無理って話。演技のはずが続けているうちに性格の方に沁みついてくる。顔に貼りついた仮面が皮膚を侵蝕して肉の奥まで浸透していく。

 いまやこの性格も態度も、演技の割合は半分にも満たないよ。演じ続けられるほどぼくという存在は強固じゃなかったわけだ》

 

 そう言ってはいるが、逆に言えば今でも半分近くは演技(ロールプレイ)なのだろう。目標に必要な役割を設定して、その正解に近づくように自分を演じ続けている。

 そんな生き方を選びここまで貫き通してしまえたのは、テンちゃんの中で『自身は死者である』という自覚が強固に根付いていたからであって。

 だから、前世の記憶がそこまで今のテンちゃんの人格に影響を及ぼしていないという自己判断がそこまで正しいとは思わないけど。

 本題はそこではない。主語をあえて省略していたけど、演技のはずの人格が身体に沁みついて取れなくなってしまったのはテンちゃんだけのことではない。

 

 ゴールドシップ先輩もそうってことか。

 

《全部が全部演技ってわけじゃないけど、より純度の高い方と接触すると動きが一瞬止まる。たい焼きがマジで海を泳ぐ魚なのかと勘違いしかけたジョーダン然り、ファン感謝祭のダイヤちゃん然りね。周囲の反応を意識しつつ自身の行動を調整しているのは間違いないよ》

 

 テンちゃんが間違いないと断定するのは珍しい。いつもはだいたい『~だと思う』とか『~かもしれない』とかの推測の域を出ないのに。

 ということは、確信に至るだけの根拠があるということで。

 初対面はお互いにキャラづくりを始めるまえのことだったんだ?

 

《そーそー。それはもー聞くも涙、語るも涙な一大スペクタクルがありまして。適当に編集しても二時間の夏休みスペシャル特番にできそうなやつでね。出来損ないのご先祖さまを助けるために未来からやってきたタヌキ型ロボットが、その時間軸にいるはずのないイレギュラーと、時間改変を許さないタイムパトロールとの三つ巴の大激戦を……》

 

 それは夏のゴールデンタイム二時間大枠を取れるかもしれないが、あいにくトレセン学園の面々に射撃とあやとりと昼寝だけが得意なのんびり屋な少年も、意図的にテロ行為に及ぶどころか使い方を少し間違えるだけで世界を滅ぼせそうな秘密の道具がたくさん入った不思議なポケットをお腹につけたロボットにも心当たりはないかな。

 

《たぶん記憶処理が肉体に作用するタイプだったんだよな。だから魂そのものが記録メディアとしての機能を有している転生者の場合消しそびれがあったというか……》

 

 いいよ、べつに。

 

《え、何が?》

 

 テンちゃんがそうやってぺらぺらとまくし立てるのは何か誤魔化したいことがあるときだ。嘘はつきたくないけど、あまり本当のことも言いたくない状況。

 テンちゃんがこれまで私を騙すためについた嘘はたった一つだけで、それすらも貫き通した結果真実(ほんとう)にしてしまった。

 今は話したくないんでしょ? だったらそれでいいよ。

 それが何か今回のレースに関係あるっていうなら情報共有してもらわないと困るだろうけど、そういうことでもなさそうだし。

 

 盲信? 他人だったらそうかもね。

 私は世界の誰よりも自分のことを信じることを知っているだけだ。

 

《…………あー、うん。そうだね。じゃ、いこっか》

 

 りょーかい。

 

 誤魔化すように、話の流れを変えるようにぎこちなく促すテンちゃんに乗って私は記者会見へと赴いた。

 

 

 

 

 

 私に刺さる視線、視線、視線。

 もはや慣れたものであるはずなのに、妙に新鮮に感じる。いつかと同じ、また私を覆っていた透明な膜が一枚剥がれたような。

 

 みんな、こんな顔していたっけ?

 より取り見取りじゃないかと舌なめずりするほどバトルジャンキーじみた価値観は持ち合わせていないが、妙に彼女たちの顔の色彩がはっきりして見える。

 直接的な表現をするとやや気恥ずかしいけども、そう、魅力的だ。

 

 私がこれから狩る獲物で、私たちを殺しかねない敵。

 彼女たちがいなければ私たちの未来は無い。それを思うとその存在が尊くて、いくらでも感謝できる。

 

 ふと、これに紅が混ざっていたら今の私にはどう見えていたのかな、とその色がこの場に無いことを名残惜しく思う自分が湧いた気がしたけれど。

 気のせいだということにして、すぐに忘れてしまうことにした。ここにいない相手を気にしても仕方がないから。

 よそ見しながらのレースはあまりにも危険だ。命に係わる。

 

「私は楽しみます。せいいっぱい。なので、皆さんも楽しんでいただけるとさいわいです」

 

 雨あられと降り注ぐフラッシュと、わずかばかりの戸惑い。

 うん、こんな小さな子供の決意表明みたいなものを聞かされてもマスコミの皆さんは困るよね。いちおう私の偽りなき本心ではあるのだけれど、この場において需要と供給が一致しているかというと微妙だ。

 だからわかりやすくベクトルを与える。

 

「ずっと芝でやり合える日を楽しみにしていたんだ。ねえ、デジタル」

 

 今度は実に効果的だった。格好の売り文句に興奮がさざ波となって広がる。あと言外に眼中にないと言われたウマ娘たちの怒りも。

 それらは会場の中で寄せては返すうちに収束し、不意打ちで津波を受けた我が同志は『あばばばばば……』と痙攣していた。

 記者会見が始まる前どころか、控室に入ったあたりから気配を消していたもんね。自分と言う存在が輝かしいウマ娘ちゃんたちの舞台を穢す雑音とならないように。

 そういう無駄に自己評価の低いところがテンちゃんに通じるところがあり。私たちは似た者同士だからお互いに極端な変わり者であるのに、なんだかんだ今日まで仲良くやってこれたのかな、などと取り留めも無いことを考える。

 

 巻き込んでごめんね。でも修正しないよ、嘘じゃないから。

 私はずっと芝の上できみの速さを感じたいと思っていたんだ。

 

「……ッ! はいっ、受けて立ちます!!」

 

 突然の大声。ちょっとびっくりした。

 声の主はもちろんアグネスデジタルそのひと。

 注目を浴びるのが苦手な彼女が、マスコミの無遠慮な視線とカメラのフラッシュに晒され震えながら、それでもぎゅっと手を握りしめてこちらを見ている。

 

「じ、自分で上がった舞台ですから……あの日の選択と今日までの日々に、あたしは殉じます」

 

 頬は紅潮し目が潤んでいた。泣きたいわけじゃない。ただ限界以上に感情が昂って涙がにじんでしまうのだ。よくわかる。

 それでも視線はまっすぐ私を捉え、ぶれず、離さない。

 

「たとえ、たとえそれが貴女の命運を断ち切ることになるのだとしてもっ、あたしは勝利をもぎ取りますからっ! これがあたしの推し活ですッ!!」

「……うん、楽しみにしてる。ほんとうに」

 

 たぶん周囲で聞いている大多数には意味不明だろうが、私には伝わった。

 それだけで十分だ。

 それ以上はいらない。私が独占させてもらう。

 

 

 

 

 

 さあ、いつも通りの御伽噺(フェアリーテイル)を一(ページ)増やそうじゃないか。

 

 




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