紡がれる『帝』の血脈   作:シントウ

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今回はいよいよ皇帝と正面から対面します。

あと感想にありましたが、ミカドはその年の年度代表馬に選ばれました。


帝の対面/皇帝の謁見

卓也side

 

遡ること数日前、ミカドが帰って来た日の夜。

 

北山牧場会議室(仮)。*1

 

全ての業務を終わらせた後北山さんが俺たちを呼び出し、この部屋に集めた。中には今日非番の奴までもいた。

 

(何があったんだ?)

 

なんか嫌な予感を俺はこの時感じた。そしてその予感は見事に的中することとなった。

 

「お前ら、今日集まってもらったのは外でもない。実はとある一頭の功労馬をうちの牧場で暫く預かることになった」

 

『『はあ?』』

 

ゲンドウポーズをした北山さんからそんなことを言われた。うちは面積だけは無駄にあり、尚且つ気候も年中通して安定していて過ごしやすい場所にある。そのため、功労馬や種牡馬の避暑地や預かり所みたいなこともやっている。今までもそんなことはあったし、わざわざこうして非正規のバイトまでも呼んで話すことじゃない。

 

「あの、牧場長?今までもそんなことはありましたけど、なんで今回はまたこんな風に呼び出したんですか?」

 

従業員の一人がそう声を出す。全員その言葉にうなずいた。

 

「それはだな、今回は下手をすると俺らは露頭に迷う…いやそれだけならまだマシだと思うほどの地獄に行く可能性が高いからだ」

「……どういうことですか?」

 

俺が恐る恐る聞いてみる。今回は本当にヤバい案件が来たんだと思った。

 

「今回、俺らが預かる馬は…

 

 

 

 

 

 

 

        あの『皇帝』だ……!」

 

 

 

『『ハアアアアアアアアアアア!!!!????』』

 

 

 

 

ー暫くお待ち下さいー

 

 

 

「……落ち着いたか?」

 

 

『『落ち着けるわけねぇだろぉ!!??』』

 

「大体なんでそんな超ヤバい名馬がウチに!?」

 

「ウチなんてG1馬なんか30年に一度、出るか出ないかの一般生産牧場ですよ!?」

 

「今までだってそこそこ有名な馬を預かったりしていましたがなんでよりによって皇帝!?」

 

「おい、お前ら!ちょっと手ぇ貸せ!!宮前が感動とショックで心肺停止状態になった!?」

 

「宮前ぇぇ!!しっかりしろぉぉ!!お前皇帝を間近で見るまでは死なないって言っていたじゃないかぁぁ!!」

 

 

 

ー再びまた暫くお待ち下さいー

 

 

 

「……今度こそ落ち着いたか?」

 

『『はい』』

 

「でなんで皇帝が来ることになったかっていうとだな…」

 

北山さんの話はこうだ。

 

まず、北山さんはこれでもあらゆる生産牧場にコネを持っており、ウチの牧場が何故アウトブリードのもう廃れた様な血統の馬の産駒がいるのかはこれが理由だ。

そして今回、シンボリ牧場のツテからシンボリルドルフを一時期預かっておいて欲しいと言われたそうだ。

理由としては、千葉の牧場に本来は送る筈が、その受け入れ体制が伝達ミスにより全くできておらず、途方に暮れた牧場がウチで預かって欲しいと言われた。

 

「そいつには借りがあったから断りにくくて、さらに依頼料も破格だったからな…去年少しキツかったし、預かることにしたんだ」

 

俺らはうなだれるか天に仰いだ。とんでもねえことしてくれたなこの人…

 

「そんで、数日もすれば皇帝はウチに来る。それでその間メインで奴の面倒を見る奴を決めたい」

 

俊(宮前)が勢いよく手をあげる。

 

「北山さん!俺やりたいです!!」

「お前は勤務歴三年以下だろうが、もう少し経験積んだ奴がいいんだよ」

 

絶望した表情で椅子に倒れる様に座った宮前を無視し、北山さんは部屋を見回す。

 

「卓也、お前できるか?」

「…………俺?」

 

何故か俺に白羽の矢が立ったのだ。

 

「いやいやいや!?俺は勤務歴五年ですよ!?宮前ともそこまで変わらないし、なんで俺が!?」

「フェニックスやラインとかの癖馬やミカドみたいな変わり種をずっと相手にしてきたお前なら経験的には十分だと思った。お前ら異論はないな」

 

みんなの意見を聞く北山さん。そうだ異論があれば俺が世話するっていう話は流れる筈だ。みんな今だけは俺のことをボロカスに言ってくれ!

 

「確かに卓也なら安心だな」

 

……えっ?

 

「仕事も速いし、丁寧だしな」

 

ちょっと…

 

「馬たちも卓也が扱うときは素直になるの多いしな」

 

まって

 

「卓也!変わってくれ!」

 

俊、お前は今この瞬間俺の救世主だ。

 

「勿ろ「よ〜し異論はないな。それじゃあ、卓也に決定。」……」

 

 

ウソだろ……

 

 

こうして俺の受難が始まった…

 

 

シンボリルドルフが来る当日。

 

 

俺は一睡もできなかった。緊張と不安と北山さんへの怒りで脳がずっと活性化していたのか目がめり込むぐらいの勢いでまぶたを閉じても寝れなかった。

 

「おい、卓也…大丈夫か?」

「俊よ、大丈夫に見えるか?」

「いや全然…」

 

俺たちは今牧場の入り口で馬運車を待っていた。もちろん理由はシンボリルドルフを迎えるためだ。

 

「俊、夢にまで見た光景だろうが死ぬのは仕事をしっかりしてから死んでくれ」

「卓也頼む、そのときは…」

「安心しろ、骨だけは拾ってやる」

 

そうしているウチに馬運車がやってきた。俺たちは馬運車が止められる場所まで誘導を行う。

 

「それでは、お願いします。」

「分かりました。」

 

そして、俺はとうとう対面した。『絶対が許された皇帝』と…

 

「!?」

「…………」

 

圧倒された。自分よりも年上の動物が出す雰囲気、何よりも全てを見透かしているのではないかと思われそうになる目に俺は引きずり込まれそうになった。

 

「人には特に悪さをすることは基本ありません。ただ馬同士になると喧嘩になるかもしれないので気をつけてください。プライド非常に高いのでヘタをするとここのボスを倒してボスになるかもしれないので」

「多分ボス云々は大丈夫です。ウチのボスはある意味最強ですから」

 

シエルは仲間意識が非常に強いので仲間に危険が迫ると非常に強い。喧嘩になっても多分負けないと思う。

 

それよりも一番心配なのはフェニックスとラインだ。あの二頭は喧嘩っぱやい。放牧中は離さないといけないな。

 

とにかく俺たちはシンボリルドルフを預かり用の馬の馬房に入れた。移動する際全く騒がないし、耳も絞らず、落ち着いていた。環境が変わると不安になる馬が多いのにそれが全くない。むしろ生き生きとしている。

 

「シンボリルドルフは環境の変化に強くて、逆に環境の変化こそが彼のリフレッシュ方法だったって言われているんだ。」

 

俊の豆知識に少し驚きながらも最初の関門は突破した。

そして俊は倒れ伏した…

 

 

暫くして、放牧地に一度離してみることにした。

 

「ルドルフは『ライオン』って言われるほど凶暴な一面を持っているから他の馬たちから離れた場所に放すのがいいと思う」

「分かった。それなら牡馬たちのところに隣接しているけど第四放牧地に放すか。」

「というか選択肢がそこしかないですよね…」

 

ここは第一から第六までの放牧地があり、第四までが今すぐ使える放牧地なのだ。第一は牝馬や当歳馬。第二が牡馬。第三が療養が必要な馬、そして予備のために空いている第四〜第六の放牧地。しかし、五と六は現在整備中で使えないので第四に離すしかない。

 

そうして俺らはルドルフを離してから他の馬たちを別の放牧地に離したんだ。

 

なのに…

 

 

 

「なんでルドルフが第二放牧地にいるんだぁぁ!!」

 

 


 

 

ミカドside

 

 

爺ちゃんから放たれた覇気によって第二放牧地にいたほぼ全ての馬は動けなくなっていた。俺を含めた動ける四頭は…

 

(なんだこいつ…!?汗が止まらねぇ…!全身の一本一本の毛が逆立つのがわかる!)

 

(英雄と称えれた彼と同等以上の覇気…いや彼の場合は純粋な走りへの渇望から来る清らかなもの…しかし、この方から放たれるのは我々を押し潰すほどの荒々しいものだ…!)

 

(人間たちが言っていた『絶対が許された皇帝』とはこやつのことか。確かにとてつもない覇気…いや衰えてこれほどのものなのであれば、全盛期は…『怪物』も『白い稲妻』をも越えるものになるというのか!?)

 

(ドリームジャーニーの様な荒々しいものを感じるが同時にワンダーの様な穏やかさの様なものも感じる。静と剛、相反するものが同時に存在する様な…そんなものが…)

 

一先ず、俺は一刻も早く他の奴らも動ける様にするために大きく息を吸い込み、嘶いた。

 

『ビヒィィィィィィイインンンン!!!!!!』

 

俺の嘶きによって正気を取り戻した他の馬たちは蜘蛛の子を散らす様にその場を離れていく。

 

『逃げろぉぉ!!』

 

『殺されるぅ!!』

 

そして、爺ちゃんの周りに残ったのは師匠たちのみ。俺は直ぐに師匠たちのもとに向かった。

 

『師匠、先輩方!』

『ミ、ミカドか…!?助かったぞ…あのままでいれば、俺らは奴の覇気に呑まれ、屈服していただろう…』

『畜生!まだ脚が震えてやがる!』

『一体なんなんですか彼は!?』

『それよりも、フェニックス先輩。一体何がどうしてああなったんですか?』

『お、おう。それはな…』

 

 


 

 

フェニックスside

 

 

『おいライン。』

『なんですか?』

『なんか変な感じしねえか?』

『奇遇ですね、僕もそう思っていたところです』

 

俺は放牧地に出てからなんかよく分からねぇものを感じているのに気付いたんだ。

 

『おい、若造ども。』

『レオの爺さん?今日はこっちなんだな?』

『最近になって、調子が格段とよくなってな。それよりもお前さんら、今日はどこかおかしいのに気付いているか?』

『勿論だぜ』

『何か変な感じがするんです。それが全く分からなくて…』

 

俺とラインの言葉に爺さんもうなずいた。どうやら爺さんも感じ取ったらしい。

 

『俺もそれを感じた。だがこの感じ、過去に似た覚えが…』

 

爺さんがそう呟いたときだった。

 

『ふぇ、フェニックス!ライン!』

『アン?なんだよカンさん?』

『どうしましたカンさん?』

『そのカンさんって呼ぶのやめてくれないか!?一応僕は君たちより年上で『ノゾミカンパネラ』っていう立派な名前があるの!?』

『今はどうでもいいだろう。それでカン、何があった?』

 

俺らを呼んだ栗毛の馬はカンさん。同じノゾミの馬で名前が長いからカンさんと呼んでいる。

 

『レオのじっちゃんまで……あ〜えっと、向こうで見たこともない鹿毛の馬が放牧地の一角を独占しているんだよ。喧嘩をふっかけた奴もいたんだけどあっさり返り討ちにあって…それでお前らを呼びにきたんだよ!お前ら僕らの中では一番強いし…』

 

その時は新入りが我が物顔でここの覇権を取りに来たんだなと思ったんだ。

 

『ヘ〜俺らになんの挨拶もなしで…ちょっくらシメてくる』

『僕も行きましょう。仲間がやられたのであれば黙って置けません』

 

そんで俺らはカンさんに案内されてそこに行き、あんな風になったって訳だ。

 

 


 

 

ミカドside

 

 

『……とまあこんな感じだ。』

『俺もこいつらが暴れない様に付いて行ったんだがやっこさんを見て直ぐに分かったよ。とんでもねぇ奴だってな…』

 

先輩と師匠の話しを聞き、ここまでの経緯を知った。

卓也さんのあの時の叫びを聞くと、元々爺ちゃんはここに居ないはずだ。なのになぜいるのか?

 

『俺、少し話してきます』

『なっ!?よせミカド!』

『アレは我々の理解を超えた何かです!近づくのは…!?』

『そうだよミカド君!?僕なんかさっきので半分気を失って離れるタイミング逃してこうなっているのに!?』

 

先輩方の反対意見はまあ分かる。なんせマジもんのヤベェ奴だからなウチの爺ちゃん。

 

『若造ども、そこまでにしとけ』

『爺さん!?』

 

師匠が先輩たちを止める。

 

『ミカド、何かあるんだろう?あの馬と。』

『はい。あの馬、シンボリルドルフは俺の父方の祖父に当たります。』

『み、ミカドの爺ちゃん!?』

 

驚くフェニックス先輩。ライン先輩もカンパネラ先輩も驚きの表情を浮かべる。

 

『俺なら多分他の馬が行くよりかは警戒されないと思います。それにこちらが刺激しなければ何もしてきませんよ。』

 

先輩たちは心配しながらも俺の案に納得してくれた。そして俺は恐る恐る爺ちゃんに近づく。

 

『は、初めまして。シンボリルドルフさん…』

『……貴様、我に何の用だ?』

 

放たれるのは正しく『皇帝』の如く気高き、力強いオーラ。それに体が強張ってしまうが俺は続けて話す。

 

『お、俺はノゾミミカド。貴方と同じ無敗の三冠馬であり、貴方の孫に当たる現役の競走馬です。』

『……何?』

『こ、ここに来たのは何故、貴方が…こ、この放牧地にいるのかということについて聞きたかったからです…おそらく貴方は、第四放牧地に居たはずです。な、なぜここに居て、他の馬を押し除け他のかを知りたくて…』

『………』

 

爺ちゃんは何も言わない。ただ俺をずっと見てくる。漆黒の宝石の様なその瞳に吸い込まれそうになりながらも俺はそれを見返す。

 

『……』スッ…

『!!』

 

そして、爺ちゃんが俺の方に歩いてきた。

 

『……』

 

ゆっくり、ゆっくりと俺の方にやってくる。

 

 

『おい、やっぱ行った方がいいんじゃねぇか!?なんかヤバそうだぞ!?』

『彼は我々に危害が喰わらない様に行ったんです!少しは後輩を信じなさい!』

『ミカド君、頑張ってくれ〜!』

『ミカド…!』

 

 

先輩方が見守る中、爺ちゃんが俺の直ぐ目の前で歩みを止めた。

心臓がバクバクいっていることが分かる。妙な汗が止まらない。

 

『………』

 

そして爺ちゃんの顔が動いて俺に向かってきた!

 

『!』

 

ポフッ

 

『………へっ?』

 

爺ちゃんの顔は俺の首に乗り、匂い嗅ぎ始める

 

すんすん

 

『えっと……ルドルフさん?』

『うむ、我と似た匂いがする。どうやらお前が言ったことに嘘はない様だな。歓迎するぞ、我が孫よ。』

 

そう言って爺ちゃんは俺にグルーミングをし始めた。何が何だかよく分からなかったけど、とりあえず俺もグルーミングを返すことにした。

 

 

『なんか仲良くなってね?』

『なってますね?』

『なってるの?』

『やれやれ、肝が冷えたわい…(フゥ…)…さて、次は…』

 

 

「俊!?しっかりしろ!この状況で俺を一人にするな!?俊んんんん!!??」

 

 

『アレをなんとかしなくてはな…』

*1
北山牧場の多目的室的な場所を机を円形に並べて会議室ぽくしただけ




今回出てきた新しい馬と人のプロフィールです。

名前:ノゾミカンパネラ

年齢:11歳
生年月日:1999年9月27日
性別:牡
毛色:栗毛
血統:父・ナリタブライアン 母・クロッシュ(架空馬) 母父・マルゼンスキー
成績:25戦9勝 2着8回 3着6回
距離:短A マイルA 中C 長D
脚質:逃げG 先行A 差しA 追込みD

主な勝鞍
2003年 日本テレビ盃(G3)
2004年 トパーズステークス(OP特別)

ノゾミの馬の一頭であり、元々は芝で走っていたが成績が振るわず、ダートに移ると勝ち星を少しずつ上げるようになった。
性格は臆病だが冷静に物事を見ることができる。
仲間内からカンパネラが言いにくいせいか「カンさん」と呼ばれており、本馬はちゃんと名前で言ってほしくて毎回訂正している。ミカドはちゃんと言ってくれるため、お気に入りの後輩として可愛がっており、もしダートを走るときは色々教えてやろうと考えている。

宮前俊(23歳)
勤務歴3年の従業員。ルドルフの大ファンで目の前に現れたことに感動し尊死しまくることになった。ミカドとのグルーミング風景を見た結果今まで耐えていた尊みが爆発し、無事尊死。

今回はルドルフじいちゃんがメインなので彼らの出番は基本モブになります。

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