紡がれる『帝』の血脈   作:シントウ

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今回は鞍上のお話です。ぶっちゃけここが一番悩みました…
作者は競馬歴が浅いのでおかしなところもあるかもしれませんが温かい目でみてくれると幸いです。
ラグナカングさん、どれっどのーとさん、坂田銀時さん、評価ありがとうございます!!

この物語はフィクションです。登場する人物・団体名は架空のものであり実在するものとは関係ありません。


帝の相棒/不屈の騎手

『腹減ったな〜。人参とかもっとくれぇ〜』

 

俺ノゾミミカドは現在馬房の中で暇を持て余していた。ブエナは調教で先に出ており、オーラ先輩はレースがあるとの事でトレセンに居ない。もうすぐ調教だとしてもこう暇だと腹も空く感じがする。

にしても馬になって餌とかちゃんと食えるか心配になったけど普通に食えて安心した。人参って人間の時は気にしなかったけど結構甘いんだな。俺がそんなことを考えていると、見慣れない男の人がテキと駒沢さんと一緒に現れた。

 

「この馬だ。名前はノゾミミカド。トウカイテイオー産駒でウチの期待の星の一つだ」

「これがあの…凄いじゃないですか。パッと見ただけでも筋肉の付き方が良いですし、立ち振る舞いなんかはまさにテイオーの生写しじゃないですか」

「こいつはテイオーの脚程じゃないがその柔らかさを受け継いでいて、その分テイオーよりも丈夫だ。脚質は先行か差し、試してはないが恐らく逃げもできるだろう。距離は血統からしてマイルが適正だろうが中距離も走れる筈だ。長距離はまだ分からんがな」

「良い馬ですね…脚質の幅が広ければそれだけ多くの戦略が練れますから」

 

おう、もっと褒めてくれてもいいんだぜ。てかこの人が俺に乗る騎手さんか?見た目は若く見えるけど肌から伝わる手の感触からは結構長いこと乗り続けていることがわかる。てかこの人どっかで見たことある様な?

 

「それで雄一(ユウイチ)、こいつに乗ってくれるか?今だったら、恐らく新馬戦には間に合うと思うが」

 

ユウイチ。もしかしてこの人あの福長雄一(フクナガユウイチ)騎手!?黄金世代の一角であるキングヘイローと共に駆け、シーザリオと共に優駿牝馬を制した。俺の前世では三冠馬コントレイルと共に三冠ジョッキーとしてその名を馳せることになる。天才ジョッキー武豊(タケユタカ)に負けず劣らずのベテランジョッキーじゃないか…

雄一さんは俺のことをジッと見つめ、首あたりを撫でる。

 

「一度乗らせて貰っても?乗ってみないとこいつの走りは分かりませんから」

「ああ、構わないよ」

 

俺は調教時に使われるウッドチップコースと呼ばれるコースに出され、俺の背に乗る雄一さんは俺に指示を出し軽く走らせる。

 

最初は余り雄一さんからの指示は無かったから俺の好きに走ってみる。動き始めたばかりだから軽く流しながらコースを一周。そしてスタート地点に戻ってから雄一さんとテキが軽く話してまたコースを走る。

 

(このコースは小回り気味だからコースの取り方を結構気をつけなきゃ)

 

レースでもコーナーを曲がる際は外側に膨らんでしまうと他馬との接触、事故を起こす可能性がある。他にも外側に出てしまったらその分の距離を走ることになるからロスが馬鹿にならない。

 

(コーナーは少し重心を傾けてっと、よし、うまくできた)

 

コーナーに気をつけながら走り、最後のコーナーが終わる頃、雄一さんは少し姿勢を変えて、手綱をしごく。

 

(加速の指示?よし、いっちょみんなを驚かしてやるか!!)

 

指示と同時に俺は脚を溜める。ほんの僅かな減速。だがそのロスは俺には関係ない!!

 

「えっ?」

 

「はっ?」

 

「……」

 

加速とほぼ同時に今の俺が出せる最高スピードに達する。このスピードを出せる馬は同い年にはまずいないはずだ。俺の脚の柔軟さがバネになり、風を切る様に走る。最っ高に気持ちいいぜぇぇ!!

 

「おっとと!!?」

 

ヤベッ!?雄一さんのこと考えないでスピード出したから向こうがバランス崩しかけてる!?

俺は直ぐに減速し、減速したと同時にコース一周を走り終えた。

 

(危なかったぁ〜、今まで人を乗せてトップスピードを出すことがなかったからな。こうなるっていう事を見落としていた)

 

「…雄一、今の…」

「ええ、一瞬だけどとんでもないスピードが出ました。バランス崩しかけましたよ…」

 

マジでごめん雄一さん。俺の落ち度です。

 

「……もう少し乗ってみても?今の感覚を掴みたい」

「構わないが、行けるのか?」

 

テキはさっきバランスを崩しかけたことに少し心配になっているみたいだ。

 

「大丈夫、あれは俺の油断ですから。ミカド、さっきのやつをもう一回頼む。遠慮はいらない」

「ブルルッ…(うっす…)」

 

さっきと同じようにコースを走る。そしてまた最後のコーナーで雄一さんから指示くる。

 

本当にさっきのスピードを出して大丈夫だろうかと雄一さんの方を見る。

 

「思いっ切り行けっ!!ミカド!!」

 

雄一さんは自分のことは気にするな、大丈夫と言わんばかりに手綱をしごく。

 

そうだ、この人はたとえボロボロに負けようが諦めずに這い上がってくる人だ。あの不屈の塊と言われた馬と同じ様に…

 

『今度は振り落とされないで下さいね!雄一さん!』

 

コーナーが終わる瞬間、俺は一気に加速、雄一さんもさっきと違ってバランスを崩してはいない。俺のスピードのメーターは振り切り、さっきよりも早く俺たちはコースを駆け抜けた。

 

===

 

「……それで、乗ってみてどうだった?こいつに乗るか?」

「……ええ、こちらもこんないい馬に乗せてもらえるなんてありがたいですよ。乗らせて下さい」

 

雄一さんはテキに頭を下げる。テキはそれに嬉しそうな表情でさんの肩を叩き「頼んだぞ」といった。

 

「これからよろしくな、ミカド」

『おう、これから頑張って行こうぜ!雄一さん!』

 

俺は頭を雄一さんの胸に頭を押し付けグリグリする。

 

「おおっと、よしよし。凄い人懐っこいですね」

「ハハッ、でもこいつがここまで人に反応する事はあまり無い。お前、気に入られたみたいだな」

 

===

 

福長雄一side

 

「松戸厩舎の新馬?」

「ええ、松戸厩舎に新しく来た牡馬で、最近少し話題に上がっているみたいです。福長さん、知らないんですか?」

 

栗東トレセンの調整ルームで後輩の騎手がその話を振ってきた。

 

「あ〜、ここ最近は忙しくてな。レースもいくつかあったしそういう話はあまりな」

 

ここ最近はレースが重なることが多かったからトレーニングや馬の調教でそういう情報が耳に入りにくかった。

 

「それで、その馬は何で噂になっているんだ?ただ強い、強くなるだろうじゃ噂になりにくいだろう」

 

その馬のレベルが調教時点で他の馬たちよりも高いという話は多くはないが何度かよく聞く。後輩の雰囲気からただ強いっていう訳ではないだろうが…

 

「確かに調教時点でも結構いい感じみたいなんですけど、拍車をかけているのはその馬の血統と馬主です。トウカイテイオー産駒で馬主が駒沢社長なんですよ」

「へぇ、テイオーの。しかも駒沢の社長さんが…」

 

トウカイテイオー産駒は決して弱いわけでは無い。しかし、祖父と父の偉業の大きさから例え産駒たちがG1を取ったとしてもその功績は霞んで見えてしまっている。今回の産駒は噂になるほどだから決して弱くはないんだろう。

そんで駒沢の社長さんが馬主ねぇ…

あの人が所有する馬には何回か乗った事がある。どの馬も決して弱くはなく善戦はするがいざ重賞クラスにいくと中々勝てない。それでもみんないい馬ではあったから乗っているこちらからするといつも気持ちいい騎乗が出来るのだ。

 

「同期が松戸厩舎で調教しているところを見たらしいんですけど。デビュー前にしてはかなり仕上がっているみたいです。早めにデビューするみたいでもうそろそろ鞍上の依頼が来るんじゃないですかね?」

「なら、お前が行けば良いんじゃないか?あそこの厩舎とは繋がりがあっただろう」

 

デビュー前でここまで噂になっているなら依頼は殺到するはずだ。しかしこいつは徐に目を逸らした。

 

「俺、実は今日のレースで斜行で進路妨害やっちゃいまして、そのぉ〜…」

「分かったもう言うな…お前なぁ…」

 

要するにやらかしたばかりの自分じゃ選ばれないと思ったわけだな。

 

「だが騎乗停止になったとしてもテキにある程度信用されているお前なら大丈夫だろう」

「今回騎乗した馬の馬主さんが温情でこれからも乗らせてくれるんです。だから暫くはそいつに集中したいんです。幸いにも俺が乗る他の馬は暫くはレースがありませんから」

 

(…そういう風に超が付くほど真面目なお前だから、信用されると思うんだがな)

 

しかし、テイオー産駒ね…

 

その日の夜、俺はその馬のことがどうしても頭から離れなかった。

 

数日後、俺に松戸厩舎の件の馬への騎乗依頼が来た。何故俺がと思ったがこの機を逃す筈もなく俺は松戸厩舎へと行くことにした。松戸厩舎に着いたのは午前9時少し過ぎたぐらい。厩舎前には既に松戸調教師と馬主である駒沢社長が待っていた。

 

「おう、雄一。こっちだ」

「松戸さん、駒沢さん。どうも」

「どうも福長さん、お久しぶりです」

「駒沢さん、私に依頼してくれてありがとうございます」

「いえいえ、福長さんにはいつもウチの馬たちがお世話になりましたからね」

 

少し談笑をしてから松戸さんに連れられ俺は厩舎の中に入った。その馬は調教前で今はまだ馬房にいるらしい。

 

「この馬だ。名前はノゾミミカド。トウカイテイオー産駒でうちの期待の星の一つだ」

 

その馬は俺たちが近づいて来たのに気付き、馬房から顔を出した。父親とは違う黒鹿毛の馬体、しかし流星と足白は父親と殆ど一緒だった。自分の知らない人が来ているせいか俺の事を興味深く見ている。見ただけでもデビュー前にしては馬体がかなり整っていることが分かる。顔を手で軽く撫でると気持ちよさそうに目を細めた。血統からは考えられないほど大人しい。母親方の血筋はそれほど気性が荒いわけでは無いが父方の方は祖父である『皇帝』は非常に気性が荒く、父である『帝王』も皇帝ほどではないが荒かった。

 

「これがあの…凄いじゃないですか。パッと見ただけでも筋肉の付き方が良いですし、立ち振る舞いなんかはまさにテイオーの生写しじゃないですか」

「こいつはテイオーの脚程じゃないがその柔らかさを受け継いでいて、その分テイオーよりも丈夫だ。脚質は先行か差し、試してはないが恐らく逃げもできるだろう。距離は血統からしてマイルが適正だろうが中距離も走れる筈だ。長距離はまだ分からんがな」

「良い馬ですね…脚質の幅が広ければそれだけ多くの戦略が練れますから」

 

血統も申し分ない。筋肉のつき方も見た感じは良い。大人しい気性に幅広い脚質。あとはしっかり走るかどうか…

 

「それで雄一、こいつに乗ってくれるか?今だったら、恐らく新馬戦には間に合うと思うが」

「一度乗らせて貰っても?乗ってみないとこいつの走りは分かりませんから」

「ああ、構わないよ」

 

乗ってみないことにはこの馬が果たしてどれほどの力を持っているかは分からない。例えいい馬だったとしても自分と息が合わなくては走る馬も走らない。俺はノゾミミカドを連れてウッドチップコースに向かった。向かう途中、ノゾミミカドの背に乗った俺は乗り心地を確かめた。

 

(背に乗っても特に嫌がる様子は無し。ただ初めて来た人間が乗っているからかちょくちょくこちらに意識が向いている。好奇心が旺盛なのか?集中があちこちに分散しているとゲートで出遅れたり掛かってしまう恐れがあるな)

 

一抹の不安がありながらもコースに着いた俺たち。時間は調教を始めるにはちょうど良い時間だったか周りに他の馬は殆どいない。先ずはウォーミングアップにコースを軽く走らせ、少しずつ脚を慣らしていく。若干早いペースになっているなと思い手綱を引けば、すぐに速度を落とす。コースを一周しスタート地点に戻ったため、停止の指示を出すとピタッと停止した。

 

「次は最終コーナーが終わる瞬間に加速の指示を出してくれ。本番さながらでな」

 

松戸さんにそう言われ、再びノゾミミカドを走らせ考える。

 

(走らせてみて分かったことはまず指示を良く聞き理解している事だな。さっきの停止の指示も手前を変える指示もしっかり理解しながら動いている。コーナーの走り方も問題ない。トレセンに来てからまだ数ヶ月程度で2歳にすらなっていない馬がここまでやるのか?)

 

そう考えているうちに4コーナーに入り、俺は思考を切り替える。

 

そしてコーナーが終わる少し前に姿勢を変え加速の指示を出す。

 

だが次の瞬間…

 

「えっ?」

 

「はっ?」

 

「……」

 

一瞬、僅かに失速したと思った瞬間…

 

俺の体は僅かに浮いた。

想定していたものよりも急速な加速。まるで全てのものを置いて行ってしまう様な、そんな感覚が俺を襲った。

 

「おっとと!!?」

 

しかしそれも束の間、俺の体はこの急加速についていけずバランスを崩しかけていた。

俺の慌てた声を聞いたのかノゾミミカドは減速。止まる頃にはスタート地点に戻っていた。

 

「…雄一、今の…」

「ええ、一瞬だけどとんでもないスピードが出ました。バランス崩しかけましたよ…」

 

松戸さんたちも見ていた。あの急加速…1秒にも満たない僅かの時間で脚を溜め、それを爆発させるかのように加速する。

 

「……もう少し乗ってみても?今の感覚を掴みたい」

「構わないが、行けるのか?」

 

俺がさっきバランスを崩した事が不安なのか、心配するような声で松戸さんは聞いてくる。

 

「大丈夫、あれは俺の油断ですから。ノゾミミカド、さっきのやつをもう一回頼む。遠慮はいらない」

『ブルルッ…』

 

ノゾミミカドも俺を落としかけたことを気にしているような素振りを見せたが、返事を返した。

 

第4コーナに差し掛かったところでノゾミミカドは俺を見る。さっきのことをまだ気にしているのかスピードを出そうとはしない。

 

「思いっ切り行けっ!!ミカド!!」

 

俺のことは気にするな。10年もジョッキーやってんだ。バランスくらい簡単に取れる!

 

手綱をしごいて、ミカドに指示を出す。ミカドは覚悟を決めたような顔で前を向き、先ほどと同じように脚を溜め、溜めた力を一気に爆発させる。

 

先程と同じく急スピードによる圧力が体にかかる。だが2回も同じヘマは繰り返さない。バランスをとり、ミカドと呼吸を合わせる。

そして俺たちは先程よりも早くコースを駆け抜けた。

 

===

 

「……それで、乗ってみてどうだった?こいつに乗るか?」

 

ミカドの調教が終わる頃に松戸さんは俺に乗るかどうか尋ねる。

 

「……ええ、こちらもこんないい馬に乗せてもらえるなんてありがたいですよ。乗らせて下さい」

 

もう乗る一択しかない。こいつのスピードに俺は完全に惚れ込んでしまっていた。こいつとならクラシック三冠も狙えるはずだ。

 

「頼んだぞ」

「はい。これからよろしくな、ミカド」

 

俺が頭を撫でるとミカドは頭を俺の胸にグリグリと押し付けてきた。

 

「おおっと、よしよし。凄い人懐っこいですね」

「ハハッ、でもこいつがここまで人に反応する事はあまり無い。お前、気に入られたみたいだな」

 

血統からは考えられないほど大人しくて人懐っこい。さっきまで現役馬顔負けの走りをしていた奴と同じとは考えられない。頭が当たった胸が少し痛かったが悪い気分ではなかった。




はい、今回ミカドの鞍上になって貰ったのは今話題の三冠馬の主戦騎手をモデルにしています。
あくまでモデルなので本人とは違う性格や言動になるかもしれないのでご了承下さい。
次回はいよいよ新馬戦です。ここが絶対難しいと思うんで多分投稿が遅れると思いますが気長にお待ち下さい。

人物紹介
福長雄一 32歳
栗東に所属する騎手。真面目で努力を惜しまない性格。ミカドの主戦騎手に選ばれる。
因みに選ばれた理由は馬主曰く「馬たちの走りを理解して、考えてくれる。責任感が強いから安心して彼にミカドを託せる」かららしい。

後輩騎手 27歳
今回チラッと出てきた騎手。まだまだ未熟だが真面目で責任感が強く、それが信頼されて彼に依頼する人も少なくはない。

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それでは。
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