玉響の輝き   作:ilru

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10話以内には終わる気がする。


ガイセンカグラというウマ娘

 某年某日、とある記者がトレセン学園のトレーナー達に取材を行った。

 

 ウマ娘たちを一流のアスリートへと導く彼らは世間一般では憧れの的であり、なるのが非常に難しく、またなったところで大成するかも分からない職業であるにも関わらず、URA発足から数十年たった今なお目指す人は後を絶たない。

 

 数あるトレーナーの中でも粒揃いが集まる中央トレセン学園では、創立◯周年を記念した企画の一端として、トレーナーたちによる座談会が開かれた。

 

 そこには皇帝シンボリルドルフや怪物マルゼンスキー、世紀末覇王テイエムオペラオーなど世代を担った名バが所属していたチームリギルのトレーナーや、不沈艦ことトレセンのヤベーやつ筆頭ゴールドシップに胃袋が日本総大将スペシャルウィーク、走ることしか考えてない頭が異次元の逃亡者サイレンススズカなど実力派であると同時に一癖二癖もあるウマ娘が所属しがちなチームスピカ。その他芦毛の怪物オグリキャップが所属したチームシリウスのトレーナーに無敗のクラシック二冠ウマ娘ミホノブルボンのトレーナーなど、一流のトレーナーが一堂に会したこの場では、質疑応答という形でそれぞれがトレーナーになったきっかけ、新人時代の苦労話、特に印象に残っている思い出などを語り合い、お互いに思い出に花を咲かしていた。

 特にオグリキャップのトレーナーは彼女のためにわざわざ資格勉強をして笠松から中央へ入ってきたため、彼の話に胸打たれるトレーナーが多かった。

 

 その中でも一際言論が激しく飛び交ったのはやはりというべきか、記者が1番強いウマ娘は誰と思うか聞いた時であった。

 

 まずリギルトレーナーがそれはシンボリルドルフだと答えると、スピカのトレーナーがうちのゴールドシップだってやる気さえあれば負けてないと見栄を張り、するとシリウスのトレーナーがいやうちのマックイーンがなどと言い始め、カノープスのトレーナーがいやうちのイクノディクタスも無事是名バという意味では最強と宣い、それならハルウララが最強だろーがとヤジが飛び、ものの5分で現場は混沌と化した。

 

 担当トレーナーとしての意地の張り合いとなったこの議論は西日が差し掛かってきても衰えを見せず、喧騒は飛んできた秘書のたづなさんの鶴の一声によって唐突に終わりを告げた。

 

 降って湧いた静寂にどうしようもない居心地の悪さを覚えた記者は、少し上擦った声で「では記憶に残る名バといえば誰ですか?」と聞けば、こちらも先ほどの地獄ほどでは無いがかなり白熱した話題となった。

 

 まずスピカのトレーナーが有マ記念にて奇跡の復活を遂げたトウカイテイオーの名前を挙げ、シリウスのトレーナーが同じく有マ記念で感動のラストランを果たしたオグリキャップを挙げた。カノープスのトレーナーは3年連続有マ記念3着のナイスネイチャと、皆に愛された逃げウマ娘ダブルジェッ……失礼ツインターボの名前を挙げた。次いで113戦0勝というある意味偉業を成し遂げたハルウララや、天皇賞秋の天覧試合で天皇陛下に最敬礼をしたエイシンフラッシュ、何故かパドックで将棋を指すゴルシ、そしてBNWや黄金世代など皆染み染みとした思いでかつてのウマ娘たちの名を挙げていった。

 その時の彼らはさながら感涙に咽ぶアグネスデジタルと同じ雰囲気を醸し出していたとあるトレーナーは後日担当ウマ娘に語ったそうな。勿論彼も例外では無いが。

 

 その中でとあるトレーナーがある1人のウマ娘の名前を挙げた。

 

 そのウマ娘の競争成績は16戦2勝と未勝利戦を除けば一勝しかしておらず、また彼女自身シニア級の秋に怪我をしそのまま引退してしまった、選手としては非常に短命なウマ娘であった。

 しかし彼女がその自身の元担当ウマ娘を口にすると、皆一様に押し黙ってしまった。無論それは文句のつけようがなかったからである。

 記者も当然その名前は記者も知っており、一時期彼女は時の人であった。

 

 ガイセンカグラ。悲願の凱旋門賞制覇を成し遂げたウマ娘であり、また稀代のシルバーコレクターとしても彼女は知られている。16戦のうち2着14回とダイワスカーレットを超える16戦全てで連対の記録を持つ、勝利数には恵まれなかったものの誰が呼んだか「奇跡の2勝利ウマ娘」の名声と博していた。

 

 彼女の名が挙がってから盛り上がりが緩やかに衰退し、その後は特に書き留める事もない程あっさりと座談会は終わってしまった。

 

 散り散りになっていくトレーナーたちの背中を眺めて、ふとある事を思いついた記者は、ダメ元でガイセンカグラのトレーナーだった女性に話を伺った。というのも、ガイセンカグラは何故か彼女に関する記事がほとんど無かったのだ。

 

 それは引退した今でも変わらず、トレーナーは彼女に関するインタビュー依頼を断り続けていた。

 無論その事を承知していた記者は記事にしようとは思っておらず、単純に私的な興味から聞いてみたいと思っていた。また記者はガイセンカグラ自身よりも、トレーナーや周りから見た彼女について興味を持っていたのだ。

 

 もし、と声をかけられたトレーナーと世間話も少々に「貴女から見たガイセンカグラについて聞かせて欲しい。この事は記事にはしないし、記録にも残さない。ただウマ娘に、彼女に魅了された1人のファンとして、貴女から、そして周りから見た彼女がどういうウマ娘であったのかが知りたい」と頼んだ。

 

 トレーナーは逡巡してから、「まずは彼女と少し話をさせて欲しい。私自身は前向きに検討しているが、いくら記事にしないからといって彼女を通さずに話すのは不義理だ」と言って、この話は一旦持ち帰りとなった。

 

 そして後日トレーナーに呼ばれた記者は現在彼女のチーム部屋でお茶を飲みながら、トレーナーとその他ガイセンカグラと仲の良かったウマ娘達が訥々と話す思い出話に耳を傾けていた。

 

 これは記録には残らず、されど心にその雄姿を見る者の心に焼き付けたガイセンカグラが駆け抜けたトレセンでの日々、その貴重な一幕である。

 

 

 

 ▽

 

 

 

 トレーナーは語る。あの日の事は今でも鮮明に思い出せると。

 

 トレーナーがガイセンカグラと出会ったのは春のある模擬レースでのことだった。

 当時まだ新人だったトレーナーは、どうせ1着になるウマ娘はベテランに取られるからと有力視されていたウマ娘達には目向きもせず、最初から2着3着、もしくはそれ以下の子たちに目を光らせていた。ある程度能力がまとまっている子よりも、一つに抜きん出ている代わりに何か一つが明確に足りないせいで勝てない子の方が、新人の自分からしても育成の方針が立てやすいからという些か自信に欠けた発言も添えた。

 

 そういう点では、ガイセンカグラは実に彼女に合ったウマ娘で合ったと言えるだろう。

 当時の彼女は、一言で言うならば「ズブいウマ娘」であった。高身長を生かした長いストライドとデビュー前にして息切れせずに2000mを走りきることが出来た彼女は、スタミナにこそ光るものがあったが、その反面スピードが足りず、結果いつも最後には差されて2着3着に甘んじていた。パワーは比較的ある方だが、杜撰なフォーム故に十全に加速し切れていなかった。

 

 それでもそこはトレーニング次第でどうとでもなるため、名ステイヤーになれると踏んだ幾人ものトレーナーが勧誘したのだが誰も彼女を手にする事は出来なかった。というのも彼女の出す条件が余りにも非現実的であったからだ。

 

 すなわち凱旋門賞制覇。彼女はただそれだけを望み、ティアラ三冠や選手寿命すら引き換えてでも自身に栄光をもたらしてくれるトレーナーを求めていた。

 

 スピードシンボリから始まった日本の挑戦は、エルコンドルパサーが2着を取って以来誰もその栄冠に指先すら触れる事が出来ないでいた。それを模擬レースにすら勝てない小娘が勝たせろと言われてもそれはベテランですら匙を投げ出したくなる程の荒唐無稽な条件であった。

 

 加えて彼女が逃げウマ娘であった事も破天荒さに拍車をかけていた。というのも、凱旋門賞の逃げ切りはエリシオ以来現れていないのだ。これには欧州のレースにはラビットと呼ばれるウマ娘の存在や欧州特有のゆったりとしたレース進行など様々な理由があるが、トレーナーやウマ娘間では、凱旋門賞は逃げ不利というのが専らの通説になっていた。

 

 少しウマ娘に詳しい人ならば天を仰ぐ程の無理無茶無謀を宣う彼女を欲しいトレーナーなど当然いるはずもなく、皐月賞が終わる頃には彼女に声をかけるトレーナーは1人もいなかった。

 

 だからこそトレーナーは彼女に声をかけたのだ。彼女には類稀なる才能があり、スピードが少々足りていないだけなのだ。荒削りで改良の余地が多分に残されているフォームを直せば伸び代がある。そこを直すだけで彼女はG1を取れるに違いない。なんなら筋トレを多めに入れてパワーをつければ、豊富なスタミナを生かして最後にもう一度加速出来るかもしれない。

 そも、ウマ娘が好きでトレーナーになった彼女の行動原理は終始担当ウマ娘に帰結しており、彼女自身の名誉は気にしていない。もし彼女が重賞すら勝てなかったとしても、トレーナーとしてはウマ娘に人生を尽くせた、その一点で十二分に満足なのだ。

 

 5月上旬の模擬レースが終わった後、トレーナーはクールダウンをし終わり更衣室へ行こうとするガイセンカグラを勧誘した。

 

「貴女が望むもののために私の全てを捧げましょう。だから私を貴女のトレーナーにしてほしい」

 

 目を瞑ってトレーナーは当時に口説き文句を誦じてみせた。実はこれ私がウマ娘を勧誘する時の決まり文句なんですよね、と照れを誤魔化すように舌を出した。

 

 ガイセンカグラはただずっと彼女を見るだけだったらしい。喜色を帯びた声で驚愕するわけでもなく、さりとてあからさまに邪険にするでもなく、ただ試すように彼女の目を射抜き続けた。

 そこまできたらもう意地でも折れてやらないぞと意気込んだトレーナーとの睨みあいはさてどれほど続いたのか。体感的には何十分、何時間も続けていたように思えたが、実際には数秒だったのかもしれない。

 均衡を先に破ったのはガイセンカグラであった。目を瞑った彼女は何かに納得するように1人頷くと、破顔させて手を差し伸べてきた。

 

 

「これからお願いします」

 

 

 あの時の事と言ったらもう今でも忘れられませんとトレーナーは嬉しそうに語る。あの時の息苦しさ、手に握った汗、詰まった呼吸、目の前で花開く笑顔、そして全身に染みる達成感。その全てを今でも覚えていますと。

 

 

「勝ったって思いましたね、えぇ。ついに彼女を手に入れたんだ、新人トレーナーなりに彼女と二人三脚で頑張っていこうと思いました」

 

 

 彼女にとって幸運だったのはガイセンカグラがトレーナーの話を聞かない頭でっかちではなかった事だろう。

 晴れてトレーナーとなった彼女とガイセンカグラがまず始めに行った事は、これまで彼女が行っていたトレーニングメニューの確認であった。

 

 トレーニングメニューにどこを重点的に鍛えていたか書かれたメモ、そして1週間の食事すら提出したカグラに当初はとても驚いていた。

 

 見れば、成る程凱旋門賞という重いとされる欧州のバ場にも対応できるスタミナとある程度のパワー、そして怪我しない柔軟な体作りを主に鍛えている事が分かった。しかし肝心なスピードを鍛えるトレーニングはどうしたのだと聞くと、カグラは模擬レースの直前で思い出しましたと苦笑を溢した。

 

 

「彼女が遅いのは日本の軽いバ場が彼女に合ってないというのもあるんですけどね。あの時は快晴の日が続いていましたが、もし雨が降ったりしていたら彼女はきっと勝てたでしょう」

 

 

 ガイセンカグラは重バ場のレースを得意としていたが、行われた模擬レースが全て良バ場であった為、彼女は自身の力を十全に発揮できていなかったのだ。

 

 

「カグラは晴れ女なんですよ。それはもう面白いくらいに。なんせ1度も雨に打たれた事がないと自慢するくらいですから」

 

 

 悲しい事にレースでは完全に裏目に出てしまっていたが。

 

 まずトレーナーとカグラは丸一日を費やして、お互いに納得のいくプランを組み立てていった。その際凱旋門賞の行われるロンシャン競バ場は確かにバ場は重いけど、実はそこまで重要ではないと告げると、彼女は実に驚いた顔をしていた。勿論重いには重いのでこれまでの彼女の努力は全くの無駄ではないのだが、そこに目を向き過ぎてバ場どうこう以前にそもそも実力が無いと勝てない事を忘れてないかと聞いた。忘れていたらしい。

 

 実はこの子しっかりしているようで少し抜けているのではとトレーナーが初めて思った瞬間であり、それは事実でもあった。

 

 

「そうですね。ここからメイクデビューまで私は彼女とひたすらトレーニングしていただけなので、その間の私生活などについて知りたいなら他のウマ娘達に聞いてみては? ちょうど今ここにいるんですし」

 

 ちなみに学園での彼女はどちらかと言うとヤベーやつとよく一緒にいるヤベーやつとして知られていた。

 

未実装馬の名前を出したり一部をオリキャラとして登場させてもいい?

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