エリザベス女王杯から一ヶ月が過ぎ、今年を締め括る有マ記念からはや数日が経った12月24日の事であった。
有マ記念の結果はまたしても2着であった。バ場は彼女にしては珍しく稍重であったが、タップダンスシチーに前を潰され、また内枠だったせいでバ群に沈んでしまった彼女は途中で外に持ち出してハナを奪ったは良いものの、それによって大きくスタミナを削られたせいで十分に加速する事ができないままシンボリクリスエスに差されてしまった訳である。
またもや連続2着記録を伸ばしてしまいすっかり意気消沈してしまったガイセンカグラを励ますため、そしてグランプリウマ娘となったシンボリクリスエスを祝う名目で同期とクリスマスパーティー兼打ち上げを催したのが有マ記念から一夜明けた23日。
プレゼント交換やらケーキ入刀やらでキャッキャウフフと楽しむウマ娘達とは裏腹に、今日も今日とてトレーナーは1人業務に励んでいた。これがトレーニングの調整とかガイセンカグラに関する事なら彼女も嬉々として取り組んでいたのだが、残念な事にトレーナーがしているのは期日ギリギリまで溜めに溜め込んだ報告書だの何だのと言った事務作業である。
悲しきかなトレーナーは夏休みの宿題を前日まで手を付けない人間であった。すっぽかすのは簡単だが、そんな事をしてしまえば初夢に出てくるのはガイセンカグラの振袖姿では無く般若の形相を浮かべたたづなさんなのは目に見えている。
そんなわけで1人寂しく学園のトレーナー室に残りブルーライトに目を灼かれながらも報告書を着々と仕上げてゆき、終わった頃には既に朝日が窓から部屋に差していた。
ついに力尽きたトレーナーはエイシンフラッシュも思わずゾンビと勘違いしそうな呻き声をあげて凝り固まった背筋を伸ばし、引き摺るようにソファへ身を投げ出すとそのまま死んだ様に眠ってしまった。
「……んぁ?」
「あっ起きた」
目が覚めたトレーナーがいの一番に目にしたのはガイセンカグラの顔であった。
長いまつ毛が瞬く度に揺れ、蒼穹の瞳が締まりのないトレーナーの顔をうっとりとした目で見つめる。耳にかかった銀髪は太陽の光を浴びて雪の様に輝き、毛先がトレーナーの鼻筋をくすぐる。
レースの時とはまた違う凛とした雰囲気を醸すガイセンカグラにトレーナーは眠気も忘れて見入ってしまっていた。
「おはよう。トレーナー」
「あぁ、うん。おはようカグラ」
「寝心地はどうだった?」
「ねごこち……?」
「うん、寝心地。疲れてそうだったら癒してあげようと思って膝枕してみたんだけど、筋肉で硬いとかないか?」
「なぁ〜にぃ〜……」
彼女に言われた瞬間途端、ソファとはまた違う柔らかい感触が明確に後頭部に伝わった。
陽だまりのような温かな体温、どこまでも沈んでしまうそうな程に柔らかく、しかし力強く受け止めてくれるハリの良さ。そして線香だろうか、彼女から匂う香水とはまた違った心地好い香りがトレーナーの眠気を取っ払う。
「……ッ! ごめん! 今退くね!」
「だ〜め。トレーナーは仕事頑張ってたんだから今は私に思いっきり甘えんだよ」
それらを意識した途端に何故か猛烈に恥ずかしくなり、上体を起こして彼女から離れようとしたが、ガイセンカグラに肩を押さえられた事によって浮いた頭はあっけなく彼女の大腿に再度収まってしまった。憐れトレーナー、ウマ娘に人間が勝てる訳ないのである。
羞恥やら申し訳なさやらでとても居心地が悪く、トレーナーは何度も頭を動かしては位置を調整していたのだが、その度にガイセンカグラがくすぐったそうに小さな嬌声をあげるせいでトレーナーは更に顔を赤らめ、ついには顔を両手で覆い隠してしまった。
「トレーナー、顔を隠さないで私を見てよ。じゃないとせっかくおめかししたのに面白くない」
「ん? ちょっと待ってカグラ何着てるの?!」
「何ってコスプレだけど。ほら、今日はクリスマスイヴだし」
両脇に手を差し込まれては向かい合うような姿勢で彼女の上に座らされ、両手も剥がされたトレーナーの目に映ったガイセンカグラはサンタクロースのコスプレをしていた。
頭にはウマ娘用に穴が空いた帽子が乗っかっており、ワンピースのようなタイプの服はサイズが少し合ってないのか豊満な胸が押し出されるようになっており、否が応にも目についてしまう。肩がけ*1によって生み出された胸元の三角形は非常に艶やかで、少しでも理性が緩んでしまうと視線が谷間へと吸い寄せられる魔性の魅力を醸し出していた。さらに丈の短いスカートから伸びる美脚を纏う黒のタイツが彼女の至高の大腿をさらに艶やかに見せ、トレーナーの本能を大いに刺激した。
妖艶かつ無邪気な彼女の姿にすっかり当てられてしまったトレーナーは、なけなしの理性を総動員させて目を逸らそうとしたが、それを察知したガイセンカグラが先にトレーナーの両頬に手を添えた事によってあっさりと阻止されてしまった。
「目を逸らさないで。もっとちゃんと見て?」
「あぅ……」
彼女の目がトレーナーを真っ向から射抜く。褒められるのを待っている子どものような、或いは獲物を狙う捕食者のような瞳にトレーナーはたじろぐばかりであった。
ガイセンカグラは頬を赤らめては弱々しく呻く彼女を満足そうに見つめ、逃さぬと言わんがばかりに腰に腕を回してトレーナーを抱きしめた。
「トレーナー、今日ってクリスマスイヴだろ?」
「うん」
引き寄せられたトレーナーは何の因果かガイセンカグラの魔の三角形に顔を埋める事となり、返事をする度にガイセンカグラは恥ずかしそうに、けれど何処か嬉しそうに身を捻った。
「だからさ、いつもオレのために頑張ってくれてるトレーナーに何かプレゼントしてあげようと思ったんだけど中々思い浮かばなくてね。昨日パーティーの時にみんなに聞いてみたんだけどファインモーションはちょっと感覚がずれてるし、他の子にも聞いてみたけどトレーナーの好みが分からないからイマイチピンと来なくて」
一体ファインモーションが何を言ったのか非常に気になるトレーナーであったが、藪を突いて蛇が出ては堪らないので胸に留める事にした。
「だからトレーナーが絶対にこれは好きだなって思うモノをあげようと思ったから、オレをプレゼントする事にしました!」
「なんで??????」
今日日小説でも中々見ないイチャラブカップルの彼女みたいな結論に達した彼女にトレーナーの頭は疑問符で埋め尽くされた。
「でもトレーナーこういうの好きでしょ?」
「ン゛ッ」
そう言ってガイセンカグラはトレーナーを誘惑するように甘ったるい声を耳元で囁く。辱められ悶えるトレーナーを満足げに見つめ、ガイセンカグラは上機嫌そうに頷く。
「と言うわけで今から明日までオレはトレーナーのモノと言うわけで、おはようからおやすみまでお世話してあげる。スーパークリーク先輩に教わったから耳かきも出来るぞ」
「ふぇ……」
「だからトレーナーも明日まではオレだけを見てくれよ?」
「はぃ……」
拝啓お父様お母様、私の担当ウマ娘が可愛いというかえっちというかカッコいいというかなんかもうヤバいです。
これが理性が蕩け堕ちる前にトレーナーが残した遺言であった。
この後めちゃくちゃ耳かきした。
▽
クリスマスイヴに起きた珍事件を思い出していたトレーナーは、絶対に口外するものかと固く心に誓い、羞恥を誤魔化すように咳払いをした。
「有マ記念以降は特に語る事も無いんですけどどうします? 少し飛びますけど凱旋門賞の話でもしますか?」
「阪神大賞典、春の天皇賞、宝塚記念は良いのか?」
「ヒシミラクルでもいれば話したんですけど、生憎とその3つのレースで一緒に走った子は今ここにいませんし、レースの結果もお馴染み2着なので言うほどかなと」
強いて言うならガイセンカグラが敬愛する同志アグネスデジタルがレコードで優勝した安田記念のウィニングライブに現れてちょっと話題になった事だろうか。服装が余りにもガチすぎて本人では無く似た誰かと思われていたらしいが、その時は流石のトレーナーも肝が冷えたらしい。
「最初は世間体とかそこまで気にしてなかったんですけど、気付けばクールキャラになってて、今更路線変更もファンに申し訳ないから出来る限り気をつけようねって話し合ったんですよ。そう言った矢先にあんな事をしでかしてくれたもんですから流石に叱りましたけど。ほんとあの子たまに信じられない程バカな事するんですよね」
担当ウマ娘なのに散々な言いようである。ちなみにアグネスデジタルはこの時推しのウマ娘ちゃんに下手な姿は見せられないと奮起しキレッキレなダンスを踊ったらしい。無理が祟ったのか翌日は筋肉痛で動けなかったらしいが。
「でもカグラさんが看病しにきてくれたのである意味役得でしたねぇ。塞翁がウマ娘とはまさにこの事。お蔭で夏に出すどうじ……ン゛ン゛ッ創作活動のネタにも困りませんでしたし」
迫る凱旋門賞に備えて坂路が4本から5本に増えるなどトレーニングは過酷さを増すばかりであったが、オフの日はいつもこんな調子であるらしかった。或いはトレーニングが厳しかったからこそ、それ以外で目一杯羽を伸ばしていたのかもしれない。伸ばしすぎてポンコツになってしまっていたが。3000メートルを1000メートル3回走るのと同じとか抜かす奴はどこぞのバクシンだけで十分なのである。
「そういえば春のファン大感謝祭でゴールドシップと一緒になんかやってなかったか?」
「ん? あぁ、あれな」
何処から持ってきたのか7×7のルービックキューブを弄っていたゴールドシップが思い出したように活き活きと語り出した。
「あの時は用意してた焼きそばが余っちまってな。どうしたもんかと困ってた時にカグラが来たからちょいと客寄せを頼んだんだ。そしたらあいつ、どっか行っちまったかと思えば校内放送で模擬レースするって宣伝してよ。いや〜あの時はマジで助かったぜ」
5分も経つ頃にはそれはもう大勢のウマ娘が集まったらしい。下は当時中等部でガイセンカグラの妹でもあるポップロックから上はシンボリルドルフまで、当時「ガイセンカグラに勝つウマ娘がレースを勝つ」とまで呼ばれた実力者相手に挑めるまたとない機会に多くのウマ娘が我先に名前を挙げた。急ではあるが一応ちゃんと生徒会からターフの使用許可は取っているあたり破天荒なのか律儀なのか判断に困る所である。まあ理事長もレースを楽しんでいたらしいし良いのだろう。エアグルーヴは怒り心頭であったが。
結局予想以上にウマ娘達が集まってしまったので色々話し合って人数を絞り、ターフが空いていた夕方に即席模擬レースを行った。メンバーはガイセンカグラはもちろんキッカケとなったゴールドシップに加えて生徒会からはシンボリルドルフとナリタブライアン、中等部からポップロックとディープインパクト、同じ高等部からファインモーションとシンボリクリスエス、ゼンノロブロイにタップダンスシチー。後は「カイチョーが出るならボクも!」と言って来たトウカイテイオーとか、たまたま通りすがった所をガイセンカグラに捕獲されたアグネスデジタルと連れのアグネスタキオンとか、挙句の果てにはテイエムオペラオーも参加し、有マ記念や宝塚記念もびっくりなドリームマッチが出来上がってしまったのである。全員適正距離が中距離に偏っていたのは幸いだろう。お蔭でファンは全員の全力を目にすることができたのだから。
「一応来てくれたファンへの返礼って体でやったから自然と有名な人たちになったんですよね。ちなみにこの時の『春の大感謝祭記念杯』、今じゃ軽く伝説扱いされてます」
「当時はまだスマホとか無かったからあんまり映像とか出回ってないんだよねー」
「一応トレセンに録画があるから生徒は見れンだけどな」
「マジでか」
世間でも伝説の感謝祭とまことしやかに囁かれているあのレースが見れると知ってしまったら、1人のウマ娘ファンとして見ない訳にはいかず、記者は何とか見せてもらえないかと頼み込んでみた所あっさりと承諾されてしまった。動画が出回ってないためてっきり門外不出の類だと思っていたのだが、どうやらそうでも無かったらしく、単に皆見ただけで満足してしまって誰も拡散しないだけらしかった。
実際レースは言葉では形容出来ない程素晴らしいモノであった。中等部の2人こそまだ荒削りであったが、それでも全員がハイレベルな実力を持っており、現役のウマ娘は勿論デビュー前のウマ娘やとっくに引退したウマ娘達も彼女たちに見劣りしない実力を発揮した非常に見応えのあるレースであった。
「ちなみにこのレース、勝ったらそれぞれのトレーナーに何でも一つお願い出来る事になってまして。結局ゴールドシップさんが一着を掻っ攫って何故かトレーナー達がうまぴょい伝説踊る事になったんですよね」
あれは良かったとアグネスデジタルは語る。ゴールドシップの担当でないトレーナー達も踊ったのはゴルシの担当である男性トレーナー1人にアレを踊らせまいという団結力の結果なのか、それとも各々の担当ウマ娘からの期待の眼差しに勝てなかったからなのかは分からないが、ズキュンバキュンと全力で踊る彼彼女らをペンライト片手にコールを送るウマ娘ちゃん達はとても幸せそうでしたとアグネスデジタルは染み染みと告げる。ちなみに彼女も例に漏れずガイセンカグラと一緒に完璧なコールを送っていたらしい。
トレーナー達によるうまぴょい伝説は意外にも外部からの受けが良く、危うく恒例行事にされかけたんだとか。トレーナー側からしたら良い迷惑である。
余談だが、次の日トレーナー達は軒並み筋肉痛で倒れ担当ウマ娘に看病され、一部は危うくうまぴょい(意味深)されかけたらしい。一体何処のカグラなんだろうか。
カグ×トレはガチ()。でもラインはまだ越えてない