日本史上初の凱旋門賞ウマ娘が意識不明の重態である事は瞬く間に日本を震撼させた。
マスコミは彼女の奇跡的勝利を取り上げ無事を祈ったが、中にはトレーナーが無茶な練習を強要させただの何だの有る事無い事を吹聴する悪徳記事が出回り、遂にはURAが名誉毀損罪として裁判にまで発展するような出来事もあった。
「あの時はなんていうかトレセン学園もお通夜ムードで大変で大変でしたね……」
ガイセンカグラと親しかった者達はそれはもう取り乱したらしい。その中でも一際酷かったのはファインモーションであった。
「自家用ジェットで会いに行くッて聞いた時はロジカルじゃねェなって思ったぜ。会いに行ったってカグラの状態が変わる訳じぁねェんだから待ってた方が良いに決まってる」
「とか言いつつも付いて来てくれたよね〜」
「あれはお前がやらかさねェか心配だったからだ」
他にも噂を聞きつけたアグネスデジタルやテイエムオペラオー、アドマイヤべガ達も続々と乗り込み、フランスへ押し掛けたのであった。ちなみに自家用ジェットは前々から持っていたらしい。
「急いで向かったんだけど、着いた頃にはカグラちゃんがもう目を覚ましててびっくりしたんだ」
幸いガイセンカグラは数日で目を覚ましたらしい。しかしまだ本調子では無く、またトレーナーも昏睡中のガイセンカグラに付きっきりだったせいで体調を崩していたため、メディアの対応を後回しにしていた。そのためガイセンカグラの回復が日本に知れ渡ったのは彼女が目覚めてから1週間後の事であった。
ちなみにガイセンカグラのマスコミ嫌いはこの時に書かれたトレーナーに対する誹謗中傷を読んだ事で更に深くなったらしい。
「日本にいる筈の子達が急に現れたんですから、あの時は本当に驚きましたね」
まず部屋に飛び込んできたファインモーションがベッドでトレーナーと話していたガイセンカグラに飛び付いては泣きじゃくり、それに続くようにアグネスデジタルも泣きながらガイセンカグラに歩み寄る。あの時のガイセンカグラに呆けた顔は傑作だったとアグネスタキオンは愉快に語った。
その後はテイエムオペラオーやメイショウドトウ、アドマイヤベガ達に泣きながら説教されたり、アグネスタキオンが新薬を渡してはマンハッタンカフェに没収されたり、ゴールドシップからはセミの抜け殻を貰ったりと面会時間の間際まで彼女の無事を喜び、凱旋門賞の雄志を褒め讃えたのであった。
「ねぇ、脚はもう大丈夫なの?」
夕陽が淡く染まった病室でふと誰かが漏らした問いに、ガイセンカグラは笑みを固めた。先程までの楽しげな雰囲気とは一転して何処か隠し事をしている子どものようになったガイセンカグラは気不味そうにトレーナーへ視線を投げかけた。
彼女の様子に不穏な気配を感じ取った面々が神妙な顔つきで見つめる中、トレーナーはガイセンカグラが屈腱断裂によって競争能力が喪失した事を告げた。
その瞬間トレーナーは時が凍ったように感じたと言う。告げられた無情な事実に誰もが呼吸すら忘れてしまったのだ。
信じられないとファインモーションが取り乱すもガイセンカグラが直々に事実だと告げれば、意気消沈しそのまま静かに涙をこぼした。
アグネスデジタルやテイエムオペラオー達はかける言葉が見つけられず戸惑う中、同じく怪我で引退したアグネスタキオンやアドマイヤベガはとても落ち着いていた。それどころか目の前の景色をかつての自分を重ねて懐かしく感じていた。
「カグラ君、君はそれについてどう思っているのか良ければ聞かせてもらえないかい?」
マンハッタンカフェの責めるような視線を無視して、アグネスタキオンが飄々とした声でガイセンカグラに訊ねた。誰もが彼女の言葉を待つ中で、ガイセンカグラはトレーナーに顔を向けた。
「トレーナー、オレは貴女にとって自慢のウマ娘になれたか?」
「もちろんっ! カグラは私の最高のウマ娘でっ! でも……だからこそ!」
「ありがとう、トレーナー。もう良いよ、貴女の気持ちは痛いほどに理解しているから」
嗚咽混じりの声でトレーナーは叫んだ。トレーナーにとってガイセンカグラは自分には勿体無いほどのウマ娘であった。新米の自分について来てくれて、世界一の名誉を与えてくれた。だからこそ、この先にあったかもしれない彼女の栄光を奪ってしまった自分がどうしようもない程に憎く、悔しかった。
自責に顔を歪めるトレーナーを宥めて、ガイセンカグラは再びアグネスタキオンに向き合った。
「トレーナーにとって1番のウマ娘になれました。今まで私を応援した人々に最高の恩返しが出来たと私は思っています。なら、私はそれで満足です。私の全ては、あのロンシャンの地に置いてきました」
晴れ晴れとした顔でガイセンカグラはそう言い切った。西日に照らされた彼女の笑顔は、どうしようもないほどに綺麗であった。
「貴重な話をありがとう。今までお疲れ、カグラ君」
「いえ、タキオンさんも、それに皆んなもわざわざここまで来てくれてありがとうございます」
彼女の答えにアグネスタキオンは満足そうに頷いた。
ガイセンカグラはそれ以上何も語らなかった。周りも誰1人それ以上彼女に何かを聞く事はなかった。
きっと何を言ったところで意味は無いと分かったからだ。いくら未練がましく言葉を重ねようともガイセンカグラはもう2度とターフに戻ってこない。それにあんな晴れやかな表情を見せられては、未だに現実を受け入れられない自分が惨めに見えて仕方がなかった。
こうして、ガイセンカグラは引退し、自らの競技人生に終止符を打ったのであった。
「引退後はトレセンのサポート科に移転して、今は私のとこでサブトレーナーやってますね」
現在でもガイセンカグラは時折誰かのウマスタグラムに映る事がある。その時の彼女は常に多くのウマ娘に慕われており、幸せな余生を過ごしていることが容易に窺えた。
「どうでしょう? これでガイセンカグラの現役時代の話は終わりますが、満足していただけましたか?」
「ああ、こんな貴重な話はまたと聞けないだろう。本当に聞かせてくれてありがとう」
「いえいえ、私としても少しでも彼女を好きになってもらえる人が増えてくれればそれで十分なので。
どうか、どうかガイセンカグラというウマ娘を忘れないでください。どれだけ彼女が偉大な軌跡を遺そうと、彼女も他のみんなと同じただ1人のウマ娘であった事を憶えていてください。それが、彼女のトレーナーであった私のただ一つの願いです」
「分かった。貴女の思いは、確かにこの胸に刻んだとも」
そして記者はトレーナーやウマ娘達に感謝を告げてトレセン学園を去った。
外はもうすっかり夜で、されど人々は足早に眠らない街を移ろう。
駅へと向かう道すがら、ふと見上げればビルの側面に貼り付けられた大画面のテレビがURAのコマーシャルを流していた。
『20XX年凱旋門賞。
女神すら予想出来なかった奇跡の2分31秒。
世界にその名を刻んだ麗しき白毛。
奇跡のウマ娘、ガイセンカグラ。
玉響の輝きは運命を乗り超える。
「夢の先へ、理想の果てへ」』
願わくば、その先が幸福で満ち溢れた世界でありますように。