玉響の輝き   作:ilru

8 / 16
遅刻しました。


幸せの彩華

 秋華賞が行われた日は冬の到来を感じるには十分な程度には肌寒い日であった。

 

 巫女装束とはいえ勝負服として、またお年頃の少女らしく機能的かつ瀟洒なアレンジが施されたガイセンカグラの勝負服は肩や腋が露出しているため彼女は寒そうに自らの肩を摩っていた。

 レースの直前にも関わらず羨ましそうにファインモーションを見ているのは彼女が呑気なのか、はたまた肝が据わっているのか判断に困る所である。

 

 

「実は一回みんなで勝負服を交換して着た事があるんだよね」

 

 

 ファインモーションは思い出したとばかりに手を叩いた。どうやら彼女は過去にガイセンカグラやシンボリクリスエス、タニノギムレットなどの同期のウマ娘と集まってはお互いの勝負服を着せ替えて遊んだ事があるらしい。

 

 

「カグラちゃんの勝負服ね、実際に着て気付いたけど腋辺りが想像してる以上に冷えるんだよね。有マ記念の時とか特に寒そうにしてたから抱きしめてあげたくらい」

 

「そういやァパドックに映ってたな、そんな映像」

 

「唐突なファイカグにスレが加速してサーバーが落ちたりなんかしてましたねぇ……」

 

「あとね、胸の辺りがこう……なんていうか……カグラちゃんさらし巻いた状態でこれなんだって思うとすごかった。あと腋が開いてるから思ってた以上に結構見えちゃってたんだよね。カグラちゃんって身長高いし全体的に大きいから気付かなかったけどこんなに大きかったんだなって」

 

 

 男の記者にとってその話題はとても触れ辛く、苦笑いで誤魔化すことにした。男性トレーナーが多少いるとは言え女所帯であるトレセンに長い間身を置くとこういうデリケートな事に鈍くなってしまうのだろうか。鼻血を吹き出す妄想豊かなアグネスデジタルを見ながら記者はそう思った。

 

 

『始まりました第〇回秋華賞。鮮やかな秋を彩る秋華たち。ティアラ最後の栄冠を手にするのは果たしてどのウマ娘なのでしょうか。

 まずは1番人気、ファインモーションです。これまで無敗で桜花賞、オークスを制して来ました。秋華賞も勝ち史上初の無敗トリプルティアラの称号を手にする事が出来るのでしょうか。

 2番人気はガイセンカグラ。重賞未勝利ながらも未だ連対を外したことがない素晴らしい実力のウマ娘です。阪神JF、桜花賞、オークスとこれまでのG1では全てファインモーションに惜敗しています。今度こそ勝利を掴み取れるか。

 3番人気は……』

 

 

 ティアラ路線を締め括る最後のレースとだけあってか、ファインモーションやガイセンカグラに限らず他のウマ娘達も皆オークスで見た時とは比べ物にならないほど身体が仕上がっており、彼女達の想いの強さの窺えた。

 

 

『スタートしました。さぁ秋華賞、各ウマ娘ポジションの探り合い。チャペルコンサート、ユウキャラット間から。更に外からファインモーション優位につけて行きました現在2番手の位置。後はシュテルンプレスト、タムロチェリー、ガイセンカグラが内です』

 

 

 第2コーナーを抜けて先手を奪ったのはやはりガイセンカグラであった。ユウキャラットもそれに続け2バ身、3バ身とリードを広げていく。

 

 

「そういえばですね。この頃からカグラは等速ストライドの練習を始めたんですよね」

 

「等速ストライドってあのセクレタリアトがやってたやつだったか?」

 

「えぇ。それです。彼女のスピードを補うために色々考えていた時に『周りが遅くなってる時に加速すれば良いんじゃね?』っていう彼女の発言からじゃあ等速ストライドだねって話になって」

 

「……それってそんな思い付きで出来るようになる技っだったっけ」

 

「そんなわけないじゃないですか。あれの習得は難しいなんてレベルじゃないですよ。実際彼女も最後まで取得してませんでしたし。ただカグラには並外れたスタミナがあり、パワーもこの頃には大分付いて来ました。背丈も高くストライドも大きい。なら後は小さいストライドで走るピッチ走法も身に付ければ、最初から最後まで減速せずに走り続ける事が出来るんじゃないかって思いましてね。無理でしたけど」

 

 

 しかし凱旋門賞の勝ち方を思い出すにその練習が着実に実を結んでいたのだろう。

 

 

「まあカグラは走ってる間に考え事とか出来るほど賢くないのでコース毎にストライドを変えるなんて器用な真似が出来なかったのが理由の殆どですけどね。コーナーはこれ、坂ならそれ、の切り替えを覚えさせるだけで精一杯だったんです」

 

「それでも十分凄いのでは?」

 

「勿論すごいに決まってるじゃないですかだってうちのカグラですよ」

 

 

 アグネスデジタル化したトレーナーを尻目に、秋華賞は間もなく第3コーナーへ差し掛かろうとしていた。

 ウマ娘達はやや縦長に広がっていた。先頭は依然変わらずガイセンカグラでありハナ差でユウキャラットもそれに続き、3バ身のリードを保ったままコーナーを曲がった。その後ろにはシュテルンプレストとタムロチェリーが並んでおり、5番手にはチャペルコンサート、その内にはオースミコスモが控えていた。

 

 

『そして動いていったファインモーション。ファインモーション現在6番手から4番手、4番手から3番手、3番手から先頭へと徐々に接近する構え。チャペルコンサートも順位を上げて来た。その後ろの集団からはトシザダンサー、カネトシディザイア上がってくる』

 

 

 残り400メートルを切って最終直線に差しかかる。ユウキャラットは粘り、内からオースミコスモも追い上げてくるが、外から加速するファインモーションには付いていけず、残り200メートルを切ったところで勝負はガイセンカグラとファインモーションの一騎打ちとなった。

 

 

『外からファインモーション! ガイセンカグラはまだ粘る! 後続との差は1バ身、2バ身とどんどん広がっていく! 3番手争うサクラヴィクトリア、トシザダンサー、シアリアスバイオも上がってくる! 残り100を通過両者並んだ! ガイセンカグラか! ファインモーションか! ファインモーション僅かに抜けたか! ガイセンカグラ差し返す両者並んでゴールイン! ファインモーション最後にもう1度抜けたか!』

 

 

 ゴール板を走り抜けたガイセンカグラとファインモーションは、そのまま数十メートルを流すと絡れるように倒れてしまった。コースの脇では医者達が慌てていたが、その直後に聞こえた2人に笑い声につい呆気に取られて固まってしまっていた。

 

 

「結局ティアラ路線の全レースカグラちゃんと一緒だったなって思ったらなんだかおかしくなっちゃってね。そんな事もあるんだねってあの時2人で話してたんだ」

 

 

 2人は並んでターフに寝そべったまま掲示板を見つめていた。周りのウマ娘達は悔しそうに、しかし何処か羨ましそうに笑い合う2人を眺めていた。

 走り抜けた満足感と親友がそばにいる幸福に包まれたファインモーションはこの時間が永遠に続けば良いと心の奥底で願っていた。しかしそんな願いが叶う筈もなく、暫くしてレース場に結果を伝える声が響いた。

 

 

『ビデオ判定の結果が終わりました。1着はファインモーションです。2着はガイセンカグラ。着差は5センチメートルでした。類を見ない激戦を制し、見事史上初のトリプルティアラを達成しましたファインモーション!』

 

 

 その結果に会場が大歓声に包まれた。この場にいた誰もがファインモーションに賞賛の声を上げた。ファインモーションは今でもあの景色を覚えていると語る。

 

 

「エリザベス女王杯の時も凄かったけど、個人的に記憶に残っているのはこっちかな。気付いたらカグラちゃんが私の前にいてね、『おめでとう』って手を差し伸べてくれたんだ。そこでやっと『あぁ、私が勝ったんだな』って実感が追い付いてきてね、感極まってついハグしちゃったんだよね」

 

 

 テレビには丁度その映像が映し出されていた。ガイセンカグラに抱きつき泣きじゃくるファインモーションをガイセンカグラは少し困りつつも満更でも無さそうな顔で抱き返していた。

 

 

「この後にね、誰かが『カグラもよぉやったぞー』って言ったのを皮切りにカグラちゃんの健闘を讃える声も増えてね。それがほんっとうに嬉しくて」

 

 

 ファインモーション1人に向けられていた栄誉がガイセンカグラにも向けられた事に彼女自身は大いに戸惑っていた。ティアラ路線全てにおいて2着で惜敗していたとは言え一度も彼女は勝っていないのである。頑張っただけなら誰しもが血の滲む努力をしている。それなのに自分だけその栄誉を受け取ってもいいのか分からず、不安気に周りをキョロキョロと見渡していた。

 

 

「その時にね、ユウちゃん*1がカグラちゃんに『受け取っときなさい。あんたの頑張りと実力はみんな知ってるから』って言ってくれてね。コスモちゃん*2や他の子達もカグラちゃんに拍手を送ってくれたんだ」

 

 

 同期である彼女達はガイセンカグラの努力を常にトレセンで知っていたからこそ、嫉妬の念は少なからずあれど大歓声を受ける彼女に不満など無かった。

 

 

「良いの? 私、勝ってないよ? みんな嫌じゃない?」

 

 

 震える声でガイセンカグラは皆に聞いた。ウマ娘達は顔を見合わせた後、皆晴れやかな顔で首を横に振り、健闘を讃えるべくファインモーション達の方へ向かって走り出しては抱きしめに行った。

 

 皆が思い思いに抱きしめ合い、お互いを讃えあい、慰め合い、励まし合う中で、17人のウマ娘に揉みくちゃにされたガイセンカグラは嬉しそうに涙を流していた。

 

 誰もが涙を流していたのだ。それは歓喜、悔しさ、人それぞれ中身は違えど、1つの長い戦いが終わった事に誰もが頬を伝う涙を恥じらう事なく流し続けた。

 

 観客は次第にファインモーションとガイセンカグラのみに留まらず全員に歓声を送った。ウマ娘全員が観客から温かい拍手を向けられて、大喝采に包まれてた。

 

 この年のティアラ路線はファインモーションが主役でガイセンカグラが脇役というのが皆の認識であった。しかし秋華賞に限って言えば、この時は誰もが主役であった。かつてシンボリルドルフが目指した光景がそこにはあったのだ。

 

 かくして、ガイセンカグラのティアラ三冠を巡る戦いは、幸せな温もりに包まれて終わったのであった。

 

ちなみにガイセンカグラとファインモーションの2人はこの後病院に行ってトレーナーにしこたま怒られたそうな。

*1
ユウキャラットのあだ名(ファインモーション命名)

*2
オースミコスモ

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。