「墓を暴く」
私の言葉に、部下達は心底嫌そうな顔をした。ネクロマンサーの異名を思い出した者もいるだろう。けれど調べなければならない。被害者の死体。そこにも痕跡は残る。
グランコクマのそばに埋葬された死体から、順に調べていく。そこには予想通りの結果が在った。
死体を構成する音素のうち第七音素が異常に濃い。つまりそれは……レプリカだという事。十体ほどを調べたところで、私達は引き上げた。これ以上調べる必要もない。おそらくフォニーはレプリカを殺して回っていたのだ。
だが、何故? 生存したレプリカの保護条約はマルクト・キムラスカ両国で締結されており、既にその効力を発揮している。死んだ家族が戻ってきたと喜んでいる家庭はそのままに、レプリカの存在を受け入れられない場合は国立の施設にて普通の生活をすることが出来る。……中には、フォニーの家族のような隠れた例もあるのだろうけれど。けれどそれが、幸せに暮らしているレプリカ達を殺して回る理由にはならない。
私は、再び彼女の元へ足を運ぶことにした。
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あれから拷問をされることはなくなった。日に三回の食事を運んでくる人間と、ジェイド・カーティス以外にここを訪れる者はいない。見張りでさえ退けられた(もちろん、上の方で監視はしているのだろうけど、少なくとも私の視界には入らない)
そして、ジェイドの幾度目かの訪問。もう話すことはない。早く死刑にしてくれればいいのに。
食事はのどを通らない。このまま餓死するのも、時間はかかるが死ぬ方法としては悪くない。
「また食事を食べなくなったそうですね」
気遣う素振りを見せながら、ジェイドは格子をくぐる。私を縛り付けていた足枷も外され、少なくとも独房内において私は自由に動き回ることが出来る。
「……何故私を殺さない? やったことを、私は全て認めているんだぞ。何百人という人間の命を、私は奪った。普通は即座に死刑だろう」
「残念ながら、一つ新事実が浮かび上がりましてね」
……今更新事実など。せいぜいまだ明るみになっていなかった私の殺戮が世間に出た程度のものだろうに。
「あなたが殺した人間は……最初の、オリジナルの両親を除いて、全てレプリカであることが確認されました」
何故! どうしてわざわざそんなことを調べた!? そうであるとばれない為に、わざわざ国立施設の人間を避けて殺して回ったというのに。……無論、最終的には施設の奴らも全て殺し尽くすつもりではあったのだけれど。
「……嘘を付くな。これだけの短期間で私が殺した人間全てを解剖することなど不可能だ」
「今は第七音素を計測する装置が小型化されていましてね。死体の一部を持ち帰り計測するだけでよいのですよ。全く、この仕事のおかげで私の二つ名が再び蘇ってしまいました」
ネクロマンサー・ジェイド。墓を暴くこいつの姿は、さぞや笑える光景だったに違いない。
「それで、ネクロマンサー殿は、死体が全てレプリカであることを知って、私を訪ねてきたわけだ。『どうしてこんなことをしたのか』とでも? 残念だがそれを言うつもりは全く無い。さっさと殺せ。それでレプリカの汚点が一つ消える。ヒトではないレプリカを殺しても、お前達は何の痛みも感じないんだろう?」
視界が九十度ブレて、ジンジンする頬をもって、ようやく私は殴られた事に気付いた。何が彼の癇に障ったのかは知らないが、私は事実を述べたまでだ。
「訂正してください」
「断る。全て事実だ。そうやってお前達人間はレプリカと自分達との差別化を図って、それで心の安寧を手に入れているんだ。保護施設? 笑わせる。その実態をお前はどれだけ知っている? 刑務所と変わらない粗末な食事に重労働、部屋に詰め込まれたレプリカ達は身を寄せ凍えながら、それでも明日の希望を夢見る。そんな生活を、お前は一度でも味わったことがあるか!?」
人間の差別感情は根強い。ぱっと見で同じだからと普通に接していた人間が、レプリカとわかった途端に掌を返す。そんな光景を私は旅の間に幾度となく目にしてきた。
「……それで? あなたはレプリカという存在を劣位の者と断じて、自分以外の幸せに暮らしている者達を殺して回ったというわけですか。己の欲求のままに。そして、フォミクリーを発案して自分達のような存在を生み出した元凶とも言える私に復讐をしようと」
「違う!!」
違う違う違う! 確かにジェイドを殺そうとしたのは半ば八つ当たりのようなものだ。彼を殺した所でレプリカやフォミクリーの存在が掻き消えるわけでもない。けれどレプリカ達を殺して回ったのはそんな理由じゃない!
「どう違うというのですか。私にはそれ以上の推測は出来ません。……さあ、話してください。何故あのようなことをしたのか。幸せになる権利を持ったレプリカ達の未来を奪ったのか」
言う? 言えない! こいつが信頼できるか? 事実を知ったところで、仲間を手にかける立場が入れ替わるだけだ、私からこいつらに。だったら私が殺す、全部殺す! 殺せばいい! そう覚悟した!!
「……冷静になった頃に、出直します。出来ればその時に、あなたの知っていることを話してください」
ジェイドはそのまま出て行った。私は拳を檻に向かって打ち付けた。その音は少し響いてすぐに消えた。
―――――
フォニーのあの様子。おそらく彼女は只事ではない何かを知っているのだろう。それは拷問でも自白剤でも話さないような、何か。
推察しか出来ない自分への怒りを含め、感情が混沌としているこの状況は好ましくないと判断し、私は牢を出て執務室へと戻った。
椅子に座り、再度フォニーの調書を開く。新たに発覚した彼女の殺人が数件と、私に対しての自白の内容。それに、調べた死体の状態と一部の解剖結果も書き込んである。鍵はフォミクリーとレプリカ。今の私には推測しか、……他には何も、出来ない。
ファイルをめくる。殺された被害者達の生活情報なども詳細に記してある。……犯人が見付からなかった間、どんな些細な情報でも犯人に結びつく可能性があった為だ。だが、家族、或いは自分自身がレプリカであるという事を隠していた人々も少なくない。それが差別と言える程の大きな物でないにしても……偏見の目は、確実に存在する。
私は彼女の事を思った。おそらくは、あの時モースに生み出された存在。何も知らず、ただ知識と手段のみを与えられ、……フェレス島やエルドラントで襲い掛かってきた、レプリカ達と同様に扱われる予定だった存在。私達が殺してきた、あのレプリカ達と。
意識は雪山に飛ぶ。完全体となったネビリム……先生を、思い出した。あれもまた、哀れなレプリカ。……私がフォミクリーを作り出したことで、どれだけの不幸がこの世界を襲ったことだろう。
自責の念に駆られるのは、一度や二度ではない。けれどこれは私が未来永劫背負わなければならないであろう罰。フォニーの様に自分を恨むレプリカが現れたのも、必然といえるだろう。
「お前は考えすぎだっつーの。ハゲるぞ」
「また逃げてきたんですか」
どうしてこう、毎回私の所に逃げ込んでくるんだろうか、この人は。ああ、こいつが皇帝陛下でさえなければぶん殴って二度と立ち入らないように説教することも出来るのだが。
「だってこんな分厚い書類全部に目を通して捺印しろってんだぞ」
「私よりは少ないですよ」
一体何処に隠れていたのか、どこからともなく現れたピオニー陛下は、勝手知ったる我が家と言わんばかりに堂々と、悪びれる様子も無く私のベッドに腰掛ける。これがまた腹が立つ……いけない、冷静にならなければ。
「仕事に戻らないと、またメイド達が右往左往してあなたを探しているんじゃありませんか?」
「なに、一刻もすれば帰るさ。それよりなんだ、珍しく俺の存在にも気付かないくらい思案中だったな。何かあったのか?」
……こういう所だけは鋭い。何でもない振りをしようとして、先程まで思い出していたネビリム先生の笑顔が脳裏によぎる。きっとそれは、表情に出てしまったのだろう。
「話しゃ楽になるんなら言えよ。こう見えても秘密は守る方だぞ」
「昔、ネフリーに告げ口したことのあるあなたが言っても説得力がありませんが」
雪国の過去が蘇る。私は、あのままあの時のまま、死んでいれば良かったのではないか。何故こうして今ものうのうと生き続けているのか。……いっそ、あのフォニーに殺されてやった方が罪滅ぼしになるのではないか。そんな事がぐるぐると頭の中を回っていた。
「……抱え込むなよ。ハゲるぞ」
「陛下の方が最近薄くなっている様な気がしますよ」
「おまっ、何つー事を。これでも気にしているんだぞ!」
おどけて頭を抑えるピオニー陛下の仕草に、少し救われる。私がここに存在していても良い、そう、言われている様な気がして。許される様な気がして。……それは全て、私の心中の問題なのだろうけど。
「ま、暇があったら俺のブウサギちゃん達でも撫でに来い。癒されるぞー?」
「はいはい、じゃあこれ以上私の仕事を増やさない為にも、とっとと宮殿にお帰り下さい」
ブウサギのようにぶーぶーと言っている陛下を部屋から閉め出して、一息つく。どうもフォミクリーの事が関わってくると、私はやや平常心を失う傾向にあるようだ。……冷静にならなければ。そして、謎を知らなければならない。それは私の責務でもあると感じる。産まれてきたレプリカ達を、……フォニーも含めて、幸せにすることが、そうすることが私の責務であり義務。