フォニーシエル   作:海砂

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第三話

 牢の中は、狭く、暗く、ジメジメとしていて、寒い。明かりは天井に小さな第六音素の譜石が埋め込まれているだけだ。そして人気も払われている。……私のような人間(そう名乗ることすらおこがましいが)の最期には、相応しい場所だ。

 錆びた鉄の音が響いて、扉が開く。ここへ来るのはジェイド・カーティス。冷静になった私に、話を聞きに来たのだろう。

 

「少しは落ち着きましたか?」

 

 返事は返さない。目すらも合わせない。私に話す事は何も無い。話せるような事は、全て既に話した。

 

「……食事、一緒に食べましょうか」

 

 顔を上げると、私の食事と同じものがもう一つ、ジェイドの手の上に乗っていた。……正気か? この男。

 

「一人で食べる食事ってものは美味しくないですからねぇ。できれば私の部屋にお越し頂きたかったのですが許可が下りなかったので、申し訳ないですが、もうしばらくここで我慢してください」

 

……前に来た時の様に……いや、あれ以来いつも、この男は石床に直に座る。服が汚れる事も、氷のように冷えた床の事も気にする事無く。私を懐柔しているつもりなのだろうか、こんな事で。

 

「食欲が無い、放っておいてくれ。お前に話す事は全て話した。食糧だって無限ではないだろう、さっさと殺せ」

 

「いやですねぇ、食事中に殺すだなんて。食欲無くても食べなきゃ私や他のレプリカは殺せませんよ?」

 

 気に留めるな、ただの私を煽る為の作戦だ。そう思っても、体は無情に反応する。歯軋りの音が、静かな牢内にむなしく響いた。

 

「……国を守る軍人がこうやって無駄な存在を飼い殺しにする方がおかしいだろう」

 

「犯罪が行われたのなら、それを立証し原因を突き止める必要がありますからねぇ。それを無駄だと言われましても困ります」

 

 私は手をつけていないが、ジェイドは黙々と食事を頬張っている。冷えたとうもろこしの粥に、どう見てもイケテナイチキンの手羽先が二本、飲み物はミルクだろうか。私が最初に居たフェレス島のフォミクリー施設よりも、レオンに拾われた後の家の食事よりも、それは豪華なもので、……だからこそ、居た堪れなかった。私にこんな食事をとる資格はない、必要も、無い。

 

「どうしました? イケテナイチキンが好物だったと伺いましたが」

 

 誰にだ!? ……体に力が、入らない。彼に詰め寄ろうとしたが私はそのままバランスを崩し、床に這い蹲る形になってしまった。ジェイドは私を支えようとする。いらない! 私はその手を即座に払いのけて、自力で起き上がった。

 

「……まさか、レオンに聞いたのか?」

 

「私が直接、ではありませんが」

 

 そうか……レオンは今でも無事に生きているんだな。私が両親を殺してしまったから、置き去りにしてしまったから……もしかしたら、と考えていたのだが。無意識に安堵で口元が緩む。レオン、私の人生で唯一つの大切な存在。

 

「ご親戚の所に引き取られて、実の親御さんのところに居た時よりも質素ではありますが幸せに暮らしているそうです。そして、今でもあなたを探しています」

 

 まさか。目の前で両親を惨殺した私を探す? ああ、敵討ちか……それならありえるかもしれないな。

 

「事件の記憶は、全く無いそうで……あなたの犯行への関与も、懸命に否定しておられるそうです」

 

 あの残虐な事件が記憶を奪ったのなら、それはいっそ神の思し召しだったのだろう。あの小さな子供にあんな凄惨な現場は似合わない。……けれど、だったらどうして神はレオンの中にある私の記憶もともに消してくれなかったのか。何もかも忘れていれば、レオンは幸せにこれからの人生を送る事が出来るのに。

 

「会うつもりは無い。それで事件の事を思い出されても困るしな」

 

 会いたい。けれどそれはきっとレオンにとって好ましくない。私の願望よりもレオンが最優先。あの子が苦しむ事になる位なら、私は即座に死を選ぶ。

 

「とりあえず……食べませんか? チキンだけでも。いつか問題なく会える日が来るかもしれませんよ? それまで……生き延びてみてはどうですか」

 

 そんな日は来ない……わかっている。私の両手は、全身は血に塗れている。けれど、私は手羽先を手に取った。一口食べて……

 

「ゲホッ!」

 

 ずっと食事をとっていなかった私の胃はたんぱく質を受け付けられず、その場で胃液とともに、吐いた。ジェイドが苦しむ私を介抱する、自分の衣服が私の胃液で汚れる事も厭わずに。再び振り払おうとしたが体に力が入らず、彼の胸元で何度も胃液を吐き出した。何故この男はこんな真似をする? 私から情報を得るためか?

 

「とりあえずお粥なら大丈夫だと思いますので、少しずつ慣れていきましょう。すぐにチキンも食べられるようになりますよ」

 

 欲しいならくれてやろう、情報の一端。それに私にも知りたい事がある。

 

「……第七音譜術士に聞け。お前の知りたがっている謎が少し、解けるだろう」

 

 それ以上は言わない。言いたくない。所詮この男も人間だ。人間は……信じられない。

 

「わかりました、ご協力有難うございます」

 

 粥を残して、彼は牢を出て行った。……私は何故あんな事を言ってしまったのか。何も伝える気など無かったのに。私が殺して回った数を考えれば、少なくともレオンが死ぬまでの間に問題は起こらないだろう。あの男が結末を塗り替えることを、私は望んでいる……。フォミクリーを生み出したほどのあの男なら、あるいは出来るのではないかと。

 私も施設に閉じ込められたレプリカ達と何ら変わらない。明日への儚い希望を夢見ているのだ。いつかレオンとまた、幸せに暮らせるかもしれない、と。

 

―――

 

 私はティアと連絡を取った。マルクトにも第七音譜術士がいないわけではなかったが、萎縮して、あるいは己の為に何も話さない可能性がある。私が最も信頼できる第七音譜術士、それがティアだった。

 

「お久しぶりです、カーティス大佐」

 

「いやですねぇ、昔のようにジェイド、と呼んでくださって構いませんよ。何せファミリーネームには未だに馴染みが無いものですから」

 

 私の呼びかけに、彼女は必要以上に早く応じてくれた。もしかしたら既に何らかの異変を感じ取っているのかもしれない。グランコクマまでわざわざ出向いてくれた彼女には、感謝をしてもし足りない。

 

「ケセドニアの死神の事はご存知ですか?」

 

 早速本題に入る。ケセドニアの死神、というのは、フォニーの、捕まる以前の異名だ。おそらくケセドニアを拠点として、マルクト・キムラスカ両国を行き来していたためにこの名が付いたのだろう。

 

「はい。マルクトで確保されたと伺いましたが」

 

「ええ、そうなんですがこの事件、ただの連続殺人ではないようでして……被害者は、全てレプリカです。そして加害者も」

 

 ティアが眉根を寄せる。何か思い当たる節があるようだ。

 

「……第七音素が薄くなっているのはご存知ですか?」

 

「え?」

 

 そんな話は全く聞いた事がなかった。……第七音素がなくなれば、第七音譜術士は存在価値を失う。だから黙っていたのか、この国の雇われ第七音譜術士どもは。

 

「ローレライを解放したのに、どうしてそんな事が起きるのかはわかりません。けれど確かに、大気中に含まれる第七音素の量は確実に減っています。音素帯がどうなっているのかまではわかりませんが、この状況からすると恐らくそちらも薄くなっていると……」

 

 第七音素が減っている。だからフォニーはレプリカを殺して回った……? だがそれだけとは思えない。というか、レプリカを殺すことで得られる第七音素は微々たるものだ。そこに意味があるとは到底思えない。だが、きっとこれがフォニーの言いたかったことの一部なのだろう。

 

「ありがとうございます、少し謎を解くきっかけになった様な気がします。……せっかくだから、グランコクマの観光でもしていきませんか? 初めてではないですしあまり見所はないですが誰かに案内させますよ」

 

「あの……私で協力できる事があれば、いつでも言ってください」

 

 仮面の笑顔でティアを見送り、ファイルに目を走らせる。調べた死体はどれも『音素付加』を行われた遺体ばかりだ。そうでなければレプリカの遺体は全て音素乖離し消滅してしまう。

 

『音素付加』……レプリカが産まれ出たために新たに開発された技術。レプリカを人間同様に愛している人間が、愛する者の毛一筋すら残らない事を不憫に思ったのが事の始まりらしい。詳しくは知らないが、レプリカに第一~第六音素を適宜注入することで、死後もそのまま体を保存できるという技術だ。葬式を行うくらいしか用途は無いのだが、それでも残された人間にとっては心の安らぎになるだろう。民間が元国家研究員などを引き抜いて商業的に、独自に開発した物なので、具体的な装置の全容は公にされていない。自分、或いは愛する人間がレプリカだと判明した時に、その企業に依頼して音素付加を行い、普通の人間として生活する……それが一般的となっている。もちろん、音素付加を行ったところでレプリカの体の大半を構築しているのが第七音素であることに変わりは無い。

 ひとまず、ティアから聞いたことをファイルに書き写した。再びフォニーに話を聞く必要があるだろう。

 ファイルを閉じた。ティアが来た時に淹れてもらったコーヒーは既に冷め切っている。口をつけると少し苦味が走った。この温度では砂糖はもう溶けないだろう。カップを机に置き、私はフォニーの居る地下牢へと急いだ。

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