もう足音だけでわかるようになってしまった、癖のある軍靴の響き。
「ジェイド、また来たのか?」
「おや、ばれてしまいましたか。第七音素術士に話を聞いてきましたよ」
それで、糸口は掴んだということだろう。……第七音素の不足。相変わらず、わざわざ檻を開けて中に入ってくる。調子が狂う……コイツは、他の軍人と違うから。でも、コイツだって人間だ。信じない……。
「『音素付加』の事はご存知ですか?」
「……何ソレ」
初めて聞いた言葉だ。音素……不可? 意味わからない。
「レプリカに音素を注入して、肉体を保存する技術です。あなたが殺したレプリカの中でも、死体が消滅しないものがあったでしょう? それが、音素付加を行われたレプリカです」
私が逃亡生活を送っている間に、そんな技術が開発されていたのか。音素付加……できることならば自分も受けたいくらい魅力的な技術だ。人間は、死体が残ることに何の疑問も感じないかもしれない。けれどレプリカは、その存在が全て抹消されてしまう事が何よりも怖いのだ。……だからこそ、そんなものが開発されたのだろう。幸せなレプリカの為に。
「それで? 死体が消えないのは私にとっては不都合だったけれど、別にそんなことは問題じゃない」
「きっと表沙汰になっていないだけで、音素付加を受けていない多くのレプリカもあなたに殺されているんでしょうね」
「……知らない。どこまで把握されてるのかもわからないし、殺した数を数えた事もない」
第七音素で大半を構成されているレプリカは、測定器が無くとも第七音素のある場所を、まるで音の発信源を掴むかのように把握することが出来る。私はそうやってレプリカを判別して殺していたし、その中でも第七音素の含有率が少ないレプリカにもお目にかかった。それは面倒なことに、始末しなければならない死体が残った。最初は本物の人間を殺してしまったのかと怯えたが、どちらでも構わない事に途中で気付き、以降は気にせず同じように殺して回った。どちらがどれだけだったかなんて、それこそ数えてなどいなかったが、けして少なくない数のレプリカが音素付加を受けていたことが、この会話の中でわかった。……これは、私が知りたかった情報の、多分、一部。
「それで、空気中の第七音素が薄くなっていることとあなたがレプリカを殺していったこと、関係があるんですか?」
「無くはない。けど、殺した所で大気の第七音素が回復されるわけじゃない……それくらい、わかっているんだろう?」
「勿論です。ですから余計に謎が深まってしまいました」
いい気味だ。少しは悩めばいい。自分が生み出した技術がこの世界にどれだけの害悪を生み出したのかを知るまでは。例えばそう、私のようなレプリカ。
「そうそう、これ差し上げますよ。部下にもらったものですが、これなら胃に負担かからないでしょうし」
そういってジェイドは、ポケットの中からいくつかの飴玉を取り出した。
「……お前、私を餌付けするつもりか?」
「懐いてくれるんなら、喜んで餌付けしますよ」
着実に餌付けされている様な気がしないでもないが、差し出された飴玉を黙って受け取る。一つ舐めると、口の中にふんわりと甘い香りが広がった。……以前レオンにもらった飴の味を思い出す。
「残念だが、これ以上の情報を提供するつもりはない。私は音素付加なんてものを受けてはいないから、死体の処理にも困らないぞ」
「だからさっさと殺せ……ですか。もう、口癖のようになってしまっていますね。若いお嬢さんが、嘆かわしい。もう少し生きようとしてみてもいいんじゃありませんか?」
……お前がレオンの事を、余計な事を言ったから、私の中に生きたいという欲望が芽生えてしまった。それがこれ以上大きくなる前に殺せ、少しでも早く!
―――――
結局フォニーはそれ以上の事を話そうとはしなかった。けれど第七音素が減っている事が関係していることは確実になった。私は日課となったフォニーのファイルへの書き込みを始める。ティアから聞いた第七音素減少の事実、部下に命じて音素帯の第七音素の状態を調べさせている事、そしてフォニーがそれに関係していると匂わせる発言をした事……。一日に書き込む量は少ないけれど、確実に真相へと迫っている。ファイルが一枚、また一枚と厚くなっていく度にそう実感できる。それに、フォニーの態度も以前に比べれば幾ばくか、柔らかくなった様な気がする。雑談にも少し応じてくれるようになった。気のせいで無ければよいのだけれど。
私は部下を呼んで、もう一つ、彼女の弟レオンについて調べさせる事にした。できれば私が行ければ一番良いのだが、そういう訳にもいかない。
「ふぅ……」
眼鏡を外して横になる。使用中で無ければ目に刻んだ譜術が暴走する事も無い。最近書類に向かっている事が多いせいか、目が疲れている様な気がする。
あのレプリカは今も牢の中で、たった一枚の毛布だけでこの冷える夜を過ごしているのだろうか……。フォニーの事を考えて、思い出した私は改めて部下を呼び、別の命を下した。
「国立のレプリカ施設の現状……特にレプリカの扱いについて、正確な報告をお願いします」
もしレプリカが本当にぞんざいな扱いを受けているのであれば、世界を救う為にレムの塔で死んでいったレプリカ達に申し訳が立たないし、それ以前に許される事ではない。法律によってレプリカは人間と同じ人権を確約されている。それが反古にされているのであれば、軍部としても放っておくわけにはいかないだろう。
「……おーい」
だがフォニーがどうしてそんな事を知っている? 彼女も国立施設に入所した事があるのか? あるとすれば行方不明になっていた半年間……その間なら両親殺害の件も別件で処理されていて、フォニーが犯罪者として見られる可能性は無い。
「気付けよー」
レプリカの扱いに絶望して凶行に及んだ……いや、それならばレプリカではなく人間を殺す筈だ。辻褄があわない。それに第七音素の事もある。彼女は何故第七音素の減少を知っていたのか、そして何故レプリカを……己も含めて、殺そうとしているのか。謎はどんどん深まって行くばかりだ。
「痛っ!」
誰かに髪を引っ張られて、私はようやく正気を取り戻した。こんな事をするのは一人しかいない。
「実は暇なんですか?」
「暇じゃないから逃げてきたんだろうがよ。それなのにお前ときたら俺が立ってる事にも気づきゃしない。どうせあの殺人犯の事でも考えていたんだろう?」
急に、陛下の表情が真剣になる。
「……気をつけろよ。軍部の上層部の中に、お前があのレプリカに肩入れしてるのを快く思っていないヤツがいる。しかも複数だ。聴取を行うのなら取調室でやれ。余計な事をあの犯人に伝えるな」
もしかして、陛下はその忠告をしに、わざわざここを訪れてくれたのだろうか。
「ありがとうございます」
「何がだ? 俺は仕事すんのがイヤで抜け出してきただけだ」
彼流の照れ隠しは昔から変わっていない。この年齢になっては数少ない、心を許せる存在。仮面ではない笑顔を彼に向けてから、私は彼を執務室から追い出した。毎回毎回、一体どこに隠れているのやら……。
「この恩知らずー!!」
メイド達に引き摺られていく彼の声には聞こえないフリをして、私も職務に戻る事にした。休んでいる暇は無い。