フォニーシエル   作:海砂

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第五話

 久しぶりに牢を出て、連れられて来たのは『あの』拷問部屋。珍しくジェイドが牢を出ようといった理由はこれか。

 

「それで、私は『どの』椅子に座ればいいんだ?」

 

 直接壁と繋いである手枷の傍にある椅子。頭部・腕部・脚部を全て固定することの出来る椅子。ここには普通の椅子は見当たらない。監視官が座る椅子以外には。

 

「うーん、ここには絨毯もありますし、地べたでいいでしょう」

 

 そう言って、彼はいつものように優雅に腰を下ろした。

 

「どうしました? 座らないんですか?」

 

 この部屋に連れられてきた時は、いつも何がしかの痛みを覚悟した。それは肉体的な傷でもあり、精神的な苦痛でもあり、両方である場合が多かった。

 現状で私にはめられているのは手枷のみである。後ろ手に縛られている以外にはどこも拘束されていない。この男はいつも、私の想像を覆す。

 

「……何のためにここに連れてきた」

 

「気分転換ですよ。いつもあの部屋ばかりじゃ気も滅入るでしょう? まあ、ここもあまり趣味のいい部屋とはいえませんが」

 

「お前の趣味か?」

 

「いえいえ、他に連れ出せるような場所がなかっただけですよ、すみませんねぇ、せっかくのグランコクマなのにこのような場所にしかお連れ出来なくて」

 

 それでも囚人に対しては破格の待遇といえるだろう。

 

「本当はその手枷も外して差し上げたいんですが……規則は規則なので、ご容赦願います」

 

 この男は……私を、普通の人間として扱う。レプリカ云々はともかくとして、少なくとも罪人として私を見ていない。他の人間と違って。

 

「お前には私が罪人だという意識はあるのか? 私は大量殺人鬼だぞ」

 

 尋ねたところで、笑顔でかわされるだけだろう……。少しではあるが、この男の事もわかってきた。

 

「うーん、大量殺人鬼でも人は人、でしょう? それに……私も同じくらいの数のレプリカを……レプリカだけでなく人間も……殺してきましたからね。それが職業であったか、そうではないかだけの違いです。似たもの同士なんですよ、要するに。戦争になれば軍人はみな大量殺人鬼。どんなに理由を繕った所で、それは変わらぬ真実です」

 

 そしてさらに言葉を続ける。

 

「あなただって、殺すのが楽しくて殺してたわけじゃないでしょう? 理由はまだわかりませんが……快楽殺人者よりははるかに人間らしいと、私は思いますけどね」

 

 確かに、自分の楽しみのために人を……レプリカを殺したことは一度もない。だが、己のために兇刃を振るったのは紛れもない事実だ……。その事実が、私をどこまでも苦しめる。だから、早く処刑を願う。もう苦しいのは嫌だ。私に出来ることなど所詮この程度……この程度であっても無駄だったとは思わない。少しでも……一秒でも長く……。

 

「フォニーさん?」

 

「……名前を呼ぶな。その名は嫌いだ」

 

 フォニー。『贋物』の意味を持つこの言葉。私がオリジナルの両親から与えられた名前は、どこまでいっても『贋物』でしかない。奴らに愛着も未練もない。もちろん、与えられた名前にも。

 

「困りましたね。それでは貴方の事はなんとお呼びすればよいのでしょう」

 

「好きにすればいい。アレ、でも構わないし、お前、貴様……代名詞は腐るほどあるだろう」

 

 ただ、私という個を示す記号がないというだけだ。会話にも支障はないはず。

 

「駄目ですよ、貴方もれっきとした一人の人間なんですから。……しかし困りましたね。私が名付けてもいいですか? それも嫌ですよねぇ」

 

 一人の人間……罪を犯す前の私ならば、そう扱われる事を喜んだかもしれない。だが、今の私には『私』なんて必要ない。捕まってしまった私には、これ以上生きる意味も存在する意義もない。

 

「……好きにすればいい」

 

「では……ルーク、とお呼びしてもよいですか? 男性の名前ですが……私がともに戦い、そしてともに成長した仲間――彼もレプリカでしたが――私にとって、大切な人物の名前です」

 

 ルーク……ルーク・フォン・ファブレのことか……。彼の名前は私でも知っている。尤も、レプリカだったということは初耳だが。

 

「そんな大層な名前を私ごときにつけていいのか?」

 

「別に大層じゃありませんよ。彼だって産まれたばかりの頃はそりゃあ我侭で手のつけられないお坊ちゃまでしたからね。けれど知らないことはこれから学べば良い。あなただって産まれてまだ数年。これから成長してゆけばよいでしょう?」

 

 成長? ふざけた事を。罪人として処分されようとしているレプリカがどうやって成長しろというのだろう。そんなもの、私は望んでいない。

 

「……貴方の隠していること、少しずつで構いません。全て聞き出すまでは、少なくとも私は貴方を処刑するつもりはありませんし、そうできるよう尽力するつもりです。さっさと死にたいのならば全部ぶっちゃけてみたらどうですか」

 

 全てを話す……それは私自身の欲望を認めて口に出す、ということ。どうせ死ぬのだから私には関係ないことだ、全てを話してしまっても……と言いたいところだがそういうわけにはいかない。まだ、この世界にはレオンが居る。レオン、私の全て。大切な私の……弟。

 

「第七音素が失われていっている、というところまではわかりました。次のヒント、いただけませんか?」

 

 ヒント……そうだな、ヒントくらいならくれてやっても良いかもしれない。私を人間扱いしてくれた、せめてもの礼として。この男は軍人である前に一研究者だ。知識欲が旺盛になる気持ちもわからないでもない。

 私は無意識のうちに、この男のことを信用していたのかもしれない。でなければこのような思考、普段の私ならばしなかっただろう。だが私は心細かった。……それは、認めよう。私はさびしかったのだ。血に塗れ、人との接触を断ち……そんな日々を繰り返していて、捕まってからようやく見つけ出した小さな平和。それが贋物の優しさであったとしても。

 

「レプリカを間近で見ていたなら気づいただろう……ああ、普通の人間には第七音素のことはわからないのだったな。ならばともに行動をしていた第七音素術士にならわかるかもしれない。いればの話だが。レプリカが傷付いた時、周囲の音素がどういう動きを持ち、どういった働きをしているか……わからなければここに第七音素術士を連れてこい。目の前で実践してみせてやる」

 

 彼は、与えたヒント……ではないところに注目する。

 

「……レプリカには、第七音素の事がわかるのですか?」

 

「ああ、そんなことも知らなかったのか? 我々レプリカは、音を聞き取るかのようにして第七音素の発信源を特定することが出来る。第七音素の濃い方向へと行けば、そこにレプリカが居るといった具合にな。そうやって私は同胞を見つけ出し、殺して回ったんだよ」

 

「なるほど……興味深い話ですね。それでは第七音素術士のように、大気中の第七音素も感知することが出来るのですか?」

 

「出来ないことはない。だがあまりに薄ければ気付かない事もあるがな。それに、音のように、といっただろう? あまり遠方のものは感じられない。もっとも感知できたところで、第七音素術士のようにそれを利用することは出来ないのだけれど」

 

 第七音素についてひとしきり会話をしたところで、私は元の牢獄に戻された。このヒント――ヒント以外のものも与えてしまったが――を頼りに、果たして彼は真相にたどり着くことが出来るのか、そして真相を知ってなお絶望せずに居ることが出来るのか……これは少し、見物かもしれないな。

 

―――――

 

 ファイルに追加する新しいページを取り出す。全ての鍵は第七音素にある。それを、今日の会話で確信できた。それにレプリカが第七音素を感知できるという事実……なぜ今まで誰にも知られなかったのかが不思議だが、それによって彼女がレプリカだけを判別できた理由も判明した。

 フォニー……いや、ルーク。……やはりルークという名前をつけるのは少々安易だったか。どうしても先に赤毛の少年の姿が浮かんでくる。まぁ、彼女の前ではその名を呼び、書類上はフォニーのままでも問題はないだろう……。

 少しずつ明らかになっていく真実。私はいつものようにファイルの新しいページに先ほどの会話の内容を記録する。どこにヒントが転がっているかはわからない。出来るだけ正確に、全てを記す……。

 また、ティアに話を聞く必要がある。彼女には申し訳ないが、もうしばらくグランコクマに滞在してもらうことにしよう。出来るならば……フォニーと引き会わせる必要もあるかもしれない。

 全ての会話を記録し終えて、私は息を吐いた。徐々にではあるが、確実に核心へと近づいている……その手ごたえを、彼女との会話のたびに感じることが出来る。

 陛下の言葉をふと、思い出した。私の事を快く思っていない人間が居る、と。もともと好かれているつもりはなかったが、フォニーの処刑の方向へ流れてしまうのは問題だ。少し釘を刺しておく必要があるか……。私は彼女を死なせるつもりはない。少なくとも、全てが明らかになるまでは。

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