「全部だ。ターフも競走相手も何もかも、全部ぶった斬ってやろう」
そんな、絵空事のような事を。目の前の男は、大真面目に告げた。
──デュランダルと初めて出会ったのは、夕暮れ時の河川敷。
新人トレーナーとしてこれからの日々に想いを馳せていると──彼女は、まさに風を斬るように俺の傍を駆け抜けた。
「──シッ!」
ほんの一瞬。視界の隅を何かが遮ったかと思うと、通り抜ける一陣の風。
耳が捉えた呼吸の音が無ければ、それがウマ娘の駆け抜けた余波だと気付くことも出来なかったかもしれない。
我に帰った時には遥か前方に小さくなっていく背中。彼女の存在を認識した時には、興奮で胸が高鳴るのを感じた。
「素晴らしい脚の持ち主だ……!」
あんな子とトゥインクル・シリーズを駆け抜ける事が出来たら──なんて考えていたら、足元に何かキラキラした物が落ちている事に気が付く。
「これは……アクセサリー……?」
それは、サービスエリアで見掛けるような剣を模したキーホルダー。修学旅行で土産を探している際にほぼ必ず目に入る物だ。
誰かの落とし物。いつもなら気付かずスルーしたであろうそれを、何となく拾い上げる。
「しかし彼女……なんて名前なんだろう。スカウト出来ないかな?」
その日は瞼の裏に刻み込まれた彼女の切れ味が頭から離れぬまま、帰路に着いた。
翌日になっても、興奮も冷めぬままに出勤。
欠伸を噛み殺し、目を擦っていると、模擬レースが開催されるという情報が耳に入った。
――もしかしたらまた彼女の走る姿が見られるかもしれない。そんな淡い期待を抱いて、模擬レースが開催されるグランドに向かうと。
「……いた」
間違いない、あの栗毛の長髪の彼女だ。
一房だけが白い前髪に、切れ長の紫色の瞳。引き締まった体躯は、遠目から見てもよく鍛えられていることが分かる。
「デュランダルか……今回も難しいだろうな……」
そして、見学に来ている他のトレーナー達の会話から、彼女の名前がデュランダルであるということを知った。
彼らの口振りからして、未だにデュランダルに専属トレーナーが着いていないことも把握する。
アレ程の走りを見せる彼女に、何故?
疑問に思い、レースの参加者達がゲートインしていく様を観察していると──その原因は、すぐにわかった。
「……もう、掛かっている? いや、アレは……」
離れた位置から見てもわかるほど、デュランダルの待機姿勢は冷静さを欠いていた。
呼吸は揃わず、視線は左右に泳いでいる。斬りかかる獲物を探す様に。
そして全員の入場が完了し、ゲートが開いた瞬間に──案の定、彼女は出遅れた。
他のウマ娘達がデュランダルの傍らを追い抜き、あっと言う間に最後方へと置いていかれる。
そして、その中から瞬時に先頭へと飛び出していく影が一つ――サイレンススズカだ。
「──チッ!」
出遅れながらも、即座に体勢を立て直し先頭へと食らい付くデュランダル。マークする相手をサイレンススズカに定めたのだろう。
そんなデュランダルに対して、サイレンススズカは相も変わらず己のペースでレースを進めている。デュランダルの闘争心も、迫り来るプレッシャーも意に介さず。
影すら踏ませぬ、先頭しか見えぬと言わんばかりに先頭を駆け抜ける。
「ク……ッ!」
そして──デュランダルの脚はサイレンススズカには届かず。
気迫が空振りした彼女はバ群に沈み、抜け出せることなくレースは終了した。
「成程……」
気性難。デュランダルを評価するなら、まずその一言が出て来る。
言葉を付け足すなら、素質はあるがその強すぎる闘争心故に活躍は難しい。
彼女に専属トレーナーが付いていないのは、そういう理由だった。
「はっ……はぁ……ッ!」
ターフで膝を付くデュランダル。
一方で、彼女がマークしていたサイレンススズカは自身のトレーナーと今のレースについて話し合っていた。
「……まだ。まだ、足りない。もっと、磨きをかけなければ……」
レースの参加者が去った後。一人残されたデュランダルも、呼吸を整えてターフを後にする。
その後ろ姿を見送った俺は、何とかしてあの切れ味を活かす方法はないか──そう考えていた。
──デュランダルと初めて言葉を交わしたのは、トレセン学園でも河川敷でもなく、街中の雑貨屋だった。
「デュランダル……?」
子ども向けのキーホルダーが並ぶ一角。そこに、彼女はいた。
切長の瞳を鋭く細め、何かを探しているように見える。棚の隅から隅まで目を通し──やがて、剣をモチーフにしたキーホルダーを手に取る。
暫く吟味するように眺めていたが、それをレジまで運ぶことはなく、小さく溜息を吐いて棚に戻した。
「もしかして……」
思い出すのは、彼女が駆け抜けた後に見つけた落とし物。剣のキーホルダー。
まさかと思うが──思い切って、声をかけることにした。
「ねえ、君。これ、君の落とし物?」
「は?……! 何故、あなたがこれを?……あなたは誰ですか?」
怪訝な眼差しを向けてくるデュランダル。その姿勢にすら切れ味を感じた。
警戒心を訴えてくる眼差しに、慌てて事情を説明する。
自分がトレーナーであること、先日の河川敷でこれを拾ったこと。
「なるほど。トレーナーでしたか。拾っていただき、ありがとうございます」
経緯を説明すると、表情は変えぬまま、小さく頭を下げるデュランダル。
俺の手から受け取ったキーホルダーを大事そうに握り締め、懐へとしまう。
これは、良い機会だ。スカウトの件について話せるかもしれない……でもそれ以上に、今は彼女の事が気になった。
「剣、好きなのか?」
「はい。刃、鞘。古今東西、あらゆる業物。形状の美しさに、心惹かれるものがあります。何よりも」
途中で言葉を区切るデュランダル。その続きを待つが、次に彼女が口を開いた時には──
「……すみません。自主トレの時間ですので。失礼します」
引き止める間も、続きを聞く間も与えてくれず、デュランダルはその場を立ち去って行った。
何となく、彼女の大事な要素に触れられそうな予感がしたのだが。
「キミ、デュランダルのトレーナーさん?」
さて、これからどうするか──なんて立ち尽くしていたら、柔らかな声音。
「君は……ファインモーションか。デュランダルの友達なのか?」
「うん!……そっかぁ、トレーナーが見つかったんだ、デュランダル」
「あー……いや、まだ俺は彼女のトレーナーじゃないよ」
「そうなの? まだってことは、これから契約するの?」
「それは彼女次第かな」
彼女が許してくれるなら、是非とも契約したい。
あの模擬レースの結果を見て尚そう強く望むほど、あの夕暮れの河川敷で見た走りが脳に焼き付いている。
「そっか。じゃあ、デュランダルをちゃーんと見てあげてね。あの子、すっごい頑張り屋さんだけど、とってもガマン強いから」
後でデュランダルについて調べてみると、ファインモーションの言う通り彼女は非常にストイックである事が判明した。
自主トレは欠かさず行い、授業も真面目に受ける。
後は、有り余る闘争心と持ち前の切れ味を活かす事が出来れば。
「……最近、よく会いますね。スカウトに向かわなくて良いのですか?」
「あぁ……ところで、トレーニングを見ていてもいいか?」
「構いませんが。暇なのですね」
俺から視線を外し、事務の危機に向き合うデュランダル。
まだ担当にすらなっていないというのに、彼女の事についてずっと考えている。
今日もデュランダルの自主トレを見せてもらいながらトレーニングプランを練っていたら、いつの間にか日が暮れていた。
スカウトはまだ出来ない。彼女の才能を十二分に活かす方法を編み出せなければ、彼女の担当になる資格は無いと考えているからだ。
そしてその日も最後まで彼女をスカウト出来ず、日が暮れていった。
明日こそは。
そう意気込んでトレーナー寮に戻り、図書室で借りた資料に目を通す。目を通す項目は、過去に活躍した気性難と呼ばれているウマ娘について。
やはり傾向としては、差しか追込の走りが多い。
俺も彼女の脚を活かすなら追込が合っていると思うが、問題はどうやって彼女にそれを伝えるかだ。
追込の走り方を覚えよう、なんて口で伝えたところで、あの闘争心を抑えることは不可能だ。その程度の問題ならば既に専属トレーナーが着いている。
あと少し。あと少しだけ彼女のことを知れば、ヒントが思い付きそうなのだが──
「トレーナーさん! デュランダル見なかった!?」
──慌てた様子で部屋に駆け込んできたファインモーションに、椅子を蹴飛ばす勢いで立ち上がった。
デュランダルが寮に戻って来ない。
最後に顔を合わせたのは俺だが、ジムの閉館後には部屋に戻ったものだと思っていた。
連絡もなく帰ってこない彼女を皆で手分けして探すことになった。
「……いた」
思い当たる場所は河川敷。彼女を始めて見た場所。
ここなら、また彼女の走りが見られるかもしれない。そんな期待を抱いて足を運んだが、予想は的中したらしい。
「ぐっ……はぁ、はぁ……っ!」
河川敷の坂を往復する彼女。しかしその足運びには、先日見た切れ味はどこにも無い。
力なく、ヘロヘロで。今にも倒れてしまいそうな――
「デュランダルっ!」
バランスを崩した彼女に駆け寄り、その身体を支える。
俺の腕の中でほんの一瞬、目を見開く彼女。すぐに状況を把握すると、震える声音で助かりました、と口にした。
「ありがとうございます……では。まだ、予定が残っているので」
「ダメだ、認められない。下手をすると故障に繋がるぞ」
「……であれば、我が身はその程度だった。そういうことです」
立ち上がり、再び駆け出そうとするデュランダル。しかし明らかに強がりだ。
踏み出す脚には切れ味の欠片も残っていない。
「なんで、そこまで?」
「……足りないのです、スタミナが。私が、一着に食らいつくには」
その言葉に思い出すのは先日の模擬レース。出遅れ、焦り、掛かって、最後には仕掛けどころを見失って終わりを迎えた。
彼女はそれを反省して――スタミナをつけることで、無理矢理補おうとしているのだ。
だが、その解決法には無理がある。
スタミナを伸ばすことはそう容易くはなく、ライバル達だって同時に自分の身の丈に合ったトレーニングで能力を伸ばしている。
そんな中で、掛かったまま勝利するなど――余程、天性の恵まれた素質がないと。
「……言われずとも、わかっています。ですが、他に方法がないのです」
「デュランダル……」
「たとえ我が身を削ることになっても。今は、磨きをかけるしか……」
しかし、このままでは磨きをかけるどころか折れてしまう。彼女の、その鋭い切れ味を持った脚もどんどん刃毀れしてしまう。
「違う。君は、その脚の使い方を間違っているだけだ。勝つ方法は、ある」
「……それは?」
彼女に伝えるべき言葉を考える。
その脚を最も活かす走り方。そして、それを彼女が納得できるように伝える方法。
それは――
「君は――剣だ!」
「――っ!」
あの時、夕暮れの中で見た彼女の軌跡。そして、肌で感じた風。
それを言葉で表すのなら、これ以上の表現は無いだろう。
「君は、一振りの名刀だ。どんな相手だって切り裂ける!」
「……いいえ。私は、負けました」
「確かにあの模擬レースで君はサイレンススズカを切ろうとして、負けた。確かに彼女はあの場で一番強かった。だけど、それは剣の振り方を間違えていたからだ。マークする相手が違ったんだ」
「では、誰を?」
一瞬だけ目を閉じて、イメージする。彼女が、G1レースの晴れ舞台を一刀両断するその様を。
「全部だ。ターフも競走相手も何もかも、全部ぶった斬ってやろう」
間違いなく、彼女なら出来る。そう確信して、俺は言葉を続ける。
「デュランダル。君がその切れ味を活かしきれていないのは、追う相手を間違えて空振りするからだ。君がその刀身を見せるのは、たったの一回だけでいい」
「……」
「最後方からのただの一振り。それだけで、君は全員纏めて叩き切れる」
デュランダルは俺の言葉を咀嚼するように目を閉じた。考えを纏めるように、腕を組んで顎に手を当てる。
そして。
「……勝手なことを言いますね。私の、トレーナーでもないのに」
「……順番が逆になっちゃったけど。俺は、君をスカウトしたい」
俺の差し出した手を、しかし彼女は取らず。
「その返事は、次のレースの結果で返しましょう」
デュランダルの体力が回復するのを待ち、彼女を連れて学園へと戻った。
「申し訳ありません。我が身の至らなさに、耐えきれず」
フジキセキとヒシアマゾン、ファインモーションに頭を下げ、謝罪する彼女。
自主練とはいえ門限破りに無断外出。
デュランダルはこってりと彼女達に絞られ、それから数日間罰として寮の清掃に取り組む姿が見られた。
そして、月日が経過し――
「聞いたか? 次の選抜レース」
「ああ。またデュランダルが出るらしい」
彼女が、その真の切れ味を見せる日が、やってきた。
――私は、剣が好きだ。
刃、鞘。古今東西、あらゆる業物。形状の美しさに、心惹かれるものがある。
何よりも――風を切って走る時、まるで自分が一振りの刃になったような感覚がするから。
風を切って走るその瞬間、何もかも追い抜いて一着でゴールするその瞬間。
競争相手を撫で切るべく、刃を振り下ろすその瞬間――それが、何よりも心地良い。
「デュランダル。お前なら出来る」
そんな言葉と共に、無愛想な父がトレセンへ行く私に餞別として送ってくれた剣のキーホルダー。
年頃の娘に渡すものとしては間違いなくセンスが振り切れているそれが、何よりも嬉しかった。
「ふぅ……」
久しぶりのレース。ゲートの中で、目を閉じる。
思い起こすは先日、あの男に言われた言葉。
私は、剣。一振りの刃。斬るべき相手は、一人じゃない。
であれば、ゲートは鞘。窮屈に感じるこれも、我が刀身を隠すためのもの。
大きく息を吸い込んで、目を開く――同時に、ゲートが開いた。
「……まだだ」
あえて、最後方に位置取る。それは、これから斬るべき相手全員を視界に収めるため。
解き放ちたい欲求を抑え、溜め、蓋をして。最終コーナーへと差し掛かった時――
「――はぁっ!!」
脳裏に浮かぶ、鞘より解き放たれた銀色の刃。
同時に、脚を踏み出して――私は、久しく忘れていた感覚を思い出した。
「そうだ! これだ!」
何もかも追い抜いて、全部忘れて、一振りの刃となる感覚!
これは、トレセンに来る前に私が好きだった――いや、それ以上に!
「気持ちが良い……!」
一人や二人ではなく、全員をぶった切って走り抜いていく!
それが、こんなにも心地よいことだったなんて!
こんな感覚、知ってしまったらもう――戻れない!
「は……! ははははははっ! あの男……いやっ!」
もっと、この感覚を味わうべく私は脚を回し――気が付いたら、ゴールラインを追い越していた。
――デュランダルは、模擬レースを一着でゴールした!
今までの彼女とは一線を画す走りに、周りのトレーナー達も唖然としている。
俺は、更に鋭くなった彼女の切れ味を見れたことに興奮しながら、グランドに立つ彼女に駆け寄った。
「デュランダル!」
「……まったく、なんてことをしてくれたんですか。あなたは」
「え?」
「こんなの……有り得ません。もう他の走りなんて、できませんよ」
「そうだ。それが、君の走りだ。何もかもを一刀両断する、名刀だ」
「……今回は、たまたま上手くいっただけかもしれません。全力の一振りが空振るかもしれません。それでもあなたは、私に全てを賭けることができますか?」
デュランダルが問い掛けながら、手を差し出してくる。
その答えは、考えるまでもなく決まっていた。
「勿論!」
差し出された手を、握り返す。
「ふ……良いでしょう。であれば、今より私はあなたの刃。共に、勝利を」
こうして、俺とデュランダルのトゥインクル・シリーズが幕を開けた――
後日。
俺達のトレーナー室を、ファインモーションが訪れた。
彼女が俺達に差し出したのは、一枚の写真。
「勝手に撮影したのですか。ファイン」
「うん。きれいに撮れてるでしょ♪」
それは、あの模擬レースで俺とデュランダルが握手を交わした瞬間。
いつの間にか、あの場面を彼女に撮られていたらしい。
「それ、あげる。飾ってくれると嬉しいな」
「はぁ……まったく……いいでしょう。今回だけは、許します」
飾り気のないトレーナー室に、一枚の写真。
小さな写真立てに収められたそれを眺めて、改めて俺達の始まりを実感した。
……更に、余談だが。
古来より、伝承にある名剣の持ち主は、数奇な運命を辿っている。
そしてデュランダルという名剣の持ち主となった俺も、それを証明するかのように、何故だかクセウマ娘ばかり担当するようになるのだが――
――ヤダヤダー!
――喉元、食いちぎってやろうか?
――カワイイ!
――こんな三冠ウマ娘は初めてです!
それはまた、別の話だ。
【称号獲得・デュランダルとの出会い】
こっちに投下するかは迷ったけど折角なので投下