我が身、一振りの刃なれば   作:セミズ

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クラシック期

「俺が、君の鞘になる。絶対に君を守ってみせる」

 

 そんな、歯が浮くようなことを。トレーナーは、堂々と告げた。

 

 

 

 ――私は剣。一振りの刃。

 風を切る感覚が好きだ。競争相手を追い抜いていく感覚が好きだ。

 剣が好きだ。恰好良いから。そして、私が風を切って走る時――まるで、一振りの刃になったような気がするから。

 

 トレセンに来てから勝てなくなり、久しく忘れていた感覚。焦れば焦るほど、足掻けば足掻くほど遠ざかっていく景色。

 それを、トレーナーはより強烈に思い出させてくれた。

 

「――フッ!!」

 

 私は、今日もターフを駆けていく。トレーナーの教えてくれた走りで、勝利を掴むために。

 だけど、まだ私は気付けていなかった。

 

 鋭利な刃は、時として担い手すら傷つけるということを。

 

 

 

『ジュニア期 7月』

 

 ――デュランダルは、メイクデビューでも実力を遺憾なく発揮した。

 しかしこの程度の勝利は当然。次の目標を立てなければならない。

 早速G1の舞台へ殴り込み、と行きたいところだが流石に今の彼女には地力と経験が不足している。

 そこでまずは経験を積み勝利を重ね、デュランダルの実力を世間に示すことを提案した。

 

「異論は有りません。私はあなたの刃。振り下ろす先はあなたが決めてください」

 

 不満もないようなので、早速次のレースに向けてプランを組み立てよう。

 ……しかし。

 

「なにか?」

「いや……」

 

 食堂でランチを口に運ぶデュランダル。ハンバーグカレーとデザートにプリンパフェ。昨日はエビフライだったか。

 どことなく野菜を避けているようにも見えるし。剣のキーホルダーといい、もしかして彼女は意外と――

 

「子どもっぽいと。そう思いましたか、今」

「そんなことは」

「いえ。言われずともわかりますとも。ええ。ですが、それは違います。確かに幼少期より好きでしたが、それはつまるところ一本筋が通っているということであり。飽きっぽい子どもとは正反対であると――」

 

 どうやらスイッチが入ってしまったらしいデュランダル。

 彼女をどう宥めるか考えていると――

 

「デュランダルー♪」

「ファイン。丁度良いところに。あなたもトレーナーに」

「ねえ、一緒にラーメン食べに行かない? 無料券貰っちゃったの♪ トレーナーさんもどうかな?」

「!」

 

 楽しそうなファインモーションに、期待の眼差しを向けてくるデュランダル。

 俺は――

 

「また今度にしようか。今ご飯食べたばかりだし」

「……そうですね。ファイン、折角ですが」

「そっかー……」

 

 残念そうに肩を落とすファイン。

 しかし万が一太り気味になってデュランダルの脚の切れ味が失われることがあれば――

 

「トレーナー。舌でも噛みましたか」

「……いや、何でもない」

 

【体力が10回復した スキルptが5上がった】

 

【メイクデビューに出走】→Clear!!

Next→【ファンを5000人集める】

 

 

 

『クラシック 1月』

 

 デュランダルは素晴らしい才能を秘めたウマ娘だが、それだけでトゥインクル・シリーズを勝ち抜ける程甘くはない。

 彼女の距離適性は短距離とマイル。

 この道の先人には驀進王と称されるサクラバクシンオーや最強マイラーの二つ名を欲しいままにするタイキシャトルがいる。

 例としてこの二人の名を挙げたが、他にもまだまだ強者はたくさんいる。

 デュランダルの同級生であるファインモーションも注力株の一人だろう

 そういう訳で、勝つために研鑽が欠かせない日々が続くのだが。

 

「明けましておめでとうございます」

 

 季節の節目は大事にしよう。

 そうデュランダルに伝えたところ、彼女も素直に頷き部屋の飾りつけを手伝ってくれた。

 ミニ門松や注連縄など、正月の装いで彼女と顔を合わせるトレーナー室は何だか新鮮に感じた。

 テレビを点けると正月ムードに包まれている世間が映るが、既に次のG1レースについて特集されている番組もある。

 そして、その番組では――デュランダルが模擬レースで敗北したサイレンススズカも取り上げられていた。

 

「……む」

 

 みかんを向きながらも、視線は画面に釘付けのデュランダル。表情こそ変わらないが耳と尻尾は忙しなく動いている。

 

「君の刃は必ず彼女に届く。今は焦らず力を付けよう」

「……はい」

 

 返事はしてくれるが相変わらず視線は変わらない。何か気分転換になるものはないかと考えていると、トレーナー室のドアが勢い良く開いた。

 

「デュランダル! トレーナーさん! あけましておめでとー♪」

 

 ファインモーションだ。その片手には沢山の重箱が器用に積み重ねられている。

 

「実家から色々届いたからお裾分け。シェフも来てくれたんだよ♪」

 

 小市民の俺からは今一予想できないスケールの話だ。

 横目でデュランダルを見ると表情筋こそ動かないがみかんの皮を剥く手が止まっていた。

 とはいえ、厚意は有難く受け取ろう。あえて食材の詳細は聞かず、美味しいお節料理に舌鼓を打ち――

 

「ごちそうさまでした。それではトレーナー。この後の予定は」

 

【いつものように刃を研ぎ澄ませよう。トレーニングだ】

【今は手入れの時。休もう】

【いつもとは違う方法で太刀筋を学ぼう。というわけで正月らしく遊ぼう】

 

 

>【今は手入れの時。休もう】

 

 そう伝えると、デュランダルは素直に頷いた。満腹で少し眠たいのだろう、タオルケットを持ってソファに座る。

 

「お昼寝するの? じゃあ私もー♪」

 

 そしてその隣に腰掛け、デュランダルの肩に頭を預けるファインモーション。

 さて俺は資料を纏めるか――なんてPCに向かうと、切れ味のある視線を首筋に感じた。

 

「……」

 

 振り向くと、デュランダルがもう片方の自分の隣をぽんぽんと軽く叩いてる。

 少しだけ見つめ合って――PCの電源を落とし、彼女の隣にお邪魔する。

 程なくして、トレーナー室に三つの寝息。

 ……正月だし、こんな日があってもいいだろう。

 

【体力が20回復した】

 

 

 

『2月 目標達成』

 

 新世代へ切り込む名刀か!?――そんな見出しのニュースがチラホラ見受けられるようになり、彼女の実力も世間にある程度認められるようになってきたのだろう。

 世代へ切り込む――であれば、勿論狙うはG1レース。デュランダルの適正からして【スプリンターズS】と【マイルCS】だろう。

 段階を踏むとすれば、G2レースの【セントウルS】が妥当だろうか。

 

「構いません。どのような場であれ、ただ切り裂くのみです」

 

 承諾を得られたため早速計画を練る。グレードの高いレースとなると、これまでの相手とは格が違う。油断せずに行こう。

 

「……おぉー……かっけぇー……!」

「ふゥン……あの走りは……だが、或いは……」

 

 そして俺たちはトレーニングへと取り掛かる……とある後輩と、白衣を着たウマ娘に覗き見されていることにも気付かず。

 

【ファンを5000人集める】→Clear!!

Next→【セントウルSで3着以内】

 

 

 

『7月 夏合宿』

 

 夏合宿。彼女の能力を伸ばす絶好の機会がやってきた。豊かな自然環境はデュランダルの切れ味を更に伸ばしてくれるだろう。

 

「トレーナー。この合宿施設にはお土産コーナーはあるでしょうか」

 

 無いと思う、と返すと耳と尻尾を垂れ下げた彼女の為に夏祭りの出店で日本刀を模したキーホルダーを買ってあげたり。

 

「デュラ先輩マジかっけーっす!」

「別段特別なことはありません。ただ己を貫くのみです」

 

 とある後輩ウマ娘の憧れの眼差しを真っ向から受けて、尻尾を振ったり。

 

「……あの人、これ蹴ったんだよね? 脚が刃物で出来てんの……?」

 

 精神力を鍛えた結果、トレーニング中にアクシデントで転がって来たスイカ割り用のスイカを蹴りで真っ二つに両断したり。

 色々ありながらも、概ね順調に進んでいた。

 

 

 

『8月 夏合宿』

 

 合宿最終日。

 そろそろバスが出る時間なのだが、デュランダルがいない。

 なにか忘れ物でもしたのか心配になって部屋に戻ると――

 

「君の……は……だ。トレーナー……と……」

 

 デュランダルが、とあるウマ娘――アグネスタキオンと会話をしていた。

 アグネスタキオンはこちらに気付くと会話を打ち切り、バスへと戻っていく。

 

「後は、君の判断だ」

 

 彼女が最後にそう伝え、去っていく。何を話していたのか、そう聞くと――

 

「……今、話す内容ではありません。ですが、いつか必ず」

 

 

 

『9月 勝負服イベ+目標達成』

 

「……馴染みます」

 

 姿見の前に立ち、勝負服に身を包んだ自分と対面するデュランダル。その尻尾は付け根の部分でくるくると回るように揺れていた。

 騎士甲冑のような意匠が随所に見られるデュランダルの勝負服。彼女の強さをより一層際立たせてくれることだろう。

 

「後輩からも賛辞を貰いました」

 

 ――ウオーーーー!!! マジヤベェーーーー!!!と、どこかからかそんな興奮した叫び声が聞こえた気がした。

 

「トレーナー。あなたはどう思いますか。具体的に」

 

 良く似合っていると思う。付け加えるなら――

 

【カッコイイな!】

【キレイだと思う】

 

 

>【キレイだと思う】

「綺麗……ですか」

 

 デュランダルが時折語る、業物の美しさ。

 研ぎ澄まされた刃。輝く刀身。それに通じるものを、今のデュランダルに感じる。

 元より美人だった彼女の魅力が更に引き上げられていると言えるだろう、そう告げると――

 

「成程。理解しました。それではトレーニングに移りましょう。慣れなければいけませんから」

 

 振り向き、その表情を俺に見せずグランドへと駆けていくデュランダル。

 

「むむっ!? デュランダルさん! 風邪ですか!! 今すぐ保健室へ行きましょう!!!!!」

「問題ありません!」

 

 そして、何か勘違いして角の向こうから突っ込んできたサクラバクシンオー。話が拗れる前に、急いで彼女達の元へ駆け出した。

 デュランダルの言う通り、勝負服を着用しての走りに早く慣れてもらわないといけない。

 セントウルSを制覇したデュランダル。

 次はいよいよG1レース、【スプリンターズS】だ。

 

 彼女が中山レース場を袈裟懸けにする様が、今から楽しみだ。

 

【スピードが20上がった】

 

【セントウルSで3着以内】→Clear!!

Next→【スプリンターズSで1着】

 

 

 

『9月 スプリンターズS』

 

 

 短距離G1レース【スプリンターズS】

 最もグレードの高いレースなだけあって、出走者達の気迫も桁違いだ。我こそは、と自信に満ちた者。今度こそは、と焦りを滲ませるもの。

 そんな中で――デュランダルは、いつもと変わらぬ佇まいを見せていた。

 

「頑張ってね、デュランダル!」

「何も変わりません。いつも通りに走るだけです――ですが、その言葉は受け取りましょう」

 

 ファインの激励の言葉を受け取り、闘争心を滾らせパドックへと向かうデュランダル。

 事前の人気はトップではない。しかし――

 

「デュランダル。君が、一番強い!」

「――はい」

 

 そして、スプリンターズSが幕を開けた。

 

 

『9月 スプリンターズS 今は、まだ』

 

『デュランダル差し切ったか――!?』

「……っしゃあっ!!」

 

 勝った! そう確信して思わずガッツポーズを取る!

 隣で見守っていたファインとも喜びを分かち合おうと、彼女の方へと振り向く……が。

 

「うーん……どっちだろ……?」

 

 電光掲示板には未だ勝者の番号が表示されず。

 あれ、もしかして早とちりか――なんて、握った拳から冷や汗が垂れてきた頃に、漸くデュランダルの番号が表示された。

 

「や……ったー!!!」

 

 今度こそ間違いない! 勝者はデュランダルだ!

 柵を飛び越え、息を荒くして立つデュランダルの方へと駆け寄った。

 

「おめでとう! デュランダル! 最っ高だよホントに!」

「――」

「デュランダル!?」

 

 突如、ふらりとよろめく彼女の身体。

 あわや倒れかけたところで、受け止めることが出来た。

 

「大丈夫か!?」

「問題ありません……少し、疲れました。トレーナー。私は、勝ちましたか」

「ああ! 君が、差し切ったんだ!」

「ふふ……そうですね。不思議なものです。いつもと変わらぬはずなのに、各段に高揚している……これが、G1の舞台……!」

 

 普段表情を変えることの少ない彼女の口角が、確かに上がっている。

 一生に一度、その舞台に立つことすら叶わぬウマ娘も多いG1レース。

 彼女は確かに、その頂に立ったのだ。

 

「ふぅ……」

 

 数分で呼吸を整えると、デュランダルは自らの足で立ち上がった。

 ありがとうございますと告げて、そして俺と同じように祝福を告げにきたファインモーションに向きなおり――

 

「ファイン。さっき隠し撮った写真を消しなさい」

「えー!? なんでわかったの!?」

 

 小さく溜息を吐き、次の瞬間その姿がブレたかと思うとファインモーションへと詰め寄るデュランダル。

 恐らくカマをかけたのだろうが、それにしても鋭い勘である。

 

「……ん?」

 

 スマホに通知。何かと思うと添付ファイル。

 送信者はファインモーション。その中身は――

 

『それ、あげるね』というメッセージと共に、送られてきた一枚の写真。

 

「……なるほど」

 

 デュランダルが、俺へと寄り掛かる瞬間を収めたもの。

 レースの高揚からか、その頬は赤かった。

 

「…………なるほど」

 

 少し悩んで――デュランダルには悪いが、こっそりと待ち受けに使わせてもらうことにした。

 G1を勝ち取った記念、そして滅多に見られない彼女の表情はとても綺麗で、消すのは勿体ないと感じて。

 

【スプリンターズSで1着】→Clear!!

Next→【マイルCSで3着以内】

 

 

 

『11月 マイルの頂点へ』

 

 マイルCS。

 このレースで勝利すれば、デュランダルはG1レース連覇となる。

 

「デュランダル! 今日はライバルだね!」

「私は普段からそのつもりでしたが」

「あ、確かに!」

 

 そして、今回のレースではデュランダルの友達、ファインモーションが参加している。

 和やかな雰囲気を漂わせるファインモーションだが、この場にいる時点で実力は疑いない。

 事実、事前人気はデュランダルよりも上だ。

 

「とにかく、頑張ろうね!」

「ええ。勝つのは、私ですが」

 

 だが――勝つのは、デュランダルだ。

 

『デュランダル! ファインモーション!』

『デュランダルG1連覇だゴールイン! スプリンターズステークスに続いて差し切り勝ち!』

 

 会場の熱気が爆発する。

 短距離に続いてマイルでのG1制覇、それもこの距離においては王道とは言い難い追込の作戦で。

 前回の勝利が決してフロックなどによるものではないと、証明された瞬間だった。

 

「す、すごかったぁ……勝てるー!って思ったらゾクゾクっとして! そしたらびゅ!って追い抜かれちゃった……アレが斬られるってことなんだね……」

「あなたは強かった。でも、私の方が強かった。それだけです」

「うん……次は負けないからね! デュランダル!」

「ええ。楽しみにしています」

 

 お互いの健闘をたたえ合うデュランダルとファインモーション。

 これからも彼女達は切磋琢磨し、実力を高め合っていくに違いない。

 再び彼女達が激突する日が、今から楽しみで仕方ない。

 

「おめでとう、デュランダル!」

「トレーナー……次の、レースは」

「考えているのは高松宮記念だけど……今は、目の前の勝利をかみしめよう」

「……わかりました。そうですね。異論はありません」

 

 次の予定を告げつつ、どこか焦る様子の彼女を宥める。

 今はウィニングライブに集中してもらって、ゆっくりと休んでから次のレースの話をしよう。

 大盛況で終わったG1レース。

 

 その数週間後――デュランダルは、トレーニング中に倒れた。

 

【マイルCSで3着以内】→Clear!!

Next→【高松宮記念で3着以内】

 

 

 

『11月 欠けた刃』

 

 

「疲労が溜まっていますね。炎症も起こしています。幸いにも骨は無事のようですが……暫く療養すればレースへの復帰も問題はないでしょう」

「そうですか……」

 

 必死に駆け込んだ先の病院で、医師に下された診断結果。

 一先ずは安静に、そうすればレースへの復帰も問題無し、と。

 暫くはトレーニングもお休みで、じっくりとプランを練るか。

 医者も離席し、病室でデュランダルと二人きり。

 今後の事について相談したいと告げると、彼女は小さく頷いて。

 

「トレーナー。一つ、お願いが」

「なんだ?」

 

 先を促すと、彼女は口を閉ざす。チクタク進む時計の針、お互いの呼吸音。静寂に包まれる病室で、彼女は――

 

 

「一年後のマイルCS。それを、私のラストランにしたいのです」

 

 

 ――短距離において後ろで控えるウマ娘は勝てない。それがセオリーだ。

 ――だが、君の脚はそれを覆した。爆発的な加速力と驚異的な末脚によって……覆して、しまった。

 ――君を観察させてもらったけどね。このままだと、君は間違いなく破綻する。その綻びは……恐らく、11月頃に現れるだろう。

 ――覚えておくように。君の最強の武器は、同時に君を傷付ける諸刃の刃でもあるということを。

 

 それが、夏合宿の最後でデュランダルがアグネスタキオンに言われた言葉だと、彼女は教えてくれた。

 

「有り得ない、と思いました。そうではないと、証明するために走り続けました……その結果が、これです」

「……俺に伝えなかったのは」

「万が一にでも。その可能性があるとしたら。あなたは、あの走り方を認めてくれますか?」

 

 ……無理だ。彼女の才能を最大に活かすためとはいえ、彼女の脚が壊れてしまうのは……そんなの、認められない。

 

「……私には、あの走りしかない。あなたが教えてくれた。アレしかない」

「デュランダル……」

「あの感覚を忘れるならば。あの景色が遠ざかるのを自覚しながら走るのであれば。私は私らしく一振りの刃として、全うしたい……そう、願うのです」

 

 彼女の気持ちは痛い程にわかる。誰よりもあの走りに魅了されたのは、他ならない自分なのだから。

 

「……急な話でした。すみません。今は、一人にしてください」

 

 守るべきは彼女の走りか、彼女の脚か。

 結局、その日は答えが出せなかった……。

 

 

 

『11月 折れない剣』

 

 トレーナーであればウマ娘の希望には寄り添うべきだ。

 しかし、デュランダルは本当に一年後の引退を望んでいるのだろうか。

 数日が経ち、トレーニングはまだ無理だが、日常生活は問題なく送れるまでに回復したデュランダル。

 しかし彼女の姿が見えず、探し回っていると――

 

「先輩、大丈夫だったんスね! 良かったー!」

 

 屋上に響く大きな声。

 デュランダルを先輩として慕うウマ娘、ウオッカだ。

 何となく声をかけるタイミングを失い、ドアの陰から見守る。

 

「いや、良くはねえか……でも、オレ! 先輩が倒れたって聞いてマジ心配して……!」

「……そうですね。あと少しで、問題なく今まで通りに戻れるでしょう」

「へへ……安心したッス! オレ、絶対いつか先輩と走るって決めてるんで!」

「……!」

「先輩の走り、マジカッケーっつうか……本当に痺れるっつーか! 掟破りの実力っつーか!」

「……ただ、アレが一番私の力を活かせるというだけです」

「へへ、そういうところもッス! んで、オレ! いつか絶対一緒に走って! 先輩に追いつきますから!」

「……」

 

 待っててくださいね!と言い残して、ウオッカはデュランダルを残して屋上から立ち去った。

 彼女と入れ違いに、デュランダルと対面する。

 

「聞いていたのですか」

「偶然ね」

 

 ウオッカはデュランダルが引退を考えていることを知らない。

 だが、彼女のお陰で、俺のやるべきことは決まった……いや。

 

「ウオッカ。彼女はデビューはまだだけど、既に注力株だ。マイルや中距離で活躍するだろうな」

「知っています」

「彼女のデビュー、楽しみだな」

「そうですね……ですが」

「関係なくはないだろう。君も、彼女と走りたいと思った……違うか?」

「……しかし、私は」

 

 目を逸らし、校庭に視線を向けるデュランダル。そこでも多くの生徒達が自主練に励んでいる。

 デュランダルの同期や後輩たち、先輩たちが鎬を削っている。

 

「悪いけど、君の引退は認められない。本当にそう思っているならいいけど、君はまだまだ走りたがっている」

「走り方を変えろと。負担の少ない先行策に変えろとでも言うのですか。それは――」

「そうじゃない」

「なら!……どうするの、ですか」

 

 デュランダルの走りを奪うことも、未来を放棄することも、どちらも認められない。

 だったら、俺がやるべきことは、最初から決まっていたんだ。

 

「どっちも守る! 君の走りも! 君の脚も!」

「そんなことができるなら! どうやって!」

「それは……これから考えるけど!」

「ふざけるな!」

「ふざけてない!」

 

 身を乗り出して、デュランダルの手を握る。

 

「信じて欲しい。必ず、君の脚を強くする方法を見付けて見せる。君は、折れない」

 

 あんなにも強くターフを駆ける彼女の手は、こんなにも細く、小さい。

 そんな彼女に、俺が告げるべき言葉は一つだけ。

 

「俺が、君の鞘になる。絶対に君を守ってみせる」

「――!」

 

 デュランダルの目が見開かれ、耳が立ち。

 そして。

 

「……あの時、私の走りを変えたあなたが。今度は私の走りを守って見せる……と」

「ああ。絶対に」

「……不思議です。何の保証も無いと言うのに……あなたの言葉なら、信じられる気がしてしまう」

「デュランダル……!」

 

 俺の手を、握り返した。

 

「私があなたの刃。そして、あなたが私の鞘。いいでしょう……共に勝利を。トレーナー」

 

 

 

『12月 プランX』

 

 再始動した俺とデュランダル。

 俺が真っ先に始めたことは――アグネスタキオンへの、土下座だった。

 

「ふゥン……私に協力をねぇ」

「君のデータが欲しい。デュランダルの脚を強くする協力をしてほしい」

「そうだねぇ……だが、まさか無条件で?」

「メリットもある。デュランダルの走りを、彼女の可能性を見せてやる」

「そうかな? 私は忠告した、そして彼女は事実通り壊れそうになっている……話はそれで終わりじゃないかい?」

「終わりじゃない。君は、何故デュランダルのデータを記録していた? そして、何故彼女が壊れることを予測できた?」

 

 アグネスタキオンがデュランダルを観察した理由。そして、忠告できた理由。

 

「期待していたんじゃないのか、デュランダルに。彼女の可能性に」

「……ふ、はははっ! 言うじゃないか!」

 

 彼女は腹を抱えて笑った。

 

「ああ、確かにその通りさ! そしてその期待は外れに終わった……しかし君は違うと言う!」

「今のままだと折れてしまうかもしれない。だけど、君の協力さえあれば絶対に出来る!」

「絶対か。軽々しく口にする言葉ではないが……いいだろう。君にデータを提供しようじゃないか。脚の強化プランにも付き合おう」

「本当か!」

「ああ。ただし」

 

 条件がある――そう続けて、彼女が机の引き出しから取り出した試験管。

 その中身には何やら蛍光色に輝く液体。

 

「これから毎日、君には私が指定する薬を――」

 

 彼女が言い終える前に、試験管を奪い取って中身を飲み干す。

 胃袋から立ち上がる匂いに足元がフラついたが、堪える。

 

「ふ……ふふ! あーっはっはっは! 契約成立というわけだねぇ!」

 

 そうしてアグネスタキオンの協力を得られた俺は、彼女から入手したデータを元に改めてプランを組み直した。

 また、時折彼女から提供されるサプリメントも、デュランダルの為になっている筈だ……と思いたい。

 

「トレーナー。あなたが私の鞘と言いましたが。私は、蛍光ピンクの鞘は遠慮願いたいのですが」

「……今だけだから。」

 

 多分。

 

「……トレーナー。なんだかボヤけていませんか?」

 

 ……多分。

 

 

 ――やはり蹄鉄でしょう。骨折以外の足の故障は装蹄で治せるとも、聞いたことがあります。

 

 強い脚を作るのであれば、強い脚の持ち主に聞くのが一番だ。

 トゥインクル・シリーズにおいて異例の51戦の記録の持ち主、鉄の女と称されるイクノディクタスに聞いたところ、そんな答えが帰ってきた。

 

「12月24日。この日にどうしても一緒に付き合ってくれと。そう呼ばれたかと思えば……」

「ああ。装蹄師さんの予定がこの日しか空いていなかったんだ」

 

 デュランダルにぴったりの蹄鉄を幾つか見繕ってもらい、トレーナー室へと帰ってきた。

 肉体の強さをアグネスタキオンの協力で、足元の補強を蹄鉄で。

 そして俺が適切なトレーニングプランを組み立てれば――

 

「……あ。雪、ですね」

「ほんとだ」

 

 トレーナー室の窓から空を見上げれば、今まさに降り始めた粉雪。

 予報よりも少し早いが、トレーニングの予定はないので問題はないだろう。

 

「そうだ。デュランダル」

「なんですか」

「これ。メリークリスマス――っていうわけでもないけど。受け取ってくれたら嬉しい」

「――」

 

 彼女に用意していた小包を渡す。

 開けてもいいですか、と聞くので勿論と頷いた。

 

「靴……!」

「日常生活でも、君の脚を守れないかなって」

 

 脚に優しいという評判の高級ブランドの靴。

 本当はもっと早く渡したかったのだが、人気が高く入手困難で。

 西へ東へとあちこち駆け回ってやっと今日手に入ったのだ。

 

「ああでも、もしデザインとか気に入らなかったら」

「いえ」

 

 俺の言葉を遮って、デュランダルは小包を抱き締めた。

 

「大事にします。大事に使います……ありがとう、ございます」

「……そっか。なら、嬉しいな」

 

 いつもより綺麗に見える彼女と二人きりで、12月24日を過ごしていく。

 そして、間もなくデュランダルのクラシック期は終わり――激闘のシニア期が待ち構えていた。

 

 

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