我が身、一振りの刃なれば   作:セミズ

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キャラスト5話


幕間

「勝利祈願は、やっぱりカツ丼!」

 

 そんな、くだらないことを。トレーナーは、満面の笑みで言い放った。

 

 

 

 ――最近、デュランダルの様子が少し変だ。

 トレーニングには問題なく集中出来ている。タイムも良好。しかし、ふとした瞬間に心ここに在らずになるというか。

 

「どうかした? 疲れてるなら休憩にしようか?」

「……いえ。問題はありません。続けましょう」

 

 トレーナー室でのミーティングの最中、窓の外を見ていたデュランダル。

 その目線を追うと、グランドで和気藹々と駆け抜ける生徒達。あれは中等部の子達だろうか。

 誰か、気になる子でもいるのか――しかし、今の彼女に聞いても教えてくれるだろうか。

 

「……わかった。明日からのトレーニングだけど――」

 

 ……少し考えて、ミーティングを続けることにした。

 

 デュランダルというウマ娘はゲートイン直前を除けば、真面目で素直である。

 趣味趣向が子どもっぽいだとか、わりとすぐにムキになりがちだとか、意外と幼げな一面もあるものの、指示は真面目に聞いてくれるしストイックな自主練も欠かせない。

 そして彼女が悩まされていた有り余る闘争心も、自身を一振りの剣と見なすことでコントロールする方法を覚えた。

 

(そんなデュランダルに、悩みごと……)

 

 レースに支障が出ているのであれば解消せねばならないが、個人的な悩みがであればどこまで踏み込んでいいものか。

 

(……待った方がいいのかなぁ)

 

 ベテラントレーナーであれば、ウマ娘との上手な付き合い方もよく知っているのだろう。

 先輩方にこういう時の対応方法を聞いてみる、というのも手かもしれないが。

 

(……いや)

 

 ……何となくだが、それはまだやるべき事ではないように思えた。

 自分で考えて、自分で向き合わなくては。

 

「……あれ?」

 

 そしてミーティングを終えて、デュランダルも去ったトレーナー室で。

 彼女が座っていた場所に、スマホが置き去りにされているのを見付けた。

 忘れ物だろう。届けに行かなければ――と、教室に向かったものの間の悪いことに彼女は不在で。

 

「デュランダルなら屋上だと思うよ、トレーナーさん」

 

 寮長にでも届けてもらおうか、なんて考えていたらデュランダルのクラスメイトのファインモーションが助け舟を出してくれた。

 礼を言い、屋上へ向かう――前に。

 

「屋上で、何をしているんだ?」

「行けばわかるんじゃないかな。あそこ、よく見えるから♪」

 

 ファインモーションの言う通り、屋上のドアを開けるとデュランダルがグランドを見下ろしていた。

 集中しているらしく、こちらには気付いていないようだ。

 デュランダルと、彼女が見下ろしている中等部の子たちを見比べる。

 彼女が特に、あの中で気にしていそうな子は――

 

「ウオッカが、気になるのか?」

「っ!」

 

 耳と尻尾を逆立てて、デュランダルがこちらに振り向く。

 

「これ、忘れ物」

 

 彼女が口を開く前に、トレーナー室に置き忘れたスマホを差し出す。

 デュランダルはほんの少しだけ頬を朱に染めて――咳払いを一つして、スマホを受け取った。

 

「……ありがとうございます」

「うん。ところで、一つ聞いていいかな」

「……彼女について。でしょうか」

 

 デュランダルの言う彼女とは、ウオッカのことだろう。

 まだトレーナーが付いておらず、本格化も迎えていないようなのでデビューはまだまだ先だろうが、既にトレーナー達の間では有力株として注目を集めている子だ。

 

「ああ。仲良しなのか?」

「……どうでしょうか。賛辞の言葉は、受け取りましたが」

 

 ――デュランダル先輩、マジカッケーっす!と。そんな風に、目を輝かせるウオッカに慕われているらしい。

 確かに大剣の一薙ぎのようなデュランダルの走りはとてもカッコいい。

 短距離・マイルにおいて追込で勝つというセオリーを覆す実力も。

 最近のデュランダルの様子が変だったのは、このためだろうか?

 しかし、自分の後輩の事が気になるというのは、そこまでおかしな話ではないように思えるが――

 

「今度、模擬レースがあると聞きました。ライバルも出走すると」

「なるほど。それで、ウオッカが勝てるかが気になるのか?」

「……初めて、なんです」

「初めて?」

「今までの私は、ただ、走れれば良かった。勝てれば、それで満足でした。そして、トレーナー。あなたが教えてくれたあの走り。後はそれを磨き上げれば良いだけ……その、筈でした」

「筈?」

「……初めて、なんです。こんな風に、誰かに慕われるのは。そして、他者のことが気になるも」

 

 ――成程、理解した。

 今までの彼女は、良くも悪くも、自分だけの走りで完結していたのだ。

 トレセン学園に来るまでは、その能力だけで頭一つ抜けていたデュランダル。

 しかし入学後は有り余る闘争心を持て余し、勝利から遠ざかっていた。

 それを活かす方法を教えて、再びレースの楽しさを思い出して。

 

「あなたの言うように、私は一振りの剣。ただ走り抜ければ良い……それなのに、こんな雑念を抱いては」

「デュランダル。それは、違う」

「……違う?」

「ああ。それは、雑念じゃなくて――余裕って言うんだ」

 

 簡単に勝てていた頃とも。勝てず、焦っていた頃とも違う。

 自分だけの走りを覚えたからこそ、他人を気に掛けることが出来るのだ。

 

「よく、わかりません」

「そのうち分かるようになるよ」

 

 彼女が経験を積んで、交流を深めていけば、そのうちに。

 

「しかし、それでは……」

「今までで、ウオッカが気になってトレーニングに支障が出たことがあった? その気持ちは、走る時に邪魔になる?」

「……いえ。そんな事は、決して」

「うん。だから、その気持ちは大事にしておくといい。きっといつか、その気持ちが力になる日が来る」

「……そういうもの、でしょうか」

「そういうもの、だよ」

 

 納得はできないが、説得はされた。

 微かに眉根を寄せるデュランダルの表情にはそう書いてあるように見えた。

 

「……よし、わかった。それじゃあ、今回はウオッカが勝つための手伝いをしてあげようか」

「出来るのですか? そんなことが」

「ああ。この後、時間空いてるかな? ウオッカも連れてきて欲しい」

 

 

 そして放課後。

 デュランダルに連れられて、ワクワクを隠し切れないウオッカ。

 二人を案内して向かう場所は、ただ一つ。

 

「勝利祈願は、やっぱりカツ丼!」

 

 美味しいと評判の、トンカツ屋さんだ。

 

「……」

「えーっと……?」

 

 何言ってるんだコイツは、と目線だけで語り掛けてくるデュランダル。

 俺とデュランダルの顔を交互に見比べて、困惑した様子のウオッカ。

 

「ウオッカ。君はライバルに勝つためのトレーニングは欠かしていないだろ?」

「あ、ハイ。アイツにだけはぜってー負けたくないんで!」

「やれることは全部やってる。だったら、後はゲン担ぎだけだ!」

「あー……よくわかんないッスけど……そういうモンなんすか?」

「ああ! なんたって俺が担当した子は、俺がここでカツ丼を食べた次のレースで負けたことが無いからな」

「マジっすか!?」

 

 よっしゃあ!と瞳をキラキラしてトンカツ屋の暖簾を潜るウオッカ。

 その背中を見送って、デュランダルは小さく溜息を吐いた。

 

「……トレーナー。聞きますが、あなたが今までに担当したウマ娘は」

「君が初めてだね」

「では。あなたが、直前にカツ丼を食べたレースは?」

「この前の模擬レースが初かな」

 

 ペシリ、と尻尾が俺の尻を叩いた。

 

「まあ、でも。本当に大事なんだよ、こういうのは。ほら、ウオッカだってやる気満々になっただろ?」

「……確かに。そうですが」

「それに、ここのカツは本当に美味しいから。是非味わってほしい」

「……はぁ。わかりました」

 

 そういうものだよ、とウオッカに続いてデュランダルと一緒に暖簾を潜る。

 

 俺の勧めたカツ丼は二人に大好評だった。

 ウオッカは三杯もおかわりして、デュランダルも表情にこそ出さないが耳と尻尾の動きから気にってくれた事は確かだろう。

 

「あざっした! オレ、ぜってー勝ちますから!」

 

 深々と頭を下げて、ウオッカは小走りで学園へと戻っていった。

 その背中を見送り、デュランダルはまた小さく息を吐いて。

 

「ありがとうございました」

「気は楽になった?」

「そうですね。下らない駄洒落だと思いましたが……でも、きっと。私の悩みは、こんな駄洒落と一緒に飲み込める程度のものだったようです」

 

 俺は新人トレーナーで、まだまだ経験も浅い。

 だけどそれはデュランダルも同じ。

 二人で一緒に成長しながら、トゥインクル・シリーズを走り抜いていきたい。

 そんな風に思いながら、とある想像をして夕暮れ空を見上げる。

 

 まだ、遠い未来。経験を積んだデュランダルと一緒にチームを組んで、後輩たちに一緒に指導をする。

 そんな未来を――

 

 

『トレーナーさああああああああああああああん!!!!!! よろしくお願いしまああああああああああああああすっ!!!!!!』

 

 

――!?

 

「トレーナー? どうかしましたか?」

「……いや、ごめん。大丈夫」

 

 ほんの一瞬、垣間見えた有り得ない幻覚に目を擦る。

 恐らくアレは、G1レース……スプリンターズSの後だろうか。

 とある暴走気性難ウマ娘相手に手を焼いてクタクタになり、目を回したその子を後ろに乗せてしわしわの顔で自転車を漕ぐ俺の姿が見えたような気がする……。

 

「……まあ、無いだろうな……」

 

 例え俺がチームを抱えるようになったとしても、気性難のクセウマ娘なんて、そう何人も担当するものではないだろう。

 軽く頭を振って想像を掻き消し、デュランダルと一緒に帰路に着いた。

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