白髪に赤目のウサギのような少年、ベル・クラネルは途方に暮れていた。
田舎から冒険者になるべく迷宮都市オラリオにやってきた少年は訪ねるファミリアで次々にお断りの宣言を受けた。
見た目なのか、それともいまだ少年というより子供っぽさが抜けたい顔立ちが原因なのか、ベル・クラネルには分からないが、少なくとも冒険者としてやっていくには、どこかのファミリアに入団し、神の奇跡たる恩恵を身に宿すのが必須。
つまり、ベル・クラネルはこのオラリオに来た数時間。冒険者のスタートラインにすら立てていなかった。
「はぁー、どうしよう。全部断られるなんて思ってなかった…」
路地裏で膝を抱え、蹲ったまま冒険者なるべく説明を受けた時に案内されたファミリアは大半を回り切り、残すのは探索系以外のファミリアばっかりだ。
「…なにやっている、少年?」
声をかけられて顔を上げるとゆるくふんわりとした紫色の髪をした少女だった。
「僕は、冒険者になりたくてオラリオに来たのに、どこのファミリアも居れてくれなくて…それで…」
ベル・クラネルは再び顔を膝に埋め、少女に投げかけられて質問に真面目に返答を返した。
「冒険者か…なら君が冒険者というものに、ダンジョンというものに何を求めているかは知らないが危険を顧みず地獄に飛び込む勇気があるのなら、私のファミリア―――パンドラ・ファミリアに来るといいさ」
オラリオで最強の二大ファミリア。ロキ・ファミリアとフレイヤ・ファミリアその二つにより規模こそ小さいが少数精鋭にして実力主義そして変人ばかり。
なにより、入団した冒険者がその訓練の過酷さに音を上げて逃げ出すと有名なファミリア―――パンドラ・ファミリア。
「じゃあ、貴方はパンドラ様…ですか」
「ああ、そうだ。私はパンドラだ」
それが迷宮都市オラリオで一番変なファミリアの主神とパンドラといまだ現実を知らない夢見る少年との出会いだった。
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「さあ、ここか私のファミリアの拠点。
協会と砦を足し二で割ったような外見をした建物という表現が一番しっくりくる外見がしていた。
「元はボロボロな教会だったんだけど、オラリオがまだ物騒だった時期に何度も立て直しと崩壊を繰り返しているうちに強固さまして教会より砦に近くなったわけさ。まあ実際、強襲されても立て籠もりが出来るくらいには頑丈だよ」
は、はあ、と生返事を返しながら前を歩いてくパンドラから離れないようについていく。
中に入ってしまえば外見とは裏腹に比較的普通の内装をしていた。
壁には景色の描かれて絵画や花瓶にいけられた花束。
「誰だー!イーシャがアタシに作ってくれたおやつを食いやがった奴は!」
扉の向こうから聞こえてくる怒号。
「誰ですか!私のまとめた書類をコースターの代わりにした人物は!?」
再び、聞こえてくる怒号。
「ぎゃー!書物が、我の書物がー!なにジュースこぼしてくれとんじゃー!」
今度は悲鳴。
残念ながら普通だったのは内装のみで人物に関しては噂や説明された通りの変人が多いようだった。
「あー、気にしなくでくれ。皆、元気なだけだよ」
「は、はは、そうなんですね」
苦笑いするパンドラに空気を読んでベルも苦笑いを浮かべる事しかできなかった。
「さて、まずはファミリアのまとめ役である団長の所に顔を見せに行こう」
「団長さんですか」
「機嫌が悪くない事を祈るばかりだよ」
「機嫌が悪いと何か不味い事でも?」
「それはだね、彼は切れると…」
その続きをパンドラが口にする前に別の音によって言葉はかき消された。
「うるせぇぞ!馬鹿共が!休日くらい静かにしやがれ、出来ねぇのなら訓練所なりで暴れてこいや!」
ドゴン!ドゴン!ドゴン!と凄まじい音が三度鳴り響くとさっきまで聞こえ続けていた怒号やら悲鳴はぱったりと止んだ。
「このように物理で原因を止める事となるんだよ」
パンドラは爽やかな笑顔で振り返ってくる。
「全く書類作業をしているこっちの身になれってんだ。んだ、パンドラか、それとウサギみたいな少年はなんだ」
扉を開けて出てきたのはベルより頭一つ分背が高くボサッと黒髪に黒目の青年。
パンドラの言葉が正しいのなら彼がこの変人ばかりのパンドラ・ファミリアをまとめ上げる団長と言う事になる
「ライナ。この少年は入団希望者だよ。丁度、君に報告に行くつもりだったんだけど手間は省けたね」
楽ができたとばかりに笑っているパンドラとは裏腹に覚悟が決まる前に突然、団長と顔を合わせる事となったベルは既に緊張で内心ガクガクである。
「こんな変人の巣窟に入りたがるなんて医者に診てもらった方がいいな、頭の方のな。まあ、いいさ取り合えず執務室に行こう。リビングじゃアホどもが五月蠅くて話ができん」
「おいおい、その五月蠅いアホどもは君が殴って黙らせただろう?」
「あいつ等の事だ五分もすれば復活するさ」
二人は軽口を叩きながらずんずんと前に進んで行ってしまう。
ベルも置いて行かれないように後ろ姿を追っていく。
執務室には書類が広げられた作業用の机と椅子と会談に際に使う用の机とソファがあるシンプルな部屋だった。
「まずは自己紹介と行こうか、俺がパンドラ・ファミリアの団長、ライナ・シグルスだ、よろしく。パンドラから軽く説明を受けたと思うけど、うちは他のファミリアとは違い独特な入団試験があるのは知ってるか」
「は、はい!一週間間恩恵なしでの訓練があると聞いています。ギルドのアドバイザーの方に軽くですが説明されました」
「それは正しいが追加一週間の訓練後にファミリアの誰かと一騎打ちのテストがある。相手は君が選べるがうちの団員は一癖も二癖もあるから
一週間の訓練はそれこそ過酷過ぎて初日でに半分が逃げ出し、三日を過ぎる頃には一割しか残らないと言われるほど過酷な訓練の末に、最後に団員との一騎打ちという追加の情報。
一週間の訓練程度で上級冒険者に恩恵を受けていない人間が勝つことなど常識的に考えて不可能。
それでも、そうだとしても、ここでチャンスを逃せば次はないかもしれない。
「やります。やらせてください!一週間の訓練にも耐えて見せます!」
「いいだろう。訓練は明日の早朝から開始だ。そこで一か月の訓練の大まかな流れも説明してやるから今日はしっかり休め」
「はい!」
こうしてベル・クラネルの地獄の一週間訓練は始まった。
朝日が昇ってすぐの時間帯。
ライナとベルは夢現の協会の訓練所に来ていた。
「一週間の訓練でお前には取り合えず、基礎を叩き込む。武器の持ち方、振り方、受け方、流し方。ダンジョン内でも行動の方法や知識、モンスターの情報。基本はギルドでも教えてくれるようなものだが、うちの戦闘訓練は凄まじいぞ、覚悟はいいか?」
「は、はい!」
完全に委縮している心をベルは大きな声を上げて返事をして奮い立たせた。
「まずは、武器だな。ベル、お前は何を使いたい?自分で決めろ」
訓練所の倉庫の扉を開けると中には剣だけでも十数種類、槍やハンマー、メイス、弓矢、盾。変わったものでは鞭や爪、ガントレット、鉈など様々なものがある。
「これは俺らが下級冒険者の時に使っていたり、自分に合う武器を見つけるまで買ったりした武器だ。ベル、自分に合う武器は使ってみないと分からないから色々、手に取ってみろ」
ベルは恐る恐る、立て掛けられた片手直剣を手に持つと思っていた以上の重さが自身の手に返ってきた。
「お、おも…」
普段、薪割りや畑を耕す鍬などは先端にのみ刃物がついてるため頑張れは子供でも持てる程度の重量だが、剣は持ち手から先端までが鉄で出来ているつまり、片手直剣はそもそも筋肉がまともについていない少年に持てるような武器ではないのだ。
「どうだ片手用の直剣でもそれが普通の重さだ。剣の種類によっては軽くも重くもなる、ダンジョンじゃその武器を振りながら体に鎧と回復アイテムを身に着けて歩いて、走って、戦うんだ」
「これが持ちながら他にもですか」
「ああ、恩恵を受けた強くなるのは簡単だ。だが、恩恵に縋った冒険者はLv.3辺りで止まる。基礎や技術を磨くことをサボった分だけ足踏みをする。うちが少数精鋭でやっていけるのは、この基礎と技術を念入りにこなし恩恵に頼らない戦い方をしているから強いんだよ」
「恩恵に頼らない戦い方」
ベルは恩恵さえもらえばそれで冒険者になるのは簡単だろ思っていた。だが、現実は寧ろ強くなり続ける事の方がずっと難しく険しい道なのだと、今、突きつけられたのだ。
「ベル、お前はひょろいからな直剣より軽い武器がいいかもな、短剣なんてどうだ。種類も多いぞ、ショートソード、ダガー、エストック、癖が強いのだとハルパーもある」
ベルが手に取ったのは目立った装飾などもないシンプルなダガー。
「これにします」
「分かった。ならそいつは今日からお前のもんだ、好きにしろ。今日はとりあえず、武器を身に着けて走り込みからだな、兎に角、体力がなければ始まらない」
「はい!」
「初日は適当に案内してやるが、ただの走り込みと違うから頑張れよ」
「あの、それはどういう?」
数分後、ベルはこの言葉がどういう意味なのかを身をもって理解した。
「ま、待ってください、ライナさん」
道の端に寄せられて木箱を足場に家屋の屋根をよじ登っているベル。
視線の先の壁を蹴り、手を使わず家屋の屋根に上り、屋根から屋根へ飛び移り。細い手すりを足場に速度を落とさずに走り、また跳躍を繰り返す、ライナの姿を懸命に追っていた。
「良いか、ベル。ダンジョンの中も平坦が続いているわけじゃない。崖や道幅の狭い場所、湖なんかもある。一部では木々が生い茂った場所もあるくらいだ。そんな場所でも十分動けるように全身を使った移動のしかたをオラリオ中を走り回った体で覚えろ」
そんな~、と言いながら落ちれば怪我をするであろう高さの家屋の屋根を勇気を振り絞って出来る限り早足で進んで行く。
「足元ばっかり見てるとバランス崩して落ちるぞ」
「は、はい!お、おっとと!」
バランスを崩しかけながらも持ちこたえながら足を進める。
普通に走るのとは違い。
半歩踏み外せば地面に落ちるという恐怖と腰につけたダガーが腰とは別の場所に重心を生んでしまい普通に走るのとは姿勢や体の傾きに違いが出てくる。
生まれて歩けるようになってから十年ほど、人生の中で歩くという行為がここまで難しいと思った事は無い。
少し休憩だ、とオラリオの外壁に辿り着き、ベルは膝から崩れ落ちるように倒れ込んだ。
普段使わない場所に筋肉を酷使しながら、走るという行為と足元を注意するしながら、ライナを追うという三つの事を同時に行いというのは肉体的にも精神的も酷使した。
「通ってきたコースは俺が昔、走ってきた所だ。最初は今のコースを武器と小物を持った状態で余裕で走れるようになれ」
ベルはマジで!?と驚いた表情をしているが、嫌だだの無理だの言えるような雰囲気ではなかった。
「最初はゆっくりでいい、体に覚え込ませる走る姿勢とバランス感覚をな。基本は朝に走り込みして明日の午後からはうちのファミリアの短剣使いに武器に使い方と心得を教えてもらえ」
明日から走り込みの後に武器の鍛錬。
初日でこんなありさまな自分が一週間もやっていけるのかと思えてしまうベルであった