ベルがパンドラ・ファミリアで訓練を初めて一週間が経過。
ついにベルの最終試験が始まろうとしていた。
場所は、オラリオの比較的中央に位置するガネーシャ・ファミリアの所持する
ベルの傍にいるのは、主神であるパンドラのみ。
「準備は良いかい、ベル?」
「はい!」
新品のコートの下にはライトアーマー、腕や手足にはプロテクターをつけ、腰には訓練の頃から使ってきたダガーと瓶に入ったポーションが三つ。
初心者がダンジョンに潜る際に装備する基本装備を身に着けており、試験とは言え実戦訓練に重きを置いたパンドラ・ファミリアらしい装備とも言える。
「何人かはダンジョンに潜っていたいないし、試験相手はベルが選べるとは言ったけど何も彼を相手に選ばなくても」
パンドラの言葉の通り、
「はい、承知しています。ですのでやれる所まで精一杯やりたいんです!」
「いいね、その当たって砕けろの精神は嫌いでじゃない。それじゃ行ってくるといい!」
パンドラに送り出されて準備室から決闘場へと出ると中央に立っていたのは、パンドラ・ファミリア団長のライナ・シグラスだった。
ベルと同じライトアーマだが、左腕だけに型、二の腕、肘、前腕、手と五つの部分に別れてプロテクターを身に身に着けている。
「まさか試験相手に俺を選ぶなんてな。てっきりティキを選ぶかと思っていたんだけど」
「最初はそのつもりでしたけど、折角、戦えるチャンスなので」
「ふーん、まあ決める権利はお前にあるから好きにすればいいさ」
ライナは腰に下げていた左腰に下げている鞘からロングソードを鞘から抜いた。
ティキがベルに説明をしていた通り、鍔の先端と柄頭の先端にはダイアモンドカットされたアダマンタイトの塊が装飾としてつけられている。
ライナのロングソードを観察しながら、ベル自身もダガーを抜き構える。
腕を体の近くに固定した攻撃を受け流し、隙をつく防御よりの構え方。
「審判はいつも通り私がしよう。相手を気絶させるか戦闘不能、戦意喪失させた方が勝ちだ。それじゃ始めよう……スタート!」
決闘場の観客席に立ち、手を大きく掲げ開始の合図を宣言したパンドラ。
その合図と共に、ライナは剣を高く上げると振り下ろしている最中に剣を
「えぇ!?」
ブォン!と空を切る音をたてながらロングソードが回転しながらベルに向かって飛んでいく。
予想していなかった行動にベルは一瞬、固まってしまったがすぐに次にどう行動するかを思考する。
受け流す、無理だ。
防御する、衝撃で吹き飛ばされる。
残るは回避の一択のみ。
脚を動かし素早く行動して余裕をもって飛んできたロングソードが地面に衝突すると砂煙をあげた。
その砂煙の奥で動く人影をベルは細めた目で捉えた。ライナである。
左腕のプロテクターを前に構えた姿勢での突進。まるでシールドバッシュのようだ。
ベルは横をすれ違うように躱すしながらダガーで攻撃をすることを選び、前に踏み出した。
だが、それが間違いだった。
ライナは攻撃に出たベルを素通りして素早くロングソードを拾い上げるとその重さを利用して横振りで振り返りざまに攻撃を仕掛けてきた。
「うぐっ!」
体を後ろに逸らしながら腕を伸ばし剣を遠くまで届かせつづ自身は体を反らし攻撃を受けないようにする。
「ほいっと!
加えて走ってきた速度もあって横振りされて剣は勢いが強い。
予想外のライナの攻撃に左腕を盾にしてロングソードと自分の左腕の間にダガーを挟み少しでも衝撃を緩和するがその衝撃は予想以上のものだった。
二度、三度と地面を転がりやっと立ち上がると目の前では剣を振り下ろそうとするライナの姿。
殺される、という思い頭よりも先に体は動いていた。
比較的刀身の大きいロングソードは懐に入れば攻撃手段が限られ、近づけば短剣であるダガーの自分の方が有利だ、と素早く前転をして回避しそのまま胴体目掛けて突きを繰り出した。
「まだ甘いな」
その言葉の通り、ダガーがライナに届く前にベルの顔面にライナの膝蹴りが飛んできた。
両手をダガーを持つのに使っている以上、防御をする術はベルにはない。
体を反らし少しでも受ける衝撃を緩和しようと下がるがあまり効果は無く膝蹴りの直撃を食らい、鼻血が噴き出るがその程度の事で慌てるほどベルも訓練を積んではいない。
鼻血程度ティキとの訓練で数えきれないほど流していた。
尻もちをついている体を直ぐに起こし、もう一度距離を取られれば振りだ、と直ぐに次の攻撃に移った。
「この距離なら!」
「長物と見て懐に入る事を選んだのは良い考えだけど、相手の武器によってはそれは愚行だ。ロングソードは人間の長い歴史の中で長い間使われ続けた武器の一つ、その汎用性の高さが理由だ」
ベルが尻もちをついている間に振り下ろし終わったロングソードを手元に戻し、左手で刀身を掴んだ独特な構えを取るとベルのダガーの攻撃を防いでいた。
「こいつは“ハーフソード”とつってな刀身を持つ事でコンパクトな立ち回りが可能な構えだ。剣を棒術のように使って突き行ったり攻撃を絡めとったりと色々できるんだ」
「なら!」
ハーフソード状態での突きを受け流し。剣の柄を握っていた手をダガーの柄頭で殴りつけると握っていた手から剣は零れ落ちる。
もう片手は刀身を握っている以上直ぐには攻撃には移れない、と生み出した隙を逃さずに攻撃を繰り出す。
「汎用性の高さって言ったろ?」
ライナは刀身を握っていた左腕を振り、ベルの横腹に勢いよくロングソードの柄頭が直撃。
「がぁっ!げほッ、ゴホッ…」
ゴンッと決闘場の端の壁に叩きつけられた。
肺から空気が抜けるなんてものじゃない。
呼吸すら止まり、呼吸しようにもしたかでも忘れたのでと言いたくなるほど体は言う事を聞かない。
「良く反応したもんだ、当たる直前にライトアーマーを付けている胸に当たるように体を捻ったろ?」
ライナの言う通り、ベルは視界の端で捉えた迫ってくるロングソードの柄頭を直撃を防ぐために胸につけているライトアーマーに当たるように攻撃を体勢のまま体を強引に捻っていた。
そのおかげでアバラが数本折れるだけで済んだのだ。直撃しようものならいまの一撃で決闘は終わっていただろう。
なにせライナがやったのは“モルトシュラーク”という剣を鈍器に見立てた技。あまりの殺傷力の高さに戦場においても使用が禁止されるほどだ。
それはベルがダガーの柄頭を以ってライナの手から剣を叩き落としたのと同じ。武器の別の部分を武器として使うというティキが教えた事と同じもの。
忠告されていたのはずなのに、と腰につけていたポーションを取り出し一口で一本、二本と飲み干す。
残り一本…、と触れて指の感覚で数と割れていない事を確認して立ち上がる。
折られたアバラは治った。
勝てるなんて烏滸がましい事を考えていたわけじゃない。
それでも一回も攻撃が当てられないなんて思っていなかった。
口の端から零れる血を吹くの袖で拭い、ふらふらと立ち上がる。
「まだ、まだ負けてない。負けてないんだ!」
意識を覚醒させるように叫んだ。
「いやはや元気だね、別に勝ち負けは関係ないって言ったのによ。けど、その気概はいいな。いいさ掛かってこい!」
@ @ @
「予想外に粘るね」
観客席に座りながら中央で戦うライナとベルを眺め、呟くパンドラ。
「一週間みっちりと鍛えましたから。受け流しにしかた、回避と防御の見極め、武器以外の道具を使い周囲にある全てを武器とする戦い方」
ティキがベルに対して仕込んだ戦闘術は全てがティキ自身が冒険者となって身に着けて技術そのものだ。小さい体で戦くのにまともな方法だけではやっていけなかった。
「君がそれほど入れ込んでいるとは知らなかったよ。珍しくまともに訓練しているのは知っていたけど」
「弱音を吐かないので、ついつい新しい事を教えてしまっただけです」
照れているのか誤魔化しようにそっぽを向くティキ。
それを面白そうにニヤニヤした顔で眺めるパンドラ。
「ライナを相手に普通の冒険者は戦いすら挑むことなんてしない。彼は随分と怖い物知らずなのかはたまた腕試しのつもりなのか…、どっちにしろ良い経験になるだろう」
今後、冒険者としてやっていうちで戦うのは何もモンスターだけではない。
ダンジョンの中に法なんてものは存在せず、中にはダンジョンの探索する冒険者を狙う冒険者もいないわけではない。そうなった時、必ずと言っていい程に相手とは刃を交える事になる。
「ベルは少し甘いように感じてしまいますがそれは多くに人と関わらない環境で生まれ育ったというのが理由でしょう。その程度であればオラリオでは腐るほどいます。過去がどうの、種族のどうのなど、実力と結果が全ての冒険者にとっては言い訳にもなりません。命があってこその冒険ですから」
数年に渡り冒険者として生きてきたティキは良くも悪くも冒険者とオラリオの闇の部分に詳しい。
それはパンドラ・ファミリアに入るまで、オラリオの暗闇を見てきたからだろう。
だからこそ、年齢も精神もいまだ幼いベルを心配してしまう。
「決めるの彼さ。冒険者が血と欲に塗れ、ダンジョンに掛け値なしの絶望しかないと知っても尚、冒険者がある事を望むのならば彼は、私の眷属として安全くらいは祈ってあげるさ」
@ @ @
今のベルに防御に徹したライナを打ち破る手段はない。
それでもベルは諦めていない。ティキに何度も言われた言葉の中に、何度負けようと、最後の最後に相手に勝てば全て帳消しくらいにはなる、と。
「流石にもう無理そうだな」
「まだ、まだボクは…」
「あんまり決闘場を占拠しっぱなしなのも悪いからな最後くらい折角だし魔法を見せてやるよ。お前が目指す頂点であり、その先を目指し続けている最強の一角の力をな」
ライナはロングソード…否、愛剣・エルスパーダを両手で構えた。
「【我が力に、天よ屈服せよ。地よ下がれ。世界よ平伏せ】!」
魔法の詠唱を口にする。
ライナが有する三つの魔法の中で最初に手にして、仲間を守り、敵を倒す為に幾度となく使ってきた魔法。
「【サンコウジン】!」
魔法の名を口して振り下ろされて刀身と共に放たれて白一色の閃光はベルを容易に飲み込んだ。
@ @ @
目覚めると視界には移ったのはルビーのように赤い目の首から聴診器を下げている女性の姿だった。
「目覚めたようね、よかった。『
頭に手を当ててこれだから戦闘狂は…、呟きながら
灰色の髪に赤い瞳、シャツと丈の短いミニスカートと上から白衣とベルトには注射器とアンプルがいくつか取り付けられている。
「此処はどこ…ですか」
「此処は医療系のファミリア『アスクレピオス・ファミリア』の本拠兼診療所の『
「二日前ってそんなに眠っていたんですか!?」
「寧ろ、その程度で目が覚めたって言うべきかな。私はパンドラ様を呼んでくるから病院衣から着替えておいてね」
そう指示を残し、マキは病室を出て行った。
「…負けたのかな、うん負けた。ボロ負けだった」
目を閉じ、薄れていた記憶を必死に思い出す。
自分の攻撃を一度もライナに当たる事はなかった。
いや、手加減なんてものじゃない。完全に手を抜かれたテストでしかなかった。
「悔しい…負けるって分かってたはずなのに、こんなにも悔しいなんて…」
目元が熱くなり、涙が溢れてくる。
腕の袖で涙を拭い、いつか自分も。自分もあの高みへと行けたなら。
よし、と気分を入れ替え病院衣を脱ぎ、バスケットに折りたたまれ入れられていた自分の服に着替えるていく。体のあちこちを見るも傷痕はなく綺麗なままだった。
「やっぱり医療系のファミリアには専用のポーションとかあるのかな」
脱ぎ終わった病院衣を畳み使っていたベッドを整頓して病室を出ると外ではパンドラが待っていた
「やあベル、目が覚めたみたいだね」
「はい!」
「なら
そう言い残すとさっさと出口へ向かって行く、パンドラ。
「はいはい、ベル・クラネル、変な感じがしたり気分が悪くなったらすぐに来るようにね」
「はい!お世話になりました」
団員の持っていたカルテに目を通しながら忙しそうに働いているマキに礼を言って、ベルは前を進んで行くパンドラの後を追った。
パンドラ・ファミリアの本拠『夢現の協会』に着くと真っ直ぐに団長であるライナが仕事している執務室に向かい扉を開けた。
「ライナ、ベルを連れてきたよ」
「目が覚めたかベル」
「は、はい」
執務室には椅子に座ったライナに部屋の左右の壁際に別れ立っているパンドラ・ファミリアの団員たち。
ティキやガレリア、ネルベ、イーシャ以外にも燕尾服に似たスーツを着た金髪女性エルフ、ローブを被った深緑色の髪の男性エルフ、
「さて、ベル。入団試験の結果を伝える」
「…はい!」
ごくり、と唾を飲み込みベルは緊張に震える手を抑えた。
「合格だ」
「…よ、よかった」
「まあ、訓練の真面目な姿を見た時点で合格なのは決まってたんだけどな!それじゃもう一つ、ベルに聞いておきたい事がある。ベル・クラネル、冒険者になるのはゴールじゃないスタートラインだ。『パンドラ・ファミリア』は俺が力を望み作り、団員を集めた集団だ。一人は俺に仕える為に、一人は底辺から這い上がる力を望み、一人はただ強者との戦いを求め、一人は魔剣によって破壊された故郷の復興を願い。その願いは様々だ。お前の心は、魂は何を望む。冒険者となったその先に何を願う」
「願い…僕は、僕は…英雄になりたいです。英雄譚に出てくるような英雄に!」
「いいだろう。その為に努力し強くなれ。ル・クラネル。その言葉を消して忘れるなよ」
「はい!」
「んじゃ、パンドラ。ベルに
「承知しました」
ライナの隣に立っていた銀髪のエルフが軽く頭を下げた。
パン!とライナが手を叩くと全員が行動を開始した。
「うし、ベル行くぞ。君に神の恩恵を刻まないと」
パンドラはベルの手を取ると執務室は早足で出て行った。
ライナとライナの隣に立っていた金髪のエルフのみが残った執務室。
「よろしかったのですか」
ライナの隣に立つ燕尾服に似たスーツを着用している金髪の長髪を頭の高い位置で結んだポニーテールのエルフ―――シルファ・コルテシアは疑問を口にした。
「彼を入団を許可した事がか?」
ライナの隣に立つ燕尾服に似たスーツを着用している金髪の長髪を頭の高い位置で結んだポニーテールのエルフ。
その佇まいは美しさと同時にカッコよさも感じさせた。
「はい、彼は少しばかり肉体も精神も幼過ぎると感じられました」
「いいさ、その辺りは冒険者をしていけば身に付く。それにその程度で折れるようなら英雄なんて無理だよ。もしかして俺の決定が気に食わない?」
「いいえ、貴方の決定に意見などしません。私の髪の毛一本、血の一滴、魂の一欠片まで貴方の物ですから」
「好きにすればいいって言ったらその良いようって、俺はそんな大層なもんじゃないっていつもいってるけど」
「いいのです。私がしたい事をすればいい、と言ったのは貴方であり。これが私のしたい事なのですから」
ふふ、と少し微笑んだシルファは誰がどう見ても恋する乙女の顔をしていた。
@ @ @
場所は変わりベルの自室。
シャツを脱ぎ、上半身裸でベッドに横になったベルの背に馬乗りになったパンドラは指先に針を突き刺し血を一滴。
零れ落ちた一滴の神の血がただの人間に恩恵を与えるのだ。
ポトリ、と背に落ちた血は波紋のように広がり、ベルの背中に箱と真っ黒な箱の中に光る一粒の光、という『パンドラ・ファミリア』の旗印を刻んだ。
羊皮紙を一枚背に乗せて背に刻まれた神聖文字の言葉を人間でも分かる共通言語に変化して書き写す。
「ほい、これが君のステイタスだよ」
ベル・クラネル
Lv.1
力:I1
耐久:I1
器用:I1
敏捷:I1
魔力:I1
「…全部一ですね」
「そりゃ~初期だからね、誰でも一からスタートだよ。もしかしてあれだけ訓練したんだからステイタスが結構いってると思ってた」
「正直に言えば…はい」
「そっか、気にしなくてもいいよ。君の経験や技術の詳細は映らない。出るのは所詮数字だ君の全てが映っているわけじゃない。それにうちのファミリアは恩恵に縋らないファミリアだからね」
「恩恵に縋らないってどういう意味ですか」
「魔法やスキルが発現したりレベルアップをするとその力に振り回されて技術がおろそかになる冒険者が出てくる。その点うちは技術を磨くこととたまに恩恵の効果をオフにしてダンジョンに潜ったりするから本人の実力が高いんだ。所謂、
「パンドラ様その話はまた今度でいいですか?」
部屋の外で待機していたティキが痺れを切らせて入ってきた。
「そうだね、さあベル、冒険者登録しておいで」
「はい!」
ベッドから飛び降りると歩きながらシャツに袖を通しながら自室を飛び出していった。
「英雄か、君はどんな英雄になるのか楽しみにしているよ」
パンドラは、ベルに渡した羊皮紙の一部に書き写す事のしなかった発現していたスキルの名を思い返した
「
ふふ、とにやけるパンドラ。
「これだから下界の子供たちは面白い」
ベルに現れてスキルをライナに報告すべく部屋を笑いながらパンドラは出て行った。