一雫の波紋   作:雪見沼

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初投稿です。
プロローグなので、駆け足です。



プロローグ ヒトシズクの始まり

[怪物マルゼンスキー、今日も独走。やはりこのウマ娘に勝てるウマ娘はいないのか!]

 

走る事が好きだった。走る速度を上げ風を切る感触の心地良さ、それがたまらなく好きだった。もっと速く走りたい楽しみたい、その気持ちを胸にトレセン学園へ入学した。

最初は順調だった、模擬レースで一番になってトレーナーにスカウトされた。厳しいけどウマ娘に対して真剣に向き合ってくれる大切なパートナー。その出会いで私は速くなった、練習でもデビュー戦でもぶっちぎりの一番だった。

でもレースを走る度に私と走る子が減っていった、私が速すぎるから。レースは遊びじゃない、勝ち目のないレースには出ない。それが私が出るレースを回避するトレーナー判断だ、頭では理解できる。トレーナーはウマ娘を育てること、レースに勝たせることが仕事だ。だから勝てないレースに出すより、勝ち目のあるレースに出る方が利口だ。

じゃあ私は?私はどうすればいいの?勝っちゃダメなの?気持ち良く走っちゃダメなの?誰も私と走ってくれないの?

私の心が少しずつ凍りついていくのが分かる。

 

だけど、そこに一滴の雫が落ちてきた。たった一雫、でもそれは私にとって、私達にとって大きな一雫。

 

「ま〜て〜や〜、こらーーーーーーー!」

 

[それに待ったをかけてきたのはやはりこのウマ娘、怪物退治の急先鋒不屈のウマ娘ヒトシズク。凄い脚で上がってきたぞ]

 

デビュー戦以来ずっと同じレースを走ってくれる子、他の子達が諦める中唯一私に勝って見せると言ってくれた子。

シズクはレースを重ねる毎に私の差を確実に詰めてきている。その結果が諦めない姿が、他の子達にも火を付けたのか一緒のレースに出てくれる様になってきた。

私は嬉しかった、だから今日もフルスロットルで走る。だってシズクは絶対追いついてきてくれるから。

 

[さぁ最終コーナーを抜けて最後の直線、マルゼンスキーのスピードは落ちない。だがそれ以上にヒトシズクが速い。遂に遂に並んだ!]

 

私の隣にシズクの顔が見える。シズクは鬼気迫る顔をしながらもこっちを向いて笑う。

 

「やっと追い付いたぞマル」

 

「待ちくたびれわよシズク」

 

お互い笑い合う。初めて並ばれた、でもそこに焦りはない。競い合っている、それが楽しくて嬉しくてしょうがない。でもこれはレース、お互い前を向き。

 

「「勝つのはアタシだ!」」

 

私達はスパートをかける。

 

[二人のデッドヒート、意地と意地のぶつかり合い。どちらも譲らない、凄いレースになってきました]

 

「「うぉぉぉぉぉーーーーーー」」

 

私もシズクも譲らない、ただ勝ちたい。それだけを考え駆けていく。そして、

 

[二人の並んでゴール、どちらが勝ったか全く分かりません!]

 

二人同時ゴールする。私はなんとか体勢を維持したまま走り抜けたけど、シズクは勢い余ったのか前のめりで倒れている。

苦しい、息も絶え絶えとはこのことを言うんだろう。だけど楽しかった、今まで一番に。

その時会場が響めく。

レースの結果が出たと思い掲示板を見ると、そこに写し出されいるのは写の文字。写真判定、つまり何方が勝ったかまだ分からない。私も走り終えた他の子達も観客も固唾を呑んで結果が出るのを待つ。

そして一番上に写し出された番号はシズクの番号。つまり、

 

「やったーーーーーー遂に勝ったぞーーーー!」

 

シズクが絶叫し、ターフに大の字になる。

 

[怪物マルゼンスキー遂に敗れる、怪物退治を成し遂げたのは不屈のウマ娘ヒトシズク。雫の一滴が大岩に穴を空けました!]

 

「負けちゃった…」

 

初めて敗北、いつかそんな日が来るかもしれないと思ってた。だけど、凄く心の底から込み上げてくる物がある。そうこれは悔しい、そう悔しいんだ。私の負けた子はみんなそう思ってたんだ、だからそれに立ち向かったシズクは強かったんだ。

 

私は叫んだ後も大の字で寝転ぶシズクに向かって歩く。

そして見下ろす位置まで来た時、

 

「よぉマル、どうよ。今日のレース楽しめたか?」

 

笑顔でシズクは聞いて来る。全くこの子は、少しでも負け惜しみを言わせてくれてもいいのに。私はシズクの笑顔と言葉に言おうとした言葉も忘れ、

 

「ええ、凄く悔しくて凄く楽しいレースだったわ」

 

「だろ、全力で走って悔しくて嬉しくて楽しいレース。それが一番だよな」

 

お互い笑い合う。ホントそうだ、負ける悔しさを知って次のレースが待ち遠しくなる。次は勝つ、シズクは常に自分を鼓舞しそして私に勝ったんだ。次は私が頑張る番だ。

 

そんな私達に一人の男の人が近づいてくる。

 

「おい、シズク」

 

「おっクロじゃん、どうした?」

 

やって来たのはシズクのトレーナー。大きくて無口で誤解されやすい人とシズクは言ってた。

 

「約束通り来てやったぞ」

 

「おっそういや、そんな約束してたか」

 

そう言うとシズクのトレーナーさんは身を屈め、シズクは起き上がるとトレーナーさんに乗り肩車の体勢になった。

 

「うぉっ結構高いな、これならマルも見下ろせるぜ」

 

ウマ娘の中だと小柄なシズクが私の目線より大分上からそう言う。

そしてそのまま観客前まで移動すると。

 

「見たか勝ったぞ!何回負けたって諦めなければ、頑張れば出来るんだ。お前らもみんなも自分に負けんなよーーー」

 

観客に手を振りそう言うシズク。ううん、これは会場やTVで見てるウマ娘に言ってるんだと思う。だってシズクは自分のため、そしてみんなのために走るウマ娘なんだから。

 

私はそんなシズクを見送りターフを去る。そう初めてセンターではないライブを楽しみにしながら。

 

 

でも、シズクはライブに現れることは無かった。

 

※※※

 

部屋というか建物全体に染み込んでいる消毒液の匂い。

全体的に白というか明るい色で纏められた部屋。

洗濯され清潔を保たれたシーツにそこに大きく鎮座するギブスを嵌められたアタシの右足。

そんな状況下で味っけない病院食では足らず、トレーナーのクロが朝一番に持って来たフルーツの盛り合わせから取ったリンゴを齧っていると。

 

「シズク無事!」

 

勢いよく開く扉に、マルの大きな声。

 

「おい、マル。此処は病院だぞ、静かにしろよ。てかお前授業はどうしたんだよ?」

 

「なんでそんなに冷静なのよ!授業は自主休講よ、そんなことより」

 

マルがベッドの横にある椅子に座り、ギブスをはめたアタシの足を見る。

 

「怪我大丈夫なの?」

 

「あー、まぁ当分は入院でその後はリハビリ三昧らしい」

 

「そっか、折角私に勝てたのに。当分はシズクの不戦敗になるのね、それでどれくらいで復帰出来そうなの?」

 

マルの質問にアタシは頭をかく。そして意を決し、

 

「すまないマル、アタシはもうレースに出ることはない」

 

「えっ…それってどういう…」

 

マルの顔が凍りつく。

 

「医者に言われたんだわ、日常生活は問題なく戻れるけど全力で走ることは出来ないって。走ったら多分歩くことにも障害がでるらしい」

 

ただアタシの話を黙って聞き、下を向くマル。

 

「私の所為だよね、私が居たからシズクは無理をして怪我しちゃったんだよね」

 

「おい、マル。そうじゃねーだろ」

 

「違わない!私が居なかったらシズクは無理することも無かった、こんな怪我をすることもなかった!私が居たから、私が周りを考えずに走った所為で」

 

マルが叫ぶ、だがその内容が気に喰わない。マルが居たからアタシが怪我をした?巫山戯る。アタシはマルの襟元に手を伸ばし引き寄せる。そして、

 

「はぁ食い縛れ、この自意識過剰のバカウマ娘!」

 

手加減なしの頭突きをかます。

 

「「いてぇーーー(いたぁーーー)」」

 

あまりの痛さに頭を押さえ叫ぶアタシら。どんだけ硬い頭してんだよ、火花が見えたぞ。

 

「痛いじゃない、何するのよシズク!」

 

目に涙を浮かべ食って掛かるマル。

 

「お前が巫山戯たこと吐かすからだろうが、アタシの怪我がお前所為だと?ふざけんな、アタシの怪我はアタシの責任だ。その覚悟して走って来たんだ、勝手に自分の所為にして悲劇のヒロイン気取ってんじゃね!」

 

「でも…」

 

マルの瞳が揺れる。

 

「いいかマル、アタシの足はな元から脆かったんだ。だけど皮肉なもんで走る才能はあった、だからアタシは諦めたくなくて差し一本で出来るだけ負担を掛けずにやってきたんだ」

 

アタシは右足を摩りながら話す。

 

「そしてなんの運命悪戯か、同期にお前がいた。誰よりも速く楽しそうに走るお前が、アタシはお前を見て勝ちたいって思った。だからクロに相談して出来るギリギリの練習を重ねた。その甲斐あって差が縮まってきた、なのにお前の表情は暗くなるし同期は諦める奴らも出てくるしすんげームカついた。丈夫な足があって、速く走れる才能があって、いっぱい頑張れるのになんで諦める、なんで楽しそうじゃないんだ!ってな」

 

マルは目を見開く、気付いてないと思ってたのかコイツは?

 

「だからあのレースに賭けた。実はさアタシの足は結構限界に近かったんだ、休養すればまだ走れたかもしれないけどアタシのピークはあのレースだって何となく思ってた。だから証明したかった、マルは独りぼっちじゃない。追いつけない存在じゃないってな」

 

「シズクーーーー」

 

マルがアタシに抱きついてくる。少し驚き小言を言おうと思ったがマルの顔を見て言うのを止めた。

 

「もう何でそんなことで無理するのよ。自分のことをもっと大事にしてよ、私はもっとシズクと走っていたかったんだから。でも…ありがとう、私をみんなを思って走ってくれて証明してくれて」

 

アタシはマルを抱き返す。

 

「アタシの方こそありがとうだ、マルお前が居てくれたから悔い無く走りきれた」

 

マルはそれに言葉で返すことは無かった。ただ抱きしめる力が強くなり、少しの間顔をあげることは無かった。

 

※※※

 

入院期間中はあっという間に過ぎた、見舞い時間にはマルや同期の連中が代わる代わる来てくれたしクロも時間を作って来てくれた。それにアタシは新たな目標に向かって行動を開始していた。

元々いつか走れなくなると想定していたアタシはトレーナーになる勉強もしていた、だが今回のこともあり少し軌道修正を行った。ウマ娘にとって怪我は付き物だ、そしてそこから復帰出来ず涙を飲んだウマ娘も沢山いる。怪我をさせない、それが出来ればいいがそこまでの頭はアタシにはない。

だから復帰を手助けしよう、出来るだけのウマ娘を最後まで走りきれる様に手助けをしよう。私はそう決心し、リハビリトレーナーを目指し勉強を開始した。

 

その事を話すとマルや同期の連中も応援してくれたし、クロなんて。

 

「お前が決めた道だ、悔いが無いようにな」

 

とか言って次の日に大量の参考書や専門書を持ってくるツンデレぶり。

まぁそのおかげで勉強も捗ったんで感謝はしてる。お礼はしたいんだが、素直に受け取らない奴だし今は借りにしていつか返そうと思う。

 

退院した後は、リハビリをしながらアタシはサポート科に編入した。これはクロやマルのトレーナーが根回しをしてくれてたお陰でもある。

アタシはサポート科で勉強漬けになりながら、マルや同期のレースを陰ながら応援する日々を送っていた。そんな時一つの転機が訪れた。

 

「アメリカ留学ですか?」

 

「そうだ、まだ日本のウマ娘レベルは世界に及ばない。そしてそれは指導する者もまた同じだ。そのために世界を知る人材を育成しようと考えているのだ」

 

いきなり呼ばれた理事長室で予想もしない提案を受けた。

確かに興味はある、なんせ留学先は世界でも有数のウマ娘を研究している学園なのだ。だが疑問もある。

 

「でもなんでアタシ何ですか?」

 

そうアタシが選ばれた理由。成績が悪い訳ではないがトップではない、それにアタシは一般家庭の出だ。そんなコネもない。

 

「確かに君は優秀ではあるが突出している訳ではない。だが君には熱意がある、失礼な言い方かも知れないが君が去った後の君の同期のレースは近年稀に見る盛り上がりを見せている。そして往々に彼女達は言うのだ、シズクに負けられないと」

 

「アイツら…」

 

盛り上がりいるのは知っていた、アイツらのレースは凄い熱さがあった。でもまさか裏でそんな話をしていたとは。

 

「君には周りを焚き付ける何かがある、そしてそれは一部のトレーナーからも同様の意見が出ている。これから日本のウマ娘を強くしていくには君の様な若い力が必要だ。どうだろう、この提案受けてみないかね?」

 

不安もある異国の地で何処までやれるのか?自信も確信もない。だけど、アイツらも頑張ってる。そんなアイツらに負けたくない、期待を裏切りたくない。

私は理事長の手を掴む。

 

「何処まで出来るなんてハッキリ言えません。でも…アタシを信じてくれる人のためにも、アタシの夢のためにも。この話受けさせてください」

 

 

そしてアメリカ出発の日。

 

留学の話を受けてから、濃密な英会話の授業やらカリキュラムを組まれ。空いた時間はマル達から壮行会を開かれたりと忙しくも張り合いのある時間を過ごした。

 

見送りには平日だっていうのに、マルや同期の連中。サポート科のクラスメート、それにクロなんかの世話になったトレーナーなんかも来てくれた。

色々激励や手紙やお守りを貰い、少し涙腺が緩みそうになるがそこはグッと堪えた。

そして最後のマルが俺の前に立つ。

 

「もうシズクは、目を離すと一人でドンドン先に行っちゃうんだから。少しは追う方の気にもなってよね」

 

「レースじゃ追われる側なんだ、少しくらい良いだろ?」

 

お互い笑い合う。学園に入学してマルとは笑い合ってきた、でもそれも今日で当分お預けだ。次会うのはかなり先になるがお互い成し遂げたいことを成し遂げて見せると誓い合う。

 

「シズク!」

 

マルがアタシを抱きしめる。身長差があるためアタシ的には少し苦しい体勢ではあるが此処は受け入れる。でも時間が迫って来ている、そう思い抱擁を解こうとするがマルが離さない。離さないどころかなんか顔を近づけてくる。おい待て!

逃げようとするもマルがアタシを持ち上げ踏ん張れれない。そして、

 

チュッ

 

唇に伝わる柔らかい感触と目の前に広がるマルの顔。そしてそんなアタシ達を見ている奴らの黄色い歓声。てか助けろお前ら!

何秒なのか、何十秒なのか全く分からないが。やっとで離れたマルは俺を離す。

アタシは地に足が着いた瞬間距離をとる。

 

「マルてめぇ何しやがる、これでも初めてなんだぞ!」

 

アタシの言葉にマルは笑顔で、

 

「勿論私も初めてよ、彼方に行ったら誘惑も多そうだしね。シズクは私物だって言うお姉さんのマーキング」

 

その殴りたい笑顔に飛びかかろうとすると。

 

[御搭乗最終〜]

 

タイムオーバーのお知らせが流れてしまった。ニヤリと笑うマルを見て拳に力が入るが本当に時間がない。

 

「だーこの借りは帰って来てからキッチリするからな!そんじゃみんな元気でな、アタシが居ないからってへこたれんじゃねーぞ」

 

アタシは大きく大きく手を振って歩きだす。

 

「シズク頑張ってねー」

「私達も頑張るから、絶対諦めないから」

 

みんな声を背に受ける。そして、

 

「シズク!私は負けないわ、私に勝ったのはヒトシズクただ一人そう言わせて見せる。だから貴方も負けないで、約束よ」

 

アタシはグッドサインを作りそれに返す。

歓声を夢を約束を胸に私はアメリカへと旅だった。

 

※※※

 

数年が過ぎ。

 

「それにしても、余りにも急過ぎないかい?」

 

荷物を取りながら、ウマ娘が愚痴る。

 

「不満なら何で付いて来てんだよタキオン、お前が付いて来る必要なんてないだろう」

 

預けた手荷物も全て回収しゲートへと歩き出す。

 

「それは無責任な話じゃないか、君無しでは生きていけない身体にしておいて」

 

丈のあっていない白衣の余って袖でアタシを叩きながらそう言う。

 

「生活力皆無の奴に飯食わせて掃除洗濯しただけで責任取らされるなんて、詐欺師も笑えない冗談だな」

 

「君はもう少し自分の影響力の大きさを知るべきだね。君が日本に戻ると言ってどれだけ大騒ぎになったか見ていただろう?」

 

確かに学園には引き止められたし、ちょっと面倒を見たアイツには薙刀片手に追い回されたけど最後は、

 

「私も日本に行きますから待っていてください!」

 

って宣言される位だったし、あっちのテンションから見たら別れを惜しんでくれた位なもんだろう。

手荷物検査も問題なくパス、必要な物はあっちで送る手続きしたし。手荷物も必要最低限に抑えてある、土産だって空港で買ったもんばかりだ。

 

「それで此処からどう移動するんだい、学園までは距離があるんだろう?飛行機で座りぱなしだ、少しは足を伸ばしたいんだが」

 

タキオンが不平を言うが、そこには同意だ。体力のあるウマ娘とは言え、狭い空間に長時間いるのはかなり疲れる。

 

「迎えは手配してるさ、約束の時間はまだあるしそこらで茶でも飲むか」

 

彼方の食事に慣れたとはいえ、やはり日本食が恋しい。豪勢とは言わないが米が食いたい。

その為に到着時間を一時間ずらして迎えをお願いしたんだ。さて何を食べるかね。

そんな思いを馳せゲートを潜る。

 

その時、軽い衝撃と懐かしい匂いがアタシを包む。

 

「予定より早い到着じゃないか、そんなにアタシが恋しかったか。マル?」

 

「言った時間よりも一時間も早く到着する貴方には負けるわよ、シズク?」

 

お互いに笑い合う。

数年の時を超え、止まっていた雫はまた波紋を作り始めるのだった。

 

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