旧世紀エヴァンゲリオン   作:黒山羊

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旧世紀エヴァンゲリオン・破 『YOU CAN “DEFINITELY” ADVANCE』
破-1


「北極ベタニアベースにて研究中の第3の使徒が覚醒し脱走、仮設5号機がこれを差し違える形で撃滅、ね。……で、リツコ。パイロットは?」

「不明よ。ベタニアベースからの報告書はそれが全部。……各支部がそれぞれ腹に一物抱えているのは巨大組織の常だけれど、ここまで露骨だと嫌になるわね」

 

 そういって首を振るリツコに対し、ミサトは溜息と共に苦笑を零す。

 

「ま、ウチも他人のことは言えないけどねぇ。で、ユーロ支部からの2号機輸送の進捗は?」

「航空輸送編隊が昨晩ユーロ支部を出発したそうよ。今日の夜までには着くんじゃないかしらね。……そう言えば、シンジ君は?」

「司令とお墓参りですって。お母さんの」

「そう……ユイさんの。……あの共同墓地、それなりに遠かったと思うのだけれど、彼どうやって行ったの?」

「自転車で行くって言ってたわよ? 若いって良いわねえ、元気が有り余ってて」

 

 そう言って呑気にコーヒーを啜るミサトに対し、リツコはポツリと呟いた。

 

「……道交法、守ってると良いわね」

 

 

 * * * * * *

 

 

 結論から言おう。リツコの危惧は杞憂だったが、法に触れないとはいえ、常識外れの速度でシンジは自転車を漕いでいた。

 

 余り知られていないが、自転車それ自体に速度制限は存在しない。走行道路の制限速度さえ守っていれば、いかに高速で漕ごうとお咎めはないのだ。

 

 それを良いことに小田原に向けて続く国道138号線と国道1号線を制限速度ぴったりの時速60kmで駆け抜けていくママチャリは、控えめに言って異様の一言。

 

 しかも上り坂だろうと下り坂だろうときっちり60kmに合わせるその漕ぎっぷりは、彼にかなりの余力がある事を示している。

 

 現に後方からせっかちな自動車に煽られれば時速100km程の速度を出してトラブルを回避している程だ。

 

 そうして、対向車線のドライバーの度肝を抜きつつシンジが向かった先にあるのは、簡素な墓標が並ぶ集合墓地。

 

 五十音順ではなくアルファベット順に並んでいるこの墓地の中程に、「YUI IKARI」の名が刻まれた墓標は存在している。

 

 そこに供えるべくシンジ少年が昨日のうちに花屋で仕立てた花束は、白いサザンカのプリザーブドフラワーとカモミールを束ねた白基調のもの。

 

 まだ昼には早い朝方のうちにやってきた彼は、そこで見知った顔が佇んで居るのを目撃した。

 

「父さんもお墓参り?」

「ああ」

「よく来てるの?」

「人は思い出を忘れることで生きていける。だが、決して失ってはならないものもある。ユイはそのかけがえのないものを教えてくれた。私はその確認をするためにここに来ている」

「そっか。……まぁ、此処って一応の墓標だもんね」

「ああ。遺体も遺品も無い。全ては心の中だ。『今は』それで良い」

 

 そう告げたゲンドウに対し、シンジは何度か言葉を紡ごうとした後に、結局口を噤む。

 

『まだ諦めていないのか』と問うことも『母さんはもう居ない』と説くことも、既に覚悟を決めてしまっている1人の男を前にしては無意味な言葉だと理解しているからだ。

 

『碇ユイとの再会』の為に世界を生贄に出来る程の深い愛と固い決意が、碇ゲンドウという男の精神を鋼の如く強靭なものへと変えているが故に、息子の言葉は最早届かない。

 

 故にこそ、シンジがゲンドウに唯一叩きつけることができるのは、挑戦状だけなのである。

 

「父さん、僕は『世界を救う』よ。母さんと約束した通りに」

「そうか。期待している。……時間だ、先に帰るぞシンジ」

「うん。僕もすぐ帰るよ。じゃあ、またね父さん」

 

 そんな言葉を交わし、互いの覚悟を確かめ合い、互いの道が相容れないことを改めて確認した親子は、互いに背を向けて、墓地を去る。

 

 ゲンドウを迎えに来たVTOLが浮上していく中で、シンジは時速60kmという異常な速度で再び自転車を漕ぎ始め、第3新東京市への帰路に着く。

 

 だがその途中、耳に付けていたBluetoothのイヤホンマイクに、着信音が鳴り響く。それに耳元の通話ボタンを押す事で答えたシンジの耳に飛び込んできたのは、相模湾上に使徒出現という緊急連絡。

 

 その連絡に自転車を緊急停止させたシンジは、その超人的な身体能力で電柱の上に跳び上がると、第六の使徒の一件以来100.0にまで強化された視力で相模湾上の第七の使徒を目視で観測する。

 

「————ミサトさん! 僕の方でも見つけました! 今から向かいます!」

『ちょ、シンジ君!? エヴァも無しにどうするつもり————!?』

 

 電話口でそんな言葉を放つミサトだが、彼女のそのセリフを待たずして、シンジは電柱から電柱へと飛び移る様にして、一直線に相模湾へと驀進する。

 

 その時速、なんと240km。100mを1.5秒で走り切るシンジの脚力が可能にする人外の移動速度は、彼を僅か30秒で相模湾へと到着させる。

 

 そしてそのまま海上へと飛び出し『海面を駆ける』その姿は異様を超えて奇跡と言って良い光景だ。だが、人間を水上歩行に導く為に必要な走行速度は秒速30m。碇シンジの秒速66m強の脚力であれば、むしろ水面も地面もさして変わりは無いのである。

 

 その上で、使徒へと駆ける彼は、渾身の力を込めて咆哮し、更なる奇跡を起こすのだ。

 

「エヴァンッゲリオォォンッ」

 

 そうシンジが吠えた直後、彼の姿はエヴァンゲリオン初号機のエントリープラグの中にあった。

 

 碇シンジがエヴァンゲリオン初号機に搭乗したタイムは、僅か0.05秒に過ぎない。では、搭乗プロセスをもう一度見てみよう。

 

 彼の咆哮と共に起きた事態を一言で説明するならば、エヴァンゲリオン初号機のテレポーテーション。しかし厳密に言えば、そのプロセスは破壊(アポトーシス)と再生である。

 

 碇シンジはエヴァンゲリオン初号機の一部であり、エヴァンゲリオン初号機は碇シンジの一部。両者は同一の存在であり、離れた場所に居たとしてもシンクロし続けている『1つの生き物』と言って良い。

 

 その事実を応用し、NERV本部のケイジに拘束されている初号機を『自己消化』したエネルギーを元に碇シンジの肉体を基点として『エヴァンゲリオン初号機を再生』させたというのが、一連のプロセスの正体なのだ。

 

 だが、その速度があまりにも早いが故に、常人にはエヴァンゲリオンの瞬間移動としか認識できないのである。

 

『ケイジからエヴァンゲリオン初号機の反応消失! 同時にエヴァンゲリオン初号機、相模湾に出現! パイロット、既に搭乗済みです!』

『よぉし! 意味わかんないから考えないことにするわ! 過程はどうあれ出撃できたならヨシ! 使徒殲滅がNERVの使命よ! シンジ君、内部電源が尽きる前にカタを————今度は何!?』

『ユーロNERVの輸送機がエヴァンゲリオン2号機の出撃を提案しています! 現在相模湾上空とのこと!』

『良い知らせね! 聞いたわねシンジ君、空挺降下してくる2号機と共同戦線を展開して使徒を撃滅! 作戦はシンプルに上下から挟撃! 頼んだわよ!』

「了解! 2号機とは通信可能なんですか?」

『ちょっち待ってね————回線回すわ!』

 

 そんなミサトの台詞と共に、エヴァに乗るシンジの視界端にポップアップしてくるのは、エヴァ2号機のパイロットらしき茶髪の少女が映るカメラ映像。

 

 一目見て『とんでもない美少女』と分かるその少女は、エヴァの思考言語の関係か、ドイツ語でシンジへと語りかけてくる。

 

Sie sind der Pilot(アンタが初号機) des ersten Flugzeugs? (のパイロット?) Kommen Sie(邪魔は) mir nicht in die Quere.(しないでよね)

 

 初対面の同僚に言うセリフではないが、其処から感じるのは高いプライドと自信。故にシンジはこう返す。

 

Genießen Sie die japanische(日本流のおもてなしを) Art der Gastfreundschaft.(ご堪能ください)

Sie sprechen Deutsch? Oh je.(げっ、ドイツ語出来んの?)

Ich kann sie so gut sprechen,(お姫様のエスコートが) dass ich eine Prinzessin(出来る程度には) begleiten kann.(話せるよ)

Lästig! (ウザっ!)

Entschuldigung.(ごめん)

 

 流石に嫌味っぽかったかと謝るシンジに対し、ムスッとしている2号機パイロット。だが、その空気を切り替えるようにシンジが作戦を伝えれば、彼女もまたプロとしての顔を見せる。

 

Ich werde ihn von(僕は下で) unten ablenken(撹乱する). Du wirst sie von(君は上から) oben angreifen(攻撃して欲しい). Sie sind der Schlüssel(この作戦の) zu dieser Operation.(要は君だ) Ich verlasse(頼りに) mich auf Sie! (してるよ!)

Verstanden! (了解!)

 

 作戦はシンプル。初号機が陽動で、本命は2号機。軽く会話して掴んだ2号機パイロットの性格からメインアタッカーが適任だと判断したシンジが出した案は、予想通り彼女に受け入れられた。

 

 そして、その直後2号機が輸送機から切り離されたのを皮切りに、まずシンジの初号機が水飲み鳥のような形状の第七の使徒の2本の足へと、ATフィールドを纏わせたプログレッシヴナイフで切り掛かる。

 

 明らかにその刀身以上にATフィールドの刃が延長されているその一撃は、容易く使徒の足の一本を切り飛ばし、ぐらり、と傾く使徒は絶叫と共に初号機に向けて怪光線を放ちまくり、派手な十字架状の水柱を海面に幾つも巻き起こす。

 

 だが、初号機はその全てをアクロバティックな身体操作で避けきってみせると、使徒を挑発するかのように高出力のATフィールドを展開し、ゴリ押しで使徒のATフィールドを侵食しに掛かる。

 

 その結果として、当然の様に初号機に意識を奪われた第七の使徒。

 

 だがその直後、使徒のコアは上空から超電磁洋弓銃を構えて降下する2号機に一撃で狙撃され、絶叫と共にその身体を構成する鉄骨の様なパーツがボロボロと崩れ始めた。

 

Alles erledigt! (一丁上がり!)

großartig! (お見事!) Sind Sie tatsächlich die Siegesgöttin? (もしや勝利の女神なのでは?)

Du bist echt schwer von Begriff! (あんたバカぁ?)

 

 そんな軽口を叩く2人のパイロット。だがそこに、NERV本部から使徒を観測していたミサトからの警告が入る。

 

『目標のエネルギー反応健在! そのコアはダミーよ!』

 

 その直後、水飲み鳥で言えば『尻』の部分になっていた球体がグンッと上方に持ち上がったことで復活した第七の使徒は、再び侵攻を開始————する事はなかった。

 

 復活しようが、初号機に脚を切られ、ATフィールドを侵食されている状況は改善しないし、上空の2号機に上を取られている状況も変わらないからだ。

 

 よって復活したコアは再度2号機に狙撃され、呆気なく第七の使徒は形象崩壊する羽目になるのであった。

 

『…… Ich frage mich, was er tun wollte.(何がしたかったのコイツ)

Ich weiß es nicht.(……さぁ?)

 

 そんな会話を交わしつつ、降下する2号機の足場を作るべく頭上にATフィールドを展開した初号機は、見事に2号機の重量と勢いを受け止めると、フィールドを解除し2号機を横抱きにし、港へ向けて海上を駆ける。

 

Hey, lasst mich los! (ちょっと!? 降ろしなさいよ!)

Wenn wir landen! (上陸したらね!)

 

 賑やかな声でそう騒ぐ第二の少女と第三の少年は程なくして小田原港にいたり、2号機は日本上陸を華々しい凱旋と共に終えるのであった。




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