「いやぁ、ごめんね式波さん。紛らわしくて」
爆弾発言から少し後。頬に紅葉をつけたまま、頭を掻いて謝るシンジに対し、アスカはまだ頬を赤く染めたまま、プリプリと怒りに頬を膨らませていた。
「なにがよ!? どう聞いてもナンパでしょうが!」
「いや、そうじゃなくてさ。……12年前の年末、NERVドイツ支部の外来用駐車場の近くの林で遊んでなかった? 赤いニット帽被って、赤白青のマフラー巻いて、紺色のダウンコート着てたと思うんだけど。……そうだ、赤いパペット人形みたいなのも持ってた気がする」
そう語るシンジの釈明に対して、アスカの反応は、静かながらも劇的だった。
朱に染まった頬は平常に戻り、自信に満ちていた瞳は一瞬遠い過去を覗いているかの様に虚になり、そして再び頬が染まる。
しかし、そうして口を開いたアスカの言葉は、先程までよりは、ほんの少しだけ、角の取れたものだった。
「……ッ! ……。アンタ、本当にバカじゃないの? 普通、3歳になるかならないかの事なんて覚えてる訳ないじゃん」
「そりゃそうか。ごめんね、変な事言った」
そう改めて謝るシンジに対し、アスカは鼻を鳴らしてそっぽを向くが、シンジに対して怒る素振りはない。
むしろ、その感情の色はどちらかと言えば好意的なものだった。
「フン。やっぱり日本のパイロットは変人しかいないのね。……まぁ、でも。————アンタの言ってるその子は、確かにアタシじゃない? 赤いパペットは持ってたし、紺のダウンもトリコロールのマフラーも、赤のニット帽も小さい頃持ってたから」
「そっか。……じゃあ改めて。久しぶり、式波さん」
そう告げて、シンジは握手の為に手を差し出した。一瞬の逡巡の後、それを取ったアスカは、何処か照れ混じりにシンジへとなんでもないかの様に言葉を返す。
「……ファミリーネームで呼ばれるの好きじゃないから、アスカで良いわよ、バカシンジ」
「バカは余計じゃないかなあ」
「後先考えずナンパみたいなセリフ吐く奴がバカじゃないってワケ?」
「……しばらくはバカの汚名に甘んじておくよ」
そんな会話を交わす2人を静かに見守っていたミサトは、ポツリと一つ、小さな独り言を漏らす。
「————天才同士、分かり合える部分もあるのかしらね?」
そのセリフは、風に流れて消えたのだった。
* * * * * *
それからしばらく。2号機と共にジオフロントに向かったアスカとミサト、そしてレイと別れた男子3名は第3新東京市の駅で連れ立って降りると、わいのわいのと男子トークに花を咲かせていた。
「しっかし、ごっつ美形やったなぁ、あの式波とかいうのも。エヴァのパイロットいうんは美形いう決まりでもあるんか?」
「流石に無いと思うよ? 広報系の業務は無いし……」
「碇的にはぶっちゃけどうなんだ?」
「どうって何さケンスケ」
「いや、本気でナンパのつもりが無いのかって事だよ」
「うーん、まぁ」
「まぁってなんだよ」
「……いや、今更だけど自分に本当に下心が無かったのか怪しくなってきた」
「ふぅん……コレはどう思うトウジ」
「……まぁアイツ大卒言うとったし、うちの中学に来るんやったらセンセと釣り合い取れるんはアイツぐらいちゃうんか?」
「くっ、委員長をキープしてるからって余裕じゃないか。良いよなぁモテる奴らは」
「ケンスケも大学とかだとモテるタイプじゃない?」
「碇、それマジ?」
「マジ。割と大学だとちょっとオタクっぽくても清潔感とコミュ力さえ有れば結構モテてた」
「マジか。将来に期待だなあ俺は」
「うんうん。……ところでそろそろお昼だけど、ラーメン食べに行かない?」
「おっ、ええなあ。どこ行こか」
「この辺だと天一か神座か?」
「最近、家系濃厚豚骨ラーメンのお店も出来たらしいよ」
「……うまそうやな」
「たしかに。碇、その家系ラーメン行こうぜ」
そんな会話を交わす3人は、誰がどう見ても仲良し中学生の集団にしか見えない。
だが、そんな彼らに声を掛ける、無精髭の青年が1人。
「————あぁ、失礼。ジオフロントのハブターミナル行きはこの改札でいいのかな?」
「あ、はい。4つ先の駅で乗り換えがありますけど」
「うーん……たった2年離れただけで、浦島太郎の気分か……ありがとう! 助かったよ。……ところで、葛城は一緒じゃないのかい?」
「ミサトさんのお知り合いですか?」
「古い友人さ。君のことはよく聞いてるよ。碇シンジ君。……おっと失礼、俺は加持リョウジ。またNERVで会おう!」
そう言って去っていく青年が持つトランクケース。
一見普通の作りだが、見るものが見れば異様なほど頑丈かつ堅固な構造になっていると分かるその荷物に興味を引かれつつも「ええ、また」と会釈を返すシンジは、一旦トランクケースを思考の片隅に追いやって、家系ラーメンまでの道のりを記憶から掘り起こす作業に戻るのであった。
* * * * * *
それからしばらく後。シンジ達がほうれん草と焼き海苔がたっぷり入った濃厚な豚骨ラーメンに舌鼓を打っている頃。
昼メシ返上でNERV本部の司令室へと足を運んだ加持リョウジは、NERV総司令の碇ゲンドウと副司令の冬月コウゾウに面会していた。
「いやはや、大変な仕事でしたよ……。懸案の第3使徒とエヴァ5号機は、予定どおり処理しました。原因はあくまで事故。ベタニアベースでのマルドゥック計画は、これで頓挫します。すべてあなたのシナリオ通りです。で、いつものゼーレの最新資料は、先ほど————」
そう流れるように語る加持の言葉を拾ったのは、冬月。
「拝見させてもらった。マーク6建造の確証は役に立ったよ」
「————結構です。これがお約束の代物です。予備として保管されていたロストナンバー。神と魂を紡ぐ道標ですね」
そう言ってゲンドウの執務机に置いたトランクケースをパカリと開けた加持はその中身をゲンドウに確認させる。
「ああ……人類補完の扉を開くネブカドネザルの鍵だ」
そう呟くゲンドウの口元には珍しく笑みが浮かんでおり、トランクケースの中に封じられていた物体が如何に重要なものであるかを物語っている。
ネブカドネザルの鍵。琥珀色の樹脂の中に、鍵の持ち手が頭部となった人間の神経標本が組み込まれている異様な物品。
ゲンドウがそれを確かに受け取った事を確認した加持は、「ではこれで。しばらくは好きにさせてもらいますよ」と言い残して司令室を立ち去った。
後に残されるのは、冬月とゲンドウ。そんな中、ポツリとつぶやいた冬月の言葉は、ゲンドウへの確認の意図が込められたものだった。
「加持リョウジ首席監察官、信用に足る男かね?」