旧世紀エヴァンゲリオン   作:黒山羊

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序-2

 時は少しばかり遡り、シンジ少年と葛城ミサトの合流より少し後のこと。

 

 言い換えるならば、もしシンジ少年がバイクを拝借しておらず駅で待っていた場合、ミサトのルノーでもギリギリ駅に間に合うかの瀬戸際、といった頃合い。

 

 箱根湯本駅では、国連軍のVTOLが、山を越えて現れた首無し巨人に蹂躙されていた。

 

 光輪を頭上に浮かべて空を飛び、腕からは光のパイルを放つそれは、およそ尋常の物とは思えぬ異様な存在だ。

 

 第四の使徒。そう呼称される大型敵性生命体に対し、通常兵器は些かの痛痒をも与え得ない。

 

 1発数千万円のミサイルと1機数十億円のVTOLが湯水のように溶けていく現状に業を煮やした司令部は、N2爆雷の使用を決断。

 

 即座にVTOL達が退避行動を開始し、間を置かず起爆したN2は巨大な爆炎を以て第四の使徒を飲み込み、周辺地区諸共その巨体を焼き尽くした————かに思えた。

 

 しかし。

 

 

 * * * * * *

 

 

「やったっ!」

「残念ながら、君達の出番は無かったようだな」

 

 巨大な空中投影モニターが多数配備された、NERVの発令所。そこで快哉を叫ぶのは、先程まで「何故だ! 直撃の筈だ!」「この程度の火力では埒が開かん!」などと喚きながら鉛筆を握り潰し、コンソールを殴打して、吸い殻の山を撒き散らしていた国連軍の指揮官達。

 

 それに対して冷ややかな視線を向けるのは、NERV総司令にしてシンジ少年の父である碇ゲンドウと、副司令の冬月コウゾウだ。

 

「碇、どう見る?」

「……あの程度で勝てるのならば、我々は14年前に勝っている」

 

 冬月の問いに、サングラスの奥の視線をモニターに向けつつ、重苦しい重圧感と共に応えるゲンドウ。その視線の先で、衝撃波と熱で乱れた映像が復旧する。

 

「爆心地に高エネルギー反応!」

「馬鹿なッ!?!!? 街一つを犠牲にしたんだぞッ!」

 

 喜色満面の笑みから一点、絶望に染まる国連軍司令陣の悲痛な叫び。

 

 その向こうで体表を爛れさせながらも確かに健在な第四の使徒は、仮面のように見える器官を新たに追加し、その強靭な自己再生能力を見せつけるかのように瞳に鈍い光を宿す。

 

「何という事だ……」

「化け物めッ……!」

 

 そう歯噛みする国連軍司令陣だが、彼らの奮戦は一応、『足止め』としては無駄ではなかった。

 

 第四の使徒はしばしその足を止めて、再生に専念し始めたのである。

 

 そして、彼らが稼いだその時間が、人類の明暗を分ける事になる。

 

「今から本作戦の指揮権は君に移った。お手並みを見せてもらおう」

「碇君、我々の所有兵器では、目標に対し有効な手段が無いことは認めよう。だが、君なら勝てるのかね?」

 

「そのためのNERVです」

 

 そう答える碇ゲンドウの傍らで輝くコンソールには、『第3の少年確保完了』を示す文字列が踊っていた。

 

 

 * * * * * *

 

 

「えーっと、次は……」

「ミサトさん、そっちじゃなくてこっちのエレベーターじゃないですか? 割と通路の感じは11年前から基本的に変わってないみたいですし……」

「んー……あらホントね。ありがとうシンジ君」

 

 そんな会話を交わしつつ、NERVの通路を若干迷子になりながらも駆け足で進むミサトとシンジ。

 

 NERVが誇る有機スーパーコンピュータであるMAGIが予測した予想時刻よりもかなり早くNERV入りした彼らは、ひとまずエヴァンゲリオン初号機が収容されているケージを目指し、施設内を下へ下へと進んでいる。

 

 そして、ついに彼らが初号機ケージへと駆け込んだのは、そろそろ夕方に差し掛かろうという、まだ明るい時間の事だった。

 

 そこで待って居たのは、魅惑的なボディラインに貼り付くワンピースタイプの水着をオレンジ色の液体で濡らし、スクーバ器具を外したばかりのリツコだった。

 

「あら随分早いのねミサト、それにシンジ君も。久しぶり」

「うん、久しぶり、りっちゃん。昔の茶髪も良かったけど今の金髪も結構似合うと思うよ……それで、エヴァは動かせるの?」

「起動率0.000000001%、オーナインシステムなんて皮肉って呼んでる人も多いわね」

「りっちゃんはどう思う?」

「……動くわよ。シンジ君、これはあなたのエヴァンゲリオンだもの」

「ちょっとちょっと、どういう事情かわからないけど、アタシの事忘れてない? 説明して欲しいんだけど……」

「ああ、すみません、ミサトさん。手短に言うと僕の父と母が設計開発した上に、母がテストパイロットだったんですよ、この機体。それで、当時の僕はまだ乳幼児なので……」

「ユイさんが職場に連れてきてたのよ。さっき言ったでしょ。それで、シンジ君はその記憶を全て覚えている。これでミサトが疑問に思っている事の答えにはなったかしら? 要はこの子、11年前からNERVを知ってるのよ」

「当時はゲヒルンでしたけどね……。それで、りっちゃん、状況は?」

「使徒は現在国連軍のN2爆雷で負った傷を修復するべく停止中よ。シンジ君がプラグスーツに着替える猶予ぐらいはあると思うわ」

 

 そう告げて、リツコがケージの上方にあるコントロールルームへと目を向ける。

 

 ちょうどタイミングよく照明が灯るその視線の先に立つのは、黒いNERVの制服に身を包んだ長身の男。シンジの父にしてNERV総司令である碇ゲンドウだ。

 

「久しぶりだな、シンジ」

「うん。3年ぶりだね父さん」

「ああ。……出撃」

「着替えて、りっちゃんから操縦方法聞いてからでも良いかな?」

「……説明を受けろ」

「ありがとう。……終わったら、晩御飯でも一緒にどうかな」

「……構わん」

 

 かなり唐突で、そして一方的なゲンドウからの言葉。それに問題なく対応するシンジは、ミサトの目からすれば異様に映る。そんな彼女の視線に気づいてか、シンジが視線をミサトの方に向ければ、用件は済んだとばかりにゲンドウはコントロールルームから立ち去った。

 

「どうしたんですか、ミサトさん」

「えっと……久しぶりの親子の会話にしては変わってるかなー、なんて思うんだけど、コレ、アタシが変なの?」

「あはは、そんな事ないですよ。僕も父さんも割と『変わってる』と思います。……それに、父さんちょっと緊張気味でしたからね。余計に変だったかも? 普段は割と可愛げがある人なんですけど……」

「えっ」

「えっ?」

 

 可愛げがある、という言葉があまりにもゲンドウに似つかわしくなく、思わず声を漏らしてしまうミサトと、それに首を傾げるシンジ。

 

 ————これが天才と変人は紙一重ってやつ? 

 

 などと内心考えているミサトだが、先程の会話はシンジの極めて高い知性を以て補完すれば、次のようになる。

 

「久しぶりだな、シンジ(緊張して若干戸惑う声音。知っては居たが背が伸びた息子を目にしてちょっと困惑。前にあった時は割と小さかったのに、という風に一瞬視線をかつてのシンジの身長を想起する様に下げる)」

「うん。3年ぶりだね父さん」

「ああ。(普通に返事が来て若干ビビっているのか微妙に声が上擦る。言いたいことがあったようだが今ので飛んだらしく目が僅かに泳ぐ)……出撃」

「着替えて、りっちゃんから操縦方法聞いてからでも良いかな?」

「……(ド忘れの内容を言って貰えたので内心安心しているのか少し大きめの息)説明を受けろ」

「ありがとう。……終わったら、晩御飯でも一緒にどうかな」

「……構わん(じゃあ細かい用事はその時で良いかな、と帰りたそうな雰囲気。やはり緊張しているらしい)」

 

 

 以上が、ゲンドウの微細なボディランゲージを10.0の超視力で観察したシンジが読み取った内容である。

 

 端的にいえば酷くコミュ障な父に対し、あまりにもコミュ強な息子、というのが碇ゲンドウとシンジにおける関係性なのだ。

 

 そして、それ故にシンジはゲンドウを『可愛げがある』と称しているのだが、常人に先程の超感覚的なコミュニケーションを察しろというのは無理がある。

 

 同意するのは、おそらくシンジの母であり同じくコミュ強超人のユイぐらいのものだろう。

 

 だが、流石にミサトもそこを掘り下げて突っ込むほどシンジと親しくもないし、何より大人なので「……お父さんと仲いいのね、シンジ君」と困惑気味に発言するにとどめて置いた。

 

 とは言っても、当然その内心は微妙な所作でシンジに見透かされてはいるのだが、翻ってシンジの方もそれを突っ込みに行くほど子供ではない。

 

 結果生じた微妙な雰囲気を壊したのは、シンジの『天才性』に慣れているリツコが発した「じゃあ説明するわよシンジ君。着替えもあるからついてらっしゃい」という一言。

 

 その言葉に素直に従ってトコトコとケージから立ち去るシンジとミサトの背後で、役目を待つエヴァンゲリオンは、瞬きをする様に一瞬だけその目に輝きを灯すのであった。

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