鳴り響く警報。フルパワーで着弾地点を演算するMAGIと、慌ただしく働くオペレーター。
そんな中で、葛城ミサトはついに地上から光学観測可能になった使徒を睨みつけ、号令を発する。
「おいでなすったわね————エヴァ全機、スタート位置! 二次的データが当てにならない関係上、今後の判断はパイロット各位に委ねます。もちろん、作戦責任者は私です。全ての責任は私にあるわ————だから、貴方たちは後のことは考えず、勝つ事だけを考えて! 作戦開始!」
そんなミサトの号令と共に、一気に踏み込んだエヴァ各機は、それぞれが音速の壁を突破するという凄まじい出力を発揮して、使徒の着弾予測地点へと向けて驀進する。
頼れるのはエヴァの目視観測とオペレーターが必死にフィードバックしてくれているマップ情報。
そんな中で、やはり頭一つ抜けた速度で使徒に迫るのが、エヴァ初号機だ。しかし、その速度は『全力』に比べれば控えめである。
幸か不幸か、使徒の縮尺が大きすぎる為ゆっくり落ちて来ているように見えるが、その実際は凄まじい速度で地表に向け落下してきており、使徒自身ですら大きな弾道修正は至難。
それゆえにエヴァ3機で囲い込むように追う事で、第3新東京市のどこに墜ちようとエヴァが間に合う算段になっているのだ。過剰な突出はむしろ、その作戦の妨害にしかならないのである。
だがそこを考慮するのならば、現在のように僅かな突出も必要ない。アスカやレイと足並みを揃えて使徒を囲い込めば済む話だ。
シンジがそうしなかった理由は、その直後の使徒の行動を見れば分かるだろう。
『目標のATフィールド変質! 軌道が変わります!』
『目標、さらに増速!』
「初号機でカバーします!」
「シンジ、あんた釣り出してんじゃないわよ! アタシめっちゃ遠いんだけど!」
「方向転換出来るなら一度きりだと思ったから!」
「相談ぐらいしなさいっての!」
そんな会話を交わしつつ、初号機はここで『本気』の速度を解放し、使徒の着弾地点へと急行する。
というより、使徒へと向けて『跳んだ』のだ。
作戦前に青葉に言った通り、エヴァ初号機は飛行できない。だが、『スーパーマン並みの超高度ジャンプ』なら可能なのである。
ミサイルの如く吹っ飛んでいく初号機は狙い過たず空中で変形中の使徒目掛けてATフィールド全開の跳び蹴りを敢行し、それを空中で迎え撃った使徒のATフィールドと激しく干渉して周辺空間を赤い光で覆い尽くす。
だが所詮は踏み切りの勢いを利用しただけの跳躍でしかない以上、運動エネルギーを全て使徒に叩きつけた初号機は失速し、地面へと落下する。
しかし、この際に使徒のATフィールドにあえて弾かれる事で『使徒自身に使徒の侵攻方向へと飛ばして貰った』初号機は、今度は地面で待ち受ける形で、再度全力のATフィールドを展開した。
そこに凄まじい速度でブチ当たった使徒のATフィールドにより、空間が軋み、再びの赤い光と衝撃波が周囲を襲う。
「ATフィールドッ全開ッ! ————使徒は受け止めました!」
『ナイスよシンジくん! レイ! アスカ!』
「今向かってるっちゅうの! シンジあんた自分で引き付けたんならもうちょい粘りなさい!」
「私ももう少しで着く」
そんな会話の直後。球体形態から大きく展開し、剥き損なったみかんの皮か、或いはヒトデか何かのような、化け物じみた虹色の姿を晒した使徒は、その背面の謎めいた人型の棘のような器官によって原理不明の推進力を発揮し、初号機のATフィールドへと凄まじい荷重を掛けていく。
その圧力たるや、軋み合うATフィールドの間に挟まれた水分子が超高圧で崩壊し、そのまま水素核融合が起こるほど。
だがそんな劇的な反応は、ATフィールド同士が衝突した初期に発生した現象の一側面に過ぎない。完全に隙間なくATフィールド同士が押し合う状況になってからは、空間が歪曲し、軋み、不気味な轟音が絶えず周囲に響き渡る。
そんな極限の状態にも拘らず、驚くべきことに使徒はその巨体の中央からヒトの上半身のような本体を飛び出させ、ATフィールドを支える初号機へと掴みかかった。
その結果、互いに掌を押し付け合う手押し相撲の姿勢となったのはごく一瞬。腕を槍状に変化させた使徒が初号機の上腕を貫き、夥しい血が初号機の腕から溢れ出す。
「ぐぅッ……!」
深く強いシンクロをしている以上、そのダメージは当然シンジにも反映され、プラグ内で貫かれたシンジの腕から血が溢れ、LCLを濁らせる。
しかし、その程度で怯むほど、碇シンジという少年は弱くない。
「ぬ゛ぁ゛あ゛あ゛ッ!」
叫びとも咆哮とも取れる大声を発して、自分の手を貫く使徒の腕を握りしめ、引きちぎらんばかりに左右に大きく引き伸ばした上で、ノーガードな顔面に向けて強烈なハイキック。
圧倒的な蹴り上げにより凶器と化したその爪先が使徒の首に叩き込まれ、『バツン』というえげつない音と共にもげ飛んだ首は、そのまま使徒とエヴァのATフィールドのぶつかり合いに巻き込まれて圧縮崩壊し光と化す。
もちろん、使徒にとってコア以外は擦り傷。首無し状態でも使徒が命を失う事はなく、じわじわとその首も再生を開始する。
だが、一瞬とは言え初号機を相手に視界を失ったのは大きな痛手だった。
首の再生に気を取られている間に両腕を引きちぎられ、そのまま両肩を掴まれて、今度は胴体を縦に引き裂かれる。
僅かな隙を突いて行われたその残虐殺法は、お子様にはとても見せられない荒々しい闘いだ。
挙句に、せっかく再生した頭部も『目だ! 耳だ! 鼻!!』とばかりにズタズタにされた挙句、脊髄もろともブチ抜かれて握りつぶされ、使徒の人型部分は根こそぎ初号機によって破壊し尽くされたのである。
もちろん、初号機は未だに腕から血を流しているが、腕の2本と上半身丸ごとでは割に合わないし、何より上半身を破壊したのがその両腕である以上、エヴァの戦闘力はまるで低下していない。
槍状の腕の残骸を引き抜けば、その両腕は再生し、完全な初号機が、今度は使徒のコアを狙って腕を伸ばす。
しかし、この第八使徒もさるもの。コアを高速で動かす事で初号機の腕を回避し、その隙に再び人型の本体を再生させて、エヴァへと襲い掛かったのだ。
「くそッ」
ATフィールドで使徒の巨体を支え続けている以上、瞬間的なハイキック程度ならまだしも完全に自由に動く事はできない初号機にとって、この使徒を撃滅する手段はない。
それは相手も同じだが、千日手を続ければ無理が来るのは内部電源に頼るエヴァの方だ。
だがしかし。シンジは何も、1人で戦っているわけではない。
「碇君ッ!」
「綾波さんッ、コアを!」
初号機と使徒本体が互いに血みどろのルール無用の残虐ファイトを繰り広げる中、現場に到着したのは零号機。
シンジの要請に応じて、即座に使徒のコアをプログレッシヴナイフで狙う彼女だが、激しく不規則に動き回るコアにナイフを当てる事は至難であり、ナイフを振るうたびに焦りばかりが身を焦がす。
そこでレイが選んだのは、ナイフを捨てる事だった。フリーになった両の手で、逃げ回るコアをガッチリと掴んだ零号機は、コアから発せられる高熱にも怯む事なく、レイが放つ裂帛の気合と共にそのコアを握り潰さんと力を込める。
しかし、かつてなく硬い第八使徒のコアは零号機の渾身の握撃を物ともせず、その拘束を抜け出すべく、零号機の指を焼き尽くさんと更なる高熱を発し始めた。
挙句にシンジと死闘を演じる人型部分の仮面から、今までの使徒同様の怪光線を発射し始めた事で、レイとシンジは自らを守るATフィールドの展開にも意識を割かれ、なかなか攻めきれない状況にある。
まさに膠着状態。あとはトドメだけというその中で、トドメだけがひたすら遠い。
だがしかし。エヴァゲリオンはもう一機、この場にいるのだ。
「レイ! そのまま掴んでなさいよ!」
「アスカ!」
「死ねよやァッ!」
全力疾走で駆け寄る勢いそのままに、レイの掴むコアに向け自前のナイフ2本を勢いよく叩き込む2号機。
そして更にレイが足元に落としていたナイフを拾い上げてアッパーカットの要領で叩き込み、合計3本のナイフを楔のように打ち込んだアスカは、トドメとばかりに大きく飛び上がり、飛び膝蹴りを叩き込んだ。
楔を三つも打ち込まれた挙句に、零号機によって握り潰され続けている第八使徒のコアには、エヴァ2号機の全体重を掛けた飛び膝蹴りを受け切るだけの強度はない。
結果、メキリと嫌な音を立てた次の瞬間、第八使徒のコアは爆散し、その巨体は絶叫と共に痙攣してドス黒く変色。そして十字架状の火柱と共に、使徒の全身が血のように赤い体液へと形象崩壊を開始する。
そしてそれと同時にエヴァ各機の内部電力が底をつき、エヴァ各機は憐れにも、体液の大津波に巻き込まれる羽目になったのだった。
「うわっぷ!?」
「何よこれ気持ち悪い!」
「血の匂いがする……」
三者三様に悲鳴をあげるエヴァパイロットたちだが、ひとまず全員命に別状はなく、機体についても修復可能なレベルの損傷のみ。更にいえばプラグ用の電力はまだ余裕がある為、通信に問題はなく、流された先も特定済み。
ほぼ完璧といえる戦果に、発令所で大きく息を吐いて胸を撫で下ろすミサト。そんな彼女に、このタイミングで青葉から連絡が入る。
「電波システム回復。碇司令から通信が入っています」
「お繋ぎして」
宇宙船経由故か音声のみの通信。その向こう側のゲンドウと冬月に対し、ミサトは開口一番、謝罪を述べた。
「申し訳ありません。私の独断でエヴァ3体を破損。パイロットにも負傷を負わせてしまいました。責任は全て私にあります」
そんなミサトの発言に対し、まず答えたのは冬月の声。
『構わん。目標殲滅に対しこの程度の被害はむしろ幸運と言える』
そして、その後に続くように、碇ゲンドウの重苦しい声がミサトを労う。
『あぁ、よくやってくれた葛城一佐。————初号機のパイロットに繋いでくれ』
「え……。失礼、了解しました。————日向君!」
「回線まわします」
ゲンドウから積極的にシンジに話しかけるという珍事。その意図を掴みかねたままシンジに回された回線の先で、ゲンドウはシンジへと労いの言葉をかけた。
『話は聞いた。よくやったなシンジ』
「ありがとう父さん。……でもMVPは綾波さんとアスカだと思うけど?」
『……そうか。————レイ、2号機パイロット。よくやった』
シンジに促されてそう述べたゲンドウは、プツリと回線を切り、再びミサトに繋ぎ直すと『では葛城一佐、後の処理は任せる』とだけ言い残して通信を終了する。
その行動に一瞬呆気に取られていたミサトだが、再起動した彼女は負傷している初号機と零号機を優先して回収するようにマヤに命じて、慌ただしく事後処理に駆け回るのであった。
* * * * * *
一方その頃。回収を待つエヴァの内部では、通信回線を開いたままの各パイロットが、やることもなく雑談に興じていた。
というか、正確にいえばアスカを宥めていた。
「アタシだけ2号機パイロットって酷くない!?」
「ごめんねアスカ。……父さんはコミュニケーション能力が死んでるから」
「……実の息子にそこまで言われるレベルで、何で司令やってんのよ!?」
「……元々人工進化研究所だった頃に所長だったみたいだから、その流れかな? 要するに学者畑なんだよね……」
「……なんか納得しちゃうのがイヤね。……それよりシンジ、あんた勝手に使徒誘導した落とし前はつけて貰うからね!」
「ごめん。……ラーメンでいい?」
「……あの駅前の屋台のフカヒレ醤油ラーメンで許したげるわ。レイ、アンタもなんか貰っときなさいよ!」
「……ニンニクラーメンチャーシュー抜き?」
「……濃いわね」
「濃いね」
「そう?」
そんな会話を交わすシンジ達。そんな中、回収部隊が到着し、初号機と零号機がVTOLに懸架されてNERVに回収。損傷の軽い2号機は充電の後自力帰還と相なった事で、残されたアスカは1人、プラグの中で溜息を吐く。
「アタシだけじゃ、何も出来なかった」
そう呟く彼女は、エヴァパイロットである事だけをアイデンティティに生きてきた今までの人生の意味を問うように、眉根に皺を刻んで煩悶する。
エヴァパイロットでなくとも、アスカをアスカとして見てくれるだろう友人達は確かにいる。だが、それでアスカの根幹がそう簡単に変わる訳は当然なく、彼女はしばし、暗いプラグ内で思い悩むのであった。