旧世紀エヴァンゲリオン   作:黒山羊

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破-12

 NERVの地下深く、ゲヒルン時代からある、古い研究施設。学校を休んだ綾波レイは、そこでLCLに浸かり身体機能の調整を受けていた。

 

 その調整を手ずから行うのは、碇ゲンドウその人。宗教的にも思える紋様が刻まれた壁面や擂鉢状の床面など、何処か人類の手に寄らぬ叡智を思わせるこの施設は、NERVでも知るものがほぼ居ない場所である。

 

 だが、その僅かな例外が、今日はこの場を訪れていた。

 

「父さんがそうして機器を弄ってるのは久しぶりだね」

「ああ」

 

 埃を被ったパイプ椅子を引っ張り出してレイの調整を見つめているのは、碇シンジ。

 

 突然学校を休むと言い出し、そして実際発熱していたレイの看病をするべく自らも学校を休んだ彼は、NERVに行くと言い出したレイに付き添ってこの場にやってきたのだ。

 

 もちろん、本来ならシンジがこの場に立ち入る事は出来ないが彼はATフィールドで己に対する『観測』を拒絶する事で、あらゆる監視装置をすり抜けてこの場に入り込んだのである。

 

 だが、シンジにとってこの場所は、知らぬ場所ではない。というより、父母に連れられて幼少の頃、それこそ乳児期からNERVに居たシンジにとって、知らぬ場所の方が少ないとすら言える。

 

 ————本来、その記憶は操作され消去されているはずなのだが、碇シンジの脳細胞は驚異的な性能で記憶に架せられた封印を突破しており、現在でも彼にとってNERV施設は庭のようなものなのだ。

 

 そして、シンジにとってこの施設は、母と共に訪れたことのある場所である。

 

「この調整施設を使ってるって事は、綾波さんはやっぱり母さんの?」

「そうだ」

「初号機、最初は綾波さんで動かすつもりだったんだ」

「……ああ。レイは理論上、コアの調整を行えば全てのエヴァに搭乗可能だ」

「エヴァの子だから?」

「ユイの子でもある」

「僕と同じだね」

 

 そう告げたシンジの目に灯る青い輝き。明確に『ヒト』を超えているその瞳を横目に見るゲンドウは、しばしの沈黙の後、口を開く。

 

「……シンジ」

「ああ、もちろん僕は父さんの子だから、そこは違うけど」

「ああ。————レイ、食事にしよう」

『ハイ』

 

 ゲンドウがマイクで行った呼び掛けに応じて、調整装置の中で目を開くレイ。そんな彼女にシンジはヒラヒラと手を振って存在をアピールすると、ゲンドウへと言葉を投げかける。

 

「僕の分は?」

「……手配しよう」

「ありがとう。————ところで父さん。綾波さんの調整結果は?」

「————今は問題ない」

「そう」

 

 一瞬の沈黙。その間に碇ゲンドウの心理を読み解いたシンジは、パイプ椅子を片付けつつ、言葉を紡ぐ。

 

「僕も気にかけておくよ。妹だしね」

「……ああ」

 

 今は問題ない。その言葉の真意は、綾波レイが『此処でしか生きられない』という事実の再確認。

 

 レイの体調不良は、投薬などではなくLCLを介した調整でしか解決できないと、ゲンドウが認めた事に他ならない。

 

 初号機からサルベージされた碇ユイのクローン体である彼女は、NERVによる調整を定期的に受けなければ死ぬ身なのだ。

 

 

 * * * * * *

 

 

 そんなレイと、ゲンドウと、そして招かれてもいないシンジ。『親子3人』の食事会は、NERVの福利厚生施設の一環である高級レストランで行われた。

 

「学校休んでレストランって、なんかズルしてる気分だね。『家庭の事情で休みます』って言って遊園地に行くみたいなさ」

「よくわからない」

「綾波さんはこういうのは楽しくない?」

「……食事は楽しい」

「じゃあ特別な食事は? ほら、この前のラーメンみたいな」

「楽しかった」

「なら今も結構特別じゃない?」

「特別……珍しい? 今も楽しい」

「それは良かった。ね、父さん」

 

 そう言って視線をゲンドウに向けるシンジ。『シンジが話してくれてるから無言で良いかな』的なゲンドウのニュアンスを読み取っておきつつも無理やり会話に巻き込む強引さは、母譲りのものと言える。

 

「……お前が居る状況が新鮮なのだろう」

「そうかな。————僕は新鮮というよりは懐かしいけどね」

 

 そう告げたシンジの瞳と、きょとんとゲンドウを見つめるレイ。並べてみればよく似た顔立ちの2人が、自分と食卓を囲んでいる。そのシチュエーションにゲンドウは一瞬、在りし日の食卓を回顧する。

 

 ————新聞を読む自分。

 ————シンジに離乳食を食べさせるユイ。

 ————妙に聞き分け良くそれを食べるシンジ。

 

 思い返したのは僅かな間。しかし、ごく短いその時間、一瞬だけ、碇ゲンドウの張り詰めた重苦しい雰囲気が弛緩した事は、シンジのみならずレイにも感じられた確かな事実。

 

 だからこそ、レイはゲンドウに向けて口を開く。

 

「碇司令。食事、楽しいですか?」

「……ああ」

「今度また、食事会、しませんか。碇くんと。皆と」

「……いや、そんな時間は————」

「じゃあ父さん、次の使徒を倒したら、祝勝会っていうのは?」

「碇司令、どうですか?」

「……わかった」

 

 そう告げたゲンドウの言葉の裏には、葛藤があり、そして同時に隠し難い郷愁の念がある。

 

 碇ゲンドウにとっての幸福の象徴は、碇ユイをおいて他にはなく。しかし、この場にいる彼の息子と娘には、そのユイの気配が色濃く残る。

 

 ならば、その幸福で妥協してはいけないのか? そう考えるゲンドウが思考の片隅に居るのも、また事実。

 

 だが。碇ゲンドウという男はとうの昔に覚悟も決意も終えている。故にその目的遂行の念は、決して揺るがない。

 

 ……しかし。

 

 いずれ崩れ去る仮初だとしても、碇ゲンドウは確かに、この食事会に微かな幸福を感じているのだった。

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