旧世紀エヴァンゲリオン   作:黒山羊

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破-13

 使徒が来ないからと言って、エヴァパイロットがNERVに出勤しなくて良いのかといえば、当然そんなはずもなく。

 

 シンジ達はシンクロテストや健康チェックの為に、放課後になれば一度はNERVに出勤することが義務付けられていた。

 

 そんなわけで、本日のメニューはテスト用のプラグを用いたシンクロテストなのだが————リツコを悩ませるのは、パイロット達の試験結果だ。

 

「擬似シンクロテスト開始。……零号機、シンクロ率98.42%、2号機、シンクロ率99.98%、いずれも精神汚染濃度、計測されず。————すごい結果ですね、先輩」

「そうね。……共同生活による精神的充足や心理的安定性だけでは説明の付かない高レベルのシンクロ率……エヴァの運用上は有難いことだけれど、こうも原因不明だと研究者としては頭を抱えたくなるわね」

「この前の第八使徒戦からさらに上振れしてますもんね……やっぱり、シンジ君の影響なんでしょうか?」

「状況証拠だけで決めつけるのは良くないわよマヤ。とはいえ、その仮説を否定する方が難しいのだけれど。————それで、原因と思しき初号機パイロットの様子は?」

 

 そうリツコが話を振った事で、別枠扱いで試験されている碇シンジの様子がモニターへと表示され、現場センサーと同期した各種表示盤が一気にメチャクチャな値を表示し始める。

 

「えーっと……シンクロ率、2007.91%、精神汚染濃度のグラフは逆位相に大きく振れてマイナス98です」

「パイロットがエヴァ側を精神汚染しているなんて想定外にも程があるわね……いちおう聞いておくけど初号機の様子は?」

「電源を放電して停止プラグを打ち込んでありますが、原因不明の起動中。暴走は無し。————擬似シンクロ試験用エントリープラグはこの実験場内にしか接続されていないはずなんですが……」

「まぁ、パイロットに呼応してテレポートするぐらいだもの。遠隔起動ぐらいはするわよね、当然。それで、MAGIによる分析は?」

「全会一致で『もしかして:計器の故障』とのことです」

「エラーメッセージじゃない。……無理もないけれど」

 

 そう言って大きくため息を吐くリツコが見つめる先のシンジは、プラグに乗り込んだ瞬間プラグ深度がフリーフォール並みの速度で降下するというアクシデントや鳴り響くアラームと警告表示を意にも介さず、その瞳を青く燃やして虹色のATフィールドのオーラを纏っている。

 

「シンジ君のATフィールド、パターンは?」

「パターンオレンジ、分析不能です。ただ、波形自体は初号機と酷似していますが」

「変化なしね……やはり初号機との一次的接触が影響を及ぼしたと見るべきかしら」

「ヒトとエヴァの融合ですか」

「エヴァの呪縛という領域すら超えて、エヴァと同化した存在……或いは、彼の存在そのものが、レイやアスカのシンクロ率向上の原因かもしれないわね」

 

 そう言って、リツコはコーヒーを啜って苦笑した。

 

「シンジくんの事、好きでしょう? あの子達」

「成程! シンジ君はエヴァでもあるのでその好意が間接的に……?」

「ふふ、ごめんなさいねマヤ。忘れて頂戴。何の根拠もない与太話よ」

 

 誤魔化すようにそう告げるリツコだが、彼女自身、今閃いた仮説を真の意味では否定しきれない本心がある。

 

 結局、全ての測定が完了し、パイロットの3人に「もう上がって良いわよ」と伝えた後でも、その思考が消えない程に、彼女の心には妙な疑念が残ってしまったのだった。

 

 

 * * * * * *

 

 

「あぁ〜退屈ぅ。使徒が来ないとチェックばっか! まいっちんぐね」

「まいっちんぐ、ってマチコ先生だっけ?」

「何よそれ? コレって日本の方言じゃないの?」

「あー……なんというか。日本の古いアニメの名台詞的な? ……誰から聞いたの?」

「ミサトが言ってたわね」

「ミサトさんが生まれる前の作品だった気がするんだけど……父さん世代なんじゃないかな?」

「マジ?」

 

 アスカのひょんなセリフから始まった、取り止めのない雑談。

 

 実験後の休憩時間を利用してNERVのカフェテリアで休んでいたパイロット3人組の会話は、次第に在らぬ方向へと逸れていく。

 

「え、じゃああれは? 『月に代わってお仕置きよ』ってのも慣用句とかじゃないわけ?」

「それもアニメのセリフ。そっちはミサトさんはモロに世代だと思うよ」

「アンタ詳しいわねシンジ。……レイはなんかそういうの聞いたことないわけ?」

「『ちょっち』……葛城一佐はよく言うけど、方言じゃない気がする」

「あー……たしかに。んー、こうして考えるとミサトって案外お————」

 

「誰がオバサンですって?」

 

「————こちゃま、ってミサト居たの!?」

「居たわよ。……というかオバサンじゃなかったにしてもお子ちゃまってそれはそれで失礼しちゃうわね」

「だってアニメのセリフ真似とか幼児語とかさぁ」

「うぐ……口癖は人それぞれでしょ。————まぁ良いわ。退屈してるみたいだし、ちょっち手伝ってもらおうかしら」

「露骨に誤魔化したわね……で、手伝いって?」

「戦闘訓練。シンジ君の生身での戦闘力と初号機の異常な出力が関係してんじゃないかって仮説が作戦課の方で出てるのよね。その実証よ!」

 

 そう言ってミサトは『碇シンジ検証計画』と題された書類の表紙を見せつける。

 

 が、流石にアスカが如何に天才美少女軍人であったとしても、書類の表紙だけで内容が判るはずもない。

 

「つまり?」

「検証にあたって、シンジ君のスパーリング相手は多い方が良いってわけ。アスカ、お願い出来る?」

「ふぅん。私は良いわよ?」

「あの、僕が良くないんですけど?」

「シンジ君は測定対象なので葛城一佐として参加を命じます」

「そんなぁ」

「良いでしょ、特訓よ特訓。ほら色んな特訓をすれば魔球大リーグボールみたいな必殺技が思いつくかもしんないじゃない」

「巨人の星かぁ……父さんが星一徹ぐらい素直で柔軟な思考なら良かったんですけどね」

 

 そう言って苦笑するシンジに対し、ミサトの反応もまた、引き攣った苦笑いだ。

 

「……間接的に酷いこと言うわねシンジ君」

「……アスカ」

「何よ、レイ」

「言ってる意味、わかる?」

「全然」

 

 付いていけない、とばかりにヤレヤレと首を振り「お子ちゃまでもオバサンでもないとしたらオタクね」と言い捨てるアスカと、首を傾げているレイ。その言いっぷりにジト目で拗ねるミサトと、それを宥めるシンジ。

 

 どうにも締まらない雰囲気だが、気さくな会話ができるとはいえミサトは上官。その命令に従うべく、シンジ達はミサトの案内に従って訓練室へと移動するのであった。

 

 

 * * * * * *

 

 

 そして現在。

 

 シンジはアスカから猛烈なアタックを受けていた。

 

「ちぇちゃああッッ!」

 

 ラッシュにラッシュを重ねるような、流れるような猛攻撃。軍隊格闘技というよりはストリートファイトめいているその攻撃に対するシンジは防戦一方。

 

 アスカのしなやかな脚が鞭のようにしなり、アスカの華奢な腕が唸りを上げて叩き込まれるその中で、シンジはその攻撃を捌き続けているのである。

 

 これは何も、シンジがヘタレているだとか、消極的だとかそういうわけではない。

 

 現に先程の「普通のスパーリング」では、アスカの蹴り足を掴んでその勢いを合気道の要領で受け流しつつ攻撃に変換し、アスカを派手にぶん投げているのだ。

 

 もちろん、見た目は派手でも受け身をとりやすいように配慮はしてあったのでアスカは今ラッシュを叩き込める程度には元気で怪我もない。

 

 だが、その程度の反撃すら行わない現在の状況は、作為的なもの。

 

「日向君、シンジ君の脳波や脈拍は?」

「ん〜。擬似的に『追い詰められている状況』を再現してるはずなんですが、静かなもんですね」

「そ。————2人とも一旦ストップ! アスカ! 交代しましょ!」

 

 そう告げて、いつもの赤いジャケットを脱いで黒いハイネックのタイトワンピース姿となったミサトがグリグリと肩を回せば、返ってくるのはシンジの悲鳴だ。

 

「げぇ! ミサトさんもやるんですか!?」

「なによ、アスカの相手は良くて私の相手は嫌なわけ? ……ふふ〜ん?」

「いや、ミサト。変な邪推してるけど純粋にアンタが強いから嫌がってんのよコイツ」

「そう? ……まぁそれなら、実験主旨的にも私がやった方がよさそうね。シンジ君は引き続き反撃禁止。追い詰められた際のデータを取るのが目的だから、全力で防御して頂戴」

「……はぁい」

「嫌そうな顔しないの! じゃあ行くわよ!」

 

 そう告げて、アスカとバトンタッチしたミサト。その攻撃は、シンジが恐れた通り、アスカより『恐ろしい』攻撃に満ちた破茶滅茶なものだ。

 

 金的、サミング、地獄突き、頭突き、肋骨折り、鎖骨折り、鼓膜破り、顔面への肘打ち、こめかみへの膝蹴り。

 

 完全に殺意に溢れすぎているその戦闘術はガチガチの殺人殺法であり、軍隊格闘技にしても異常なほどに攻撃的なもの。

 

 その怒涛の攻撃とそこに乗った『殺意』に対して必死に対応するシンジは、ATフィールドを解禁してまで全力で身を守り、暴力の化身となったミサトから生き延びようと意識を集中する。

 

「————そこまで! データ取得できました!」

 

 そう告げる日向マコトの声でピタリと停止するあたり、ミサトの主観としては決して本気で殺しにかかっては居ないのだろう。

 

 だが、シンジは先程のアスカとの戦いとは比べ物にならない程に汗をかいており、観戦していたアスカとレイも、冷や汗をかいて無意識に生唾を飲み込む程に、ミサトとシンジの間に僅かな時間発生した『死合』は恐ろしいものだった。

 

「ミサトさん、殺す気ですか……?」

「んーにゃ、寸止めする気だったわよ? でもまあ、使徒って殺気は無いから、怖いって意味じゃあ今の方が怖かったんじゃない?」

「一瞬ミサトさんが嫌いになりそうでしたよ」

「げ。それは悲しいわね。……でもシンジ君。この『悪意』や『殺意』を経験しとくのは、戦っていくなら必要よ。もちろんアスカやレイもね。徒手空拳や拳銃使うような距離の実戦じゃ、目的のためなら殺人も厭わないような『漆黒の意志』がものを言うんだから」

「……それはまぁ、確かに。得難い経験かもしれないですね」

「でしょ〜? で、大リーグボールは閃いたかしら?」

「そのネタまだ擦るんですか?」

「ありゃ。面白くなかった?」

 

 そう告げてヘラヘラと笑うミサトは、先程までの鬼神か何かのような女性と同一人物とは思えないいつものミサト。

 

 だが、その中にしっかりと『軍人であり殺戮者としての葛城一佐』が居るという事実を見せつけられた事で、シンジ達の中でミサトに対する評価はちょっぴりと上方修正されたのであった。

 

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