「第3次冷却、終了」
「フライホイール、回転停止。接続を解除」
「補助電圧に問題なし」
「停止信号プラグ、排出終了」
「了解、エントリープラグ挿入。脊髄連動システムを解放、接続準備」
「探査針、打ち込み完了」
「精神汚染計測値は基準範囲内。プラス02から、マイナス05を維持」
「インテリア、固定終了」
「了解。第一次コンタクト」
エヴァンゲリオン初号機の起動に向けてオペレーター達の声が飛び交う発令所。シンジへの説明を速やかに終えたリツコは、彼が乗るエントリープラグが無事エヴァへと挿入された事を確認して指示を出す。
「エントリープラグ、注水」
その声と共にエントリープラグ内を満たすのは、オレンジ色のLCL。
同時にモニターへと映るのは、事前に説明されていたことで全く驚く様子のないシンジ少年の姿だ。
『ごぽっ……わ、本当に息ができる。凄い』
「いや、説明しておいてなんだけど、なんの躊躇いもなく肺にLCLを取り込むあなたの方が凄いわよ?」
『そうですか?』
そんな余裕のある会話を交わす2人の影響か、発令所内にも何処か余裕を持った空気が生まれており、オペレーター達は落ち着きつつも迅速に、起動準備を続行する。
「第2次コンタクトに入ります。インターフェイスを接続。A10神経接続、異常なし」
「L.C.L.転化状態は正常」
「思考形態は、日本語を基礎原則としてフィックス。初期コンタクト、全て問題なし」
「コミュニケーション回線、開きます。ルート1405まで、オールクリア」
だが、そんな順調な中で、戸惑いの声を上げたのが、リツコの副官である伊吹マヤだった。
「シナプス計測、シンクロ率……えっ」
「どうしたの、マヤ」
「あっ、いえ、すみません先輩。シンクロ率……シンクロ率、102.6%です」
「えっ」
マヤからの報告に、今度は逆に戸惑ってしまうリツコ。初起動とは思えぬ尋常ではないシンクロ率は、シンジ少年の凄まじい適性の現れと言える。
「……プラグスーツの補助があるとはいえ、凄いわね」
「はい。……ハーモニクス、すべて正常値。暴走、ありません」
シークエンスの中で少々驚嘆すべき事態は発生したものの問題なく起動したエヴァンゲリオン。それを確認したリツコが「行けるわ」と声を上げると同時、作戦課長であるミサトは技術局からの引き継ぎを受け、作戦課のスタッフ達へと指示を飛ばす。
「発進準備!」
「了解、発進準備! 第1ロックボルト、外せ!」
「アンビリカルブリッジ移動開始!」
「第1拘束具除去! 同じく、第2拘束具を除去!」
「第1番から15番までの安全装置を解除」
「解除確認。現在初号機の状態はフリー!」
「内部電源、充電完了。外部電源接続に異常なし!」
いよいよ、完全起動するエヴァンゲリオン。その目に輝きを灯した紫の巨人は、暴走することもなく、リフトに乗せられた状態で射出口まで輸送されていく。
それを確認したミサトは、今一度、発令所の上方に座す総司令碇ゲンドウへと確認を取る。
「かまいませんね?」
「勿論だ。使徒を倒さぬ限り我々に未来はない」
そう答えるゲンドウに「碇、本当にこれで良いんだな」と副司令の冬月が念を押すが、その問いへの返答は首肯であった。
それを受け、モニターへと振り返ったミサトは、発令所全域に向けて指示を飛ばす。
「エヴァンゲリオン初号機、発進!」
* * * * * *
————発進というか、これは発射では?
凄まじいGと共に急上昇していく視界の中で、シンジ少年にはそんなツッコミを内心で入れるほどの余裕があった。
エヴァンゲリオン初号機。父と母が生み出した、人類の希望。それに乗る事に何の躊躇いもなく、またこの機体に全幅の信頼を置いているシンジのシンクロ率がバカ高いのは、ある意味で当然と言えるだろう。
そして、その冷静さと高いシンクロ率故に、勢いよく夕暮れの街へと飛び出した初号機は特に問題なくリフトオフされ、感触を確かめるように拳を数度握ると、しっかりとした足取りで歩き始める。
そのあまりにも自然な行動に一瞬ぽけーっとしていた発令所が「動いた! それも完璧に!」と盛り上がったのはいうまでもない。
起動率0.000000001%の超兵器が完全に目覚めたのだ。無理もない事だろう。
その一方で、102.6%という極めて高いシンクロ率を叩き出したシンジ少年もまた、思うがままに動くエヴァンゲリオンという機体に改めて感嘆し、更なる信頼を抱いた事で、シンクロ率が105.8%まで微増している。
明晰な頭脳を持つとはいえ彼も少年。巨大なロボットの操縦には憧れるものがあるのだ。テンションが上がったとも言えるだろう。
しかし、それでも彼は冷静だった。
「それでミサトさん。目標は何処に?」
『現在、ここ第3新東京市に向けて進行を再開しているわ。到着まで後10分。ルートは今日の私たちと同じ。山越えね』
「なるほど。……武器は?」
『一応、肩のウェポンラックにナイフがあるわ。それと、武装を内包したコンテナビルの位置をマップに出すわね。……ただ、NERVが予想している以上に、使徒の防御力は高かった。あのATフィールドがある限り、武器の類は役に立たないわ』
「……りっちゃんの話だと、エヴァンゲリオンが持つATフィールドで使徒のATフィールドを中和すれば良いんでしたよね。……わかりました。とりあえず、ナイフを使ってみます。いきなり銃は使えませんし」
そう告げて、肩のウェポンラックから肉厚のナイフを取り出したシンジ少年はそれを軽く振り回して感触を確かめると共に、使徒の来るであろう方向を見据えて、初号機を移動させ始める。
あまりにも手慣れたその動作に対し、ミサトはここである決断を下した。
『シンジ君、喧嘩に自信はある?』
「んー、ミサトさんにはボコボコにされるかも? でも一応、ボクシングとレスリングと空手と柔道なら多少は」
『改めて聞くと凄いわね。……では、基本的に戦闘が開始してからはシンジ君の判断に任せます。今回は近接格闘戦になるわ。指示を聞いてから行動してちゃ間に合わないもの』
「なるほど。じゃあ、ミサトさんはセコンドみたいな感じですかね?」
『ええ。試合が始まるまではみっちり作戦会議するわよ! ……目標到達までは後7分。進路はマップに映っている通りね。これを迎撃するなら、まずシンジ君はどうする?』
「んー、とりあえず、山際で迎え撃ちたいですね。街で迎え撃ったら後に引こうにも引く場所がないですし————って、ミサトさん!」
『何、どうしたのシンジくん!?』
「あそこの物陰、女の子が!」
そう告げるシンジが視線を向ける先にいるのは怯えて立ちすくむ1人の少女。小学校低学年ほどに見える彼女は、ビルの隙間にあるゴミ箱の影から、怯えた様子でエヴァを窺い見ていた。
『民間人ですって!? 保安部は何をしてんのよ!?』
「言ってる場合じゃないですよ! どうしますかミサトさん、個人的にはエヴァに緊急収容するのが一番だと思うんですけど」
『……シェルターまで輸送するんじゃダメかしら』
「誰がどうやってです?」
『それは、そうよね。……リツコ! エヴァって相乗りは』
『基本的には非推奨よ。シンクロ率が保証できないもの。……でも、シンジ君なら別ね。仮にその子の影響でシンクロ率が半減しても、50%。エヴァの起動水準を容易に上回るわ』
『……仕方ないか。シンジくん、回収を許可します! 1分以内に回収して! プラグの一時的な露出手順は————』
「さっき覚えました! 行ってきます!」
そう言って、まるで使い慣れた様にインテリアのスイッチを操作してプラグを排出したシンジは、少女を救うべく、夕闇の迫る街へと飛び出したのであった。