「お互いえらい目に遭ったわね」
「そうね。仮設ドックが地上だったのが幸いしたわ。爆発の威力が殆ど上空に逃げたもの。地下だったら今頃私もミサトもお陀仏ね」
NERVのカフェテリアでそんな会話を交わすのは、先日エヴァ3号機が使徒に乗っ取られた際に発生した爆発事故から奇跡的に生還したミサトとリツコ。
ミサトは左手の骨折。リツコは幸いにも全身の軽い打ち身と擦り傷で済んでは居るのだが、どちらもまだ包帯が取れない状態だ。
それでもお仕事は待ってくれないのが、管理職の辛いところである。
流石に殆どの事務処理は気を利かせた部下たちがやってくれているものの、確認署名と承認印だけはミサト達がやるしかないのである。
「碇司令は何やってんのかしらね。こんな時ぐらい承認作業を代わってくれても良いんじゃない?」
「3号機の事故の関係でアメリカNERVに出張らしいわ」
「それなら仕方ない、か」
そんなぼやきと共にペラペラポンポンカキカキと確認、捺印、署名を繰り返す2人は、愚痴の矛先が不在という事で、今まさに確認している今回の事故に関する報告書の話題へと話を切り替える。
「……それにしても、アスカが助かって良かった」
「……助かったと言えるのかしら? シンジ君に次ぐ2人目の超人。エヴァと人の合いの子になってしまったのよ?」
そう告げるリツコの表情は、少しばかり暗い。碇シンジと式波アスカの両名は、生還後にありとあらゆる検査を受け、その肉体の変質を調査された。
その結果確認されたのは、アスカも以前のシンジ同様にエヴァと融合してしまっているという事実だ。
「でも、パターン青は検出されなかったんでしょ?」
「ええ。全く。エヴァの波形パターンとアスカの波形パターンが同時に検出されているだけよ。……これもシンジ君と同じね」
「なら、やっぱり助かったんじゃないの?」
そう努めて明るく問うミサトに対し、リツコの反応は微妙なもの。
「あなたは楽観主義過ぎるのよミサト。……遺伝子が半分エヴァだからヒトの子は産めない、成長もしないし老化もしない。肉体強度はヒトを越えたエヴァのもの。パンチ力75t、キック力90t、垂直跳び35m、100メートルを2秒で走る異常な身体能力……普通の女の子として暮らすのは無理よ」
「ん? なんか、この前聞いたシンジ君のスペックより高くない?」
「はぁ……そこなの? シンジ君の方が1.3倍以上速いから単純比較は出来ないと思うのだけれど。まぁ格闘能力の高さは軍人ゆえでしょうね」
「なるほどね。……で、リツコはアスカが心配みたいだけど、私は大丈夫だと思うわよ?」
そう言ってニコリと微笑むミサトは、リツコからは自身の発言を心から信じているように見えてしまう。故にリツコは、こう問わざるを得なかった。
「……何故?」
「シンジ君がいるもの。世界に一人きりなら悲劇だけれど、世界に2人きりならロマンスじゃない? それに彼となら案外子供だって出来るかもよ?」
「……一考の余地はあるわね。記録を見る限り、シンジ君のATフィールド、アスカのATフィールドを素通ししてしまう様だし」
「愛し合う2人に心の壁は無いってワケね……意外とエヴァってお見合いに使えるんじゃない?」
「……ミサト、悪いことは言わないわ。頭のCTとMRIを撮り直しましょう?」
「ちょっち待って? 今のそこまでスベった?」
そんな掛け合いと共に、クスクスと笑うミサト達。死地で命を拾った彼女達は、敢えて明るく言葉を交わし、未来をより明るい方向へ進ませるべく、自らの勤めをきっちりとこなしていくのであった。
* * * * * *
一方その頃。一路アメリカに飛んだゲンドウと冬月は、3号機の格納庫などのあらゆる施設の全数検査に立ち会うという地味ながら大変に面倒臭い監査を終え、アメリカ支部にも設けられている総司令室でモノリスの群れに囲まれていた。
『碇。流石にアレは計画に無いぞ』
『貴様の差し金……ではない様だな。貴様がそこまで表情に出すとは珍しい』
『となれば、アレは初号機パイロットの資質ゆえか。……更迭は出来ないのかね?』
『もはや不可能だ。第3の少年と第2の少女は現し身であるエヴァンゲリオンを介し、イマジナリー・エヴァンゲリオンに接続している』
『……インパクトを経る事なく、ヒトのままヒトを超える……リリスとの契約には無い事態だな』
『加えて初号機は自らを媒体に槍の模造物を生み出した』
『初号機を基点とした不測の事態が多すぎる』
『……碇、忘れるなよ。我々の計画は遂行されねばならん』
「承知しております」
『ならば良い。しかし、我らの目的は真のエヴァたる6号機とリリスの復活によるサードインパクト。もはや現状の選ばれし少年少女はこの計画への障害と見做すべきだろう』
『差し当たっては2号機の凍結を継続し、第2の少女の介入を抑制する方向で進めてくれ、碇』
「はい。……7号機以降の計画は?」
『サードインパクトまでに運用するのは5号機まで、というのが当初の計画だったが、やむを得まい。計画の前倒しをすべきだろう』
『真のエヴァンゲリオンたる6号機、量産を志向した7号機の初期ロット分についてはそれぞれタブハベースとカルヴァリーベースで建造済みだ』
『だが前倒しと言ってもな。当初の計画ではサードの贄には第十一使徒を用いる予定だったが……第十使徒を使うのか?』
『死海文書に記されし、最強の拒絶タイプか。贄にしては些か歯応えがありすぎるのではないか……?』
「それに関しては、初号機パイロットに対応させましょう。トドメのみをさらう形で6号機を介入させれば、円滑に事は進むはずです」
『……良いだろう。もしもの際は計画通り第十一使徒を使う手もある。碇、君の手腕に今一度任せるとしよう』
「はい。全てはゼーレのシナリオ通りに」
そう答えて、怪しくサングラスを光らせるゲンドウの表情は、何かの覚悟を決めたかの様な、固く険しいものだった。