旧世紀エヴァンゲリオン   作:黒山羊

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破-21

「あ゛ぁ〜」

「ちょっとアスカ。だらしないよ?」

「良いでしょ別に。アンタとレイ以外誰も居ないんだし。……というか、プライベートな空間がウリの露天風呂付き客室なのに、アンタだけなんでわざわざタオル巻いてるわけ? それにこっち見ないし」

「見れるわけないだろッ!?」

「ふぅ〜ん? レイ、シンジのやつアタシ達のこと見たくないんだって」

「そうなの? どうして? 嫌いなの?」

「違うんだ綾波さん、誤解なんだ」

「そうなの?」

「じゃあこっち向きなさいよシンジ」

「ひぃん……」

 

 

 そんな愉快な会話を交わすのは、約束の通り温泉旅館へとやってきた碇シンジ様御一行。

 

 そして、その状況を説明するならば、客室内についた露天風呂での混浴中。

 

 この状況に至るまでに既に様々なすったもんだが繰り返されているのだが、それでもなおグイグイと止まぬアスカからの猛攻は、あの無敵のヒーローである碇シンジ少年を、すっかり追い詰めてしまっている。

 

 湯船の隅っこにタオルを装備して入浴し、頑なに外の景色を楽しもうとしているシンジ少年に対し、アスカとレイは一糸纏わぬ姿で伸び伸びと入浴しており、どちらが優勢なのかはその姿だけでもよくわかる。

 

 だが、もはや捕食者と化したアスカは、追い詰められたシンジ少年にスルスルと近寄ると、その背中にぴったりと身を寄せて、自身の魅力的な肢体を押し当てた。

 

「あ、アスカさん……? 近いですよ……?」

「ねぇシンジ?」

「ひゃいッ」

「此処って温泉で、客室風呂は混浴よね?」

「ソウデスネ」

「なら、アンタの方がマナー違反なのは分かってるわよね?」

「ゾンジテオリマス……」

「レイもアタシも、ちゃぁんと『湯船にタオルをつけないでください』って注意書きを守ってるわけよ。ならアンタだけ特別ってのは通らなくない?」

「オッシャルトオリデス」

「なら脱いだ脱いだっ!」

「きゃああっ!?!!?」

「何よその絹を裂くような悲鳴。乙女じゃあるまいし。————ふぅん? でも、無敵のシンジ様も結構ちゃんとオトコノコじゃない」

「ミナイデ」

「ダメよ。悔しいならアタシ達を存分に眺めりゃおあいこでしょうが」

(ぴえん)……」

 

 哀れ最後の鎧すらも理論武装と純粋な膂力差で奪われて、素っ裸に剥かれたシンジ少年。

 

 そんな彼が小さくなって震える姿は何やら痛ましいが、彼自身、現在の状況では世界の誰もシンジの味方をしてくれないだろうと内心では理解している。

 

『据え膳食わぬは男の恥』という慣用句があるように、女性からの熱心なアプローチを袖にするのはあまり褒められた行いではないが故だ。

 

 ましてや、相手は超絶美少女。シンジ少年が『この状況が辛い』と相談したとて、世の男の九十九割は『お前を————殺す』と殺害宣言を返してくるに違いない。さりとて女性に相談したとて、恋に燃える少女であるアスカの味方に付くのは明白。

 

 まさに孤立無縁の四面楚歌。抜山蓋世の覇気を誇る碇シンジ少年も、こうなってはもはや終わりである。

 

 そして、深く長い葛藤の末、どうにか、アスカに向き合ったシンジ少年は————。

 

 

 ————文字通り一瞬で茹で蛸のように赤くなり、鼻血を噴いて湯船に沈んだのであった。

 

 

 * * * * * *

 

 

「アンタ、何食ったらあんなギャグ漫画みたいな反応出来るわけ?」

「ごめん……」

 

 それからしばらく。

 

 レイとアスカに救出され、浴衣を着付けられてベッドに寝かされているシンジ少年に対し、同じ浴衣に身を包んだアスカは、苦笑と共に不満を述べていた。

 

 なお、レイは気を利かせて旅館の売店までアイスを調達に出ており、今はアスカとシンジの2人きりである。

 

「女の子から言い寄られる度に鼻血噴くってガラでもないでしょうに」

「長風呂しすぎたのもあるかな……」

「その程度でどうこうなる身体じゃないでしょうがアタシもアンタも」

「それはそうなんだけど……心臓がフルパワーで収縮して鼻の奥の血管が耐えれなかったのかも」

「ふぅん? そんなにドキッとしたわけ?」

「……したよ、そりゃ。というかアスカこそどうしたんだよ急にさ。こんな事するガラじゃないのに」

「そりゃアタシは、アンタが好きなんだからアプローチや色仕掛けぐらいするでしょ。使えるものは何だって使うのが勝利の近道よ!」

「だからって————待って、今なんて? 

「アタシはアンタが好きって言ったのよ、バカシンジ」

 

 そう言って、シンジを見つめるアスカの頬は赤く、しかしその目は真剣で。

 

 その青く輝く瞳に射抜かれたシンジは、何も言えなくなって、ただゴクリと生唾を飲む音だけが、あまりに広い客室に響く。

 

 見つめ合う2人の瞳は物理的に仄かに輝き、互いがもはや人類の枠を外れているのだと告げている。そしてその瞳を持つが故に、シンジとアスカは互いのATフィールドが反発する事なく中和し合い、溶け合っていることを認識出来てしまうのだ。

 

 それを自覚してしまえば、もはや建前は意味を為さない。

 

 アスカの告白に対し、シンジはゆっくりと息を整えて、努めて誠実に、言葉を返すのみだ。

 

「……アスカ。僕も君が好きだよ。だけど、好きだからこそ、手順を踏みたい。いきなり裸でってのはやっぱり、違うと思うから、だからその————」

 

 だが、そんな彼に対し、捕食者と化したアスカは容赦が無かった。

 

「ふぅん? 裸のアタシをプラグの中であんなに情熱的に抱きしめた癖に?」

「それは不可抗力でしょ!?!!?」

「それにしては潰れちゃいそうなぐらい熱烈に抱かれたんだけど?」

「あれは感極まって、それで、その————」

「……アタシを助けられてそんなに嬉しかった?」

「————うん」

「なら、アンタがちゃんとアタシを助けられたんだって、もう一回よく確かめときなさい」

 

 そう告げて、シンジにギュッと抱きつくアスカ。

 

 浴衣越しに伝わるその柔らかな身体の感触にしばし硬直するシンジだが、彼もやがてアスカの背に手を回すと、己が助けた少女の無事を確かめるように、その身を抱き竦める。

 

 そして、そんなシンジ少年は、小さく嗚咽を漏らし、まるで『自分が救われた側』かのように、アスカの耳元で「ありがとう」と幾度となく呟いて、彼女の柔らかな髪に顔を(うず)めた。

 

 愛し合う2人の少年少女の、穏やかな心の交流。しばし日常から離れた旅館という環境がそうさせたのか、いつになく素直な2人は、互いの温もりをより深く感じようとギュッと身を寄せ合い————。

 

「アスカ、碇君が泣いてる」

 

 ————ひっそりと帰ってきていたレイの声に2人まとめて飛び上がって、盛大にベッドから転げ落ちるのであった。

 

 

 * * * * * *

 

 

「お尻、ジンジンする……」

「ごめんね綾波さん……」

 

 アスカが預けたシンジの財布でアイスを買ってくるという任務を無事に果たしたレイの、サプライズな帰還から少し後。

 

 レイにびっくりしたシンジとアスカにびっくりしたレイが尻餅をついてお尻を痛める、というもはやギャグでしかない現象を反省した3人は、浮かれた頭を冷やすべく、仲良く高級アイスを頬張っていた。

 

「……それにしても、改めてアスカが助かって良かったよ」

「助かってよかった、ってアンタが助けたんでしょうが。なんで他人事なのよこのバカ」

「ごめん」

「……私もアスカが助かって嬉しい。……私は間に合わなかったから」

「————ありがとね、レイ。あと、ワープしてきたシンジがおかしいだけで、あのあとすぐに現場まで走ってきたアンタの零号機も十分以上に早かったわよ?」

「でも……」

 

 どことなく『しょぼん』とした顔のレイ。そんな彼女の全身を「可愛い奴め」とワシャワシャ撫で回すアスカ。そんなアスカにされるがままのレイの姿は、なんとも微笑ましい眺めではある。

 

 だがやはり、問題なのは格好だ。

 

「ちょっ、アスカ、浴衣ではしゃいだら肌蹴————!?」

「あ、ごめんねレイ。帯取れたわ」

「アスカのも取れてる」

 

 再び露わになるアスカの肢体に、悩殺されたシンジは慌てて鼻の頭を押さえるが、先程止まったはずの鼻血は無情にも再発し、シンジは再びティッシュを抱えるハメになる。

 

 そんな彼に対し、何処か満足げなアスカは、レイの着付け直しを手伝いながら、彼女の耳元へと囁いた。

 

「シンジの奴、明らかにアタシの裸の方が反応良いわね」

「……そうなの?」

「そうなの。……でも、レイの事は『妹』みたいに考えてるんでしょうけど、それだけであそこまで反応鈍るもんなのかしら? 今もチラッとアタシの胸見せただけでああなってんのに」

 

 そう疑問を覚えるアスカだが、その真相が『レイがユイのクローン故にシンジはその裸体を幼少期から見慣れすぎている』せいだとは、流石に思い当たらない。

 

 そして、その真相を知る由もないのはレイも同じだ。

 

「わからない。裸を見ると男の子は血が出るの?」

「女の子の裸を見たら暴走すんのよ、男ってのは。だからレイも好きな人以外に見せちゃダメよ」

「うん。アスカと碇君だけにする」

「なんかそれはそれで勘違いしてそうだけど、とりあえずそれで良いわ。————よし、しっかり結べたわよ」

 

 そう言ってレイの背中をポンポンと叩くアスカはふと、レイをじっと見つめて言葉を紡ぐ。

 

「アンタがシンジの妹なら、私にとっても妹になるのかな……?」

「アスカがお姉さん……?」

「なんか良いわねそれ。ふふふっ」

 

 にへら、と笑うアスカと、それに首を傾げるレイ。シンジほどではないがアスカ自身も相当に『のぼせて』いるこの小旅行は、その後数々のハプニングを生み出すのだが————それはまた、別の話だ。


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