いつも通りの日常を過ごす筈だった少女はその日、不幸にも人生最大の恐怖を味わうことになっていた。
鈴原サクラ、7歳。兄と父、そして祖父と暮らしているごく普通の小学2年生。
そんな彼女の不幸は、特別非常事態宣言の混乱の中、兄と逸れ、街に取り残されてしまったことだった。
その挙句、居住用ビルが格納されてしまったことで家に帰ることすら出来ず、彼女は様変わりした第3新東京市の街の中で迷子になってしまったのである。
鳴り響くサイレン、遠くで響いた恐ろしい爆発音、それらから身を隠し、ビルのそばで膝を抱えるうちに、死を覚悟し始めた夕暮れ。
人生最悪の日を泣きじゃくって過ごす彼女が感じたのは、地面の激しい振動だ。
ズシン、ズシン。
ズシン。
徐々に近づくその音と揺れに、ひっそりとビルの谷間から身を乗り出したサクラが目にしたものは、緑の輝きを帯びて夕闇に立つ、紫色の巨大ロボット。
クラスの男の子たちが休み時間に話している様な、スーパーロボットが、そこにいたのだ。
そして、そのロボットは一瞬停止した後に、なんとサクラの目の前で跪いたのである。
思わず呆然とする彼女の意識を現実に戻したのは、バシュン! と響く機械音。そして、ヒュルル、と風を切るワイヤーの音。それに気づいた時には、もう目の前に『彼』がいた。
「もう大丈夫、助けに来たからね!」
そう告げてサクラを片手で抱き抱え、颯爽とワイヤーを巻き上げるそのヒーローの横顔は、女の子みたいに綺麗で、しかしその腕は彼女の兄以上に逞しい。
そしてあれよと言う間に彼に連れられてカプセルの様なコックピットにまでやってきた彼女に対し、彼は優しくこう告げた。
「この中には魔法の水が入っているから、水の中でも息ができる。溺れないから大丈夫だよ」
その言葉の意味はよくわからなかったサクラだが、彼に連れられるがままにコックピットに飛び込んでしまえば、その意味は嫌でもわかった。
だが、少しとはいえ説明があったせいか、サクラの心は恐怖よりもむしろ歓喜に包まれた。
————本当にヒーローが来たんだ!
そう感じさせてくれる程に、ロボットのコックピットの中は魔法めいていて、凄すぎて、それを操縦するお兄さんの姿は、今まで見たどんな人よりカッコよかった。
だから、サクラはどうしても、彼に言いたくなったのだ。
「あの、ホンマに、ホンマありがとうございます! 私サクラって言います! あの、お兄さんは————」
「僕は、エヴァンゲリオン初号機パイロット、碇シンジ。……サクラちゃん、僕はこれから、怪獣と闘わなきゃいけない。ちょっとだけ大変だけど、一緒に闘ってくれるかな?」
そう声を返してニコリと微笑むそのお兄さんにサクラはこの瞬間、どうしようも無く惹かれてしまったのだった。
* * * * * *
「ミサトさん、回収完了しました。サクラちゃんというそうです」
『40秒で回収完了、上々ね! ……その子の身柄は保安部に照合させるわ。リツコ! シンクロ率は!?』
『シンクロ率67.4%、予想よりマシね。これなら動作には問題ないわ。それに、今その女の子の脳波を解析してスクリーニング中よ。戦闘までにはもう少し改善できそうね』
『了解! シンジくん、40秒分、取り返せそう?』
「僕、結構足は速い方なんです」
『じゃあいっちょ、その速さを見せちゃって頂戴! シンジくんがいない間に、一番山際の電源ビルとその周辺の電源ビルを割り出しといたわ!』
「そこまでプラグを抜いて全力疾走、ですね。————1分は巻き返します」
そう告げた直後、サクラを回収するために跪いていたエヴァがそのまま尻を上げ、クラウチングスタートの要領で、飛ぶ様に前へと踏み込んだ。
特筆すべきは、その踏み込みの瞬間。スターティングブロックの様にエヴァの足裏へと展開された虹色の輝きは、踏み込みと同時に霧散したものの、確かにATフィールドのそれだった。
「ゼァッ!!!」
そんな光の巨人めいた裂帛の気合と共に踏み込んだエヴァは、瞬時に音速の壁をブチ破り、衝撃波を残して第3新東京市の郊外へ向けて爆進する。
ビルをハードルの様に飛び越え、マッハコーンを形成して山間へと直走る初号機。その進路の先に山を越えて現れたのは、第4の使徒。
その登場を戦闘開始と判断したシンジは、敢えて電源ビルではなく使徒へと向けて更に踏み込み、本格的に音を置き去りにして、断熱圧縮から赤熱し始めた空気の壁をそのまま使徒へと叩きつける様にして、
そしてそのまま使徒を踏み付ける形で衝撃を殺した初号機は、バック宙からのバク転を決めて電源ビルへと舞い戻り、吹き飛ばされた使徒を睨みつけながら片手で手早くプラグを接続した。
『やっるぅ! シンジ君、2分短縮よ! そのままやっちゃって!』
「了解!」
見事な不意打ちを決めた初号機。守るべき
「————此処から先に進むなら、僕の屍を越えて往け!」
そう啖呵を切りながらナイフを構えるシンジと、山にめり込んだ身体を起こしつつ立ち上がる第4の使徒。
日没と共に闘いの火蓋が切られ、人類の存亡を賭けた生存闘争の舞台が幕を開ける。
その乗機の名に相応しい『福音』を人類にもたらすべく、若きヒーローは巨大な敵へと飛びかかっていくのだった。