綾波レイの意識は、気付けば廃墟の様な古い施設の中にいた。
NERV地下の旧ゲヒルン施設。そこで生まれたレイの身体は、そこでしか生きられない。
クローン技術に問題があった、訳ではない。そもそもNERVのクローン技術に問題があるのならば、式波タイプ124号こと『式波・アスカ・ラングレー』も同様の問題を抱えているはずだ。そしてきっと、真希波・マリ・イラストリアスも同様だろう。
レイの抱える最大の問題は、人並み以上に薄弱な魂と人並み以上に問題の多い元々の肉体構成。
綾波ユイの魂の複製品を、綾波ユイを取り込んだ初号機からサルベージされたエヴァでもヒトでもない肉体に詰め込んだ上で、更にクローン培養したものがレイなのだ。
レイが持つもので唯一まともな要素は、リリスの末裔として与えられた知恵の実ぐらいのものだろう。
だがそれも最早、過去の話。知恵の実は使徒に奪われ、そのオマケの様に使徒に取り込まれてしまったレイの魂は、あまりに出力が異なる使徒の魂に引かれ、その重力から逃れようと全力で抗ってみても地球に囚われた月の様に、周囲をグルグルと振り回されるばかり。
その事実をあらためて噛み締めれば、懐かしき地下研究所の虚像は砕け散り、無限の暗黒の中にあまりに小さなレイの魂とあまりにも巨大な使徒の魂が浮かぶ、魂の座へとレイの視界は切り替わる。
だが、そんな中。凄まじい輝きを伴って、レイの元へと飛翔する魂が2つ。
『————レイ!』
『————綾波さん!』
『……アスカ? 碇くん?』
それは、レイにとって初めての家族である、大切な2人。使徒の胎の中にまで、レイを救いに来てくれた、愛すべき者たち。
しかしレイはその輝きに、もはや肉体を失った身でありながら、胸の締め付けられる様な思いを抱いてしまう。
『来てはダメ。私はもう、ここでしか生きられないもの』
エヴァを失い、自身の身体も失い、魂だけの存在となった上にその魂も薄弱。
綾波レイは、完全に詰んでいる。その事実を最もよく理解している
そもそもアスカが救出された時とは、あまりに状況が異なるのだ。
そう。重要なのはエヴァの有無。
乗っ取られたとはいえ健在だった3号機に比べて、零号機は喰われて跡形もなく消化されており、もはやこの世に存在しないのだ。
だが、シンジとてそれは承知の上。その上で
『————綾波さん! 諦めちゃダメだ! 手はある!』
『えっ』
悲しみに暮れるばかりのレイの心にとって驚くべきそのセリフ。考えられる限りの手段を考えて、それでも何も思いつかないが故に落ち込んでいたレイにとって、
そして、続けて彼の口から放たれたその『手段』は間違いなくレイには想像もつかないものだった。
『欠けた魂の救済、人類補完計画、福音たるエヴァンゲリオン、すなわち————』
タメるような暫しの間。その間にアスカとシンジの魂は更に輝きを増してレイの魂へと接近し、レイは先程までの悲しみも吹っ飛ぶほどのその輝きと凄まじい引力に魂を引かれながら、ちょっぴり『なんだか雲行きが怪しいぞ』と思い始める。
そして実際、シンジが提示した解決方法は、正気とは思えないものだった。
『————三つの心を一つに重ねる!』
『レイ! アタシ達にシンクロしなさい!』
『えっ。……えっ?』
困惑するレイだが、もはや2人の魂は太陽どころかベテルギウスもかくやというほどに輝きながら巨大化しており、その超重力にレイだけでなく使徒の魂すらも引き摺り込まれそうな勢いだ。
要するに、いくら困惑しても、もはやレイはどうしようもない。
そして、そんなレイの困惑を『思考回路を白紙化』する事で逆に落ち着かせるほどの、究極的に意味不明な咆哮が、シンジとアスカから放たれる。
『『つまり! ————合体だッッ!』』
直後、いよいよブラックホールめいてきたその魂の重力によってレイの魂は2人の魂へと堕ちていき、使徒の魂もベリベリとその表層から削り取られるように飲み込んで、アスカとシンジの巨星の如き魂とレイの魂、そして完全に巻き込まれた使徒の魂が融合する。
そしてそれは当然ながら、エヴァ初号機と3号機、そして使徒とそこに融合した零号機の融合をも意味していた。
使徒の身体の内側、そこにある魂の座において発生した無茶と馬鹿と理不尽と阿呆が総動員したその現象の後、その場に残るのは、一つとなった余りにも巨大な魂。
三つの知恵の実と一つの生命の実を内に取り込んだ余りにも『異常』なその状況は、現実世界にすら影響を及ぼしながら、その輝きを際限なく増していく。
そんな中、レイの意識は、先程までとは打って変わって、強い安心感に包まれていた。
力強い魂の拍動。愛する家族と真の意味で『一つとなった』安心感。そして何より、重なり合ったが故に、シンジやアスカと視座を共有し、エヴァと真に一体化した彼女は、ある種の『悟り』めいた感覚に包まれていた。
そしてそれは、シンジやアスカにとっても同じ事。
『そうか————パイロットとエヴァの関係はすごく簡単な事なんだ』
『エヴァのもとの形……生命以前のもの……』
『そう————これが
三者三様に悟りと覚醒を経た彼らの魂は際限なくその輝きを増し、共鳴する三つの知恵の実は使徒から奪い取った生命の実から無限のエネルギーを引きずり出して、精神世界から現実世界へと干渉を開始する。
それは世界に、真の意味での『救世主』が産まれ落ちようとする前兆であった。
* * * * * *
「一体、何が起こってるのかにゃあ……?」
2号機のコックピット内でそんなつぶやきを漏らすのは、シンジ達の行動に何一つ付いて行けていない真希波マリ。
シンジが剣を突き刺した直後、初号機を飲み込むように第十使徒の身体が変形し、今は繭のような卵の様な純白の球体へと成り果てて、その内側から鼓動のように輝きを透かしている。
そんな意味不明な状況は彼女にとってどうしようもなく、それ故に彼女は彼女に出来る最大の行動として、その卵を守護するように、胴体のみとなったMark.06を睨み続ける。
その手にあるのは、初号機がMark.06の腕を切り飛ばした事で地に落ちた赤い槍。神殺しの槍、ロンギヌス。
油断なくそれを構える2号機の眼前でやはりというべきか再起動を果たしたMark.06は、その四肢を再生させると、ジオフロントでも見せた瞬間移動によって沈黙するリリスの元へと転移し、そこに突き刺さる槍を抜いて2号機へと切りかかる。
「クッソ理不尽! ワープとかテレポートなんてエヴァの機能としてあって良いの!?」
「これはエヴァの機能ではなく僕の権能だよ。……そして、君では僕には勝てない」
「まぁテレポートは出来ないけど————何とかなるかもしんないじゃん!」
そう吼えて、Mark.06の繰り出す槍を槍で受け止めつつ、そのまま顔面に噛み付く2号機の在り方は、正しく獣。だが、そんな彼女に対し、Mark.06を駆る少年は静かに、しかし無情に告げる。
「いやどうにもならない。君は選択を誤ったからね」
「どういう————しまったッ!?」
そう。マリは選択を誤った。
————その槍は、本来手にして戦うべきものでは無い。
「さぁ、リリス。旧き盟約の時だ」
再び立ち上がる白の巨人。膨れ上がるその肉体は、ターミナルドグマを脱出するべく宙に浮かび、メインシャフトを上へ上へと昇って行く。
その事態に気を取られた2号機へと突き立つのは、Mark.06の赤い槍。その瞬間に完全に機能を停止した2号機の手から取り落とされたもう一本の赤い槍を拾い上げたMark.06は、リリスの後を追い飛翔する。
リリスの覚醒、Mark.06によるサードインパクトの発動。
ゼーレが描いた人類補完の為のシナリオが、まさに今、結実しようとしていた。
昨日でユイさんの享年と同い年になってしまいました。