「ミサト、それマジで言ってるわけ?」
そんなアスカの声が響いたのは、エヴァンゲリオンV3の仮設格納庫。
サードインパクトが齎した大災厄から数日。避難民を掻き集めつつ、崩れた路線を仮設建築で無理やり繋ぎながらえっちらおっちらと山を越えてNERV松代基地だった場所にまでやってきたNERV残党部隊の一行は、地下壕を仮の避難所とする事で、どうにか生き永らえていた。
そんなギリギリの状況で下された出撃命令に、アスカが怪訝な顔をするのも当然だろう。
だが、それを告げたミサトは
「マジよ。私たちはこれからNERVユーロ支部、ベタニアベースを占拠しに向かいます」
「正気とは思えないわね。そもそも避難民はどうすんのよ、エヴァのATフィールドがなきゃ即死でしょうが」
「それに関しては、リツコがどうにかしてくれたわ。脱出時に持ち出したエヴァの予備パーツとダミープラグで、ATフィールドを展開するためだけのエヴァもどきを作ったの」
「ふぅん? アテになるの? 電源は?」
「太陽光発電と灯油発電機でどうにかこうにかって感じよ。メンテナンスはマヤちゃんが担当。アスカとレイ、そして私たちが帰って来るまでの時間なら充分に持つわ」
「いや、1番の問題はそこなんだけど。————リツコとミサトと加持さんもエヴァに乗っけろって言われても、何処に乗せるってのよ」
そう呆れた声を漏らすアスカの視線の先には、プラグスーツを着たミサトと加持、そして恥ずかしいのかプラグスーツの上に白衣を羽織ったリツコが居る。
その中で、アスカの問いに答えたのはリツコだった。
「シンジくん用のプラグ挿入口に、シンクロ機能を完全に排除した搭乗用のエントリープラグを挿入して、ね。インテリアを3つ積んで余計な電装を外しただけの特急工事品。乗り心地はパイロット次第ね」
「で、そのパイロットは?」
「レイとアスカ」
「————コネメガネとストーカーホモは?」
「マリは自称『渚カヲル』、第五の少年の監視。一応、シンジくん考案のDSSチョーカーの試作品をこれでもかって具合につけてるから大丈夫なはずだけど」
「……ふぅん。まぁ、状況はわかったわ。で、作戦は?」
そう問いかけるアスカと、ずっとこの場にいるにも関わらず、相変わらず無口なレイ。そんな2人のパイロットに向けて告げられたのは、作戦とも呼べないような、ぶっつけ本番の塊であった。
* * * * * *
「流石に揺れるなぁ!」
『走ってんだから当たり前じゃない』
「いや、そりゃもちろんそうなんだが! ————おおっと!?」
そんな声と共に、目を丸くして冷や汗をかくのは、エヴァンゲリオンV3に急遽設けられた客席に乗り込んだ加持リョウジ。
戦闘機のパイロットもお手のものな筈の加持がそんな表情になるのは、それほどにエヴァV3の挙動が滅茶苦茶だからだ。
ミサトが打ち出した『北極に向け5700kmをとにかく北に直進する』という馬鹿げた計画。
その過程で当然のように存在するのが日本海な訳だが————エヴァV3はマッハ10という馬鹿げた速さで走行する事で、その無茶を可能にしていた。
とはいえ、レイとアスカは涼しい顔。
それもそのはず。エヴァV3の合体の際にシンジ、アスカ、レイの3名の身体能力は統合強化され、彼女たちは100mを1.5秒弱で駆け抜けることが出来るばかりか、そのままの速度でどこまでも走って行けるのである。
現在のエヴァV3の走行は単純にそんな彼女達の疾走を身長80mのエヴァンゲリオンの縮尺で行なっているだけの話であり、彼女達の視点では大した問題ではないのだ。
『それより加持さん、あんまり喋ってると舌噛むわよ!』
「もう噛んだ!」
『……葛城一佐と赤城博士は大丈夫?』
「アタシは平気よ、ありがとね、レイ」
『ちょっとミサト、リツコは?』
「乗る前に酔い止め飲んで、舌噛まないようにマウスピース嵌めてたけど、気絶中」
『……大丈夫なんでしょうね?』
「脈もあるし、起こすよりは寝かせといてあげたほうがいいわ。起きてもどうせ気絶するもの」
あっけらかんとそう言ってのけるミサトは、加持より随分余裕があるようで、涼しい顔で腕時計を見て『作戦開始から5分、このまま順調にいけばあと1分でロシアね』などと述べている。
どうせ生き残りなど居ないのだからと盛大にかっ飛ばすエヴァについてこれているあたり、ミサトが15年遅く生まれていれば、エヴァに乗っていたのかもしれない。
そんなIFを空想する余裕すらあるアスカとレイは、しかしその余裕ある時間も海上を突破するまでなのだろうなと、持ち前の超感覚で理解する。
踏み締める大地の音。打ち砕かれる瓦礫の音。踏み躙られる人類史の断末魔。
地響きと共にロシア南部の海岸に布陣するのは、シンジが山程ブチ殺した筈の髑髏頭の戦闘員、エヴァンゲリオンMark.07。
無限増殖機能でもあるのか、と思ってしまうほどのその大群。
ダミープラグを刺された髑髏頭の機体たちが方陣を敷き、ビルの残骸を積み上げてバリケードを築き、陽電子砲の銃身で槍衾を構築する姿は、地獄を越えた、彼岸の向こうの光景だ。
だが。敵が地獄の軍団だとしても、此方は一騎当千のパイロット2名が乗る、エヴァンゲリオンV3。
相互にシンクロする少女達の肉体から迸る虹色のATフィールドのオーラは、溶け合い、混ざり合い、練り上げられて、機体性能を加算でも乗算でもなく累乗で引き上げる。
一騎当千の一騎当千乗、すなわち10の3000乗。この世全ての原子が敵となっても鏖殺できるその性能は、まさに無敵のスーパーロボットと呼ぶに相応しい。
だが。エヴァンゲリオンが元来この世のものではない以上、彼我の戦力差は量を質で補うにはいささか多い。
だがそれはあくまで、『クソ真面目に正面切って殴り掛かった場合』だ。
「お邪魔虫がウジャウジャキモイっての! ————行くわよレイ!」
「わかった。アスカに合わせる」
直後、海面を一際強く蹴り付けての大跳躍。
加持が歯を食い縛り、ミサトも目を見開く見事な走り高跳びを決めたエヴァV3は、上空で両の手を何かを掴むように向かい合わせ、その中央へとATフィールドを凄まじい密度で圧縮する。
地べたを這う有象無象が仰ぎ見るその先で、エヴァンゲリオンV3の両の手に握られたのは、太陽光の如く眩い光球。
それに対して陽電子砲で迎撃を試みるMark.07の軍勢だが、可視光を放つほどにエネルギーを高められたATフィールドの奔流を前に、携行式の陽電子砲では些かの痛痒も与える事など出来はしない。
「「ハァァ゛ァ゛ア゛ア゛ッ゛ッ゛!!!!」」
そして、あらゆる抵抗を圧し潰すレイとアスカの咆哮と共に、投射されたその光球はエヴァンゲリオンV3の制御を離れたことでその内に宿したエネルギーにより急激に膨張し、超高温による青白い閃光がモニター越しにミサト達の目を眩ませる。
ちらつく視界。轟音にキンキンと痛む耳。
その全てが収まった頃には、もはや地上にあるのは馬鹿でかいクレーターがただ一つ。
うまくその爆風を受けて北に向けてカッ飛ぶV3は、首元の白い光の翼を勢いよく噴射し、うまく体勢を整えると着地の衝撃すらも踏み切りの勢いに変えて、再び疾走を開始する。
「
「……エヴァンゲリオンV3、シンジくんのいう神にも悪魔にもなれる力。……この機体とあの子達が人類の味方でいてくれて良かった」
そう呟くミサトが見つめる先。サードインパクトの影響なのか、あの日から徐々に肥大化している月。そこに吹き飛ばされた碇シンジ少年は、普通ならば死んでいる筈だ。
だが。
「月なら普通の光学望遠鏡でもそこそこ観測できるからなぁ。月面の不可解な爆発、謎のビーム、立ち昇る光の十字架……シンジくんが向こうでドンパチやってるのは間違いないと思うんだが」
「それを迎えに行くための北極遠征なんでしょ、加持」
「ああそうだ。————ベタニアベースで進行していた『マルドゥック計画』。その成果物は、完成直前で計画自体が頓挫したことで、今も施設最奥で眠り続けている。
『
「お、じゃあ奪取記念にアスカが改名するか?」
『任せなさい、とびきりカッコ良い名前にしてやるんだから。そうね……Excelion。決めたわ、ぶんどったらそいつの名前は、エクセリヲンよ!』
「エクセル? 帳簿つけるやつの?」
『ミサトのバカ、ExcellentのExcelよ!』
「じゃあ-ionはどっから来たんだ?」
『そりゃEVANGELIONからよ。エクセレントなエヴァンゲリオン。あと指輪物語の超強いエルフの名前をもじった感じ?』
「アスカ、本とか読むのね」
『あのねミサト、アタシ大学出てるの! その言種はないでしょ!?』
「ごみんごみん————ま、それじゃ名前は決まりね。目的地まであと15分。アスカのエクセリヲンを迎えに行きましょ!」
『誤魔化されないわよ?』
そんな会話と共に
白い光のマフラーを棚引かせて駆けるその先には、エヴァの超視力により、封印柱に囲まれたベタニアベースが見え始めていた。