碇シンジの駆る初号機と、第4の使徒の戦い。
その結末を一言で語るのならば、一方的な蹂躙であった。
そもそも、出会い頭のドロップキックの時点で傾いていた天秤がその後の初号機の猛攻により、根本からへし折れる程に傾いてしまったのである。
まず、起き攻めとして放たれたのは、痛烈なニードロップ。そしてそのままマウントを取った初号機に対し、使徒もその両腕のパイルで抵抗を試みるが、そもそもマウントを取られている時点で腕先のパイルなど当たるはずもない。容易く腕を掴まれ、握り砕かれて無効化されてしまう。
そこに畳み掛けるのは、体重を乗せたパンチの雨霰。
ATフィールドを容易く引き裂かれてタコ殴りに遭い、頼みの綱の光線を発射できる仮面はナイフを叩き込まれて粉砕され、ひたすらボコボコに叩きのめされる第4の使徒の在り様は、もはや無惨というほかない。
だが、使徒を評価するのならば、最期に一矢報いるべく、初号機に飛びつき自爆を試みた点は、特筆に値する行いだろう。
しかし。
十字架状の火柱が消えたその先に居たのは、無傷で仁王立ちするエヴァンゲリオン。
一方的という言葉すら生温いその一戦はNERVの面々に大いなる希望をもたらし、エヴァとシンジは人類を救う崇高な使命を担う汎用人型決戦兵器の名に相応しい盛大なデビュー戦を飾ったのであった。
* * * * * *
「知らない天井だ……。カバラの生命の木? ゲヒルン時代にこんなのあったっけ? 父さんの趣味なの?」
「……いや」
そんな会話(?)が交わされているのは、NERV総司令であるゲンドウの執務室。
そこに設けられた長机の端同士に座るシンジとゲンドウは、約束の通り遅めの夕食を摂っていた。
メニューは分厚いビフテキをメインに据えた洋食系ディナー。黙々と食べるゲンドウに対し、シンジが話しかけるという歪な晩餐会だが、2人とも完璧なテーブルマナーで食を進めているところはよく似ている。
そんな中、珍しくゲンドウから言葉を投げたのは、ある意味当然の疑問についてだった。
「お前は何故エヴァに乗る、シンジ」
そう問いかけるゲンドウの心にあるのは、猜疑心と最愛の妻の血をあまりに濃く継いでいる息子への少しの心配。
突然呼び出された挙句エヴァに乗せられて戦わされるという一連の流れは、一応ゲンドウの知る常識では『酷い扱い』のはずである。だが、シンジは進んで戦いの場に躍り出た。
何故?
そう一度悩んでしまえば、元々猜疑心の強いゲンドウは、疑問の無限ループに陥ってしまうのだ。
もちろん、シンジがそんな父の心情を察しているのは言うまでもない。故に彼は、優しく微笑んで答えを返す。
「母さんと約束したからね」
「ユイと?」
「うん。『この先何が起こっても、世界中の人達の幸せをあなたが守るのよ』って」
その言葉は、ゲンドウの知らないユイの言葉。だが、シンジの声色から嘘を言っていない事を理解したゲンドウは、僅かに目を見開いて、シンジを見つめる。
「お前はそれでいいのか」
「僕はその為に生まれてきたんだよ、父さん」
「そうか」
そう言って、僅かに目を伏せるゲンドウの内心は、複雑に渦巻いて葛藤している。
だが、それでも。ゲンドウは彼自身の願いの為に、決意を既に固めた身だ。さりとて、シンジもまた託された願いの為に生きてきたと語る1人の男。
————いつか、対峙する日が来る。
互いに、言葉を越えた親子の感覚でそう確信したシンジとゲンドウだが、今はまだ、その時ではない。
「ところで父さん、サラダも食べないと太るよ?」
「ああ……」
今はまだ、家族の夕食の時間だった。
* * * * * *
そして、翌日。一応まだ警戒態勢のNERVの中、事務手続きのアレコレを済ませて独身者向けのアパートメントに引っ越しを済ませたシンジは、ミサトに連れられてジオフロント内の病院へとやって来ていた。
「紹介したい子がいるのよね。可愛い子だからシンジ君も気にいるわよ!」
「というと?」
「綾波レイ。シンジ君の同僚でエヴァ零号機のパイロットよ。今はちょっと、事故の怪我で寝込んでるけど」
「綾波レイ……」
「やっほ、レイ、元気してた?」
病室のベッドで上体を起こし読書に耽っていたレイにそう問いかけるミサトは、気楽そうな雰囲気。それを察知しているが故に『悪意はないんだろう』と判じているシンジだが、苗字も名前も外見も母そっくりな少女というのは、中々に刺激的な存在に過ぎる。
————父さんは何を考えてるんだ?
そう思案してみても、答えを得るには確証が足りなさすぎる。
故にシンジは、まずはレイと話をする事を選んだ。
「あなた、誰?」
「僕は碇シンジ。碇ゲンドウの息子でエヴァ初号機のパイロット。よろしくね」
「よろしく」
塩対応、というよりは元々情緒が希薄そうなその対応。しかし、そんな言葉とは裏腹に、彼女のちょっとした身振りは、割とシンジに興味深々なのだと示している。
内心は可愛らしいのに表面が無味乾燥としているその雰囲気に、シンジは非常に
「綾波さん、って呼んでも良いかな」
「構わないわ」
「ありがとう。……綾波さん、好きな食べ物はある?」
「……肉は嫌い」
「そっか。じゃあ何か甘いものでも今度持ってくるよ」
「また来るの? どうして?」
「今日はお見舞いを持ってこれなかったからね」
「そう」
そう言って再び本に視線を戻すレイ。そうして話は終わり、と態度で伝えている彼女の病室を辞した後、その姿にミサトは「ごめんねシンジ君。ちょっと変わった子なの」と苦しいフォローを挟むが、シンジからすればゲンドウよりは余程素直な子と言える。
「そんなことはないですよミサトさん」
そう言ってからふと閃いたシンジは、「でも、申し訳ないと思っているのならお見舞い品を見繕うのは手伝ってくださいね」とミサトに告げて、悪戯っぽく笑うのであった。