使徒襲来からしばらくが経ち、特別非常事態宣言も無事解除され、第3新東京市で中学校が再開された朝のこと。
第3新東京市立第壱中学校2年A組に転校することとなったシンジは、転校生特有のチヤホヤ扱い——顔が良すぎるという原因もかなりあるが——を受けて過ごしていた所、ジャージとメガネの男子生徒コンビに声をかけられた。
「おう、面貸せや転校生」
「トウジ、言い方がカツアゲっぽいぞソレ」
「な!? ちがわい! 話があるんじゃ話が」
などと騒がしい彼らに悪意の様なものは感じなかったシンジ少年は、おさげの委員長が心配する中で、彼らに校舎裏へと連れ込まれたのである。
そして、現在。シンジ少年はジャージ姿の少年、鈴原トウジに土下座されていた。
「転校生、ワシはおまえに謝らなアカン、謝らな気が済まんのや」
「いやいやいや、初対面だよね!? えっと、トウジくんだっけ、人違いなんじゃないかな」
「んー、いや、ソレなんだけどさ、碇。……君、ロボットのパイロットなんだろ?」
そうメガネの少年が告げるのを聞いた瞬間の、シンジの動きは早かった。
目にも止まらぬ動きでメガネ男子こと相田ケンスケの背後に回り込み、彼の両手を後ろ手に捻り上げて親指を極めたのだ。
「いだだだだだッ!?」
「何処から情報を手に入れたの?」
「ちょ、ケンスケ!? 誤解や、誤解なんや碇さん! ちょい待ってくれ! こいつの親父さんNERVの事務方なんや! 多分それで知っとるだけや!」
「……そういうことか。……本当にミサトさんの言う通り保安部は何してるんだか。……でもねケンスケくん? あんまり吹聴するのは良くないなぁ」
「痛い痛い痛い! ギブ! もうしないってば! ごめんごめんごめん! ア゛ッ————!?」
両手は解放されたものの、アイアンクローに移行されたケンスケは、そのままこめかみをぐりぐりと拳で捻るなどの折檻をシンジに受け、割と冗談抜きで半泣きになったあたりで漸く解放される。
「僕も一応、肩書きの上では軍属だからね。ケンスケ君への仕打ちは謝らないよ。半分スパイだしソレ」
そう告げて、ヤレヤレと溜息を吐くシンジは「本当なら即座に射殺なんだけどね」などと物騒な事を口に出す。
だが実際、少年兵が普通に存在するセカンドインパクト後の世界では、子供であろうがスパイなら相応の扱いを受けるのだ。
それに、セカンドインパクト以前から、アメリカ、ロシア、中国などの覇権国家では軍事スパイは死刑である。
鉄拳制裁で済めば御の字というシンジの弁は全く間違っていないのだ。
「で、出来心だったんだってば……」
「出来心でも罪は罪だよ。既に保安部には連絡してあるから、君のお父さん諸共、後でガッツリ怒られると思う」
「マジかよ!?」
「マジだね。……で、ケンスケ君はまぁ自分の罪を噛み締めて貰うとして、トウジ君はどういう事情があるんだって?」
「ワシは、ワシは、サクラの兄貴なんや。『ごっつい男前の碇さんに助けて貰ったんや』いうて妹から聞いて名前を知っとってな。それで、礼を言いたかったっちゅうか、謝りたかったっちゅうか……」
「……なるほど。でも、サクラちゃんを助けたのは当然の事だから、改まって僕にお礼を言わなくても。それに謝るならNERVの方でしょ。アレはうちの保安部が悪いし」
「それでも、ワシが、サクラをもっとよう見とったら、そうしたらと思うたらどうしてもな……やっぱり、助けてもろうた碇さんには礼を言わなあかんと思うたんや」
そう言って再び頭を下げるトウジ少年に対し、シンジは少し考えた後、肩をポンと叩き、手を差し出して彼を引き上げるように立ち上がらせる。
それと同時に、シンジはトウジへと向けて、囁くようにこう告げるのだった。
「僕に恩があるって言うなら、そんな君を男と見込んでお願いがあるんだ」
「ワシに出来ることやったらなんでもするで!」
「ありがとう。……それで、僕の頼みっていうのは、誰かがサクラちゃんの様にはぐれたり、命の危険に遭わないように、もしもの時はみんなをシェルターに連れて行ってほしいって事なんだ。————戦場からみんなを逃してくれれば、怪物は僕が引き受ける。頼んだよ、トウジ君」
そう告げて、笑顔と共に差し出されるシンジの手。その握手に応じたトウジの手をグッと握るシンジの手は、その華奢な見た目に反して、大きく力強いものの様にトウジには感じられた。
そして、そのままの流れで、シンジは頭を抱えてうずくまっていたケンスケにも手を差し出して引き起こし、声をかける。
「反省はしたかな、ケンスケ君? ……君は軍に憧れがあるんだろうけど、軍ってのはさっきの僕みたいに規律に厳しいものだ。もし君が、本当の意味で憧れているのなら。軍人らしく規律に忠実であって欲しい。……そうすればまぁ、少しぐらいは面白い世間話はしてあげられるかもね?」
「……わかったよ」
「それなら結構」
そう告げて、シンジはケンスケに悪戯っぽく笑いかける。
「ところで、保安部にさっき連絡したのは流石に嘘だよ」
「え!? じゃあ俺、説教回避……?」
「まぁ、僕は24時間保安部に監視されてるけど」
「結局伝わってるのかよぉ!?」
「まぁ正直僕がパイロットって事ぐらいはそんなに機密性高くないから、お父さんの説教で済むとは思うけど。これ以上踏み込んだらマジで消されるかも……」
「もうやらないってば!」
そう叫ぶケンスケの声が校舎裏に響き、そんなケンスケにトウジが「ホンマにもうやらんほうがええぞケンスケ。ウチのサクラも一歩間違えたら死んどったんや。ワシらが首突っ込んだら死んでまうで」と説き伏せる。
そんな会話にシンジも「まぁ機密にならない範囲なら、土産話ぐらいは僕もしてあげるしさ」とフォローする形で混ざり、やがてあれこれと話すうちに打ち解けた3人は、中学生男子相応の適応力で、下校の頃にはすっかり友人同士になっていたのであった。
* * * * * *
そんな楽しい中学校デビューを終えた午後。シンジの姿は、NERVの保有するエヴァの模擬体の中にあった。
『良い? シンジ君。使徒には、必ずコアと呼ばれる部位があります。その破壊が、使徒を物理的に殲滅できる唯一の手段なの。ですからそこを狙い、目標をセンターに入れてスイッチ』
そうガイダンスするリツコの声に合わせて仮想標的として視界に映るポリゴン製の使徒のコアを的確に撃ち抜いていくシンジ。
だがその作業を行う傍ら、彼は割とガッツリ文句を述べていた。
「んー、りっちゃん、これ、ただの射撃ゲームになってるぐらいなら射撃場で生身で特訓した方が有意義なんじゃ……? まぁエヴァへの思考のフィードバックとかをついでに計測するならそうもいかないのはわかるけど、敵が妙に弱いし……」
『まぁそこは訓練ソフトのデバッグをやらされているとでも思ってくれれば良いわ、あなたの場合。……で、敵が弱いというのは?』
「国連軍と使徒との戦闘について資料を見たけど、あれを見る限り、使徒は自分の身体を効率よく作り替えるのに長けているよね。だから人形ばっかり練習するのは違うかなって。猛獣のデータでも入力した方がいいんじゃない? コアの位置もランダムにしてさ」
『言うは易し、行うは難しよシンジ君』
「んー、僕がプログラマとして助っ人に入るっていうのは?」
『魅力的な提案だけどあなたは訓練が仕事。とはいえ改善はしておくわ。……確かに、使徒が都合良くヒト型だとは限らないものね』
「お手数お掛けします。お礼にこれが済んだらコーヒー淹れるよ」
『あら、私コーヒーにはうるさいわよ?』
「京大時代から行きつけの自家焙煎喫茶店の豆を買い込んであるから」
『それは興味深いわね』
そんな会話を交わしつつ、標的を瞬殺し続けるシンジと、彼から得られるデータをマヤと共に整理していくリツコ。
その後結局、コーヒーを淹れた後、自身の使用感を元にプログラミングの手伝いもこなしたシンジが帰宅したのは、リツコやマヤたちと同じ22時過ぎの事となるのであった。