「碇君。エヴァンゲリオン初号機、少々『うまく運用しすぎ』ではないかね?」
「左様。死海文書に記された筋書きに比べていかんせん圧倒的に勝ち過ぎているのでは?」
暗闇の中、碇ゲンドウを取り囲む様に空中に投影されたモノリスから放たれる、難癖じみた叱責。それに対して、ゲンドウは動じる事なく反駁する。
「使徒殲滅に問題はありません。全てはゼーレのシナリオ通りに」
「ああ、碇の言う通り、大枠では規定通りだ。……しかし碇、初号機のみでの使徒殲滅に支障がないのであれば、貴様の言う零号機の凍結解除の必要性は低いのではないか?」
ゲンドウの発言に対して、そう述べるのは『01』のナンバリングがなされたモノリス。
そのモノリスが問う内容は、ゲンドウから上げられた稟議書に関する内容であった。
「初号機が第3の少年によって安定駆動しているのは事実です。しかし、冗長性は必要です。零号機の凍結解除については御理解頂きたい」
「しかしだね……」
「初号機の実戦配備に続き、2号機と付属パイロットも、ドイツにて実証評価試験中です。しかしながら3号機は目下建造中ですので、それまでの繋ぎはやはり必要かと思いますが」
「まぁ、良かろう。NERVとエヴァの適切な運用は君の責務だ。くれぐれも失望させぬように頼むよ」
そう言い残して消えていくモノリス達に対し、ゲンドウはサングラスを妖しく輝かせて、再び強調する様に言葉を紡ぐ。
「分かっております。全てはゼーレのシナリオ通りに」
* * * * * *
「綾波さん、もうギプスは良いの?」
「ええ」
「じゃあお弁当もそろそろ————」
「必要」
「————そう? じゃあもう暫く作って来るよ」
「……のう委員長。あれは付き合っとらんのか?」
「……なんで私に聞くのよ鈴原」
「ワシに乙女心は分からんのやなぁとこの数週間で死ぬほど思い知ったからやな」
「……私にもわかんないわよそんなの」
「そうかぁ。ほなどうしようもないなぁ」
「……それより鈴原、今日もちょっとお弁当作り過ぎちゃったんだけど」
「なんやまたかいな。委員長最近どうしたんや、しんどいんか?」
「そう言うわけじゃないんだけど、ついうっかりっていうか? ま、まぁ理由なんて良いじゃない、今日も手伝って欲しいってだけよ!」
「しゃあないな……まぁワシからしたら美味い弁当食えるんは万々歳やけど、委員長ホンマにメシ代は要らんのか? タダは流石に……」
「良いの!」
「……ハァ。俺からみたらトウジと委員長が付き合ってないのも謎なんだけどな……」
「な、なに言ってるのよ相田君!?」
「そ、そうやぞケンスケ、なんで委員長がワシなんかと……!」
お昼休みの2-Aで繰り広げられる、いつもの一幕。シンジがレイに弁当を渡して、委員長ことヒカリがレイの食事を手伝うという習慣は、いつしかシンジ、レイ、ヒカリ、トウジ、そしてケンスケの5人で食事を共にする集まりと化していた。
そして、その中で意外にも急接近したトウジと委員長の関係は、シンジとケンスケが生暖かく見守るほどに初々しい。
「まぁケンスケの言うのも分かるけどね。お互いに意地を張らなくなるまでは見守ってあげる方がいいんじゃないかな」
「そろそろ俺は口から砂糖吐きそうだよ」
「相田君、砂糖を出せるの?」
「綾波さん、ケンスケが言ってるのは暗喩だよ。『2人の間に流れる甘い雰囲気に胸焼けがしそうだ』って意味」
「そうなの?」
「おいそこ3人、聞こえとるぞ」
照れ照れと赤くなるヒカリ、同じく赤いが妹の影響か耐性がついて来たらしく文句を言うトウジ、それに苦笑するシンジ。
そんなお決まりのやりとりも、食事を始めてしまえば次第に雑談へと移行する。
「そういえば、この前の非常事態宣言の時はやっぱり碇が戦ったのか?」
「まぁそうだね。綾波さんはまだ怪我もあった上に、専用機もまだ修理中だし、僕が倒した感じかな」
「相変わらずセンセが強いんはワシらにはありがたいこっちゃな。……しかし、そうなると綾波もそのうち戦いに行くんか?」
「命令が出ればそうなるわ」
「そうかぁ……なんややっぱり、センセらばっかりに戦わせて自分はシェルターに隠れとるっちゅうんは嫌になるわ、ホンマに」
「そうよね……綾波さん、本当に気をつけてね?」
「いざとなったら戦略的撤退って手もあるんだぞ、綾波」
「……ありがとう」
そう言って、微かに微笑むレイの表情は、以前よりはずっと柔らかい。そんな彼女やトウジ達を優しい目で見つめるシンジは、同級生というよりは保護者のような雰囲気を醸し出している。
あまり近しくない生徒たちからはそれは大人っぽさとして映るが、トウジやケンスケ、ヒカリなど近しいものが感じてしまうのは、碇シンジというヒーローが背負う孤独だった。もちろんそれ以上に親しみと頼もしさも感じてはいるのだが、彼の目に映る優しい光の底に、孤独の影を見出してしまうのだ。
『自分達は碇シンジに頼っているが、碇シンジは誰に頼るのか?』
そんな漠然とした思いを吐き出すものは居なくとも、3人がシンジやレイの周囲に集まるのは、2人のパイロットが何処か漂わせる『儚さ』がどうしようもなく心配になってしまうからでもあるのだ。
————昼食会が、少しでもヒーロー達の心の癒しとなれば。
そんな潜在的な思いやりは、本人すらも気付かぬような感情。だが、シンジだけは、友人達の僅かなバイタルサインを通じて、その温かい心の温もりを感じ取っている。
「————次も勝たなきゃね」
そう微かに口の中で呟いた独り言を卵焼きと共に飲み込んで、碇シンジはまた一層ヒーローとしての覚悟を決めるのであった。
* * * * * *
「零号機の凍結解除、かぁ。暴走事故を起こしたってのに、ちと性急過ぎない?」
自販機前でコーヒー片手にリツコへとそう問いかけるのは、仕事の息抜きにやってきたミサト。そんな彼女に応えるリツコの手にも缶コーヒーが握られている。
相変わらず休む間のない2人の幹部達は、どうにもコーヒーに頼らねば生きていけない身体になってしまっているのである。……ミサトの場合は、そこに酒も加わるのだが。
だがもちろん、業務中に飲酒するわけもなく、彼女が語るのはあくまで真面目な話題。故にリツコの返答もまた真面目なものだ。
「使徒は再び現れた。戦力の増強は、我々の急務よ」
「そりゃそうだけど。……というか、それで言ったらこの前言ってた武器調達。あれは目処つきそうなの?」
「とりあえず、2号機で実地試験予定の超電磁洋弓銃はこちらでも製造予定ね。要はレールガンだから、今までの火薬式に比べて弾速は桁違いに向上しているはずよ」
「なるほどねぇ。……で、レイの再起動試験の結果は?」
「問題ないわね。シンジ君のお陰かしら。最近あの子、バイタルが安定してきてるから」
「……シンジ君のお弁当だけでそれだけ元気になるってあたり、栄養失調だったんじゃないの?」
「食事は個人の自由だし事情は分からないけれど、あの子のクレジットカードはサプリメントと栄養食の購買履歴だけだったわね」
「そこにシンジ君の美味しいお弁当でやる気も元気もアップ、ってわけね。……なんか、エヴァのパイロットって癖の強い子しかなれないのかしらね」
「それをまとめるのはミサトの仕事。私の仕事は零号機の修復と武器製造。……次が来るまでに、お互い頑張りましょう」
「そうね……使徒は私達の都合なんか、考えてくれないもの」
そう呟いて、缶コーヒーの缶をクシャっと潰したミサトは、それをゴミ箱へと捨てて、一足先に執務室へと戻っていく。
その背中を見つめつつ、自身も飲んでいるコーヒー缶をふと眺めたリツコは、ボソリとツッコミを入れた。
「これ、スチール缶よね?」
どうやら作戦課長殿の書類作業へのストレスと握力は0.2ミリの鋼板を粉砕する程強いらしかった。