幾年、幾星霜を経て
世界は斯くなる形を成した。
五色の龍と五色の世界
空の蒼、海の碧、太陽の白、島の緑、生命の赤。
五匹の竜が形作り、青年が遺した欠片が結んだこの世界。
「……雪の白銀はそこにない
自然とは斯くも美しきかな」
しゃらん、しゃらんと錫杖を鳴らして
黒衣の僧が山嶺を歩く。
雪に靴跡を残しながら進んでいく。
「……」
山の中には命の気配を伺えず、
そこに潜むものはない。
横たわるクシャルダオラの抜け殻に目礼を送って、さらに先へ、先へと進んでいく。
銀の雪山の峰を歩くその間にも轟々と風は鳴り、雪を吹き散らす
視界に舞うこの雪は、果たしていつ降ったのか。
「…………」
僧は言葉もなくさらに進む
草原に出れば草の香りと息づく命が僧を迎え、火山に分け入れば溶岩の熱気と湧き立つガスが僧を追い立てる。
その歩く道筋は揺るぎなく
かつて歩んだ地を進む。
「…………」
かつて夢を描いた少年は敗れ
夢の骸は遥か彼方へ、
友が見れば笑うだろうか。
「あぁ……認めよう」
私は愚かだったのだと、
私は弱かったのだと。
年老いて、痩せ衰えた
独眼隻腕の男は微笑う。
「来たか」
ー鬱蒼たる森に轟く咆哮、その大音声は爆撃の如しー
【飛竜種・轟竜ティガレックス】
その瞳は赤く染まり、尚も爛々と輝いている
その有様を知るにギルドはいらない、
観測も推測も無用、ただ一眼見れば事足りる。
「G級、その中でも特上……いや極上とでも呼ぶか」
その瞳を見たものが民間人ならば、恐怖に身を竦ませて凍りつくか
闇雲に何処かへと駆け出すだろう。
下位のハンターならばその恐ろしさに屈して逃げるか、或いは無謀にも得物を振り翳すかもしれない。
上位のハンターならば実力差を理解して撤退し、
数少ないG級ならば、喉を鳴らして得物を構えるだろう、
そして男の行動は、そのいずれにも当てはまらなかった。
「私には夢はない、未来はない
既に年老いた身である
だがたとえ、夢破れた老兵でも
未来ある、希望ある、夢ある若者を守ることはできる……故に、お前をここで狩る」
G級数人が寄ってたかって叩くのが、最も適切な対処とされるであろうその竜へ
ただ静かに言葉をかけて
同時に右手は腰の刀を引き抜いていた
「グウォォォォォォオッ!』
咆哮するティガレックス、翼膜を広げ、雄叫びを上げてこちらを威嚇する姿はただの獲物に見せるものではない。
その姿勢を取ったということは即ち、相対する者を己を狩るに足る脅威と認識し
互いの間合いは攻撃圏外、ならばまずする事は同じ
威嚇の咆哮をあげたティガレックスに対して男が、いや元G級ハンター 明石魁斗が取った選択はティガレックスと全く同じ軌道を描いて一直線の突進だった。
「グウォォォォォォオ!」
「ぬぅん!」
銀色の刃と象牙色の牙が接触
互いを両断する勢いと威力を保ったままに圧しあい、凄まじい衝撃が生み出された。
自然の環境は常に厳しく、過酷な世界で生まれ、そこで生きる為にその牙を研ぎ澄ました轟竜
幾万年の年経た岩盤より削り出された鉱石と幾百の竜を狩り得た牙を鍛治師が打ち鍛えた銘刀。
そこには音はない
音が鳴らないのではなく、音が発生するよりも早く衝撃に吹き飛ばされてしまうのだ。
「ふっ!」「グァッ!」
互いの力を互格と見て、組み合う武器の拮抗が崩れた
互いの突進の速度を殺さぬままに上下に分かれ、一方は跳躍して天に昇り、他方は地を潜って駆け抜けた。
しかし、しかしだ、もとより天に昇るは翼持つ者の特権、
傲慢にも跳躍し、身動きの取れない無防備を晒した男に対して、それを断罪するべくティガレックスは地に左腕を叩きつけることで急反転を行い
男を視界に収めながらその龍気を練り上げる
落下地点を野生の直感で把握し、完全に静止する一瞬の隙を狙うべく待ち構えた
「……っ!」
男は跳躍の瞬間に鞘に戻した刀を再び引き抜き、一撃を振るう
否、幾百幾千の一撃を重ねる
刃を返すや否や刀身が霞むほどの勢いでの連続峰打ちを空に放ち、鋼の翼を形作った
刀身に宿る龍気が空を撃ち、形成された鋼龍の羽撃きはただ一度
僅か一秒の間だけ、飛翔の特権を人に許した。
「グウォォォォォォオッ!?」
ブレスを放つその一瞬を狙いこまれ
頭上から龍風による叩きつけを受けたティガレックスは地に顎を叩きつけられ、強制的に閉じられてしまう
そう、既に龍気を暴走寸前にまで練り上げた状態で。
爆音と共に龍気が統制を失い、ティガレックスの体内で暴走した爆発的咆哮がその声帯を焼き、体内に致命的な損傷をもたらす
そしてその直後に、跳躍から落下してきた男が空中落下攻撃を行い、頭蓋に深々と刀を突き立てた。
「南無三ッ!」
男は叫ぶと同時に刀身にさらに力を込める
この程度で殺し切れる相手ではないと悟っているからだ。
「グヌォォアァッ!」
事実、血反吐を吐き散らしながらもティガレックスは立ち上がった、声帯を焼かれ脳震盪を起こし顎を砕かれ頭に刀を突き立てられながらもなお
叫ぶことをやめはしなかった、諦めはしなかった。
「ぬうっ!」
男が刀を引き抜くよりも早く、地面に腕を叩きつけて回転跳躍し、あえて地面に頭を叩きつける形にすることで男を振り払ったティガレックスはそのまま男を殴りつける。
「ぐぉぁぁっ!」
吹き飛ばされて転倒する男に怒りの視線を向けたまま、ティガレックスは勝利を確信していた
野生の勘は確実な致命傷を与えたとささやき、この剛腕に会心の手応えを得てあれほどまでに吹き飛ばせば生きてはいるまいと
そしてむくりと立ち上がった男に驚愕する。
男の鎧は片腕の部分を酷く破損させながらも無事、男は殴られる瞬間
生身が存在しない左腕の装甲を盾とし、それを身代わりに衝撃を殺してダメージを防いだのだった。
「……ふっ!」
男は右腕を軽く振って、頭上にあった木の枝を手刀で折り取って握る
あまりにもひ弱な木の枝、それが何になるものかと笑わんばかりに目を細めるティガレックスは、しかしその瞬間に後退を余儀なくされた。
男の手に握られたその木の枝は、ひ弱なその姿と裏腹に先ほどまで握られていた銘刀と何ら変わらないほどの圧を放っていたのだ。
「グゥゥウウッ!」
喉を潰され、自慢の咆哮も満足ではない、
しかしそれがなにするものぞと吠え猛る
絶対強者たる己が、屈することなどあり得んと。
跳び込むように前進突撃、腕の叩きつけによる攻撃を試みる
木の枝如き、人間如きにはこの拳は破れないのだと、己の矜持をかけて殴りつける
それが最適解だと知っているから。
「はぁっ!」
振り切ったはずの拳はしかし、なぜか虚しく地面を叩いていた、
木の葉を巻き上げ、地面を揺らし
目の前の敵は小揺るぎもしていなかった。
「理解できんか、これが人の技よ」
太古の昔、人は炎龍から火を得た
鋼龍からは鉄を得た、幻獣から雷を得た。
「我らは製鉄を行い、武具を鍛え、鎧を纏い、技を磨いた」
竜の牙は人の剣へと変えられ、人は高度な文明を得て、それを作り出した
「これぞ我ら人の結晶、技術の到達点」
太古のそれらは一人でに動き、龍を殺すために作られた機龍であった
かつてのそれは龍の鱗をも貫く大槍であった
そして今伝えられるものは形無き術である。
「撃龍剣術・陽炎」
天災たる古龍を討つため先人達が命を賭し、知恵を絞り、限られた資源と時間を費やして作り上げ、そして現代まで繋がる撃龍の術、これぞ全ての狩人に伝えられ、全ての狩人に振るわれる技である。
「ぬうんっ!」
振り切った腕は前へと伸び切り、片腕は地面を掴んだまま、跳躍のための力は今解き放ったばかり、ティガレックスは驚愕した
己が完全に無力化された一瞬に。
牙を断つ一撃が放たれ
木の枝と牙が激突すると同時に双方が砕け散った。
「……木の枝では練気も堪えぬか」
如何に気によって刃を作り出し、鋼を凌駕する強度を得たとしても
流石にティガレックスの牙に向けた全力の一撃には耐久力が持たなかったらしい
細枝一本に気を通し過ぎたせいで枝は自壊してしまった。
「許せ、一撃にて介錯できなんだわ」
衝撃でティガレックスから抜け落ちた刀を拾い上げる男は再び得物へと気を通し
気刃を放とうとする、その瞬間
己の死を予見したティガレックスは切り札を切った。
「グゥゥウウッ……
ガァァァアアッ!」
筆舌に尽くしがたいほどの音を発生させる絶叫と同時に、ティガレックスの全身が異様な紫のオーラに包まれ、全身の血管が拡張されて赤く染まる。
「『極限化』だと!?」
今度は男が驚愕する番だった
それは生命の超越者である古龍の内の一つ
天廻龍シャガルマガラの有する能力の一つ、狂竜症による強制暴走を乗り越え
己の生命力によって古龍の因子の力を制御し、己の物とした証
それを為す者は全て危険度を古龍級と指定され、全世界における最上級の警戒対象とされる。
飛竜種の祖たる古代の竜王、ワイバーンレックスの血を最も色濃く受け継ぐ原始飛竜種・轟竜ティガレックス、自然界における絶対強者たる竜の王が古龍の権能すらも簒奪し、己の物として握るというのなら
それを誰が遮るだろう
それを誰が斃すのだろう
今、逃れられぬ死の運命が牙を剥いた。